どんどん変わってゆけ

さてと。今日こそスポーツジムに行こうと、バイクを出す。

10月からスポーツジムを契約したというのに、もう10月は10日も経つのに1日しか行っていない。いや、2回は行ったか。

行けば1時間ほど運動して帰るんだが、僕は自分でも思っている以上に、忙しいのだと気がついた。なんだかんだと用事が入り、スポーツジムに行けていなかったからだ。

やっと今日、3回目のジムに行ける。

赤信号で止まっていると、LINE電話が鳴った。通知を見ると息子だった。バイクのヘルメットとスマホがつながっていたので電話を取ると、

「飯、行こうぜ」

「わかった。15分待ってくれ。15分で帰るから」

やっぱり今日も、スポーツジムには行けなかった。いろいろ用事が入る。

「どこ行く?」と聞くと、

「どうしようかな」

と息子は何も考えていない様子だったので、「じゃあ散歩がてら、商店街の方をぶらぶら歩きながら、適当なとこ入るか。多分どこも今日は空いてると思うぞ。明日、祭りだからな。曳き出しも早いから、そんな遅くまで飲めないだろう」

明日は10月のだんじり祭りだった。祭りに出る人は曳き出しから参加するだろうし、曳き手も前夜祭を詰所でやるので、居酒屋などは比較的空いている。

「じゃあ、そうしようか」

僕と息子は、ぶらぶらと商店街の方へ向かう。息子と居酒屋に行くのは、珍しいことではなかった。友達の親子関係を聞くと、息子と旅行に行くなんてこともないし、飲みに行くなんてこともあまりないようだった。だから周りからすると、僕と息子の関係は少し不思議に映るようだ。

相変わらず、息子はよく喋った。

もっぱら話題といえば、職場のことだ。不満が出すぎて、そろそろ職場が崩壊しそうだとか。朝の現場を回している30代のバイトスタッフは独裁的なところが強く、働く人たちがその人の取り巻きと、ただ単に使われるだけのスタッフとに分かれてしまい、仕事が面白くないらしい。午前中に働いていたバイトスタッフが、息子の指揮する夜の時間帯に移ってきたという話だったり、今の職場がどういう状況で、それに対して自分はどう対応しているのか、またこの先どうなっていくんだろうというような話をしていた。

夜風がやさしく吹いていた。商店街は、まばらに人が往来し、自転車でブラブラと進む人だったり、サラリーマンらしい人だったりが歩いている。ハイボール酒場はガラガラで、屋台寿司はおひとり様が何名かカウンターで飲み食いしていて、思った通り居酒屋は空いてそうだった。

目次

インド料理店

僕たちが見つけた店は、少し路地裏に入った怪しいインド料理店だった。

ドアを開けて入ると、多分インド人だろう。日本語が流暢なインド人2人が切り盛りしていて、客は僕たちのほかに1組いるだけだった。BGMもかかっておらず、テーブルの上にはメニュー表もなかった。

隣のテーブルを見るとメニュー表が置いてあったので、それをちょっと拝借してページをめくる。ナンをはじめ、いろいろなカレーが並んでいる。そしてタンドリーチキンという、いかにも辛そうな鶏料理もあった。一通り注文を終えると、僕には瓶ビール、息子にはウーロン茶が運ばれてきた。

続いて、何やらナンの切れ端のような、薄焼きせんべいのようなものが出てきた。僕たちはそれぞれ一切れずつ口にする。パパドと呼ばれるそれは、塩味とスパイスが効いていた。

意外にも僕はおいしいと思ったのだが、息子の口には合わなかったらしい。

「ちょっと辛い。これ、スパイスが入ってるね」そう言って、息子は食べなかった。

先ほど注文した料理が、厨房で作られ始める。厨房の中は蛍光灯で明るかったが、店内は薄暗い。ジュージューと焼ける音が、厨房からこちらへ漏れてくる。奥の客が何やら話している。インド料理店らしい雰囲気を作るものは、ほとんど何もない。

ぶっきらぼうな店員が、こちらを見ていた。

これで店に客が一人もいなかったら、どんな異様な光景だっただろう。不思議な事に、インド料理店の雰囲気は、店員に漂う異国感だけで、ここが日本ではないような気にさせてくれた。

もうすでに、瓶ビールはもう半分もなくなっているのに、つまみになるものが何もない。先にタンドリーチキンでも持ってきてほしかったが、一向に料理が出来上がる気配はなかった。

瓶ビールを持ち、瓶底を下から眺め

「空になってしまったよ。料理、全然できないな。いつまでかかるんだろう」

息子もこの妙な時間を感じて、少し苦笑いしながらウーロン茶を飲んだ。

気分を変えたい

今日は10月の祭りだ。外からは太鼓の音が聞こえてくる。

僕はいそいそと準備を始めた。だけど困ったことに、行き先が定まらない。

ススキを見るのなら、和歌山の生石高原か奈良の曽爾高原だ。温泉に入るのであれば、曽爾高原のおかめの湯が、ぬるぬるとして露天風呂も広くて最高だ。

しかし、海も見たい。

となると、淡路島一周ソロツーリングと洒落込みたい。

迷う。

想像してみる。そして、自分に問い掛けてみる。「お前はなにを欲している?」と。

磯の香り、ヤシの木、海沿いの道から山道へ入り、峠を抜けて一気に下ったところで、太平洋が目の前いっぱいにせり出してくる。地元の人しか通らない海岸線沿いを、海のしぶきを感じながらバイクで走る。たまにすれ違うバイカーとヤエイを交わす。そしてサンセットロードでは、夕陽がまぶしいだろう。

そう考えれば、やっぱり淡路島に行こうと思った。

地元の引力

家を出る支度をしていると、バイクの鍵が見当たらない。どこに置いてしまったのやら。

昨日、コナミに行って、そこから買い物をして帰ってきた。それからチーズフォンデュをして……、料理を作るのに意識がもってかれて、バイクの鍵を適当に置いてしまっていた。

なんだか出発しようと、この地元から出ようとしているのに、後ろから何かの力で引っ張られているような気がした。そこに、佐藤さんから電話がかかってきて、

「山ちゃん、今日、何してんの?」

と言うから、

「いや、だんじりは見に行きませんよ」

と、すぐさま答えると、

「やっぱりね。まあ、一応声かけてみたんだよ。バーベキューしてるから、来ないかなと思って」

「ああ、ゆきさんの仲間ですよね」

「そうそう。ゆきちゃんの他にも、山ちゃん会ったことある子もいるよ」

「すみません。ちょっと祭りの日は、もう外へ出たいんですよね。気分的に」

外へというのは、もちろん地元から外へという意味だ。岸和田祭りは9月と10月にある。とにかく僕は、この期間になると岸和田から離れたい病にかかっている。

バイク旅だ

バイクはエンジンを唸らせ、高速道路へ上がってゆく。高くなるにつれて風がたなびき、体が持っていかれそうになる。エンジンを吹かして本線に合流すると海が広がり、地元の町並みが小さなミニチュアのように流れてゆく。

久しぶりに乗ったバイクは、まだ身体の一部にはなってくれない。すぐ隣をかすめる車が怖く感じる。とりあえずは、体が慣れるまで安全運転だ。

僕はそのまま阪神高速湾岸線を走り、海遊館、USJ、そして神戸の街並みと六甲山を抜けて、第二神明道路を走ったトンネルを抜ければ、すぐに四国・徳島方面への案内板がある。案内に沿って進み、再びトンネルを抜けると、間近に白い橋脚がそびえ立つ。

まっすぐに伸びた道は、まるで天に続くようで、厳かな海を遠く真下に眺めながら、小さな模型のような船が往来しているのが見えた。太陽を反射した光で、上からも下からも眩しい。光の道はまっすぐに淡路島へといざなってくれた。

これが明石海峡大橋だ。阪神大震災でもビクともしなかった、日本の技術が詰まっている。

明石海峡大橋を抜けると、遠くのほうに観覧車が見えてくる。あれが淡路ハイウェイオアシスだ。ここが一番大きなサービスエリアになるので、一旦ここで体を休めることにした。

引力から離脱する

ここにはパン屋がテナントで入っていて、ここのメロンパンがおいしい。息子に土産で買っていってやろうかと、最後の一個になっていたメロンパンを手に取った。そして塩パンも買い、スターバックスでアイスティーを注文した。今日の朝ごはんだ。

そういえば、息子の彼女のお父さんがびっくりしていた。息子がバイクを乗り回していたからだ。ひょろっとした青年が、まさかバイクの免許を持っているとは思っていなかったようで、

「お前、面白いな」

と喜んでいたというのだ。

バイクの運転ができるというのが、そんなに面白いことか?僕はその意味を考えていた。息子がバイクの免許を取りたいと僕のところにやってきたのが、高校2年生の夏ぐらいじゃなかったか。

あの時、僕は、

「ママにバイクの免許を取っていいか聞いといで。パパにはその判断つかんわ」

と一旦返した。

本当に息子はママに相談したんだろうか。今になって息子の性格がわかるので、うまく立ち回ったのではないかと疑ってしまう。とにかく僕にとって、バイクの免許を取るということは危ない行為だったし、それを望んでいる息子に、独断で許すなんてことはできなかった。ママの許可があって初めて僕がお金を出せるというスタンスだったんだ。

そして息子は、バイクの免許を取った。

あの時、僕もそれでいいんだろうと思えたのは、

「好きなことをやればいい」

と、僕の価値観が変化していたからだ。

役割にまみれて今まで生きてきて、それが家族の幸せになると信じていた。それが妻を苦しめていただけの環境だったと知った時に、もう役割とか、そういったもので生きるのはやめようと考えた。

その時に初めて、僕自身もなんとなく肩の力が抜けて、自由になれたんだと思う。

そして――「もうやめた」と決めたら、いくぶん見える景色が変化した。だから息子が「バイクの免許を取りたい」と言ったことにも、ママの許可があったにせよ、僕は認めた。

好きなことをすればいい。やりたいことをやればいい。

そう素直に思えたのだった。

変化する心地よさ

淡路ハイウェイオアシスから高速を降りると、歩道を広くとったキレイな道路が海沿いを走っている。道の両側にはヤシの木が植えられ、異国情緒を醸し出している。お店も立ち並び、多くの企業が淡路島に目を向けていて、この街は生まれ変わっている。

昔は、何かの宗教なのか、大きな仏像(世界平和大観音像)が淡路ハイウェイオアシスを降りて、しばらく走ったところに立っていたが、それも持ち主が亡くなったとかで、遺族が遺産放棄を決め、税金で解体したとのことだ。行政の行動が速く、新陳代謝が活発なのだろうと肌で感じる。この淡路島はどんどん変化しているのだ。だから僕は好きなのだろう。

次第に渋滞が目立ち始めるが、これも洲本市までのことだ。洲本温泉に向かう車が渋滞を引き起こしている。洲本を抜ければ山道になり、謎のパラダイスのある立川水仙郷へ向けて峠道が続く。しばし海とはお別れだ。

謎のパラダイスとは、「探偵!ナイトスクープ」で取り上げられてから、人気のB級スポットとして注目を集めた場所だ。佐藤さんと以前一緒に、ツーリングがてら立ち寄ったことがあるが、魅力のある秘宝館だった。2代目オーナーが亡くなってしまったことから閉館を余儀なくされ、今は立ち寄ることができない。

とても残念だ。

南あわじに到着し、道の駅うずしおがリニューアルオープンしていた。リニューアルする前には車で来たことがあり、当時はまだバイクを持っていなかった。

とても風の強い日で、海も大荒れだったが、天気は良く、素晴らしい景色を眺めることができた。今日も美しい夕陽だ。

どうしてこうも、ほっとするんだろう。

地元を離れて、素晴らしい景色を見ているだけで心が和む。

世界の見え方

潮風が頬に触り、大鳴門橋には車が走り、夕日が世界をオレンジ色に染め上げていく。燃えるような黄金色の光は、だんだんと雲を濃いオレンジ色に染めながら、山の向こうへ落ちていく。

淡路島を一周するつもりでいたが、ここで日没なので時間オーバーだ。このまますぐ横を走る高速道路で帰ろうと思う。

晩ご飯を食べ損なって、息子にメロンパンのお土産を買ったが、腹が減って、もうここで食べてしまった。だから息子には、違うお土産を買っていこう。

息子にLINEを送ったら、「うまそうじゃん」という返信が来た。仕事中にLINEを返信できる余裕が出てきているのだろうか。それとも、職場が荒れているからだろうか。

現場にいる息子にしかわからない。

夜中の神戸淡路鳴門自動車道を、休憩なしで走る。もうすでにSV650は僕の身体の一部になっている。アスファルトに食いつくタイヤの挙動が伝わってくる。

ヘッドライトで暗闇を切り裂き、虫がパチパチと当たる。クリアバイザーには、蚊のような小さな虫の死骸がつき、視界を妨げる。

淡路島の帰りにはいつも立ち寄る「幸せのパンケーキ」は、お預けになった。また立ち寄った時に、幸せの鐘を鳴らそう。

次は僕の隣に、誰かいるだろうか? なんて、どうだっていい。独身者の僕に、次々と恋人を紹介してくる佐藤さんの価値観は、どうも馴染めない。

時代も変わり、考え方も変わり、僕自身も変わってゆく。

その変化を受け入れていると、世界の見え方が変わってくる。変化し続ける世界で遊ぶことが、なんだか楽しくて仕方がない。

ROCKET DIVE

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

目次