技術よりも熱量

喉がカラカラだった。

時計を見れば6:00で、外は晴れなのか、曇りなのかハッキリしない。頭の中にモヤがかかったみたいに、何も思い出せなかった。

どちらに頭を置いても、体が安心しない。もう少し眠りたかったが、目を閉じながら「寝すぎてはダメだ」と、混濁した意識にとっかかりを作る。そのままウトウトと夢の中をさ迷っている間に、今日は日曜日なのを思い出して、ほっと気が楽になった。

思いっきり、空想して時間を贅沢につかってやろうと思った。

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空想か夢か

そこには少女がいる。年の頃はいくつだろうか?

20歳は越えていそうだが、見るからにアウトローだ。鼻にピアスをして、下唇にふたつ、左右対処にピアスをしている。

髪の毛は肩ぐらいまではあるだろうか、赤っぽい茶色の髪だ。そして電子タバコを吸っては、口から煙を吐いている。おもむろに黒い缶を開けて、炭酸飲料で喉を潤した、と思ったら、チョコレートをかみ砕く。バリバリと食べてから、右手の人差し指を口の中に入れて、歯に詰まったチョコを取る仕草をしている。

誰に見られようとかまわず、彼女は自分の世界を生きていた。

カセットデッキからは、激しく唸るロックが流れていて、エレキギターが響くその瞬間に、自分の右手を透明のギターを掻きむしるようにしたと思ったら、大きく口を開けて僕を睨んだ。

そして僕の顔ちかくまで来て、「ガフッ」と、大きなゲップをしてニヤッと笑う。

そしておもむろに草色のシャツを脱ぎ、地面にほり投げて、小さな乳房が小刻みに揺れる。踊り狂いながら、右手腕には不思議な黒いタトゥーが彫られていた。

髪が振り乱されて、耳たぶに3つのピアスが見え隠れする。

彼女の世界はほとばしる熱で荒々しかった。

再び、目を覚ました時は、11時をすぎていた。

障害

今日の僕はバイクで和歌山イオンに来ていた。フードコートで今度の応募作を執筆しようと思ったからだ。

和歌山イオンのフードコートは3階にあった。相変わらずここは人が多い。イオンの外はまるで人がいないのに、イオンの中に入るとアリ塚のように、人がたくさんいた。まるで和歌山の人々がこぞって来ているようだ。

向かってくる人が、僕と同じ方向へ避けようとするので、鉢合わせになり何度か立ち止まった。その都度、歯を噛みしめて、呼吸が荒くなった。

フードコートはさらにひどかった。昼時だったからテーブルはほぼ埋まっていた。前を行くカップルが何を食べようか迷いながら歩いている。追い抜かす事も出来ず、僕は彼らの後ろを歩いていた。

ピンクの服を着た女性が、後ろの僕に気がつき、僕を先にいかそうと右へ避けたが、左には人がいて道が塞がれてい。だから僕も右へ避けるしかなかった。女性と同じ方向へ僕も歩くので、女性は避けたつもりでも、同じ方向へ僕が来るので、女性の歩調のリズムが狂ってしまう。

そんなことが何度かあり、女性は僕を完全に意識して、何度も避けようと思うが、僕が同じ方向へ来るという、まるで僕が彼女をストーカしているようなカッコになった。

あからさまに女性の表情は迷惑がっていて、僕も呼吸が浅くなり舌打ちもしたくなるのをこらえた。

僕の目的のかむくらラーメンのブースに来たので、やっとのことでそのカップルから離れられたが、もうすでに僕は視野が狭くなってしまっていた。

かむくらラーメンを受け取り口で受け取ったが、薬味のニラは容器に無く空になっていた。仕方がなく、僕はトレイに乗せられたラーメンを慎重にテーブルに持っていこうとするが、前には小さな女の子が予測不能な動きをしそうだった。

もう僕は観念して、しばらく経ち尽くし、前にも後ろにも微動だに動かず、女の子が自分の席に座ったのを確認してから、通っても安全な道を確保して、やっとのことで歩みを前にした。

お昼ご飯までが、精神的にも物理的にも障害が多かった道のりだった。

創作

昨夜、僕は息子と食事に行った。

「だいたい美学がわかってきたかな。」

いつもの160gのステーキを注文して、僕は130gを注文した。

「美学ってさ、余計なものを削ぎ落す事が必要なんだ。そして世界感は余計なものをひとつ作ることなんだ。」

僕は息子の話す事を、またわけのわからない事を話し出したと、目を細くした。

「余計なものを削ぎ落すのが難しいわ。」

「それは説明を省く事なのかな?」

僕は小説に例えながら、息子の言いたい事を理解しようとした。風景を置く書き方が最近の僕の文体だったので、余計な説明を可能な限り省こうと試みていたから、息子の創作になんとなく僕なりに理解を示した。

「そう。説明は不要だよ。創作は作るまでが創作。出来上がった作品は、受け手が感じる事だからね。」

まさに、そのとおりだった。説明をして、こう解釈してくださいねという文章は、読んでいて窮屈だ。例えば又吉の小説で「火花」というのがあるが、あれは熱量が強く、終盤になればなるほど文章の圧が高まる。説明的な個所が随所に主張してくるのだ。

たぶん、僕の昔の文章も圧があったろうと思う。読む方はかなり疲れるハズだ。

息子のつくるズボンで、説明を省く事が、具体的に何を意味するのかは、僕にはわからなかった。だけど、創作するまでが作り手の責任。後はコントロールしようがない、という意見には賛同する。

存在

【新日曜美術館アートシーン】というNHKの番組で、「ジャッド|マーファ展」を紹介していた。

「意味ではなく存在を感じる」

それがドナルド・ジャッドの世界観だった。

作品が何かを象徴したり、物語を語ったりすることを避けた彼の作品は、僕とは正反対の方向だった。僕のエッセイは、ひとつひとつに横たわっているテーマがある。そのテーマにそって風景を置いてゆく。

テーマが解き明かされるかどうかなんて興味がない。ただ読んでくれた人の感性に届けばいいな、ぐらいで止めていて、読む人の自由を尊重する。

意味ではなく存在を感じる・・・か。

エッセイは、ある意味、存在としてある。読む人が仮に迷いの中にいる時、いつだってここにエッセイがある。そこには、かつて生きた証を書いている。そしてそれはただ存在している。コントロールもせず、ただココに在る。

錨のような存在で、流される事無く、ここに在る。

だけど、意味は排除していない。意味があるからこそ、今があるというのが僕の今の考えだからだ。

だから僕は、ドナルド・ジャッドの世界観に半分だけ共感した。

スランプ

フードコートの一番壁際のカウンターには、コンセントが備え付けられていた。そこから持ってきたパソコンに繋いで、新人文学賞の応募作を書くつもりだったのだけど、あまりの人の多さに、そこはすべて埋まっていた。

仕方がなく、受験勉強中の学生さんに交じって、僕もテーブル席につき、パソコンを開いた。

モバイルバッテーリーを持ってきているので、いざとなれば充電できる。とにかく時間を気にせず、今日は創作活動に充てようと思った。

がしかし、僕の頭も感性も全く働かず、タイピングの指は止まったままだった。

物語は、重要人物の登場シーンにかかっているのに、本間さんというキャラで、重要なキーパーソンの話す事が思い浮かばない。

セリフが思い浮かばない。セリフを書くのだけど、本間さんが言いそうなセリフが全くわからなかった。原稿用紙170ページ分の物語を書かなければ、応募作として認められないとか、本間さんがこれから話す言葉ひとつひとつが、最後に回収されるハズの重要な伏線なのだが、全く書けない。

だめだ・・・

と諦め、今日のエッセイを書こうと思ったが、こちらも全く書けなかった。

おやすみ、良い夢を

全く書けずに、僕は帰宅する羽目になった。

ボールに、小麦粉を入れて、水を入れて混ぜていた。粉は水を吸ってダマになった。

まだ水が少ない。

少しづつ入れて、やっとドロっとした感触になってきたので、そこに刻んだキャベツを入れた。そして生たまごを割って、良い感じの粘り気がでてくれたから、そのまま熱々のホットプレートに流し込み、その上に豚肉を並べてやる。

表面に空気の泡が立ってきたので、ヘラで一気にひっくり返した。

晩御飯はお好み焼きだ。

3枚を平らげて、そっして今、このエッセイを書いている。

このエッセイは見返すことなく、書き上げたら、そのまま公開するつもりでいる。

僕はカッコつけていたんだ、っと書きながら感じていた。上手く書こうとするあまり、手が止まってしまう、そしてアイデアも浮かんでこない、そんな悪循環なのだと思う。

僕は素人だし、風景で置くのも苦手だ。説明する文章ならさらさらと書けてしまう。そこに風景に変換して、刑しては書き足しを繰り返して、やっと満足のいくエッセイになる。

今日は、そんな小細工は止めて、一気に書いて、そして公開する。これが僕の下手くそなエッセイの丸裸の姿なんだと思う。

諦めてから、いつも進みだす。

自分のカッコ悪さを、認めてから、やっと着飾ったモノを降ろす事ができる。

僕というありのままの存在を、ここに殴り書いて、今日は寝ようと思う。

おやすみ、良い夢を。

EURINGER FUCK EVERYTHING

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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