何を用意すればよかったかな・・・
シャワーを浴びて着替えるから、バスタオル・パンツ・Tシャツを手に取った。マリンシューズと、Youtube撮影用の防水カメラと、カメラ充電用のモバイルバッテリーをリュックに入れた。
あと、忘れ物なかったけかな・・・
ひさしぶりにウインドサーフィンに行くので、準備がたどたどしい。なにを持っていけばいいのか、頭の中をぐるぐると記憶を辿って、やっとのことでリュックはしっかりと重みがでてきた。
後は、ダイソーで保冷バックを買って、そのままイオンの食料品店で昼飯とペットボトルと、それを冷やす氷を購入すれば終わりだ。
半年ぶりのウインドサーフィンの準備は、なんとかなりそうで、僕はホッと一息つき、さぁ出発と日曜日が動き出した。
日焼け止めクリームを入れ忘れたことを、現地で気がつくことになるのだけど。
久しぶりのクラブ
僕の所属する大阪セイリングクラブは、樽井サザンビーチの奥にある漁港内にあった。バイクを乗りいれると、湾内には漁船が停泊している。
ひさしぶりだから、呼吸がぐっと浅くなる。人との繋がりを求めているくせに、他者とのコミュニケーションに少しの緊張を覚える僕は、いくら歳を重ねても話す事に相応のエネルギーを消費した。
「バイクおけないから、今日はこっちに停めて。」
と言う笠谷(仮名)さんは、大阪セイリングクラブのオーナーだ。漁港との交渉などをしたり、波に流されたサーファーの救出で船を出したりしている。禿げ頭にグラサンという貫禄のある親方といった感じだ。
いつものバイク置き場は、荷物で置けなくなっていて、この半年ぐらいで大阪セイリングクラブも様変わりしているののだろう。人が老いてゆくように、ここも変化している。
「副長、ひさしぶりやな。どうしててん?」
と、クラブに入った途端にいつものメンバーの面々が言った。
「いやぁ、ちょっと仕事が忙しくて。人不足で休みがないんですよ。」
僕はあらかじめ用意していた答えを言った。たぶん、このセリフはこの先、何度も聞かれるから、何度も答える事になるだろう。
予想は的中して、副長の事を話してたとこだったんだよとか、最近こないから心配してたよとか、副長もうウインドサーフィン辞めたんかなと思ったとか、多くの人が声を掛けてくれた。
「副長、大人気やな。みんなに迎えられて。」
そう言われて、ホントにみんな元気そうで、クラブをひととおり歩き、「こんにちは」っと挨拶して回った。鉄骨むき出しの倉庫のような建物には、クラブメンバーがメシを食べていたり、談笑していたり、風が吹いているか望遠鏡で沖の白波を見ていたり、なかなかの盛況ぶりだった。
ウインドサーフィン
Youtubeの動画を見れば、前回のウインドサーフィンの動画が8か月前だった。
海に入るとひやりと冷たい。気温は30℃近くなっていたけど、6月の海はまだ冷たいようで、ウエットスーツが必要だった。
まぁいい、2時間ほど手慣らしして帰ろう。
そう思った僕は、セイルを立てて風を受けた。ぶわっとセイルが膨らみ、ブームを持つ手に力がかかる。足でボードをつっぱり風に負けない体勢をつくる。その反動でボードはスッと前へ進み、波をかき分けて進んでゆく。
よし、思ったとおりの挙動になった。
8か月ぶりのウインドサーフィンで、感覚がいまいちつかめないなか、なんとかなりそうな感じだった。
風を感じて、セイルの角度を変えてゆく。するとさらにセイルはバンっと風を受け、さらに強い力が加わって、スピードを増していった。
おもしろい。やっぱり面白いわ!
波をかき分けて進む。潮風に海のしぶきが巻き上がり、少し緑がかった水面を滑ってゆく。顔を上げると砂浜からこちらを見る子どもが手を振っていた。
慌てて、右手を上げて手を振り返すと、とたんにバランスを崩して、ボードがクルっと向きを変えてしまって、いっきに失速する。その反動でボードは僕の右足をつれて海面へめり込み、勢いよく海へ投げ出された。
海面に顔を出してボードを探すと、少し前にぷかぷかと浮かんでいる。慌ててクロールで追いかけてボードにしがみついた。
調子にのった・・・。まだ身体が慣れてないから、片手でなんとかなるもんじゃないな。
ボードの上にあがって、顔についた海水を手で拭い去り、浜辺のほうを向くと、「がんばれー」っと小さい女の子が声を掛けてくれた。
僕は右手を上げて笑った。こんなに遠くちゃ表情はわからないだろうが、それでも笑顔でバイバイと手を振った。
「副長、どっかでやってたんか?衰えを感じないぞ」と声を掛けてくれたり、「あー ひさしぶり副長!」と挨拶してくれたり、海のうえでも小さな関わりがあった。
温かい空気があったり、トゲが感じたり、なにか壁を感じたり、人それぞれもつ質感があった。
僕の感性は動き始めたようだ。息子を真似して感じようと意識するだけで、いろんな感じ方が出来るようになってきていた。
僕はボードに座り、海をぷかぷか浮かんでいながら、いろんな人を感じていた。
水玉模様
バイクを泉南イオンに停めて、僕は晩ご飯の買い出しをしていた。
じゃがいも、にんじん、そしてウインナーをかごに入れて、それからチーズフォンデュのセットを探した。今日は体が疲れていたので、海でスポーツをした良い疲れが、濃い味を欲していたので、チーズフォンデュを想像するだけで、お腹が鳴った。
チーズコーナーを歩くと、なかなか見つからなかった。何度かぐるぐると回った挙句に、もう売ってないのかと視線を上げた時に、そのチーズフォンデュセットが見つかった。目線の高さに置かれていたので、まったく気がつかなかった。
「あぁ、これだ!」
と僕は思わず声に出していて、手を伸ばすと
「それ、美味しいわよね。私も好きなの。」
っと、水玉模様のスカートを履いた50代ぐらいの女性が僕を見て笑って言った。
僕は不思議と緊張することなく、「そちらも今晩はこれですか?」と尋ねると、「うーん、ちょっと悩み中」と笑って、なにも入っていない買い物かごを上げてみせた。
じゃぁっと僕は別れて、次は最後のお酒コーナーに、角ハイボールを探しに向かった。
見ず知らずの話す口調や抑揚がうっすら残り香のようにまとっていた。呼吸は深く、今ならいろんなものが受け入れられそうな気がしていた。
夜の訪問者
僕は食事を終えて、Amazonプライムビデオでドラマ「スクールウォーズ」を一気見していた。テーブルの上には空のハイボールが2缶あり、3缶目を冷蔵庫から取り出したところだった。
ピンポーンと家のチャイムが鳴り、こんな時間に訪問する人なんて、誰も心当たりがなかったから、ドアを開ける寸前まで緊張に包まれた。酔った勢いもあり、どなたですか?と確認もせず、ドアを開けると息子が立っていた。
緊張が一気に解けて、ホッと安堵が押し寄せる。
「なんだ。どしたんだ?」
息子は決まってLINEで要件を言ってきたし、急ぎの時はLINE電話で僕を呼びだしたので、まさか家まで押しかけてくるなんて、なにかよほど急用なのか、話したい事があるのかと、ひと呼吸、深く息を吐いた。
すると「生活費がなくなっちまったんだよ。」と暗がりのなかで小刻みに踊る。
なるほど、カネが無くて貸して欲しいという事か・・・、高給取りしてなんでカネが無いんだよっと、違う種類の疑問が湧き出てきたが、すぐに思い直した。
真面目に働いているんだ、それだけでも良しとしよう。
「今さ、もう地位固まったよ。パパの言うとおりだったよ。圧のある人に、人は寄ってこないって。今はさ、僕の周りにスタッフがたくさん集まってきてるんだよ。」
暗い玄関先で息子は、表情は暗くてハッキリ見えないが、たぶん目を見開いて、口を大きく開いて話しているに違いなかった。興奮して、そして身振り手振りを加えて。
そうか、カネも足らなくなったし、話したい事も山ほどあるというわけか。僕はひとまず話を置いた。
「ちょっとまてよ。財布もデイだから、その話もゆっくりデイで聞かせてくれよ。」と言って、僕はパンツ一丁だったものだから、適当にあったズボンを拾って、それから、ついさっき冷蔵庫から出したハイボールを持って外へ出た。
暗い階段を降りてゆく最中も、息子は喋りつづけていた。
感性がつれてくるもの
デイルームの鍵を開けて、パチパチとスイッチを切替え、暗闇のデイルームに空間が広がってゆく。居室とは違う、生活感のないキレイに整頓された空間に、僕と息子の色が灯る。
「副店長さ、めっちゃ圧を掛けるからさ、誰も寄って来ないんだよ。だから孤立ぎみかな。」
表情はイキイキとして、慕ってくれるスタッフが周りに何人もいる状況に、得意満面の笑みだった。
僕はその笑顔に不安を覚えた。
少し酔っていたから、僕がどういう表情をしていたのか、自分でもわからなかったが、目には力が入っているのは、自分でもわかった。
「副店長には立場があるんだよ。ちゃんと叱らないといけない立場なんだ。」
息子は少し体を硬くしたのかもしれなかったが、僕は続ける。
「副店長が叱ってくれているから、嫌事を言ってくれているから、圧をかけてくれているから、さぼる人がさぼれないんだよ。副店長がいなくなれば、お前に負担が向くんだぞ。さぼる奴が目の前にいると、イラつくだろう?」
もしかしたら、息子は僕に褒められるだろうと思っていたのかもしれなかった。だけど、タロットカードの愚者のように、今の息子の足元に崖が広がっているのかもしれないと、なにか胸騒ぎがした。
「お前は人並以上の売り上げを上げてる。それはすごい事だと思うよ。だけど、もう少し見方を変えてみろよ。」
「わかってるよ。」と息子は言ったが、その表情は曇っていたのかもしれない。僕はそこまで気がまわらず話を続ける。
「お前の次の課題は、チーム目線でチーム力を上げる事だ。だから、真面目な副店長を助けてやれ。真面目ゆえに彼女はお前の頑張りに応えてくれるよ。」
僕はまっすぐ息子を見て、副店長を出し抜いていきそうな息子の勢いを鎮めようとした。
「確かにそうなんだよな。ひとりじゃ最強なんだけど、チームってなると、わかるよパパの言いたい事は。」
まっすぐに僕の目を見て言った、が息子の肩は揺れていた。小刻みにリズムをとりながら、言葉ひとつひとつに落ち着きがないように見えた。
「けどな、副店長はママみたいだからな。」
ママみたいだからな、という言葉に僕は未だに反応する。
ママと聞いて、僕のなかに妻の質感が沸き上がった「・・・じゃないの!」とか「なんでそうなの。」とか「・・・じゃないの!?」と締め付けられるような針のような声が木霊した。と思ったら、孤独を恐れ、きゅうと身が絞られるような不安に身動きが出来ない妻の質感も感じた。そして、さらに違う質感も。
身を削ってでも子どもたちを抱きしめて守っている温もりがあったり、子どもたちを身体の中に入れてしまいたいぐらいな愛がぽかぽかとしていたり、もっとキレイになりたい、と心の底から抱きしめて欲しいと願う子どものような無防備さも感じた。
たくさんの妻が、そこに在った。
感じるままに
「副店長って感性がある人なの?」と聞くと、息子はキッパリとないっと答えた。
じゃぁママじゃないじゃんっと僕は思ったが、どうやらそこじゃないらしい。
「これはこうなってるから、こうでしょ?って説明しても、それは違うって一蹴されるんだよ。あの人は違うOSで動いているわ。」
と息子が独特な言い回しで例えた。
ウインドウズとアップルっていう話に例えるあたり、息子らしいと思ったが、ママみたいというところは、息子にしかわからない感覚なんだろうと僕はそれ以上想像で補完するのをやめた。
それよりも、ママの事が話にでてきたので、良い機会だと思い、僕は話題を変えた、というかそうなった。
「ママは感性が強いって言ってたでしょ。あれ、なんとなくお前を見ていてわかってきたよ。というかパパもママを感じれるようになったといったほうがいいかな。」
息子は頷いた。息子とは信頼に近いものがあったので、僕の言いたい事がなんとなく伝わるのかもしれない。
「お前に覚えておいて欲しいのが、ママはパパが憎いのであって、お前が憎いわけじゃない。」
早く独り暮らしして出て言ってねと言われたとか、おやつの箱に息子の名前は無かったとか、いろいろ聞いてはいた。妻にもらった手紙には息子をマンションに住まわせて欲しいとか、息子とは話にならないとか、書いてあった。
「どうやらママを感じていると、それだけじゃなような気がするんだけどな。」
妻を感じていたら、手紙で書いてあることや、息子から伝え聞く話は、氷山の一角のようなもので、もっと見えないものが深く根を這っているような気がしてならない。
息子は黙って僕の言葉を感じている。
「当時ってさ、留学から帰ってきたばかりだったろ。進路の相談をパパにしているから、お前の重心はママからパパに傾いていたわけだよな。それで手紙にはパパを尊敬しているみたいです。期待に応えてあげて下さいって書かれてあったんだけど、その手紙をポストに投函するとき、なにか自分(ママ)の中にあるものが、ごっそりと抜けてしまうような、そんな感じ、わかるかな?」
息子に伝わるように、感性に熱を入れて置いた言葉だった。抽象的すぎて意味を成さない言葉なのかもしれないが、息子に伝えるには十分のような気もしていた。
「お前とママはいつも一緒だったじゃないか。それはお前とママが感性で繋がっているからだろ。」
ママは感性が強いとか、ママの感性ならこう感じるとか、息子は意識していないんだろうが、会話の節々にママがでてきていた。現に副店長の話しでも、「ママみたいなんだ」と言葉として出てくる。
「お前の誕生日会をしたときにさ、俺はみんなに料理を作った事があったんだよ。だけど、俺の作る料理は、親族を招く料理でさ、ママに怒られたんだよ。今日は子どもの誕生日じゃないの?なんで、子どもの好きなもの、食べたいものを作ってあげないのよって。」
「なんでそうなの?ちがうでしょ!」と叱られたんだよ。
「そんなママがお前を嫌うハズが無いと思うんだよな。それはパパは自信もって言えるわ。」
息子は黙っていた。目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。それを拭こうともせず。
「パパは、お前の感性に学んで、影響されて、そしてママを感じれるようになったんだよ。だからお前の中にママがいるような気がするんだ。」
息子は黙って頷いた。
「このままじゃ、いけないと思うよ。これはママとお前の問題だからさ、パパは立ち入れないけど、ママとの関係をちゃんと考えておけよ。これはふたりの問題なんだからな。」
「パパはパパで、お姉ちゃんと、一度会って話がしたいんだけどな。それはお前らに関係ない、パパとお姉ちゃんの問題だからさ。」
息子の堰を切ったような涙は、止まらなかった。
僕も込み上げる熱いものが、目頭を熱くした。
なぜ涙が出てくるのかわからなかった。
