夜、ディズニープラスで「SHOGUN」を見ていた。
首が切られる場面が、随所にあって、これはサブスクのドラマだから出来る表現だなと思った。全編、日本語で演技されていて、それでもゴールデングローブ賞を取っているんだから、日本の作品も世界に向けた地力があるんだなぁと感心していた。
ラストのシーンは、なかなかに余白があり、観る者に考える機会を与えてくれた作品だった。
人は考える。考える事をやめてしまったら停滞する。
それは死と同じ事だと僕は思う。
過ぎ去った、あの日の出来事も今の生き方で意味合いが変わる。だから考え続けて過去を大切にする。
僕たちのあの日は存在していた。今はそれだけでいい。残りのピースが埋まる時が来るかもしれない。
今はそれだけでいい。
フライドチキンをアテにハイボールを呑んでいたら、チャイムが鳴った。たぶん息子だろうけど、やはり夜にチャイムが鳴るのは構えてしまう。
ドアノブに手をあて開けると、思った通り息子だった。
「おーっす。」と息子の声が響くと、「プリンいる?」と差し出された。
「プリン欲しい。欲しい。」と言うと、袋からガサガサとひと瓶とりだして「はい」と手渡ししてくれた。
「どこ行ってきたの?」と聞くと、「京都に行って来た。温泉にも入ってきたぞ。」と笑顔で言った。休みが変則なぶん、息子の動きがわからない。
「ありがとう」とプリンを受け取り、本当に短い会話だったけど、息子のパパにプリンをやろうという気遣いが温かかった。
反対する
小説を書くようになって、今日も数行だけ書き入れたのだけど、これで良いのかわからない。
とりあえず、頭から終わりまで書いてしまって、全体が浮き彫りに出来たら、カタチを整えてゆくつもりだ。
あと50日ほどだ。〆切まで50日ほど。毎日を積み重ねてゆく。
夜勤の火曜日に、息子がデイルームに入ってきて「誕生日おめでとう」と言った。
胸に温かいものが込み上げて、僕は「ありがとう」と答える。
息子は座りもせず立ったまま話し始めた。「副店長の人望もしっかり獲得したよ。いい感じだから。」と笑って話す。自分で作ったジーンズを履いて、黒を基調にした色に、染色されていて、ところどころ汚れたような、擦れたような白がまざっている。といっても完全な白でもなく、くすんだ色で自然と馴染んでいた。
「30代の午前のリーダーさんもさ、これどうします?とか聞いたら、しらん!っとか冷たかったけど、っていうか聞いてるのに、しらん!って態度ある?」と笑いながら息子は言って続ける。
「それでも、笑顔で、これどうします?とか、これはこうしましょうか?とか、近づいていってると、向こうも心を許してくれたのか、自然に話しかけてくれるようになったよ。」
しっかり点ではなく線で見れていた。
息子は座らずに、立ったまま話し続けている。僕にはアドバイスすることなんか無かったし、ただ息子の話を感心して聞いていた。
「あのさ、オーストラリアに行こうと思うんだ。ワーホリ(ワーキングホリデー)で1年間働けるらしいよ。一緒の職場の人がオーストラリアのボストンにワーホリで働いていたらしいんだよ。面白そうじゃない?」
「あぁ。それは良いんじゃないか。若い頃に何でも経験すればいいと思うよ。」と僕は言いながら、これは少しだけ釘を刺しておかないと、危ない領域に足を踏み入れて行きそうだった。
「ワーホリをするにしても、個人で行くなよ。ちゃんとEFを通して、そこから行けよ。」
息子は僕の言葉を聞いて、表情を歪ませて「えー、EFは高いじゃん。個人で行ったら安いんだよ。」と思った通りの事を言った。
やっぱりだ。息子はホントにタロットカードの愚者だった。

「今まで、お前を見ていてな、お前の発想はリスクを予想する力が弱い。面白いに集中するあまり、今しか見ていない。そんな奴が個人でワーホリに行くだって?タロットカードの愚者を思い出せよ。犬が危ない危ないって言ってんのに、まったく聞いてないだろ。あれと同じだ。足元を見ろ!」
「なんでよ。」
タロットカード面白いなって以前、息子は僕に言ったのだけど、愚者の例えがまったく伝わらなかった。
「言った通りだ。オーストラリアでワーホリをするのは賛成だけど、個人で行くというなら反対だ。EFは高いかもしれないけど、病気になった時の保険のきく医療機関の紹介やら、怪我した時の保障、失業したときの相談窓口、現地の事に詳しいスタッフが常駐してる。安全を担保に、ワーホリをする方がいいよ。いきあたりばったりなお前の性格からして、EFは最高の環境だと思うぞ。」
ここは是が非でも反対の意思を示しておかないと、といっても最終的に決めるのは息子なのだけど、安全な道があるのに、そこを通らないという選択はあり得ない。
「もし、お前に何かあったら、パパはママにどんな顔をして謝ればいいと思っているんだ。」
表情を硬くして、眼光鋭く息子を見て言った。
「じゃぁ、ワーホリ代を出してよ。」
「ほら、来た。お前いつもそれだ。」
僕はため息をついた。そして肩の力が抜ける。
「入ってきた金を全部使っちまって、無くなって金をおくれと言う。仮に個人でワーホリ言って、思うように就職できずに、どうしようとあたふたして、パパお金振り込んでくれと言うのが目に見えるわ。」
その映像が頭の中でカラーの4Kで再生される。自分で言って、自分で納得するとはこの事だ。
「だから、まだ働き始めたばっかりだから、先月の収入は少なかったんだよ。それに税金でどれだけ引かれていると思っているんだよ。」
息子は僕の言葉に反応して、反発するが、論点替えも甚だしい。
「そりゃ誰でも一緒だ。税金を払うのはパパも払ってる。やっとお前はパパと同じ土台に立ったという事じゃないか。それでもパパの金を充てにしてるのは、無計画に使ってしまうからだ。もっと自分の収支を把握しろ。」
僕は自分を棚に上げて息子に言った。それがなんだか可笑しかった。僕も息子ぐらいの年は、ブラブラしていた。息子のほうがよっぽどしっかりしている。だけど親になると自分を棚に上げて偉そうな事を言うようになるもんだと、僕は自分が可笑しかった。
「マネーフォワードで資産管理してみろ。銀行口座と連携すれば収入が自動で記入される。DカードやD払いで買い物すれば、支出が入力される。現金はレシートを写真で読み取ってくれるから、これで毎月の収支がわかる。今月は黒字だったのか、赤字だったのか。」
息子は体を揺らしながら、僕の話を聞いている。手をぶらぶらしながら。
「つまり生活費の平均総額を出したら、可処分所得がわかるから、そこからワーホリに行くお金を貯めろ。銀行に預けていても金利はつかないし、そもそもお前は使ってしまうんだから、積立NISAで毎月3万ぐらい投資信託を買っとけば、ドルコスト平均法で儲けはあるから。それを通帳から引き落としにしとけ。みるみるうちに貯まってゆくから。」
今までの息子に話したとて、全く興味を示さなかった。だけど今、オーストラリアにワーホリ行きたいという目的が出来たから、今この時点で投資を勧めればうまく乗ってくれるような気がした。
息子はスマホを出してアプリを探し出して、「これ?」と僕に見せるので、「そう、それ。まずは自分の資産を把握しろ。結果、赤字でもいい。わかる事、見える事がスタートだから。」
「お金の勉強はしといたほうがいい。お金は一生つきまとうものだし、お金のせいで自由も余裕も生まれるから。難しい言葉でマネーリテラシーを育てるというんだけど、今から身に着けておけ。」
どの口が言うんだろう。ホントに僕はどの口が言うんだろう。マネーリテラシーなんて言葉を、僕は50代になってから知ったわけだ。マネーリテラシーとか、投資とか、資産管理とか、全くしてこなかった僕が、偉そうに息子に説いているんだから、笑えてくる。
そんな僕の言葉を真面目に受け取ってくれるというか、受け取れる感受性がある息子は素晴らしいなと思った。もうすでに僕は息子に負けている。勝ち負けで物事を見るのはもう辞めたんだけど、こればっかりは負けていると思う。
もう息子は僕のずっと先にいるんだ。
「これ有料じゃん。月600円もいるじゃん。」とスマホを僕に見せてきた。
「ちゃんと見ろよ。無料版があるだろ。口座の連携が4つまでなら無料だろう?」
「あ。ホントだ。無料コースがあるわ。」
息子はパパっと登録を済ませてしまった。資産がない息子にとっては無料版で十分通用する。普通口座の他に、仮想通貨口座や、証券口座と増えてくれば、足らなくなるけど、今はそれで充分。息子はメキメキとマネーリテラシーを育ててゆくだろう。
そのうち、息子はオーストラリアに行く。そしてたぶんイギリスにも。もしかしたらカナダもあるかもしれない。
僕は「いってこい」と送り出すつもりだが、親としては危ないルートはとらせない。これは明確に反対を示していこうと思う。
いつまで聞いてくれるやら、わかったもんじゃないが。
