ちゃんと見る

息子の彼女が大阪に来ているらしく、二人でUSJに遊びに行くそうだ。少し前に、息子のほうが東京へ会いに行っていたが、相変わらず仲良くやっているようだ。

遠距離恋愛でよく続くなぁ、と感心していたが、そういえば俺も遠距離恋愛だったじゃないかと改めて思った。互いに遠距離を移動して会ったり、電話で話したり、ゲーム内でチャットしたりと、関係を続けてたな。まったく苦に思わなかった。愛があれば距離なんか関係ないか。愛が枯れればどんなに近くても遠いのかと、僕は苦笑する。

しかし、遠距離恋愛まで受け継がれとるわけか。と、なんだか納得し、うまくいけばいいがと親心を出したりする。

相変わらずアクティブに動き回っている息子に対して、どんどん成長していくなぁと、やっぱり感心するんだが、それとは逆に僕といえば、完全に停滞してしまった。

目次

停滞

日曜日、目が覚めると空は青くて、雲がゆっくりと流れていた。

今日は日曜日だということを思い出して、深く息を吐いて、枕を抱きしめた。そこからゴロゴロしていると、幸せな気分が体をリラックスさせる。今日という気持ちの良い日を、このままにしておくのは損な気もしたが、動く気がしなかった。

前日から、ウィンドサーフィンに行こうと思っていたんだが、どうも気持ちが踊らない。衝動が走らずに、のっぺりとした感覚が漂っている。

頭の整理ができない、くちゃくちゃな感じは、部屋の散らかり具合の副作用かと、部屋の掃除もしなくちゃいけなかったが、まったく掃除する気にもなれない。

そのうちウトウトと睡魔が訪れて、抗うことなく、僕は布団の臭いに安心感を抱き、夢の中へ落ちてしまった。

結局、夢から覚めた頃には17時ごろになっていて、さすがに一日、外に出ない生活はあり得ないと、そこからバイクで泉南イオンまで走ったけども、風を感じても楽しさは湧き上がらなかった。

こんなのが結構続いていたりして、頭がぼーっとするんだな。

「ジム行った方がいいよ。ジム行ったらさ、リセットされるから」

そう息子は自分の筋肉を見せて言っていた。

「見てよ、これ。ほら」

息子の目は輝きを放ち、僕に訴えているが、見せられたとて筋肉がついているのかどうか、さっぱりわからなかった。息子の体型はひょろっと細いから、そこに筋肉がついているのかどうかなんか、さっぱりわからない。

僕の感想などまったく関係なく、息子は話し続ける。

「体と筋肉に負荷をかけると、本当に頭がリセットされるから。騙されたと思ってやってみてよ」

息子はいつジムに行ってるんだろう。あいつが仕事から帰ってくるのは、0時ごろだ。ということは、24時間営業のジムにでも行ってるんだろうか。

「そうだな。パパもコナミ契約したしな。しっかり行かんとな」

そんな会話を思い出して、月曜日は久しぶりにジムに行った。

これで計5回目になる。今日は10月20日なので、あと3回行って、1か月に8回行けるぐらいか。1万円を8で割るといくらだ? 1回1,200円ぐらいか?

コナミに着くと、相変わらずの広い空間に、マシンを使っている人が5人ぐらい見えた。ここは相変わらず閑散としている。この寂しさがとても気に入っている。

受付を見ると、若い女の子がお客さんに挨拶もせずに、ペラペラペラペラ喋っている。ここなんだな。佐藤さんが受付の人と喧嘩したのも、こういった店員のささいな態度の積み重ねが背景にあり、そこに注意を受けたので爆発したのだろう。コナミのスタッフ、全員が全員ではないのだろうけども、受付の、特に若い女の子の態度がとても悪い。

相変わらずだったけど、僕はさして関心を払わなかったから、受付の人がどうであろうと、ここが閑散としていれば、それでいい。

「はぁ、だるいな」

僕はため息をついてマシンに乗り、ゆっくりと体を動かし始める。体に負荷がかかり、しんどくない程度にマシンを動かすが、何度も時計を見てしまう。

まだ5分しか経ってねえじゃないか。

まだ10分しか経ってねえ。

終始こんな感じだったので、やっぱりやる気のなさが運動にも現れていた。僕はヘッドホンをして、音楽を聴きながら運動するのだけども、こんなにやる気がなくちゃ、音楽にも気持ちが乗ってくれなかった。心拍数を110ぐらいまで上げることができれば、汗もかいてくるんだろうが、今の心拍数は84だ。これじゃ汗はかかんな。

なんでこんなにやる気がないんだろう。

頭の中がぼーっとしている。

運動をして負荷をかけているが、負荷のかけ方が足りないんだろう。

頭がぼーっとしている。

狂ったように行動した時期

7年前の別れた当初なんか、不安を払拭するように、とりあえず行動していた。

自分自身と向き合うためにDV加害者更生プログラムに参加して、今では誰よりも非暴力の定義に詳しくなった。家に戻るのが怖かった。まるで小さな子どものように、夜の暗い寝室で一人で寝るのがすごく怖かった。朝からバイクで出て、まったく家に帰らず、日付が変わって2時、3時に帰ってきたり、寝室の電灯をつけっぱなしにしたりした。

ウィンドサーフィンを始めたり、登山を始めたり、カメラを持って街に出たり、絵を描いたりもした。

そのなかで、登山は自分と向き合うのに、本当に良かったと思う。鳥の声を感じ、木漏れ日を見て、山裾から吹き上げてくる風を感じて、草木や土の香りを感じる。登りの一歩一歩、登山道を無心になって登った。自分自身と対話をするのに、登山はとても相性が良かった。

それに新しい物の見方に触れるために、登山をしながらVoicyを聴いて、他の人の意見を聞いて、ああ、こんな意見があるんだと勉強になったり。Amazon Audibleで『リベラルアーツ入門』を聴きまくって、偏りのある自分の見方に固執しないように、知見を深めたりした。

あの時は良くも悪くも熱狂していたような気がする。

狂っていたからこそ、多くのものが僕の中に入ってきたし、それに捨てることができた。僕にへばりついていた価値観の多くが溶けて落ちた。この「捨てる」というのが意外にも効果があったような気がする。シンプルな今の自分の基礎を形作っているし、その経験が息子とのコミュニケーションにも役に立っている。

そして挫折の経験は、小説を書くほどにも、人としての幅を広げたのかもしれない。

そんなことをぼーっと考えながら運動していると、思考することにのめり込んでしまって、あっという間に30分、40分が経ってしまった。思考の回転が速くなればなるほど運動量も増えてきて、気がつけば心拍数は118まで上がっていて、ボタボタボタボタと汗が落ちていた。

次第に後頭部のぼーっとした感覚は気持ちいいほどになくなり、リズムを刻む呼吸が深くなるたびに、体中の細胞が息づいてきた。

ラスト10分は、すっげえ気持ちよくなって、トランス状態になってしまって、そういえば息子が「負荷をかけると頭がリセットされるよ」って言っていたのを思い出した。

あ、これだ。この感覚だ。

そういえば、離婚当時も不安と混乱を鎮めるために、よく走った。朝、夕と身体に負荷をかけて、一時的にも整うことができた。妙にすっきりした感覚で、晩ご飯を買いに、そよらのイオンまで行った。

ご飯は出る前に炊いてきたので、ご飯をおいしく食べられるようなおかずを買おうと、スーパー内を徘徊する。

汗をかいて、そのまま風呂に入らず出てきたもんだから、体はちょっと汗で濡れていた。その濡れた肌が店内の涼しい空気に触れて、少し肌寒くなってくる。

今日のメニューはご飯が主役なので。

どうしようか。

漬物でもいいな。水ナスでもいいし。ああ、明太子でもいいな。

どうしようか。

と悩んでいたときに、ふっと目に留まったのが、6本入った焼き鳥だった。

あ、これをレンジでチンして食べるか。

と手に取った。

ハイボールどうしようかなと思ったけども、やめておいた。

せっかくここまで気持ちよくなったんだし。ハイボールを飲んでしまったら、ああ、また飲んでしまったな、という罪悪感が押し寄せるに違いない。

ご飯1合と焼き鳥で、今日はおしまいだ。ということで、会計は千円いかなかった。

いい感じじゃないか。

いい食費の削減だ。

そして今を感じる

火曜日。夜勤の日だ。

息子の彼女はまだ大阪にいるのだろうか。邪魔しちゃ悪いと思って、LINEはしていない。まあ、腹が減れば勝手にするだろう。「息子には息子の時間がある」と思い、今日は息子にLINEはせず、晩ご飯も聞かずに作るのをやめておいた。

今日のメニューはチーズフォンデュだ。

蒸し器を火にかけ、水蒸気が出たところで、ニンジン、じゃがいも、ウインナーを鍋に放り込み、蓋をしたら、デイルームのドアがガタガタッと開いて、

「おーっす」

と、息子がいつものように入ってきた。

「パパ、これマルちゃんからのお土産」

と言って手渡されたものを見ると、あんことバターのスイーツだった。それと、ミルクまんじゅうっていうのも入っていて、これは東京の有名なお菓子屋さんで買ってきたということだった。

僕にお土産をわざわざ買ってきてくれるなんて、なんだか優しい子だな。今度またマルちゃんに何かプレゼントしないと、息子の顔も立たないだろうな。と息子の立場を考えて、すっかり親の顔になっていた。

「妻ならどうするんだろう」と、いつもの思考パターンになる。

妻ならどうするんだろう……。

「結婚するわけじゃないんだから、そう構えずに、東京行く時にお土産で渡してあげたらいいんじゃないの?」と妻は言う。

「しかしなぁ。向こうは大金持ちだぜ。何を買って渡せばいいんだよ」

僕はつい見栄を意識してしまって言うと、

「なんで、親がでしゃばるのよ。マルちゃんのことを知ってるのは〇〇(息子の名前)なんだから、〇〇に選ばせればいいじゃないの」

「しかしなぁ。〇〇に任せると、金をケチってつまらないものを買うかもよ」

「ひろし。もっと自分の息子を信用したら? ちゃんとするわよ。それに、私がちゃんと仕込んだんだから。〇〇は、女の子には優しいわよ。だから心配いらない」

と一瞬、妻の質感が湧き出して、マルちゃんへのプレゼントは、次の機会に息子に任せようと、肩の力が抜ける。

息子は、僕がママと会話していたことも知らずに、目の前に大きなコップを差し出して言った。

「あ、これパパ、お土産」

「お、いいじゃん、これ。ドンキーコング?」

「そうだよ」

簡単にササッと洗ってから、麦茶を注ぐと、思ったよりもなみなみと注がれる。

「結構量入るな、これ」

「ハイボールとか作るでしょ」

「まあ、作ることは作るけど。お、いいなこれ。保温できるじゃん」

「でしょ。氷入れたらずっとキンキンだよ」

「ありがとう」

僕は相変わらずの不精なので、何度も作るのが面倒臭い。大きなコップで一気に作る。だから息子にもらったこのコップは、壊れない限り一生使うことになるだろう。

息子も相変わらず気が利く。パパになんか買っていってやろうと、お土産屋で手に取ってくれたわけか。

いや、ちょっと待ってよ、これ。マルちゃんが言ったんだろうか。

「パパにお土産買っていかなきゃダメだよ」

って、マルちゃんが言ったのかもしれないな。なんてことを考えていると、

「飯まだ? 腹減った」

と息子が言った。

今日は息子の分は買ってきてなかったのだが。まあいい。お土産も買ってきてくれたことだし、俺の晩飯をやるかと思い、

「今日はチーズフォンデュだ」

と言うと、

「おー、いいじゃん」

とちゃっかりカウンターに座り、今か今かと待ちわびている。

「ちょっと頼みあるんだけど、お釣りやるから、食パンと、カップヌードル2つぐらい買ってきてくれ」

「なんでカップヌードルなんだよ」

「いや、俺の夜食なんだよ。買うの忘れたから買ってきてくれ。それと食パンも忘れずにな」

と、僕は1万円を息子に渡すと、

「オッケー」

と言って息子はサンディーに買い物に出かける。

僕の晩飯がなくなってしまったから、カップラーメンで済ませてしまえばいい。腹が減りゃ食パンかじればいい。

いつものように職場の話だったり、マルちゃんの話だったり。息子は息子らしく育っている。

「職場が崩壊してるんだよね」

「うん、知ってるよ」

「辞めるやつが多くてさ」

「もうそんな感じになってんだ」

「いつまでいよっかな。仕事できるやつが来年の3月で辞めるんだよね。大学4年生だから」

「就職するのに、バイトを辞めるんだな」

「そのタイミングで辞めるかどうか、ちょっと考えてんだけど」

どうも息子の考えは短期決戦だ。じっくり周りの環境の変化を読み取り、自分の価値が上がるのを待つという思考がない。すぐに結果を欲しがるからだ。息子の選択は息子のものだという前提のうえで、僕の意見として添えてみる。

「状況は変わっていくからさ。じっくり待てばいいと思うんだ。パパの職場でも、祭礼団体でのパパの経験でも、人がいなくなればなるほど、残ってる人の価値は高まっていくもんだよ。しかも、残ったお前が現場を仕切ることができるわけだから、存在感が出て、頼られ、任せられるような、状況がくるっと反転するタイミングは、そこかもしれないな」

「そっか。そうだな。それを待つのもいいわけか」

「わからんよ。どうなるかわからんけども。お前の見切りの早さは、パパの心配の種だからな」

「そうなんだよな。僕、見切りが早いからな」

「まあ、どんな景色が見えるのか、じっくり待つのも一つの手だと思うぞ」

そんな話をずーっとしてた。

そう、そんな話をずーっとしてた。

◇

そして、今も状況は刻々と変わってゆく。

今を後悔や葛藤で生きる事は、必要な時期もあるけれど、結局は変化を受け入れることになるのだから、過去の選択に縛られ、不自由でいることは違うんだろうなと思う。

水のように、それぞれが変ってゆく。

変化を受け入れてしまえば、今を感じる事が出来る。

そのうえで、自分にとって大切なものはなんなのか?

ちゃんと見る。

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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