花火

「どう?見えた?」

僕は田口(仮名)さんとバケツの中を覗き込んでいた。バケツの中には水草とタニシと、小さなメダカの子どもが泳いでいる。

「どこ?見えないわ。これかな?」

「ちがうちがう。それじゃないよ。」

子どものメダカは、生まれて間もない。本当に目を凝らして見えるぐらい小さな命だ。

「ちょっと眼鏡とってくるわ」

高齢の田口さんは自分の席まで眼鏡を取りに行った。腰を抑えて「イテテテ」と言いながら、すぐに帰ってきて眼鏡をかけて再び覗き込んだ。

「あ!ホントだ。こんな小さいのが泳いでるわ。ほら、ここにも、あそこにも。たくさん。」

1ミリもないメダカの赤ちゃんを見つけた田口さんは、手のしびれや腰の痛みも忘れて、メダカを次々と見つけては、喜びの声をあげた。

目次

メダカ

「おまえーー!!」

ボーっとテレビを観ていた僕に、妻がベランダから僕に叫んでいた。

また騒がしい事で、我が家はいつもこの調子だ。妻の言葉はいつもドッチボールのようだ。ボーンと投げてボカーンと当たる。

「なになに。騒がしいなぁ。なんだよ。」

「こっちこーい。こちっきてこれ見てみろ!」

ドッチボールが投げられ、僕にボカボカと当たる。日曜日のゆっくりした時間に、怒った妻が僕を呼んでいる。重い腰をよっこらせと上げてベランダに出ると、妻が「これ見ろ!」と指をさした先に、メダカの水槽があった。

「なに?」と覗くと、一匹メダカが泳いでいて、一匹砂に埋もれて死んでいるメダカがいた。それで思い出した。僕がメダカの砂を買ってきて、ざざーっと水槽に入れた時に、一匹いなくなったのだ。

「あれ?」と思いつつ、さして気も留めなかったのだけど、砂に埋まってご臨終されていた。それを、今まさに、妻が発見したという現場だったのだ。

「もう、お前、触るな!」

妻が大激怒だった。そりゃそうだろう。誰かにもらったメダカちゃん。2匹に餌をせっせとやり、妻がメダカの水槽に近づくだけで、寄ってきたという懐きようだったわけだから。ささやかな妻の楽しみを、僕は荒らしてしまったわけだ。

重力

田口さんがメダカの赤ちゃんを見て、心から楽しそうにしているのを見て、妻とのメダカの想い出が浮かんできた。そんな自分が可笑しくなった。

このエッセイで、なにを書いても最後には妻に辿り着く。まるで地球の周りをまわっている月のようだ。地球の重力から逃れることなく、そのまわりをいつまでも回っている。

最近は、蒸し料理に嵌っている。コーナンで蒸し器を購入して(鍋の上に置くだけの簡単な蒸し器なのだが)じゃがいも、にんじん、ブロッコリー、鶏を入れてポン酢で食べる。

そういや、妻は太らずにいつだってキレイにしていたなぁ。そうか、そういや晩御飯をあまり食べていなかった・・・とか思い出す。

なにを考えていても、なにをしていても、ふとしたキッカケに妻の事を想い出して、そういえば・・・と考えている自分がいる。まだ僕は妻の重力圏の中にいるのだろう。

そんな自分がまんざら悪い気はしなかった。

空っぽ

息子から「メシいこうぜー」といった連絡はない。たぶんうまくやっているんだろう。大企業のアパレル関係だったので、基本の給与が高いうえ、実績を出せていたからさらに時給は上がっている。十分すぎる給与が振り込まれているのだと思う。延長していた養育費が無くても、彼は生活していけるようになった。

経済的な制約を突破して、息子はやっと本当の自由を手にしたのだと思う。

なんとも羨ましい事だ。

30年前に長男が亡くなり、養子縁組をして跡継ぎの道を選んだが、思えばあの選択が、あらゆるものに組み込まれ自由を失った。ささかやな自由が妻との結婚だった。

息子は本当の自由を手にして自立した。もう僕の出来る事はない。

ここからは僕自身の自由と向き合う時間になりそうだ。

花火

「主任、今日はりんくうで花火大会ですよ。」

そういう中山(仮名)さんは帰り支度をして、ひさしぶりに残業なしで僕も帰れそうだった。

「花火大会があるんだ。それは何時からなの?」

最近はアンチエイジングに関心があった僕は、毎日の生活にちょっとした変化を意識的に取り入れる事を心掛けていた。それが心身の若さに繋がり、老いを遅くらせてくれるらしい。

「19:30~20:10までって書いてありますよ。」

スマホを見せてくれた中山さんもおもいっきり短髪にしてパーマをかけた。後ろも横も刈り上げて、まるでアニーだ。イメージチェンジを図った中山さんは変化を楽しんでいる。僕と3つ年下だけど、いつも若々しい。

僕も見習って今日の予定に花火というスパイスを取り入れた。

バイクで泉南イオンまで行き、そこから片道3㎞のウォーキングでりんくうまで行って、花火を楽しもうと思った。

変化の中

YAMAPを立ち上げウォーキングの計測を始めた。

「さぁ、いくか。」

花火大会で泉南イオンも人でごったがえしていた。

こんなに人が集まるものなのか・・・

何度も人とぶつかりそうになり、そのたびにリズムが狂わされる。呼吸を整え、右へ、左へ、身をよじりながら混雑の店内を抜けて外へ出る。空は明るくまだ陽が斜めに差している。

湾岸線の歩道に来ると、ここからりんくうまで歩く猛者はいないらしく、視界がスッと真っすぐに伸びて道が開けた。手入れされていない歩道から雑草が茂っている。





「大股で歩くんだよ。はい、いち、にい、さん、しい・・・」

妻は額から輝く汗が玉になって流れて、僕に掛け声をかけていた。僕はそれに必死でついていく。


そんな事を想い出して、雑草だらけの歩道を大股で歩いた。大きめのリュックと服がカシャカシャと擦れた。歩道のブロックは、雑草に持ち上げられ凸凹していたので、歩きにくかった。


変化の中は、僕にとって安心の外だった。


次第に陸橋に近づき、足に荷重がかかってくる。上り坂を登ってゆくと、少し肌寒い風が吹いてきた。登れば登るほどに気流は強くなった。



陸橋の下には漁港の湾があり、堤防がありテトラポットが並んでいる。そしてそこから花火を観ようと、多くの人が座っていた。バーベキューしている群衆もいたり、カップルでいたり、友達でいたり、親子でいたり。

僕はひとりウォーキングの速度を上げながら、陸橋の中央まで来た。ここまで登れば多くの人がいた。陸橋から花火を観ようと考える人は、僕だけじゃなかった。

陸橋からりんくうのほうを見れば、大勢の人が集まっていた。まるで万博のような混雑模様だ。陸橋を降りてあの群衆の中に突っ込むと、背負ったリュックが人に当たりまともに歩けないだろう。木に空が遮られて、花火も見る事が出来ないだろう。どう考えてもこの場所が最適だろうと、僕は場所を探した。

異世界

陸橋の中央付近に場所を構えた僕は、風を感じていた。下を見ると堤防に座った人たちが、岩に張り付くフジツボのように見えた。海には台船があり、あそこから花火が打ち上げられるようだ。

台船のまわりを警備船が巡行していて、その外側を船から見ようと小さな船がいくつも浮かんでいた。緑や赤を点滅させる船の中には、ウインドサーフィンの仲間もいるんだろうか。

この景色を一緒に観たかったなと妻を想い出したハズだろうが、今回は状況が違った。

「花火って何時からなんですか?」

と背の高い女性が僕に話しかけてきた。僕を見る顔は薄暗くてもハッキリわかるぐらいに、濃い化粧をしていて、特に真っ赤な口紅がニコッと笑っていた。

「19:30からだよ。」と短く答えると

「こんなに寒いと思わないから、って寒いですよね。」と、陸橋の手すりから身を乗り出して、僕の顔を覗き込んだ。

僕は眉をひそめた。彼女から出てくる質感がまとわりついてくるようだった。呼吸が浅くなり、身体の神経が毛羽立った。

「そうだね。少し寒いかな。だけどもう少しだよ。19:30はもう過ぎているからね。」

と僕は彼女に言い、頬を持ち上げて口角を斜め上に引き上げ笑顔を作った。

後ろでは暴走族のケタタマシイ爆音が鳴っていた。マフラーで不完全燃焼が起こっていて、「パンパンッ!」「バリバリバリッ!」と陸橋を走ってゆく。人が集まるところに集団で現れる暴走族は、田舎の風物詩だが、この時はこの爆音が心地よかった。

すると一筋の光が空へ伸びていった。

「ほら。始まった。」

と僕は指を指すと、彼女は僕から視線を花火のほうへ向けた。大きな花火が「バーーーン」と見事な大きへ広がり、辺りは赤く染まり、彼女の長い髪は、光の輪郭でふちどられた。

次々と放つ花火は、空気を揺らし僕たちの肌に打ち付けた。その間、ずっと彼女の香水の香りと、暴走族の爆音と、花火の衝撃波で、異世界にいるようだった。




Summertime Sadness

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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