うんこで思い出した
「昨日ね、友達と飲みに行ってきたんですよ。なんでかわからないんですけど、2杯ぐらいしか飲めなくて、ご飯も全然食べられてないし。みんなは5杯ぐらい飲んでるんですけどね。なんかおかしいなと思ってたんですよね」
と中山(仮名)さんは話している。
みんながもう仕事を終え、社員二人がデイルームに残って、記録を書きながら雑談をしていた。いろいろ互いに報告事があり、難しく話すのはお互い疲れるので、本当にラフな会話で雑談まじりに報告をし合う時間になる。その雑談のひとつなのだが、僕はそれを黙って聞いていて、次はどういう展開になるのか、ふんふんとうなずきながら聞いていた。
「飲み会が終わって、自宅に戻るのに30分ほど歩くんですが、そこに卵の自動販売機っていうのがあって、『これ便利だよ』みたいな話をしてて。そこの卵の自動販売機で友達と別れたんですよね。」
うん、なるほど。別れたんだ。夜道をそこから一人で歩いたんだろうと、僕は頭の中で映像にして聞いていた。
「するとね、お腹も何にも痛くないんですよ。プッとおならが出たと思ったら、ドボドボドボドボドボって、滝みたいな水便が出たんですよ。」
僕は途中から話の展開が読めたが、まさか思いっきり漏らしたとは思ってもいなかったので、僕の頭の中で流れていた映像がいっきにうんこ一色になった。
50歳くる大人の女性が、飲み会の帰りに腹を下して、ドボドボドボっと漏らす。これは、この日本の中でどれだけあり得る確率なのだろうと、耳を疑った。
「私、その時スパッツをズボンの下に履いてまして、ピチピチのスパッツだったんで、全部その中に撒き散らかしちゃって。」
「どういうこと? どういうこと?」
僕の頭の中に、中山さんが表情を歪めて、手で尻を押さえ、仰け反る光景が再生される。しかも、目の前にいる女性が映像の当事者だ。もう手を叩いて声を出して笑うしかなかった。
「26号線の歩道を歩いていたので、真っ暗なんですよね。そこから自宅に戻るのに交差点を曲がると、歩道がなくなり、しかも青信号になって、後ろから車が来て、ヘッドライトに照らされるんですよ。これは完全にバレると思って、私、走ったんです。そしたら、チャプチャプチャプチャプっていうんですよ。」
「どんだけ漏らしたんだ・・・」
スパッツの中に溜まってるってことは、まるでウェットスーツみたいだな。いや、うんこスーツか。それで走ればチャプチャプチャプとなるってことは、だいぶの量を漏らしたということだ。想像を絶する光景だな。
「奇跡的に服とか汚さずに、スパッツの中に溜まってくれたんですが、『ただいま』って帰って、誰にもわからずトイレに入って、処理したんですよ。」
「よく便器を汚さず処理できたな・・・」
もう訳がわからなさすぎた。チャプチャプをどうやって便器に流したのか?
「で、スパッツを洗って、誰にもわからずお風呂に入ったんです。すると旦那さんが歯を磨きに来て、『くさっ! なんじゃこの匂いは!』って。バレちゃったんです。」
中山さんは自分事なのにゲラゲラ笑っている。
「それで、『もうほっといて。私、地獄見てきたんやから。もうほっといて』って言ったのに、『俺はその地獄の匂いを嗅がされているんやぞ』って言ってくるんです。どう思います、これ?」
僕は何を聞かれているんだろう。うんこを漏らして、地獄のような匂いを嗅がされたと言われ、どう思います?
「いや、まず、50代のええ大人が漏らして、それってどう思います?」
と僕は聞き返す。
「とにかく私はえらい目にあったんです。もう少し優しくしてほしいわ」
と言っていたが、「このうんこ野郎め」と思った。
思い返せば、僕もUSJで漏らしたことはある。あれはジョーズに乗ったときだった。ジョーズがドーンと海面から出てくるときとか、娘は本当に怖がっていた。
ライドが工場の中に入っていって、
「サメが来ます! 危ないですよ!」
と散弾銃を持った船頭が不安を煽ると、娘はギャーッと泣き、他の乗客は娘のあまりの本気の怖がりように、微笑ましく見守ってくれていた。船頭の演者の方もやりがいがあっただろう。
僕は僕で、
「どうするどうする! 怖い!」
と言って僕は船頭の演者に合わせて、なりきって怖がると、娘はママの服をぎゅーと持ち身体をひっつけた。ある意味、本気でジョーズを楽しんでいる。リアルに体験できるのは、やっぱり子どもゆえのものだろうなと思う。サンタクロースを信じている頃の娘の反応を見ていて、非常に僕も愉しんだ。
ジョーズがもう終盤に差しかかり、下船する船着き場に着いたときに、僕は興奮のあまり脱糞していた事に気が付き、
「やばい、やばい、出てるかも!」
と騒いだ。
「出たかもしれん」
と言うと、妻が、
「ひろし君? ひろし君?」
と信じられないという表情をして叫んでいる。
僕はその声を聞く余裕もなく、トイレを見つけて駆け込んだのだが、やっぱりちょびっと漏らしてしまっていて、ティッシュでパンツをふきふきした。
トイレから出てきたら妻が唇を歪ませて目をキラキラさせていた。唇を歪ませる時は、決まって何か挑発めいた、もしくはいたずら心が溢れる時のサインだ。そして目がキラキラしているのは、「なんなのこの人」という好奇心だと思う。
「ひろし君? 大丈夫? デートの最中にうんこ漏らして、ありえないよ!」
と、いたずらな表情をしながら僕の目を覗き込んでいた。
あの時の事を、中山さんのうんこで思い出した。
