八朔があった。泉南イオンでも、co-opでも売っていなかった八朔が、このスーパーにあった。迷わず買い物かごに入れて、そして総菜を2つほど入れて、350mlのハイボールを2缶入れた。
会社でダイエット部が自然と出来上がり、日課となった体重測定。お腹を空かせている時に、体重計に乗るほうがいいのだろうか?それとも飯を食ってから体重計に乗るほうがいいのだろうか?そんなことを時々考える。
5万円ほどの土鍋で炊いた米を再現できるタイガーの圧力IH炊飯器で、米を1合を炊いた。美味しい白米を食べるための、御惣菜をテーブルに広げて夜の晩酌をする。
家族円満を願って購入した大きな丸テーブルに、僕はひとり座っている。テレビに向かって正面席は、かつて子どもたちが座っていた場所だ。台所側に妻が座り、妻の正面に僕が座っていた。
妻が作る料理のなかでは、ほうれん草とベーコンを炒めたものを、厚揚げの上にかけた料理が、最高に旨かった。もちろん、なんでも旨いのだけど、あの味は忘れられない。
あの味を想い出して、最高に美味しく炊けた白ご飯を口に運んだ。最高に旨い白米だった。さすが土鍋風に炊ける炊飯器だ。
才能
「一応、3階の広いほうの部屋は空いているけどな。」
自宅3階には、子ども部屋が空いていたし(娘の机も息子の机もそのままにしてある)、マンションの3階は、祭礼団体にいっとき貸していたのもあり、荷物を片付けてしまえば十分住める。
「どっちに住んでもいいぞ。どうする?」
「マンションのほうがいいわ。アトリエにしたいし、創作にノイズがあったら集中できんのよ。」
息子は服づくりに集中したいらしく、僕も含めて創作活動から距離をとっておきたいようだった。息子のその気持ちはとてもわかる。僕の母親がさして用事もないのに、関わろうと視界に入ってくるから、僕の安心できる居場所がことある事に汚れた。特に仕事終わりに、やっとひとりになれるというタイミングで、仕事場に来てはいつものごとくにペラペラと必要もない話をされると、とたんに僕の癒しの時間はイライラの時間になった。
「わかった。じゃぁマンションの3階を片付けるわ。捨てるものばかりだろうから、手伝ってくれる?」
祭礼の時に使った部屋がそのままだったので、床に貼られたフロアシートをひっぺ返したり、古い酒や調味料を捨てたり、電球を取り替えたりしないとしないといけなかった。幸い、大きな物が無いので2時間も片付ければ、住めるようにはなるだろう。
そして僕は、息子と別棟で住むことになり、息子がどういう生活をしているのか僕にはわからない。それでいい、それが僕と息子の距離感で、互いの自由に踏み込まない距離だった。
時々、息子が「メシいこうぜー」と仕事場にやってくる。そしてメシに行く。そこで近況を話し合うぐらいの関わりだった。
美味しい白米を食べて、蒸した鶏を食べていると、ガチャンと外で音が鳴った。
窓を開けると涼しい風が部屋に入ってきたので、ベランダの扉は開けていた。だから外の音が聞こえてくる。しばらくすると階段を登る足音が聞こえてきて、どうやら息子が帰ってきたようだ。時間を見ると23時をまわっている。最近は仕事で帰りが遅い。
自分の生活をしっかりと回しているようだったので、仕事と服作りを両立できているのだろう。
「仕事は楽しいよ。外国人と話すのは面白いからね。」
「英語は思い出せたのか?」英語は使わなければ、どんどんと話せなくなるそうだったので、心配して息子に尋ねてみた。
「わからない単語は、こんな感じで、こんなイメージ。あれなんて単語だっけ?と相手に言わせてるよ。大丈夫、問題ない。」っと息子はにんまり笑った。
「服作りも頑張ってんの?」
「うん。今はレザーに凝ってたり、染色にも手を出したから、こんどジーンズのシワを中心に染めてみようと思うんだ。シワは動きに合わせて変化するから、面白いんだよ。」
息子はどんどん先に進んでいく。仕事でも実績を出しているようだし、服づくりも革に手を出したり、染め物に手を出したり、そしてInstagramもさぼらず投稿して「いいね」を稼いでいて、ネットの世界でも頭角を現すのも時間の問題かもしれなかった。
息子は評価される事を嫌い、自分のしたいこと、面白い事をすることに、ひたすら熱中する。熱量のぶんだけ突き進むから、努力を努力と思わずにやってのける。それが息子の才能だ。
順調に進んでいる時ほど連絡はないものだ。それでいい。僕の出る幕はもうない。
受け取ったバトン
「おーい。」っと息子が仕事場にやってきた。
相変わらず背が高い。自前で作ったジーンズを履いていて、見事に黒っぽく染色されていた。ムラもあって存在が浮き出しているようだ。
「いいじゃん、その感じ。」
「だろ?この座った時のシワとか、歩く時のシワとか、シワの動きに合わせてテカったり無くなったり、存在が曖昧に点滅するのがいいんだよ。」
いつものように、わかりにくい表現だど、言いたい事はなんとなくわかった。息子が仕事場に来ると、僕はなぜだか楽しくなる。どんな面白い話が聞けるのだろうと、話をする前から気持ちが沸き立った。
「メシいかん?」と珍しく疑問でいう。
「めしいこうぜー」って勢いが体からワラワラと出ているのに、今日は「メシいかん?」だった。僕は炊飯器を予約タイマーをセットしていて、もうすでに米は水に浸かっている。
まぁ炊飯器は保温があるから、明日の朝に食ってもいい。味は落ちるけども・・・。
仕方がない。メシはあったけど付き合うか、っと息子に「何を食いにいこうか?」と答えた。
例えば商店街の鳥貴族でも、近くのにし野や丸亀うどんでも。ただ「メシいこうぜー」という勢いのあるトーンが無かったので、ゆっくり話せるところが良いかなと思い、個室のあるたから寿司にした。
◇
「店長が言うにはさ、店長がいなくても回る店づくりを目指しているんだって。だから、朝は橋本(仮名)さんが軸に、夜は僕が軸にする方向で調整するって話してくれたよ。」
席に着くなり、仕事の話になった。僕はメニューに手を伸ばし、息子に渡して言った。
「その橋本さんってのは、バイトさん?」
「主婦の人でバイト。英語も韓国語も話せるらしいけど、めっちゃ出来そうな人。」
「仕事が出来そうって、どんな感じを受けるの?」
息子と話す時は、事柄を聞くのではなく、感性で感じた事を聞けばいい。
「なんか視野が広いなって感じるよ。ここはこうすれば良いよっとかちゃんと他のバイトに指導しているし」
以前、息子は人に教えるのが難しいと言っていた。外人と話して、感覚で話をして心を惹きつけてゆくので、息子の販売方法のいろはを教えるのが難しいらしい。
「なるほどな。という事は、お前もバイトを指導する立場になるわけか。」
息子はメニューも見ずに僕を見て話している。そこへ店員が来て「お飲み物なんにしましょう?」というので、僕はひれ酒を注文し、息子は少し悩んでウーロン茶を注文した。
話が込み入りそうな感じを受けたので、ひとまず食事も注文した。
「えーと、茶碗蒸しと、海鮮サラダと、マグロの赤身と」と注文しだすと、「マグロもうひとつ下さい。」と息子が割り込んでくる。
「ワサビどうしましょう?」と店員が聞くので、「ワサビ入りひとつと、ワサビ抜きをひとつで」と息子は答える。
あらかた注文したところで、僕は言った。
「その橋本さんだっけ?ちゃんとバイトに教えているのだろうけど、マネしたところでお前は橋本さんじゃないからさ」
当たり前の事なんだけど、目の前で出来ている人を見ると、焦る気持ちもわかった。焦ると自分を見失う。自分らしさを見失う時にからまわりしそうだったから、基本の事実を言葉にした。
しばらく息子と話をしていたら、教えるのがムズイとか、30名バイトがいるのに5人ぐらいしか知らないとか、一番年下で働いた事のないガキが教えるってある?とか、だいたい息子の言うの事はネガティブな色合いが滲み出ていた。
茶碗蒸しが運ばれてきたが、蓋は閉まったままだった。
「あのさ、パパだったらまず観察するかな。で教える時に必要な視点は、相手に多くを求めない。レベル1でひのきの棒でえいや!とやってる奴に、いきなりボスを倒して来いって無理だろ。だから次の街にいって鉄のつるぎを買ってこいって言うかな。」
以前、息子が接客を釣りゲームに例えて説明してくれたので、僕は息子が理解しやすいようにゲームに例えた。イメージだけ伝えれば、息子は頭の回転が速いから、現場でどうとでも変換するだろう。
息子は黙って僕を見ていた。「確かに」というセリフが返ってこないから、さらに続けて話す。
「お前は、まるちゃん(仮名)や中山(仮名)くんに、仕事が面白くなければ辞めればいいじゃんって話していたでしょ。あれってさ、面白い事をすればいいじゃんってお前は思ったんだろうけど、それが出来ない人が大半なんだとパパは思うんだよ。」
これは僕もそうだった。面白い事よりも役割を重視したし、生活するためには我慢も必要だと思い込んでいた。離婚をしてからが反転の人生になった。社会規範や常識を捨て、承認欲求もアホらしいと開き直り、僕もやっと自分の面白い事や、やりたい事に向き合うことになるのだが。
「たぶん、お前は自分の出来る事は、他の人も当然出来ると思っているだろ?それをそのまま相手に求めると、空回りするからさ。」
「確かに」と息子は言ったので、「そういうこと」と後は省略した。
「ひとり慕ってくれる奴がいてさ、めっちゃ仕事出来ないんだよ、そいつ。橋本さんもイライラしててさ、そいつも自分が仕事出来ないのを自覚してるからさ、それは僕がやるからって、もうお前はダンボール畳んどけって言ったんだよ。するとめっちゃダンボールをキレイに畳むんだよ。それも速いんだよ。なんか面白くてさ、もう笑いにしてやろうと思って、仕事出来ない事をイジってやったんだ。めっちゃ凹んでいたけどね。」
マグロが運ばれてきて、待ってましたとばかりに息子はマグロのにぎりを口へほり込んだ。旨いっと目を見開いてご満悦な表情を見せた。
「それでいいと思うぞ。仕事の出来ないスタッフがいる時は、いったんサービスの質を下げる選択も必要だと思うよ。配られたカードがワンペアーだったとして、こりゃ勝てないと思った時は、とりあえず全員のモチベーションを上げる。それだけでお互い声掛けし合える環境が整うから、気持ちやノリだけでワンペアーがツーペアーになったりもするわけだ。反対に、注意しまくると現場の空気が悪くなって、人間関係が濁って、摩擦だらけでサービスどころの話じゃなくなるからな。自分のパフォーマンスさえも落としていくわ。」
この経験の元になっているのは妻の助言だった。
今のデイサービスが出来た時ぐらいだ。妻は僕の官兵衛で、妻に知恵をもらっていた。
「ありがとうってスタッフに言うのよ。誰も感謝されて悪い気はしないでしょ。仕事だから当たり前だろとか思わないで、仕事でもありがとうと伝えるの。ありがとうは魔法の言葉なんだよ。」
っと妻に言われ実践したら、すぐに効果が見て取れた。それから僕は事あるごとに「ありがとう」と考えずに言葉にした。妻の言うとおり「ありがとう」は魔法の言葉で、スタッフのモチベーションを上げて、次第に現場の雰囲気は良くなっていった。
たぶん僕はこのとき、妻の教えで、鉄のつるぎを手にしたのだろう。妻の言葉が僕の中で熟成されて、息子へ伝える大切な結び目になった。
妻から受け取ったバトンを、ここで息子に手渡している。
息子は、魚の煮付けを食べて、マグロのにぎりを食べて、うなぎの巻きずしを食べて、さらに注文した。食欲もさることながら、話題も尽きなかった。
今の店ではエースは間違いなく僕だとか、副店長の八尾(仮名)さんは優しくなったとか、関空店の設営に行った時にしっかりボディーチェックされたとか、いつものペースに戻っていた。
「バイトを指導できそうか?」と尋ねると、息子は「やるだけやってみるよ。」とウーロン茶を飲み干した。
僕は内心ホッとした。飽きやすい性格なので、興味を分散させる戦い方がいずれ必要になると思っていた。外国人と英語でコミュニケーションがするのが楽しいという理由で、今は無双できていたとしても、いずれ飽きるだろう。
そこにバイトリーダーの話が舞い込んできた。これは良いタイミングだった。
ここで人に教える面白さに目覚めてくれたら、長続きするだろうと思う。人の心は読めないから、息子にとっては攻略し甲斐のあるゲームになるはずだ。ハタチそこらの若造が、リーダー職を得て、経験を積めるわけだ。
大いに成功も失敗もぶちかましてやれ。
一気にひれ酒を飲み干し、フグのこうばしい香りが鼻の奥からツーンと抜けていった。
親子の間を繋いだ人
「お前、良く食うな。」
「アメリカじゃ味わえないしね。日本で生まれて良かったよ。それに最近は物価が上がったからさ、こういう機会じゃないと旨いものが食えないからさ。」
と、笑って言ったが、ここは回る寿司屋じゃなかったし、息子が旨そうに食っているウナギの巻きずしは、うなぎを一匹料理したもので、メニュー表には「時価」と書かれてあったし、今夜のキャッシュは高くすきそうだった。
ゆっくり話が出来たからこその展開だったのかもしれないから、お値段と見合う価値はありそうだった。
「Instagramに服をアップしたら(いいね)がめっちゃ来るんだけどさ、最近レザーにも興味が出てきたから、レザーの画像とかアップするけど全く(いいね)が来ないんだよね。」
それを聞いた時、僕は自分のYoutubeチャンネルと同じ現象が起きているなぁと感じた。ウインドサーフィンの動画は反応があるけど、バイク、カメラ、登山では全く反応がない。求められているのはウインドサーフィンの動画だったので、あのチャンネルでは僕は好き勝手出来ない環境になってきていた。
「それでもさ、好きなようにアップしていこうと思うんだよ。それが僕の軸だからさ、他人の評価に乗ってコロコロ変えると軸がズレるだろ。それはファンを裏切る事になるからさ。」
息子は何気なく言った言葉なんだろうけど、僕にはかなり響いて、ハッと気がつかされる言葉だった。息子にはいろいろと気が付かされるし、学びももらう。
こんな息子だからこそ、話していて楽しかった。娘もユニークな個性をもっているし、息子ともども、柔軟は発想で時代を味方にして、親を越えてゆくのだろう。
まだまだ負けてられるか!っという気持ちもあるが、考えてみれば、それが一番の親孝行だろう。
「あなたの娘と息子なんだよ。もっと信じなさいよ。」と妻なら言うかもしれない。その声が耳の奥で懐かしい質感となって響く。
地元の祭りの場面で、妻は僕に言った。
「息子はあなたを尊敬しているんだよ。だから息子の同級生があなたを呼び捨てにするのが嫌なの。あなたを呼び捨てに出来るのは自分だけだと思っているの。だから、息子の友達があなたを呼び捨てにしたときは、ちゃんと注意して。お前の父親じゃないぞって」
妻は、息子の想いをしっかりと汲み取っていた。そしてそれを僕に伝えてくれていた。
息子と僕を妻は繋いでいたのだ。
妻には感謝してもしきれない。
「ありがとう」
それぞれの道へ
あれから息子からは2週間ほど連絡がない。
僕はバイクを乗り泉南イオンのロンドンという美容室に向かった。
夜勤明けの水曜日の事だ。
朝から雨予報だったが、ポツポツと降るだけの小降りだったので、地平線がぼやけた海を見ながら湾岸線を走った。
白髪メッシュで色を入れようと思っている。
息子は「もうオッサンなんだから、メッシュとか入れるのやめなよ。」と言うが、オッサンだからこそお洒落をするんだと思っている。禿げる前にやりたい髪型にしないと、後から後悔するだろうから。
いつか息子も僕の歳になればわかる日がくるさ。
