夕陽

「これ植えるからさ」と僕はゴーヤの苗を事務所前に置いた。

神田(仮名)さんは、「今年もいっぱい実るかな。去年、たくさん実ったからな。」と僕を見て言った。

正直、僕はゴーヤが実ったところで食べないだろうが、育ってゆく何かを見るのは楽しい。この苗がツルを伸ばして、太陽を追いかけるように伸びてゆくだろう。そして黄色い小さな花を咲かせたら、次々とゴーヤが実ってゆくのを想像した。

「実るよ。今年の夏もわんさかとね。」と僕は笑った。

それが初夏の5月の頃だっと思う。あれから2か月が経ち、もう梅雨明けの7月15日。事務所前にはゴーヤのカーテン、そのカーテンには小さな黄色い花が咲いていた。

朝だというのに、ムッとする空気が呼吸しにくくさせた。

蛇口をひねると勢いよく水が噴き出した。シャーという音に、気持ちの良い冷たい水がシャワーになって噴き出してくる。地面の色がみるみるうちに変わる。水の跡を次々と残してゴーヤの水やりをした。

神田さんがマンションから出てきて、「おはよう。今日も早いね。」と。

「おはようございます。」と僕は挨拶をして、ゴーヤの他に、あらゆる夏の花に水やりをしていった。神田さんは水やりが終わった花をチェックして、枯れた花を摘んでいる。とてもマメな住人で、枯れた花を摘む事で栄養が行き届くのだそうだ。

「あ!これ実ってるよ。ほら。」と指さして、その指の先を見ると大きなゴーヤが実っていた。

「ホントだ。葉っぱに隠れて気がつかなかったけど、大きな初ものだね。他にもある?」と聞くと、神田さんは探し始めて、「ここにもあるよ。ほら、ここにも。」と次々とゴーヤが見つかった。

「もうこれ食べれるんじゃないの。」というので、「収穫しようか。」ということになり、僕はいらなかったのだけど、神田さんが「持っていき。あなたが植えたんだから。」と、一番大きな初ものゴーヤをくれた。

「ゴーヤチャンプルでもしますか。」と僕と神田さんは笑った。

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夜勤

今日は火曜日で、いつもの夜勤が始まった。

「晩御飯さぁ、魚の煮付けと、天丼とどっちがいい?」と銀野(仮名)さんに尋ねると、迷わず「魚の煮付けがいい」と言った。

銀野さんの大好物は魚だ。それも煮付けが大好物だった。だから夜勤の夜は魚の煮付けというメニューは固定メニューになった。

僕は別メニューでゴーヤチャンプルを作る事にする。ゴーヤを縦に包丁を入れると、白い綿と種があった。スプーンでこれを取り覗く。この綿が苦みを生むからキレイに取るのがコツだ。

そして輪切りに包丁を入れてゆく。繊維をつぶさないように感覚を研ぎ澄ますと、包丁の入れるところが伝わってくる。そこを斜めに切り落とすと抵抗なく切れる。いい感じだ。

厚揚げ豆腐を切り、ちくわを切る、今回は卵は無しだ。フライパンに油ではなく、オリーブオイルをたらす。オリーブオイルじゃなきゃいけないのは、抗酸化作用があるからだ。

アンチエイジングだよ。

豚肉を入れるとパチパチと焼ける音が心地良い。良い香りが立ってきたら、いっきに具材全部をフライパンで躍らせる。オリーブオイルと具材が混ぜ合わせ、ゴーヤに艶がつき、強火で一気に炒めてしまう。手早くしないと繊維から苦み成分が染み出してくる。塩コショウを振りかけて旨味を出す。

そしてめんつゆだよ。

一気に湯気と香りが立ちあがり、火を止めて、あとは余熱で味を馴染ませて完成。

独り暮らしが長いので、料理が上手になった。ひとり鍋も野菜は白菜よりもレタスが旨い事を発見したり、ミネラルを摂るには蒸し野菜が効率が良くて、ポン酢にこだわりを持ったり、筋肉をつけるために鶏肉のささみ料理をしたり、いまこだわっているのは、エビを蒸して酢味噌で食べたら旨いという事だ。

なんにしろ、人は環境に馴染んでゆく。そして馴染んでしまうと動かなくなる。

いま読んでいる「神様のボート」は主人公は30代女性でピアノ教師、その子どもは小学生の女の子。大好きだった男性と理由があって別れて、いつか戻ってくると信じている。女性ピアノ教師は「私が馴染む場所は彼の隣」と信じていて、住み慣れてしまう前に引っ越しを繰り返す。小学生の子どもは転校続き。それでもパパを想像しては安心する。

作者は江國香織だ。彼女の文体が好きだ。好きに囲まれて僕は生きている。

変わらなかった僕は、生き方を変えて、これからも変わり続ける。

息子来訪

ドンドンドンドン

ドンドンドンドン

デイルームのドアが外から叩かれていた。1:00am前にドアを叩く奴といったら、いつも終電で帰ってくる、息子しかいなかった。

「叩くなよ。電話があるだろ。びっくりするじゃないか。」

ドアを開けると、「やっほー。もう地位確立、もはや敵なし、教育係をして、しかも面接係に抜擢された。」

勢いよく入ってきて、ブーツを脱ぎちらかして、デイルームに入ってきたと思ったら、大きな声で話し始めた。幸い、寝ている銀野さんは耳が遠いのもあり、特に問題なかった。

「すげぇな。教育係はともかく、面接もしてんの。」

「そう。今度、面接を一緒にしようか。どんな人がいいか意見聞かせて、って店長に言われてさ、面接官してる。」と得意満面に笑顔いっぱいだった。

「ズボンもいい感じ。アイデアが湧き出してきて、次から次へと作ってる。これ見てよ。」っとスマホを取り出して、写真を見せてくれた。

そのズボンはジーンズで、斜めにチャックが入っていた。

「機能性を持たせたチャックで、斜めにしたんだよ。結構脱ぎ履きしやすいんだ。横に広げるんじゃなくて、縦横に生地を広げるからね。」

「思いついたアイデアは、とことんカタチにしてゆくんだな。」

「そうだよ。行動あるのみ。方向性は決まっているんだから、後は行動、行動、行動だよ。わかる。」

息子のいう事はわかった。僕も今は小説を書いている。プロットを作ってストーリーは決まっているので、そのプロットどおりに書いて、書いて、書いてゆくだけだ。だた書く速度がかなり遅い。その場の人物の気持ちになり、状況を思い浮かべて、胸のうちから言葉を置くから、今日はたった3行しか書けなかったという日もあった。

冷蔵庫にアイスがあったのを思い出して、「アイス食べるか?」と聞くと、食べるという事だったので、チョコモナカを息子に渡した。

息子はチョコモナカに食いつき「しかし、飽きたな。」と言った。

また始まった。ちょっと出来たと思ったら極めたつもりでいる。

「まだ何か月目だよ。2回ぐらいしか給料もらってないだろう。もしお前が将来、店を開くって時は、お前はアイデア出しで、作るのは従業員になるだろ。コツコツするタイプじゃないんだから。」

「そうだね。もう同じ作業するのが苦痛なんだ。SNSで服をアップしてたら、製作依頼が入ってきたけど、販売用に作ってませんと返信しといた。出来上がった服を、もう一回作る気になれないからね。面白くないから。」

息子は面白いを軸に生きている。それは僕は良いと思うが、好きを見すぎると今しか見ない。将来何が必要になるかの分析を怠ってしまう。自分の性格を見極めて、コツコツ同じ作業をするのが苦手な息子は、それを外注するしか手がない。息子が新しいアイデアをもって新作を作る。そのパターンどおりに他人が服をコツコツ作ってゆく、そして受注販売はまた別の者がする。といった分業をしないといけない。

「そのための今なんだよ。わかるか?他人を教育する経験、面接する経験、人を雇入れる判断、チーム力をつくる経験、すべてが未来に通じている。すぐに飽きたとか言うな!」

まったく息子には困ったもんだ。期待されているのに、期待に応えるよりも、自分の好きを優先する。結果的に良い景観が出来るのに、そのチャンスを捨ててしまう恐れがあった。

「とりあえず、週5で働けよ。服を作りたいからといって週4とかにするなよ。」と言うと、息子は眉をひそませて「えーー」と言った。やっぱりだ。僕の読みはかなりの精度で当たっている。息子は休みを増やそうとしていた。

まだまだ不安定だなと、ゆっくりできなさそうだった。

夕陽

まだタイトルは決まっていない。

だけど、プロットは出来ている。章立てで9章まである。昨日、1章追加になって10章になった。

夜勤明け、1.5時間ごとにトイレに起きるので、その都度トイレ誘導だった。夜勤明けは脳が動かない。

「主任、今日はたぶん2名が利用料くれると思うんですよ。それまでいてくれます?」と中山(仮名)スタッフが言った。そう言われて誰が嫌です。もう帰ります。と言えるんだろうか。

それまでいてくれます?と疑問形で、いて下さいと云うのは、いつも反則だと思う。

「わかった。」と言って、僕は庭に行き水やりをしたり、メダカに餌をやったり、剥がれた壁絵を張り付けたりしていた。動いていないと睡魔で眠ってしまいそうだったから。

「今日は何の日を立川(仮名)さんがするの?」とホワイトボードに書いている立川さんに話しかけると、「そうなんよー。主任や中山さんみたいに要点書いて、後はアドリブで話すなんてこと、私には出来ないから、昨日調べてきたメモどおりに書いてるねーん。」

立川さんの話し方は、クレヨンしんちゃんのように、のっそりと話す。その声を聞くと、余計に眠たくなった。そして話が長いから、更に眠くなった。

話す相手を間違えてしまった。

帰国子女の堺(仮名)さんが入浴の準備をしていたので、「なにか手伝おうか?」と言うと、「もう終わりましたから大丈夫です。それより夏の富士山登ったことありますか?」と尋ねてきた。

「夏の富士山って寒いんですかね?半そでで大丈夫ですか?ダウンもっていかなきゃいけませんか?」と質問攻めにあった。

そりゃ登った事はあったが、あれは中学生の頃のボーイスカウトで登った大昔だったから、記憶が曖昧だ。しかも高山病にかかって山小屋で頭痛でのたうち回っていた。寒かったのかと聞かれても、しんどかった、苦しかった、しか思い当たらない。

「確か、寒かったと思うなぁ。お茶が飲みたくて150円払って、熱くないぬるいお茶でガッカリしたような気がするから。」と答えると、「水分はペットボトルどれぐらい持っていったらいいんでしょうか?」とまた質問にあった。

さっぱりわからない。

「トイレで300円、山頂でペットボトル買ったら600円するんですって。私はすごく心配なんですけど、娘は楽しみって言ってるんですよ。学校の行事で富士山登るって、登山靴かったり、リュック買ったりで親はたいへんです。」

「そりゃたいへんだね」

どこに行っても、誰に話しかけても、睡魔はひっこんでくれる気配がなかった。

少し仮眠してから行動しようと思っていたが、起きるともう夕方の17:00だった。週休2日をもらっているが、夜勤明けに休みをもらっても、どこにも行けないな・・・

事務所に行くと中山さんが仕事をしていた。

「あれ。主任、お休みなのに熱心ですね。」

「なにが熱心だ。仕事しに来たんじゃないよ。カメラを取りに来たんだ。」

ウォーキングしに二色の浜まで行こうと、この時間にいけば夕陽に間に合うから、カメラももっていこうと事務所に立ち寄った。

「ホントに主任って多趣味ですね。感心しますよ。」

「いや多趣味になったんだよ。離婚してからね。」

役割で生きていた頃は、余裕がなく他人の期待に応えて生きていた。それが家族のためになると信じて。だけど結果は散々なものだ。これじゃ未来はないなと思い、好きを軸に生きようと行き先変更したわけだ。するといつの間にか多趣味になっていたというわけだ。

しかし、離婚してからね、っと抵抗なく「離婚」と言えるようになったのは、いつ頃からだろうか。以前は言葉に出来なかったが、時間が経つにつれて、いや違うな、息子がやってきてからだ。

息子が、僕に父親というアイデンティティーを与えてくれた。そこから再び役割を得て、ここに居てもいいという、存在を許されたんだった。

息子を助けているつもりでいて、僕は息子に助けられたんだな。

誰かの役にたって、立つことが出来た、そういう事なんだろうな。承認欲求とは違う、他者貢献なんだろうな。余力が生まれたところで、他人を助ける。それが僕が今を生きる力となっているんだろう。

「夕陽を撮ってくるよ。」

「今から行って間に合うんですか?」と中山さんは言った。今は17:00だったので、まだまだ太陽は上のほうだ。

「間に合うよ。夕陽は19:00だからね。」

「そんなに遅かったです??」

中山さんは星を見るのは好きなくせして、夕陽とかはあまり興味がないらしい。今日の日没は19:11分だったから、時間的に余裕があった。

「水面近く、日没で太陽の輪郭がハッキリ見えるのが19:00ぐらいなんだよ。輝く夕陽じゃなくて、沈む瞬間の肉眼でも眺められる夕陽が、僕は好きなんだ。」

いつかのエッセイでも書いたけど、自分の輪郭をわかる事が、そして何をしたいのか、どう生きていきたいのか?以前の僕にはなく輪郭がなかったから、太陽の輪郭をハッキリ見たいのだ。沈む太陽をずっとずっと眺めていることで、静かに呼吸をしている自分の存在を感じられるのかもしれない。

「主任ってロマンチックですね・・・」と、心底しみじみ言ってから、ぷっと笑った。

「なにそれ。なんでそこで笑うの?」

「いえ、なんでも。いってらっしゃい。」

なんだいそれ。どれだけ夕陽が素晴らしいか、後でlineで送ってやろう。

今日は雲が暑くて、ここらへんが限界だった。

夕陽の輪郭は観れなかったが、そんな日もあるさ。

小説

小説は、いま大切な局面で、作品の心臓部を書いていた。

主人公の山岸が信じているもの、それが静かに違和感をもってくる段階を書いている。いろんなものの歯車が合わなくなり、自分のモノサシだけじゃ、すべてを計れない現実に直面するシーンだ。

山岸とは僕だ。自分を重ねている。だから山岸目線ではスラスラと書けるのだけど、他の登場人物になると、各々の状況や理由があり、それぞれの過去もある、それぞれの体験があり、胸に秘めている想いもある。

その想いがある点で溢れ出す様を想像する、そして感情が泡のように噴き出してセリフを言う。どんなセリフを言うのか?

プロットが決まっていても、登場人物たちは僕の思い通りにならない。それぞれの主張、感情がセリフとなるから、直線まで僕はわからない。

そして説明を省く。これがとても勇気のいることで、こう読んで欲しいという気持ちが前に出すぎると説明が増える。たぶん読者はこう読むだろうと読者を信じれると、説明が消えてゆく。

泉南イオンの夜のフードコートで、時間を忘れて没頭していた。

蛍光灯の灯り、受話器の熱、血圧が上がった時の耳鳴り、どうしてよいかわからなくなった時の呼吸、身体的感覚を想像を膨らまし疑似体験する。そして言葉を置く。

このエッセイは書き始めて2時間でここまで書いているが、小説となれば一気にペースダウンする。

それだけの燃費が必要だから、小説は産みの苦しみがある。

だけど楽しい。

時間を忘れて書いていると、蛍の光が流れてアナウンスが聞こえてきた。

専門店街は閉店らしい。

僕はパソコンを閉じて、帰り支度をした。

Moonlight” Sonata

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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