産みの苦しみ

目が覚めれば、朝の4時。まだ薄暗くて午前2時頃かと思ったけど、もう朝だった。

リビングに出てパソコンを開ける。

そして小説の続きを書こうとしたが、一行も書けなかった。

どれだけ目を閉じて、その場面を想像したとて、なにも浮かんでこない。

ダメだと諦めて風呂に湯を溜めた。

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メダカ

日曜日だというのに、朝4時に起きてしまったので、ゆっくりしていても7時で時間が十分にあった。

家でゴロゴロとしていても、雨が気力を奪い取ってゆくので、環境を変えようとデイルームに行った。

休みの日にいつもの出勤時間よりも早く、コーヒーを沸かして、トースターでパンを焼く。夜勤の時には、ヨーグルトと目玉焼きを用意するが、コーヒーとパンだけで十分だった。

窓の外は雨が降り、庭の葉っぱが揺れている。メダカの鉢は軒下にあるから、水は静かなもので、産まれたての赤ちゃんメダカが、わんさかと泳いでいた。

コーヒを一杯注ぎ、鼻腔に目覚めの湯気が刺激して、食パンの焼ける香ばしい匂いに唾液が流れる。そして濡れて色艶に輝く花を眺めて朝食をとった。

8時には食べ終わり、メダカの餌をぱらぱらと撒くと、メダカたちも機敏に泳ぎ、水面に浮かぶ餌を食ってゆく。

さぁ、パソコンに向き直り、小説の続きを書こうとした。

まったく書けない。

私小説エッセイは、記憶どおりに身体の感覚を書けばいいけど、小説となれば違う脳の使い方をしなくてはならなかった。

そういえば、息子も同じことを言っていた。ちょうど1年ほど前の話だ。ズボンを始めて作っている時、立体でモノを考えなきゃいけないから、今までとは違う脳の使い方をするんだよ。慣れるまで大変だろうけど、もうクタクタだよと。

あれから1年が経って慣れたようで、今はテキパキと新作パンツを作っている。だから僕も慣れるんだろうか。

今、書いている登場人物がどのような体験をして、どのような経験を積んで、生活を積み重ねて、このセリフを話すのか?その視点がなければ、一行すら小説は書けない。

次第に睡魔が襲ってきて、ウトウトしだす始末で、午前中はひたすらに産みの苦しみを味わっていた。

イオン

このまま睡魔と戦って日曜日が終わりそうだったので、午後からは泉南イオンに変える事にした。

昼頃のフードコートは、やはり人混みで、座る場所も無ければ、歩くのに何度もぶつかりそうになる。

感性はイライラしすぎて働かず、ため息ばかりでてくる。

仕方がないので、買い物を先に済ませることにした。

泉南イオン2階のユニクロに行き、パンツを3着、下着を2着を購入する。パンツはウルトラストレッチ・アクティブ・ジョガーパンツ。同じものを3着購入する。

これは仕事着だ。夏になり暑くなってくると涼しいパンツが欲しくなる。そしてダイエットも本格的にしようと思っているので、ランニング出来るようなストレッチできるものがいい。

仕事をして、仕事終わりに二色の浜をランニングする。暑い夏にランニングするのも正気の沙汰ではないと思うが、それでもやらないとお腹まわりは改善しない。

夏が終わるぐらいには、60キロ台には落としたい。それに身体が鍛えられると、集中力も増す。私小説エッセイで書く筋力はついてきているが、小説となれば違う脳を使わなければならないので、根気・集中・持続力ともに底上げするためにも、体力をつけてぜい肉を落としておきたい。

ユニクロで買い物を終えても、まだフードコートは混んでいたので、駐車場まで戻り車の中でパソコンを立ち上げ、書いてみた。

登場人物の人生を体験できるように書く。説明するのは極力省く。言葉や所作でその場を追体験できれば、物語に没入感がでてくる。

没入して登場人物の人生を追体験できれば、情が沸き応援したくもなる。そこで事件が起きて、今まで積み重ねた暮らしや人生がガタガタと土台から崩れてゆくのだ。ここから物語が始まり、読者は続きが気になってくる。

そういった設計で、初めから、小説の終わりまでプロットを書いて、小説の外枠はつくれた。ただ、このとおりに小説が収まるのか、まったくわからない。

僕は書きながら、ひらめくタイプなので、「ああ、そうか。このテーマよりも、こっちだな。」と、テーマが変わる事もが多々あるし、設定も変わる事があるから、戻って整合性をとらないと辻褄が合わなくなり、物語が破綻する。書き直しの連続で、書いては消して、これが本当にどこまで続くのだろう。

第9章まであるなか、第4章で苦しみを味わいながら書き、その勢いで第5章まで書くことが出来た。

ランタンフェス

夜19:30分から泉南の樽井ビーチでランタンフェスが、4日5日と開かれており、4日は雨だったからやったのかな?わからないが、今日は夕方から雨が止んで開催とのアナウンスがあった。

最近は体験型のイベントが多く、体験にお金を使う層がいるのだけど、ランタンひとつが5000円と高額だから、どんな人たちが集まるのだろうと興味があった。

しかも、ソファー席というのが25000円で販売されていて、実際に荷物が置いてあったから購入した人はいるんだろうが、この物価高でヒイヒイ言ってる時に、ソファーに座り宙に浮きあがるランタンを見るだけで25000円とは、正気の沙汰じゃないと思った。

ランタンなんてどこに居ても見れる。空に飛んでゆくのだから、無料で見れるわけだけど、ソファーで見る価値っていったいなんなのだろう。

雨上がりのビーチを歩いたが、時間はまだ17:30で、開催まで2時間もあった。このまま2時間散歩する気力がなく、ランタンが浮き上がる様を見たいと思っていたが、もう来年でいいやと投げやりになってきた。

応募小説を書くのに気力を使い果たして、もう家に帰って寝よう。そういう気持ちが勝って、結局、ランタンフェスは参加せずだった。

小説を書くというチャレンジをしているが、思っているよりも大変だ。だけど一本仕上げたら自信が出来ると思う。

頑張れ自分。

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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