PHPの脆弱性の問題で、僕のサイトはWordPressで作られているので、もろに影響を被ってしまう。
世の中に存在するサイトのだいたい70%ぐらいがWordPressで作られていると知っていたので、自分にも該当するなと調べたのだった。
そこからの僕の反応というのは、いつも極端なもので、一度関心が出ると熱を帯びて、徹底的に調べる。
関心はウェブサーバーの脆弱性にとどまらず、社内ネットワークにも及び、セキュリティを一段、二段と高めた。一度気になると、徹底的に問題を潰して、満足してしまうと、たぶん関心がなくなる。
これがたぶん、僕の反応の癖だろう。
耳が痛い話
「ヨガで気持ちよく帰ってきたところに問題が起きたって書いてた、あれかい?」
会社でダイエット部を立ち上げていて、体重の増減がアプリで共有されている。そこに150文字までコメントを書くことができる。中山さんのコメントを僕は覚えていた。
「そうそうそうそう。そうなんです。その日なんですよ」
相変わらず中山さんの語気が強い。思い出してまた腹が立っているのだろう。この感情に巻き込まれないように、僕は警戒する。気持ちの上で一歩下がって、中山さんと話を続けた。
「家に帰ったらね、旦那さんがね、怒り狂ってるんですよ。息子が悪いんですけどね。とにかく、帰ってきたら怒り散らかしているんです」
この手の話は聞きたくないな。昔を思い出してしまう。自制が効いていなかった頃の自分を思い出し、気持ちがざわざわした。
怒るというのは、アンガーマネジメントだけでは解決しない問題があって、幼少の頃からの考え方や価値観、それがジェンダーにまみれた価値観になっていて、男性の特権、女性の役割、こんなものが大きく絡まり合っている。
「怒りの矛先がいつも私に向いてな、『お前が甘やかしすぎてるからや』っていう話にいつもなるんです。じゃあ、『子育て、自分がしたらええやん』って言うと、『お前が余計な口出しするなとか言うからやろが』って。で、『それはあんたが言ったらあかん言葉を言ったりするからやろ。どんだけ子供が傷ついてると思ってんのよ』って」
中山さんはそのことを思い出しながら、だんだん感情を掘り起こしてしまったのか、怒りに心が震え、たどたどしかった言葉が流暢な早口になり、それでいて声量も大きくなってきていた。
「そこから旦那さんが息子と話し合いを持つ場面があって、もう3日、3日も話し合いをして、進路の相談をしていたんですよ。今まで就職の話で私が相談に乗ってて、進んでたんですけど、一気にこの時期に方向転換ですよ」
この話を聞いていると、とても耳が痛い。なんだか僕が責められているような気になってきて、聞くのもしんどくなってくる。
というのも、娘であったり息子であったり、通院に連れて行っていたのは妻であり、僕はその報告を聞いて、
「これ聞いたんか? あれも聞いたんか? こういうリスクもあるよね。じゃあ、こういうこともちゃんと聞いてこなあかんかったんと違うか?」
と、後から後から注意していたりしたからだ。たぶん、この時、妻がどう思っていたのかはわからないが、今思い出すと、
「じゃあ、あなたが通院に連れて行けばいいじゃない。じゃあ、あなたが主治医の話を聞いてきたらいいじゃない。あなた、何もしないで口出しばっかりしないでよ」
と思うのだろう。この話を聞いて僕は落ち着かなかった。
いびつな僕を受け入れてくれた妻
朝起きると、息子がゲームをしていた。娘は切り絵をしている。
部屋を見渡し、「今日は日曜日だしな。よし、掃除をしよう」と僕は思い立って気合いが入っていた。
大きな一枚板の丸テーブルをドンと持ち上げて、その下に敷いているホットカーペットを剥がし、フローリングの水拭きから始める。LANケーブルが床を這っていたので、すべてのLANケーブルを外し、タコ足配線も外し、整理し直してつなぎ直す。
掃除の過程で出てきたビニール袋であったり、紙袋であったり、ありとあらゆる不必要なものを集めてゴミ袋に入れていく。そしてベランダに出れば水を撒き、デッキブラシでシャカシャカシャカと、泡だらけにしながら掃除していく。シンクには重曹をぶちまけて、水垢を中心にピカピカにして、換気扇を外して油汚れを一気にゴシゴシと取り始める。
気が狂ったように掃除をするのだ。
妻としては、こんな大掃除よりも、普段の掃除、家事、調理、子供の塾のお迎え、子供の相談事、宿題を見ることとか、こまごまとしたことが山ほどある。そういったものに普段から関わってほしかったに違いない。
それは中山さんの話を聞いていても、なんとなく伝わってくる。
突然スイッチが入ったとて、普段関わっていないのだから、迷惑極まりないと思うのだろう。掃除も然り、日頃から整理整頓しておけば、一気に片付けなくてもいいのだ。
だけど妻は「掃除してくれてありがとう」と言ってくれた。
スイッチオフ
今日は灰色の空模様だった。まるで水墨画のように空が滲んでいる。モノクロのような単調な色合いで、アスファルトには影の模様も何もない。
息をゆっくり吸い、そして限界ギリギリまでゆっくりと息を吐き出す。すると、後頭部からじーっと力が抜けていくのがわかり、もう一度ゆっくりと空気を吸うと、頭がぼーっとするように意識が遠のく。
ゆっくりと、ゆったりと、呼吸をして身体がリラックスしてゆく。
これだけでこんなに気持ちがいいんだから、健康で生きてるってことは、素晴らしいことなんだろうなと思う。そして、思考が整い、視野が広くなってゆく。感性が働き、風を感じ、雲を感じ、鳥を感じて、他人との間合いが見えてくる。
他者との距離感
通院に行ってきたとき、受付の子が、
「3週間ぶりですか?」
とのんべさんがニコニコして言う。もう顔なじみになってしまって、話す口調や雰囲気がわかる。のんべさんは好奇心旺盛で、あまり常識を気にしない。相手の反応よりも、自分の欲求に素直に反応する。おんまさんは、静かにゆっくり自分のペースで話す。距離を測りつつも、僕との距離を少しずつ詰めてくる。それも僕の反応を確認しながら。
「もう3週間も経ったか。早いね」
と、息を吐くようにのんべさんの瞳を見て答える。予想外に距離を詰められるかもしれないので、僕は笑顔で対応しつつも警戒は解けない。
「はい、これ保険証と診察券」
と渡すと、彼女はそれを受け取った。ふと見ると、のんべさんの爪には、肌色の中に白く輝く反射が見られた。それに細く整えられていた。たぶん、派手な色のマニキュアは禁止されているんだろうが、職場ルールの枠内で、透明なマニキュアを塗って、お洒落をしているのだろう。
「爪、綺麗だね」
と僕は言った。
最近はいろんなところに目が行くようになった。そして息を吐くように、
「綺麗だね」
と口に出る。
利用者さんにも、
「大丈夫? 膝、痛くないかい?」
と背中をさすってみたり、
「おはようございます。どうも。おはようございます」
と、何回もしつこく頭を下げて遊んだりする。
利用者さんもそんな僕の接し方を感じて、にやっと笑い、手を膝の上に置き、
「どうも、こんにちは」
と深々と挨拶をして笑う。そんな互いのふざけた距離感が面白い。
一点集中で気合いを入れていると、こうはいかない。たとえば、重量のあるバーベルを瞬間的な剛力で持ち上げるとして、ずっと持ち上げていることなんかできない。呼吸を整え、「持ち上げてやるぞ」と気合いを入れて、一気にパワーを爆発させる。筋肉に一気に負荷がかかり、持ち上げた瞬間にバーベルを地面に落とす。
一瞬の勝負だ。
そんな時は、視野が狭くなっているだろうし、感じる余裕なんかないだろう。
子育てしたなんておこがましい
子供との関わりで、進路の相談になる。
答えを、成果を、結果を出そうと関わると、たぶん子供の準備が整っていないうちに、その場の圧力や雰囲気や、親の価値観が伝わってしまう。
子供は、自分の力で考える暇もなく、親の圧力や説得に屈して、進路を決めてしまうのだろうなと思う。
だからたぶん、親は子供に、自分の答えを押し付けちゃダメなんだと思う。
自己満足の独りよがりをして、
「俺は子育てしたんだぜ」
と思うのはおこがましい。ちゃんちゃらおかしい。
そう妻に思われるんだろう。
息子との関わりは、妻の子育てと比べることはできなくて、妻の足元にも及ばない。
本質をつかむ
「一体どうしたいの?」
「いや、それが分かんないんだよな。美容師になろうかな」
高校3年の夏ごろだった。デイルームにやってきた息子が、「相談したいことがあるんだけど」と言うので、聞けば進路相談だった。
「ママに相談したほうがいいと思うぞ」と僕はいったん息子と向き合うのを保留したのだったが、「ママは勝手にしていいと言ってる」と息子は言う。そのママの言葉には、自分のことは自分で決めなさいという意味合いが含まれているのだろうと思った。
ただ当時は、といっても今もだけど、妻と話すことができない状況では、どう対応していいのやらさっぱりわからなかったので、とりあえずは息子の話を聞くことにした。
「美容師か。それもいいんじゃないの。まあ一回、調べておいでよ」
そう言って僕は息子と別れた。
本気でやる気があるなら、専門学校なり何なりを探してくるのだろうなと思うし、僕にできることはせいぜい学費を出すことぐらいだった。
息子の進路相談なんて、今までを知らないので、どう相談に乗れるというのだろう。僕は離婚もして、めっきり自信を失っていたから、正直なところ「ママに相談しなよ」と言って終わりたかったのだが、何の因果か、息子と初めて向き合う状況に陥り、そこから今の今まで、向き合い続けている。
案の定、息子はすぐに専門学校のパンフレットを手に入れて、僕にまた相談しに来たのだが、どうもしっくりこないようで、うーんと悩んでいた。
「まあいいや。断片的でもいいから、思うところを話してみてくれよ。それを書き出して、ちょっとホワイトボードに整理するか」
質問して息子がそれに答えて、答えた返事にさらに質問を重ねて、深掘りしていく。物事の本質や、自分の本音を導き出すために「なぜ?」「それはどうして?」を自問自答する。そして、息子の思いを聞きながら、それを見える化していった。
たぶん、ホワイトボードで息子の考えをマインドマップに書き出す方法は、あれはあれで正解だったんだろうなと思う。後になって気がついたのだが、息子は感性で物事を見る癖があるので、言葉にすることが苦手のようだ。だから、その場その場の感覚で決めて、リスクマネジメントが疎かになりがちなんだけども、この話は本筋ではないから、またの機会に。
今回、話をしながら、僕は自分の意見を息子に押し付けるというよりは、ただ息子の話を聞き、それをホワイトボードに書いていき、
「ああ、そうか。こういうふうに俺は考えているんだ」
ということを息子に分かってもらう、といった関わりだった。
進路相談というよりは、息子の中に埋まっているものを、あの手この手で掘り当てる発掘作業に近いのかもしれない。息子が出した答えは「美容師も違うな」というところで、振り出しに戻り、結局、自分が何をしたいのかさっぱりわからない。つまり問題の本質は、「一体、自分が何を好きで、何をしたいのか、さっぱりわからない」ということだった。
ただ僕としては、高校3年生でやりたいことを見つけている人の方が珍しいし、進路をはっきり決めている人がどれくらいいるんだろうか、なんてことも思っていたので、息子が、
「さっぱりわからん。詰んだ」
と言ったときには、むしろ、ここでスタートラインに立つことができたと理解した。
卒業というイベントで次の進路を決める。みんなが決めるから俺も決める。そんなのは少しおかしい。人それぞれなんだから、自分のタイミングで動けばいいんだと思う。ほとんどの人はスタートラインにも立たずに、見切り発車して、「つまらねぇ」とやる気を失っているわけだから、ここで地に足がついたと考えればいい。
息子の描く世界
「最近、服どうなの?」
「ばっちり最高だよ。アイデアはどんどん浮かぶしね」
「そうなんだ。レザーフェスとか行ってたけど、あれはためになったの?」
「いい感じ。レザーっていうようなものは、動物の皮膚だからね。服もいわば皮膚だよ。だから存在が大切なんだ」
僕には息子の話す内容が、さっぱりわからない。
さっぱりわからないが、ただ僕は息子の呼吸、間の取り方、表情、そういったものを感じながら会話をしていく。息子は気持ちが乗ってくると、身振り手振りと動きがとても大きくなる。
ふと思った。
こういう小さな関わりを一つ一つ積み上げることが、いわば進路相談になっているのかもしれないな。
僕はただ単に聞いて、それに対して多少のアドバイスはするけども、最終的には息子が決めることは息子の選択であるから、なるようになるしかないと思っている。
だんだん息子のキャンバスに木が描かれて、空が描かれて、はたまた構造物も描かれたりして、手前には駐車場なんかも描かれたりするのだろう。息子の思い描く夢が、おぼろげながら絵になってきたのかもしれない。息子の絵を完成させるのは息子だから。息子のイマジネーションやひらめきを待つことしか、僕にはできないじゃないか。
そのためには関わり続けること、耳を傾け続けること。
続けることが大切なんだろう。
ゆるい関係
「すいません」
デイルームのドアが開き、クロネコヤマトの宅急便のおっちゃんが入ってくる。
「この荷物、不在だったんですけども、預かっといてもらいます?」
「いいですよ」
息子の荷物だった。
息子にLINEを入れて、
「デイルームで預かってるから」
と言うと、
「ドアの前に置いといて」
「雨降ってるからビチョビチョになるぞ」
「大丈夫。箱は頑丈だから。てか、そっち雨降ってんの?」
一体息子はどこにいるんだろう。
と思ったが、息子には息子の事情があり、どこへでも走り回る。どこに行こうと彼の自由だから、詮索はせずに距離感を大切にする。
僕は小雨が降っている中、荷物を抱えてトントントントンと階段を登っていき、3階まで行くとエレベーターの隅の方へ荷物を置き、写真を撮って息子にLINEを送った。
「サンキュー」
と返信があった。
外から見えることなんて所詮は氷山の一角
「主任、ちゃんと父親やってますよね。えらいと思います」
と中山さんが褒めてくれた。
が、どこを見たら父親をやってると思うのだろう、と僕は心の中で思う。
もしちゃんと父親をやっていたのであれば、別れた妻はこんなに苦労をしなかっただろうと思うのだった。それに妻の考えは、父や母ではなく、一人の個人だ。僕たち家族はそれぞれの名前を呼び捨てにして関係を作っていた。たぶん、それは妻がつくった家族風土だ。
ただ、僕はその事情を中山さんに話す気にはなれず、
「そうかい。ありがとうね」
とだけ言っておいた。
中山さんからすれば、息子が高校2年生の時にデイルームにやってきた頃からの、僕たちの関わりしか知らない。そこから僕が根気よく、根気よく息子と関わりを持っていたことも、またデイルームでいろんな話をしていることも、中山さんは知っていたが、外から見る家族の形は、隣の芝生が青く見えるだけのことだ。
話したところで、僕らの家族の色や形は、僕らにしか感じられないのだ。
そうそう、息子との関わりで僕自身も学んだことがあった。それは、のらりくらりするのが僕らしさなんだろうな、と。
気合いを入れると、僕は暴走する。そしてとんでもないところに行ってしまう。
だから、僕にとって、妻の俯瞰で見る目がありがたかったんだ。
