祭礼団体(かつて僕が所属していた)の同級生と三徳で呑んでいた。
「息子、元気にしているんか?」
そう僕に尋ねた水野は、結婚なんかしないという考えをもっていて、僕と同い年のわりに、肌がピチピチで年相応より若くみえる。本人に聞くとセックスしまくっているからだと、相変わらずの性欲が若さの秘訣らしかった。
「今、免税店で働いているわ」
「ジョージの息子と一緒やな。あれから航空会社に勤めたって言ってたな。」
水野は相変わらず、勢いで話している。会話も、立場も、すべてを勝負事のように勝ち負けで見るので、言葉はオラオラだったし、態度ももちろんそうだった。
「で、服作ってるとか言ってたけど、それやったら服飾専門学校行ったらええねん。」
水野の会話の流れは、いつだってマウントを取りたがった。自分が一番と思っていると、すべての物事の見方に偏りが出る。会話のほぼすべてにマウントを取ろうという圧がにじみ出る。これが水野らしさだった。
「いや、もう作れるんやろ。」と言ったのは、楠田だった。彼はいつも冷静に物事を見ていた。憶測で話すのが嫌いだったし、観光もしない飲み会だけの旅行を、「俺はいかない」と断る軸もあった。ちゃんと構造で物事を見れていて、好き嫌いや勝負事で関係を測らない。それが自覚できていないのが惜しいと僕は思っている。
「そうだよ。もう服は作れてしまうからね。専門学校にいく必要がないんだよ。」
水野は黙った。マウントをとろうとして失敗したわけだった。こんな会話の質感を僕は愉しんだ。圧の方向や、勢いや、他人を下げるタイミングなんかを読み取って、水野や楠田の質感を感じる余裕が、今の僕にはあった。
承認欲求が消え失せている今、僕は何を言われたところで動じる事はない。
会話が安定しているなぁと、いや、僕の心理が安定し始めたのかっと、会話の内容ではなく、流れを楽しもうとハイボールを注文した。
レモンなしのハイボールを注文したハズだったが、おもいっきりレモンが入っていた。まぁ別にかまわなかった。レモンを取ればいいだけの話だから。
息子の誘い
「僕の母親が社会福祉協議会で働いているんですよ。」と話すくせ毛の青年は、施設の仲介業者で働く営業マンで、何度か顔を合わせるうちに、親しくなり飲みに行こうかと約束をとりつけていた。
それが木曜日の今日だった。
「今度、弟が結婚するんですけど、先に行かれてしまいましたよ。」と背広を着こんでいた青年は、仕事終わりで僕と合流していた。
「大熊(仮名)くんは彼女とかいないの?」
「一緒に同棲している彼女はいるんですけどね。結婚のケの字もでませんよ。」と笑って話していたが、同棲しているのなら、もう結婚しているも同じじゃないかと思った。
同棲=結婚というのは、僕の価値観だけど、世の中はもっと軽く考えているかもしれないなと、思い直して、「同棲は長いの?」と聞くと、「もう2年になるんですけどね。」と言うので、やっぱり結婚しているのと一緒じゃんって思う。
そんな時に、テーブルの上に置いていた僕のスマホの呼び出し音が鳴った。
息子の名前が表示されていて、「ごめん。ちょっと息子からかかってきたわ」と言うと、「あ、どうぞ出て下さいね」と大熊くんは礼儀正しかった。たぶん、僕は彼のこういったキレイな所作が気に入ったんだろうなと思う。
「今、どこ?ラーメンいこうぜ」
息子はいつも急に要件を入れてきた。身勝手だったけど、その割に断っても「あ、そうなんだ」と、こちらの事情もわかってくれた。
「ごめん、今日は呑みに来てるんだよ。いけないわ。」というと、やっぱり息子は「あ、そうなの。わかったー」といって電話を切った。
いつ帰るの?とか、じゃぁ明日は?とか、相手の自由を縛るような返答をしない。「ダメなら、じゃぁいいや」っと、執着しなかった。
僕からすれば、そんな息子の質感は、相手の自由を尊重出来る価値観だなと思う。
息子にもちゃんと境界線があった。
支配の構造
「あ、そうなんだ。わかったー」と言った息子は、あっさり引き下がり、どこかで晩御飯を調達したに違いなかった。
最近は、この自由な関係が風通しが良く、僕は息子との今が心地良く感じていた。というのも、僕の周りには、強引な人が多かったからだ。
2021年の秋のこと・・・
「明日、ツーリングいっとく?」と冗談交じりに言ったのは、祭礼団体の先輩の榎村くんだった。中学の先輩だった彼は僕よりも4つ年上だった。
「いやぁ、明日は無理ですよ。どうなるかわかりませんし。」と、新型コロナでだんじりの試験曳きが中止になるか、続行するのかの瀬戸際で、まだ情報が入ってきていない。
たぶん、会議は紛糾しているはずだ。榎村くんは執行部でもなかったから、先に帰り、執行部だけが詰所に残った。
この時の執行部は、楠田を頭に、僕と水野の3人で回していた。村田はケツを巻いて逃げたし、中島はブレーキがあるとかで、いつも必要とされているところで逃げた。
3人の誰もがしんどかっただろうが、2017年の育成会会長から数えると、6年連続の役もちだったので、トラウマ級の心理的負担になっていた。
責任者の楠田がそこへ会議終わって帰ってきた。祭礼団体は青年団、十五人組、若頭、世話人で構成されていて、そこで話し合われていた。
「明日の試験曳きは中止になった。」
短い言葉で云った楠田は、椅子に深く座った。
「そうか、中止か・・・」
張り詰めていた空気が収まってゆくのを感じて、テーブルに置いてあったコーヒーに手を伸ばした。コーヒーは冷めてしまっていた。
「明日、ひとまず休もうか。詰所も閉めて、いったんリセットかけよう。」と楠田が言った。
その日は解散となった。お盆明けから、新型コロナのなかを祭礼準備で詰めっぱなしだったので、ひさしぶりのフリーな日になった。
今日は折角の休みだ。
僕は疲れた心身を休ませようと、バイクを走らせて淡路島へ向かっていた。ツーリングチームのグループLINEには、田舎に帰っていますとか、家でゆっくりしていますとか、みんな自由な時間を過ごしていた。
それを見て、僕も淡路島に来ています。と写真をグループLINEに送信した。
すると、電話が鳴った。榎村先輩だった。
「お前、なんでツーリング行ってるん。昨日、一緒に行こうって言ったやんけ!」と語気を強くして言った。
「いや、あの時点では、どうなるかわかんなかったですから、断りましたやん。」
「それやったら、連絡してこいや!」と興奮していたので、スマホから耳を話して、眉を歪ませた。
「はぁ、そうですか。」
と、僕はいつこの話は終わるんだろうと、この時間が無駄に感じて、小さくため息を吐いた。
「殺すぞ!」と捨て台詞を吐いて電話が切られたので、また僕はため息がでた。
2019年の祭りは、家族がいなくなった時で、うつ症状のなかやり遂げた。2020年は新型コロナで祭礼が中止になり、そのまま執行部は持ち越しで、2021年を迎えていた。この3年は僕にとって長い長い厄年だった。心身ともに疲れ果てた先の、今日というフリーのソロツーリングだった。つかの間の癒しを台無しにされた気分になった。
そして、2022年に、僕は祭礼団体と距離をとった。こんな支配構造の中で自分を活かせるとは思えなかった。
そして、この僕の感じた事は、別れた妻も感じた事にちがいないと思う。僕が妻にした事を、今、僕がやられているわけだった。結婚していた頃の妻の気持ちを、理解するのに、この状況はとても大きな意味をもった。
そうか、こういう気持ちだったんだなぁと、少しだけ別れた妻の気持ちがわかった。
息子の誘いと反応
仕事もそろそろ終わり、中山(仮名)さんと僕と2人になっていた。 その時に佐藤さんから「 金曜どうでしょう。」というLINEが入った。飲みの誘いだった。
「18時頃だったら大丈夫ですよ」と返信を返し。 そして、焼き肉を食べに行く約束になった。
「また飲みに行くんですか?」と中山さんが言うので、「そうだよ。」とスマホをテーブルに置いた。
「よく飲みに行かれますね。」
「まあ、一人身だからね。」
本当にひとりは自由だった。いっときは社会的な孤立になったが、離婚から回復するにつれて、また関係が繋がり始めた。
独身だから、ひとりの時間が長いと思っていたんだけど、なんだかんだと、誘われる事が多くなった。 木曜日の昨日は取引先の人と飲みに行ったし。 で、今日は金曜日で、佐藤さんからお誘いがあり、なかなか忙しいなと思った。
「すごいですね。連続じゃないですか?」
「そうだね、連続だね。息子からも、飯行こうぜって誘われることが多いし。」
「そうですよね。息子さん結構来ますもんね。」と、もう中山さんと息子は顔見知りになっていて、「今日の服は手作りなの?」とか、「すごいね、ここで丁寧に縫い合わせてあるね。」とか、息子を肯定して接してくれていた。
中山さんの息子さんも、平均的な事がからっきしダメだったが、好きな事には夢中で突っ走っている高校3年生だった。だから息子の質感に親近感を感じたのかもしれない。
「うん。 なんだか忙しいね」と僕は笑っていたら、噂をすればなんとやらで、息子がドアを開けて入ってきた。
「おーい、メシ行こうぜ。」というので「すまん、今日もちょっと無理なんだわ。」と僕は両手を合わせて謝った。昨日に続き息子のメシを断ったから、本当にすまない気持ちが沸き立った。
すると息子は、「マジでぇ、ラーメン行こうと思ってたのにさ」と残念そうに僕を見て言った姿に、僕は少し驚いた。いつもだったら「そうなんだー」で終わるのだけど、身体から力が抜けたような仕草をするものだから、諦めきれない感じを受けた。
たぶん、確かにラーメンを食べたいというような話なんだろうけども、いろいろ話したい事があったのかもしれないし、愚痴もあるんだろうとも思った。
ちょっと胸が痛んだ。
「いやぁ、すまん。ちょっと、今日無理だから、一人で行ってきてよ。」と僕は財布から、今週の養育費を渡した。養育費は、息子に全部渡してしまうと、その日に使ってしまうので、分割で渡すことにしていた。
息子が、あんな表情することがあるんだな。僕は息子の知らない一面をまた知った。
互いの自由な時間
もう2日連続、息子の誘いを断っていた。ちょっと悪いなと思っていたので、「今日メシ行くか?」とLINEを送ってみた。
すると、すぐに既読がついて、「あー、ごめん、今友達と遊んでる。」と返信があった。
友達と遊んでるのか。と僕は少し安心をした。
というのも、息子は話が合わないということで、 もうほとんど家にこもって、服作りに明け暮れていたので、 僕としては、社会性がなくなっていく、もしくは孤立化していくって、心配していたからだ。
息子は息子で、自分の時間を楽しんでいるようだったし、僕はひとまず安心して、 近くのスーパーに行き、鶏肉を500円で買って、鶏ステーキをして食べた。
なかなか味付けが最高だったが、ご飯の水加減を間違えて、めっちゃ硬いご飯が出来上がり、全く食べれなかった。
鶏肉は美味しかったけどね。

それぞれの時間の使い方
今日は息子の初出勤だった。 空港の店舗ではなく、研修なので、難波の店舗へ向かって行った。 僕は僕で、登山部の登山の日だったので、高野山に向けて仲間と一緒に車を走らせていた。
車を降りて待ち合わせの場所に降り立つと、全員が揃い、僕は女性の靴をチェックした。以前、彼女たちを誘った時、2回連続で厚底ブーツを履いてきた女性がいたからだ。
今日の登山は高野山町石道といった参拝道、20キロの道のりをだいたい7時間から8時間で歩く予定だったから、彼女たちの靴をチェックしないと不安だった。
「それ靴厚底じゃないよね」と言ったら、「大丈夫ですよ。今回はちゃんと運動靴ですから。」と裾を上げて見せてくれた。
「あ、本当だね。それでいいよ。」と続けて「 このコンビニで、行動食とペットボトル4本ぐらいの水分と、あとお昼ご飯と買っといてね」と伝えて登山開始と思ったら、ひとりの女性はへそ出しファッションだった。
「君、それ、虫にさされるよ・・・」と、大きなボインの下のへそを指さして言うと、「え?虫いるんですか?」と言うので、「そりゃそうだろう。虫のいない山なんて聞いた事がないわ。」と呆れた。
「虫よけスプレーだけふっとくか?」
僕は虫よけスプレーをリュックから取り出して、もってきておいて正解だったなと思った。
「お願いします。」と彼女は両手を挙げたので、「あぁ、僕がするのね。なんかエロいシチュエーションだな。」と、彼女は回り始めた。
ホントになんかエロいシチュエーションだった。若い女性とエロおやじだなと苦笑する。
「さぁ、出発の記念撮影しようか。」と言うと、「あ、私とりますよ。」と女性が言うので、「いいから、いいから、入って。僕が自撮りで撮るから。」と女性3名を中に入れた。
「はい。チーズ」と撮影し、僕はいつもこんな感じで、一緒にいるのに、少し離れた距離感を作る。これが僕らしさだと受け入れる。

「どうなん?遅れてきてんで。はよいきや。」と、さっくんは相変わらず早口だった。
高野山町石道は、一気に登りがあり、そこから平坦な道になり楽になる。8時間ぐらいかかると予想したのを、6.5時間で踏破するつもりでいたジョージが、時間配分を決めてペースを作った。
「とりあえず、展望台で休憩な。」と僕は休憩ポイントの設定、昼飯休憩、トイレの場所を皆に説明して、僕は僕のペースで登ろうとしていたのに、最後尾のさっくんが僕を追い立てる。
「はよ、登らんと、遅れてきてんで。」と後ろから、やっぱりうるさかった。頭で考えた事は、もう瞬時に言葉になっているから、さっくんは失言が多い。だから何度もどこかで痛い目を見た。
「もう、おじいちゃんやねん。俺は・・・」と、あえて僕はさっくんの話について行かない事をマイルールにしていた。頭の回転が速いさっくんのペースについていこうとすれば、脳疲労が起きる。
「なんで、いっつも遅いん?どんどん遅れてるやん。」
僕は足元を見ながら、一歩一歩登った。
「無理をすると、後がバテるからな。」
「もうバテてるやん。なぁ?」
僕は、さっくんの言う事にいちいち反応しなかった。そして自分の歩みのペースは崩さない。
「チョコレート食べるか?」とマーブルチョコレートを、前を歩いていた山ガールに差し出した。
山ガールは「え?」と迷った表情をして、「じゃぁ、ひと粒」と。
「あ。もしかしてダイエットかな?大丈夫だよ。この距離歩くんだから、めちゃカロリー消費するよ。」
それを聞いた山ガールは、袋からマーブルチョコレートをごっそり手で受けて、幸せそうに口に入れた。
会話の質感に抵抗せず、流れの中で、汲み取れるものだけを選んだ。
その他のものは、会話という音にすぎなかった。
かつて聞いていた音は、もっと僕を響かせたのだけど・・・
