時計を見ると午後4時48分。
窓を開けて運転していると、気持ちいい涼しい風が入ってきて、街中は家や建物の陰になっているが、少し高いマンションなんかを見上げると、オレンジ色に照らされている。
真上には青空が広がっていたが、山の方はまるで油絵を重ね塗りしたような灰色の雲が渦巻いている。赤信号で止まると、ちょうど夕日に照らされた青いラピートが難波の方へ走っていく。
さあ、今からデイサービスに帰って、夜勤の晩ご飯を作る。
先ほど息子にLINEを入れると、「いる」と二文字で返信が返ってきていたので、今日の晩飯は鶏ステーキにする。あと、お惣菜だけど、ポテトサラダもつける。
世界観というもの
「創作っていうのはさ」
僕たちはまた同じような話を延々と繰り返している。息子は創作のことになると妥協を許さない。
「創作っていうのは、無駄を徹底的に削ぎ落とした先に、それでも成立するギリギリのラインで、初めて作品が出来上がるんだよ」
無駄を削ぎ落とすというのが僕にはわからなくて、つい質問してしまう。
「無駄を削ぎ落とすって何?」
「存在っていうようなものはシンプルでいいんだよ。自分の世界観を追求したら、結局、不純物っていうのがたくさんあるわけ」
不純物か・・・。
不純物で言えば、いろんなものを背負い込みすぎるっていうような僕の価値観があった。もうそれは認知できたから、ちゃんと最近は相手と自分の間に線を引けているから、「それは相手の問題であって、俺の問題じゃない」っていうふうに考えて、シンプルに生きることはできてはいた。それを創作に置き換えてみたときに、具体的に思い当たる節がなかった。
僕は料理を準備しながら、息子の話に耳を傾ける。今日は鶏ステーキだったから、鶏肉にアウトドアスパイス「ほりにし」を振りかけて、フォークで刺して身を柔らかくしてゆく。
「例えば、世の中の服って、飾りだけの装飾がされてるものがあるけれども、リーバイスはそれとは正反対で、最初は機能性だけを重視してたんだよね。鉱山で働く労働者が丈夫なズボンを欲しがった。丈夫な生地で、ポケットのところが破れやすかったから金属のリベットで留めた。それが型番で売買されていく。これがリーバイスの歴史なんだよ。ここに不純なものなんかないよね」
リーバイスの歴史から見ると、確かに機能性から生まれたズボンだった。
デニム生地でいうと、岡山の方で特産となっているが、お米が取れない地域だったから綿花を栽培したりして、デニム生地が特産となったと聞いている。外国の安価なデニム生地が大量に入ってきたために、質のいいデニム生地を追求したところに、今の岡山のデニムの特産という地位があるわけだ。
リーバイスといい、岡山のデニム特産といい、確かに追求した先に生まれたものだ。
なるほど、息子はそれを言いたかったわけか。
「ルイ・ヴィトンのカバンなんかもそうで、最初は雨に濡れても大丈夫なカバンを作ったんだよ。で、その時代っていうのは馬車でカバンを運んでたから、丸いカバンじゃなくて四角いカバンのほうが重ねて運べるでしょ。それで、あのルイ・ヴィトンの初期のバッグができたんだよね。そこに2代目が、いろんな模倣したカバンが出回ってきたから『これはルイ・ヴィトンのバッグですよ』という意味で、あの独特なマークができたんだ。なんでも必要だからできていく。それがその人の世界観なんだよ。この世界観にノイズを混ぜていけばいくほど、世界観は崩れていく。だから創作っていうようなものは、無駄を省いたところに存在が成り立つ作品。これが大切なんだと思うんだよ」
なかなか説得力のある考え方だなあと、僕は感心してしまう。息子は格好だけつけてるわけではなくて、機能性を重視して自分の世界観を作り上げようとしているわけか。
考え方が流行りじゃないんだな、というのはよくわかった。
「それに世界観っていうのは、創作者その人そのものであって、その人の世界観が好きだと集まってくれる人たちがファンになってくるから。ブレちゃダメなんだよ。それは信用を落とすからね。だから無駄なものを削ぎ落として、マニア化していくっていうのが、これからとても大切になってくるんだよね」
「なるほどな。言ってることはすごくわかる」
その世界観っていうのが僕に備わっているのか、全くわからないし、自信がない。
鶏肉を皮目から置き、そして火をつける。フライパンが温まっていないうちから焼いていくのが僕流だ。中火で10分、皮をカリカリに焼いていく。スパイスの香りが、ジュージューと肉を焼く音とともに厨房に広がっていく。
「パパのYouTubeだってそうでしょ。今、登録者何人いるの?」
「833人かな」
「そんなにもいるの?」
「そうだよ」
「その833人の人がさ、パパのウインドサーフィンを見てチャンネル登録するんでしょ。で、その人たちはパパがウインドサーフィンをするから登録をするわけであって、全然違う人だったら、たぶん登録しないと思う。パパのしゃべりであったり、編集であったり、好きなこと、物事への取り組み方、そういったすべてのものがパパの世界観になっていて、それに共鳴した人がチャンネル登録してるわけで、そこにファンがたくさんいる。コメント欄、めっちゃ来てるんでしょ?」
「うん、来てるね。あのコメント、すっげえ苦手なんだけどね」
「見るだけじゃなくて、登録をするっていうクリックもしてるし、コメントを書き入れて、パパの反応を待つっていうようなアクションもしてるわけだから。結構深いファンが、もう出来上がってるんだよ、そこで」
確かに僕のYouTubeでウインドサーフィンの動画にだけは、コメントがたくさん書き込まれている。「こうやったほうがいいですよ」とか、「もっとスクールに通ったほうがいいですよ」とか、「勇気をもらいました」とか。反応はさまざまだけど、わざわざそうやってコメントを書き込んでくれるところまで賑やかなYoutubeになっていたから、もしかしたら僕の中に、世界観が知らず知らずのうちに育っていたのかもしれなかった。
鶏肉をひっくり返すと、皮は見事にカリッカリで、うまそうでよだれが出てくる。弱火にして、反対側をじっくりと焼き込んでいく。そして蓋をする。蒸し焼きにした方が柔らかく仕上がる。これは僕の持論だけれども・・・。
そういえば、こういった鶏の焼き方も僕の世界観の一つなのかもしれない。
料理をし始めて面白くなってきて、イタリアンを中心に作っていたりするけれども、最初はYouTubeを見て、人真似しながら作ってみたりする。YouTubeで教えてもらえるような作り方は手が込みすぎているので、結局は僕なりの手抜き料理になっていく。もう鶏のステーキは目をつむっていても作れるぐらい上達した。だいぶ工程を省いてはいるが。
これが僕の料理の世界観だ。
そうか、こういうことか。自分なりの表現方法を持つ。初めは人真似であったとしても、自分なりの表現方法に行き着く。これで世界観が完成されるわけだ。
確かに人の意見を参考にしながらも、自分なりに無駄を省いているな。
出来上がった鶏肉をまな板に乗せて、皮目を裏にしながら包丁でザクザクと切っていく。皿に盛って、その横にポテトサラダを盛り付ける。ご飯を大盛りにたっぷりよそってお盆に乗せて、
「さあ、できたぞ」
と息子の前に置くと、
「おぉ、うまそうじゃん」
「今日は熱いうちに食ってくれよ。めちゃくちゃうまいから」
息子は箸を割ってご飯を頬張り、鶏肉を食べ、
「うまい!」
と唸った。
それを見て僕は満足する。
書かれない物語
「今書いてる小説があるんだけどさ。締め切りが来年の3月なんだよ。で、この話は、宗教狂いのおばあちゃんと、半径3メートルぐらいにしか興味がない自己中なおばあちゃんと、煩悩の塊で、お金とエロスにもまだまだ執着しているようなおばあさん。この3人が老人ホームで出会って、死ぬまでを描こうと思ってるんだ」
「へえ、面白そうだね」
「パパはキャラを作るときに、断片的なイメージをAIに投げるんだ。例えばそうだな。負けん気が強いとか、旦那さんが浮気したときに相手の女のところまで押しかけていくとか、仏壇を塵一つなく掃除するとか、世の中を仏教の六道で見ていて、自分は人間道にいて天道を目指しているという宗教観を持っているとか。こういういろんな情報をAIに投げて、『この人の性格を書いてくれ』って命令すると、文章としてその人の性格をしっかりと出してくれるから。それを読んで、ちょっと違うなと思えば追加でキャラの断片を入れ込むんだ。たとえば、刺激を求めるけれども、一線を越えるかどうかは相手に委ねず自分が決めるとか、考えるより先にもう口に出ていて、後から後悔するとか。そういうのを付け足して、納得のいくキャラをAIに出してもらうんだよね」
「面白いAIの使い方してるね」
「これからのAIは、AIを使うか使わないか、この白黒で考えるんじゃなくて、ここはAIに任せて、あとは自分でするみたいな、もっとグラデーションを持った使い方になると思うんだよね」
「ああ、そうかも。AI万能論はもう昔の話だよね。AIに仕事させるには、裏の段取りがいるからさ。」
やっぱり息子もAIの使い方にこなれてきているようだ。僕と同じような考え方で、AIを使いこなしていたりする。
「で、ここからなんだけど、キャラができたとしても、それを動かしてみると、やっぱりブレるんだよね。前作の小説であっても、一回通しで書いてみて、そして初めから誤字脱字を直しながら読んでいくと、いや、このキャラはこんな反応しないな、なんてことを思うんだよね。」
話に夢中になると、この話の内容には、根拠も合わせて説明しないとわからないだろうと、僕はどんどん脱線してゆく。それでも息子は僕の目を見て聞いているから、僕も気分が乗ってくる。
「修正すると、後が辻褄合わなくなるから、全部書き直すハメになる。そして、終わった頃には、パパの文章力が成長してたりして、最初の方の文章と後の方の文章で、全然クオリティが違うということになるんだよ。そうやって3回、4回書き直して、やっとできた作品をこの前応募したんだけども。この反省があったから、今回は全く違う書き方をしているんだ。」
息子は興味津々で僕の話を聞いている。息子はズボンを創作しているけれども、形は違えど、創作というものに関しては目を光らせる。それだけ息子にとって創作というのは面白いものなんだろう。
「子供の頃から書き始めているんだよ。子供の頃からそのキャラを動かしていくと、キャラの細かいところが見えてくるようになるから。子供の頃を描いて、20代の頃を描いて、結婚する30代頃のことを描いて、最終的に老人ホームに入るんだけども、そこからが本編が始まるんだ。老人ホームに入るまでで全キャラを反応を知ってしまえば、本編が安定するだろ。だから無駄だらけの創作活動を今やってる」
と言うと、息子はきょとんとした顔をしてから目をキラつかせて、
「やっとパパ、僕の言ってたことがわかってきたね」
と言った。
その息子の反応が、僕にはいつものようにさっぱりわからなかったが、たぶん息子の目からは、僕がついに創作の本質に手が届いたように見えたんだろう。
料理の皿は、気持ちいいほどきれいに平らげられていた。
腹が満たされた息子は満足した様子だった。
それを見て僕も満足した。
