「主任、全く休めませんね。今、水曜日が利用者さん少ないから調整してみましょうか?」
今は相談役になった東側(仮名)スタッフがシフトの調整をしてくれて、やっと僕に丸一日フリーな休みができた。
「主任、今日は休みですね。」
夜勤明けの僕に向かって、責任者の中山(仮名)スタッフがいつものように笑って言った。その表情を見て、僕も思わずにやけてしまった。ホントにひさしぶりの休みだった。
夜勤をしたりで、僕は売上を上げるために、身体を張って働いていた。日曜日は八木(仮名)さんの訪問もあった。
「もう、今日はスタッフも万全の体制ですから。電話しませんから、ゆっくり休んでくださいね。」
中山さんは、相変わらず笑っていた。
ありがとう、素直に思った。言葉にしないと伝わらないようだから、ちゃんと音にした。
「ありがとう」
大阪万博2025
2025年の春のこと
4月13日が大阪万博開催日だった。仕事は日曜日が休みだったので、留学から帰ったばかりの息子に、「万博が明日から開催されるんだけど、国家イベントのひとつとして体験しとくか。」と言うと、「行くか」と短い返事が来たので、前日の晩にチケットを購入した。
前日にチケットをとれるぐらいだったので、考えれば4月の頃は、みんな万博に期待していなかったのだろう。僕も期待はしていなかったのだけど、行くなら初日だろうなと、根拠も曖昧な理由でチケットの購入と入場予約を取った。
「ネットが繋がらないよ」と嘆く息子は、入場チケットを表示することが出来ないでいた。
「そういえばネットニュースにでてたな。人が集まりすぎて混線しているって。」
さすが初日で混乱していた万博は、入場チケットが表示されない問題で、入場出来ない来場者が続出した。「いつまで待たせるのよ」と詰め寄った来場者に、警備員が「あなただけじゃないんです。みんな同じなんですよ!」とイラ立ってあしらったそうだ。それぐらい万博スタッフも混乱した初日に、僕たちは舞洲に降り立ったのだった。
僕たちは舞洲駅を出て、入場ゲートに向かっていた。初日だったので警備員も慣れていない。かなり大回りしながら入場ゲートに向かっていたのだけど、それがかえって近道になった。
「これどこに進んでいるだろ?」と、あからさまに人混みから離れてしまった事に不安を覚えて、息子が言った。
「あの警備員に聞いたとおりに歩いてきたけど、列から外れているよな。これ明らかに間違ったルートっぽいけど、前にトイレがあるから、とりあえずトイレに行くわ。」と僕は歩き続けて入場ゲート前の公衆トイレに入った。
トイレから出たら、同じくトイレから出た人が、柵を越えてゆくので、僕たちも一緒に柵を越えてついていった。それが結果的には大幅なショートカットに繋がった。
列に並んだ来場者が、トイレで列から離れたのだろう。そして列に戻っていった。そこに僕たちは便乗したというわけだ。
「これ越えちゃいけなかったんだろうな。」と息子に言うと、「まぁ、いんじゃね」と軽く答えた。僕もそう思った。だって警備員の言う通りに歩いてきた結果だったんだから。
息子はケタケタと笑いながら「かなりの列をショートカットしてきたよね。ここからX線検査して入場するまで30分待ちぐらいかな?」
舞洲駅から入場制限の列が30分待ちがある。それを突破したら、入場ゲートの30分待ち列があるという具合で、僕たちは、初めの30分の列を見事にショートカットしたわけだった。
並ばない万博をうたっていたが、幻想は見事に吹っ飛んでいた。
「どこもかしこも行列だらけじゃん」
息子は人混みが嫌いだった。どこのパビリオンも長い行列が出来ていて、60分待ちとか、90分待ちとか、まるでディズニーランドだった。
「大屋根リングに登ろうか」とエスカレーターを指さして言った。息子は「おっけー」と先を歩いて、僕はついていった。引率されているおじいちゃんみたいだ。
大屋根リングに登ってきたら、空が広いハズだったが、雨で来場者は傘をさしていたので、空どころの話ではなかった。傘の先が顔の高さに来るので、狭い通路はさらに狭くなった。
「めっちゃ傘が危ないな・・・」と僕は手で防御しながら息子の後を歩く。
「万博反対派が正解だわ」と息子は続ける。「こんなに混んでちゃ、なにも出来ない。散歩しにきたようなもんだよ。」
僕も息子も疲れてしまって、大屋根リングを降りようとしたら、次のエスカレーターまでだいぶ歩かなくてはいけなくなり、大屋根リングから降りれなくなった。
「なにこの地獄・・・」と僕は肩を落として、期待していたぶん失望も大きかった。
「もう帰るか・・・」
と息子の顔を見ると、「うん、帰ろう。マジでヤバわ」と、びちゃびちゃの髪の毛が、疲れた表情をさらに疲れさせていた。
帰りは、帰りで、入場する人と帰る人がかち合って、会場を出るのに長い長い行列が出来ていた。入場時の列はまだ許せる。だけど帰りの列はしんどいだけだ。大混乱の万博で、さらに雨が降って、大屋根リングに登ったら傘が危なくて、ブルーインパルスも中止になって、お昼ご飯もネットが大混戦でつながらずバーコード決済できずに、もう嫌だ!となって帰ろうと思ったら、会場から出れないのだ。
「これマジで並ばないと出れないの・・・」と僕は絶望を隠さず、ため息交じりに言った。
「とりあえず、あのテントで雨を避けよう」っと指さし、息子と共にテントに歩くと、すんなりと出入りしているゲートを見つけた。
「ここ、比較的空いてるんじゃね?」と息子が言うので、とりあえずみんなが歩く方向へ一緒に行ってみたら、警備員みたいな人も立っていて、すんなりと出る事ができた。
途中からスタッフのゲートだとわかったんだけど、もうかまわなかった。スタッフのふりをして大幅なショートカットをして退場した。
もうこりごりだった。
閉幕日のカオス
大阪万博の会期は、4/13~10/13の半年間。
「あのさ、閉幕日に万博に行こうと思うんだよ。」
「なんで?あの最悪の万博にまた行くわけ?」と、息子はフリーパスをもっているくせに、ほとんど万博には足が向いていなかった。
僕は仕事終わりに、バイクで走り、夜の万博を散歩していたりした。バイクで行けば、途中の駅に無料で駐車できたし、フリーパスで無料で入場できたし、お金を使うところといえば、万博内で食事するぐらいだった。
大屋根リングのウォーキングは、良い運動になったし、気晴らしにもなった。アメリカ館でハンバーガーを食べたり、ドイツ館で本場のビールを楽しんだり、イングランド館でウイスキーを、チョコ館前でクラフトビールを飲みながら、花火を観て、ドローンショーを何度も観た。
楽しければ楽しいほど、辛くもなった。楽しい時ほど、別れた妻の事を想い出したからだ。
「俺らってさ、万博初日に行ってるじゃん。だから閉幕日もいくわけ。どう?」
と、僕は初日に行く事に、意味があると思っていたので、雨の最悪な万博でも、それはそれで許容できた。そして閉幕日にいって雰囲気だけでも味わっておくのも、価値があると思った。
そんな僕の考えを息子に話すと、
「それもそうか。行くか。」っと息子も、初日と閉幕日に行く物語には、少しならずも意味を見つけたのかもしれなかった。
8月ぐらいに入場予約を取った。9月閉幕が近づくと、チケットを持っていても入場予約すら出来ない状況が続いていたので、さらに閉幕日の入場は希少価値がどんどん上がっていった。
「閉幕日の入場予約は、もう取れないみたいだよ。」
僕は8月には閉幕日の入場予約を済ませていた。その時期でも9:00入場枠は取れなかった。11時入場枠で予約を完了していた。
「マジでそんな人気?」
息子は信じられないといった顔をして驚いていた。行列に並ぶのが苦手だった息子は、人混みを嫌っていたけど、万博閉幕日に行くという記念という意味合いもあり、予約をとっていたが、是非とも行きたいといった高揚はなかった。
そして、当日の息子の判断は「やっぱ、行くのやめとくわ。人混みすぎて吐くかもしんない。」だった。
別れた妻も、そして娘も、気圧の変化で頭痛する時があった。息子も同じらしくて、頭痛がしているようだった。無理に誘っても、楽しめないだろうと思った僕は、折角の閉幕日だったが、
「そうか。残念だな。じゃぁひとりで行ってくるわ。もし治ったらおいでよ。」
息子と一緒に初日・閉幕を制覇しておきたかったけど、しんどい時に行っても良い想い出にはならず、不快な想い出として残るだろうと思った。
仕方がない、境界線をすっと引いて諦めた。
閉幕日は、人でごった返していた。ラストの花火やドローンショーを観ようと、すし詰め状態でドミノ倒しで事故寸前だった。ニュースでしなかったけど、命の危険を感じたほどの混雑ぶりだった。一歩間違えれば、最悪の万博になったろう。
それでも、「最後じゃねぇか。パーティーしようぜ!」と外人たちは大盛り上がりで、閉幕時間の22:00を過ぎたというのに、来場者はいっこうに帰らなかった。
警備員が「もう閉場時間を過ぎました。はやく退場してください!」と叫んでいたが、誰も聞かなかった。コントロール不能とはこのことだろう。
ただ歩いているだけでも、このカオスっぷりが面白かった。
三徳
僕は三徳という呑み屋で、水野と楠田と3人で呑んでいた。
「なんでお前、誘えへんねん!」といつも水野は人を煽るような話し方をする。そのくせ、女の子といる時だけ、舌足らずな感じで甘え声で話す。
「この前、誘ったら来なかったじゃん。登山好きじゃないんだろ?」
僕が祭礼団体を辞めてから、ほどなくして、さっくんからLINEが入り、「登山部を作ったから部長になってよ」っという事で、登山部が結成された。「水野くんも入部するかい?」っと誘ったけど、彼は「登山なんていくかよ」っと断った。
それなのに、今になって「そんなことあるかい。登山道具も買ったんやぞ。誘えよ!」と、相変わらず彼の言葉は、その場の勢いだけだった。
登山部に参加するつもりもないのに、道具を買ったなんて嘘まで言って、誘え誘えとマウントとりたいだけの会話に、なんの意味があるんだとも僕は思った。
彼の話はなんの生産性もない。意見もコロコロ変わる、その場のマウントとるだけの、軸のない会話だった。
水野と仲の良いさっくんが「登山終わりの打ち上げだけ参加したいみたいだから、連絡してあげて」と言っていたが、まったく僕は誘う気にはなれなかった。
「なんで電話くれへんかってん」と、水野はまだ言っている・・・
「今日も会うのに、なんで2日連続で会うのよ。胸やけするわ。それに、あれは登山の打ち上げだからね。打ち上げだけこられて、祭りの話されても、山ガールが会話に入れずに面白くないだろ。」
登山に行ってないだから、登山の話題に入れるわけはない。参加したら一番年上なんだから、みなは話を水野に合わすだろう。そして、祭りの話で内輪で盛り上がって、なんの打ち上げ、これ?ってなるのが目に見えた。
「折角、買ったのによー」
と、まだ言っていた。
視線を水野から外して、仲の良い女性店員に合図して、僕はハイボールを注文した。
境界線のある世界
「また旅行に誘われてさぁ」
楠田が以前誘われて、仲間内で嫁さん(ジェンダー用語だけどあえて表現として使う)連中も参加した、旅行のことをいっていた。
「ああ、あの旅行なのね。」
ハイボールを呑み僕は頷いた。その旅行の内容を僕は知って、それは飲み会という旅行で、楠田まかせのツアーだった。ただ楠田がいろいろ調べて企画したところで、誰もその通りに動かずに、呑み屋で呑み明かす、のんべぇの為の呑み旅行だ。
「今度は、どこだっけな。なんか言ってたけど、どっちにしたって観光メインじゃないからさ、俺は嫁さんに、ひとりで行ってこいって言ったんだよ」
それを聞いた時は、なかなか楠田らしいなと思った。少し離れて状況を眺めているから、どっぷり祭礼団体のコミュニティーに浸ってはいなかったし、同調圧力にもNOと言えた。
水野の勢い任せの会話にも、違和感を覚えれば身体が反応するのか、反論に転じたから、水野は緊張感をもって話していた。
僕はこんな楠田の質感が好きだった。彼から立ち上がる独特な雰囲気は、以前の僕には見えなかったものだ。境界線を意識しだしてから、はっきりと見えるようになった。
楠田は、カマ焼きを熱燗でちびちびとやっていて、楠田の世界がソコにあった。
出勤
ドアを開けると冷たいやわらかい空気が広がっていた。
太陽が隠れていたけど、雨上がりの湿った空気が喉を潤し、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
事務所を開けて、デイルームを開けて、看板を出す。電灯をパチパチとつけて、デイルームが空間が広がってゆく。ipadを操作してAmazonから音楽を流すと、たちまちデイルームに色彩がまとい出す。
スタッフが出勤してくるまで、30分ほどあったので、カウンターテーブルにキッチンペーパーを広げて、リュックから八朔を取り出す。僕の朝ごはんだ。
指を入れると、柑橘系のさわやかな香りが広がり、鼻腔を刺激されて体のふちどりがされてゆく。
一日が始まった
立川(仮名)スタッフが、ドアを開けて入ってきて「主任、おはようございまーす。なにしてん?うんこしてんの?」と言う。
僕は中腰でタオルたたみをしていて、腰が辛くて「うーん」とうなっていたら、「うんこしてんの?」というあたり立川さんらしい。育成会時代からの知り合いだが、今では気軽に話せる仲になった。冗談も言うし、バチバチと叩かれるし、ボディータッチが彼女のコミュニケーションの特徴だ。
次に、中山スタッフが出勤してきて、休み明けで、前日にいろいろ僕に宿題メモを僕のデスクに貼り付けてくれてたけど、すっかり頼まれごとを忘れていた事を知ると、「主任、また忘れて」と僕の顔を覗き込んだ。
そのふたつの瞳は、いつものような小さな瞳ではなくて、まるでマネキンの瞳みたいな、漫画のような瞳をしていたので、「うん?整形したの?プチ整形?」と尋ねた。
すると少し黙って、そしてムニムニと口元が動き出したと思うと
「すごーーい。主任、すごーーーい」と大げさに朝から大声で「すごーーい」とか言い始めて、僕は意味がわからず、なんだなんだと思っていたら
「旦那さん(ジェンダー用語だけど表現をそのまま残す)も気がついてくれなかったし、子どもらも気がついてくれなかったのに、主任すごーーーい」と大喜びして、「主任、私のこと好きでしょーー」と言い、それを聞いた立川さんが大笑いした。
立川さんが、中山さんの目を見て「なに?整形したの!?中山さん」って尋ねると、「あのねぇ。まつげパーマなの。それも無料なのよー」と、モニターに募集して店の宣伝写真を撮られたらしい。
「まつ毛パーマって、瞳が大きくパッチリ見えるんだね。」と僕がマジマジと中山さんを見て言うと、「好きなの?ねぇ、好きなのかな?」とおちょくって来たので
「朝から元気だね・・・」と僕は呆れた。
デイルームはいつもの賑やかな空間になり、今日も仕事がはじまった。
今日という小さな日を積み上げて、いつか思い描くところへ辿り着ければいいなと思う。
