メシでも行くか

薄暗いデイルーム。電球の明かりは、カウンターに座る僕と息子を中心に黄色く灯っている。

もう冷めてしまっただろうおでんを、息子は食べている。勢いよく口に放り込み、白飯も一気に口の中へ入れる。口いっぱいにおでんを頬張りながらも、まだ話し足りないのか。箸を上下に振りながら、今の職場のことを話している。

「まだあの店舗でもっと売れる。今の店の売り上げを最大化してやる。」そんな熱い気持ちが周りと噛み合わず空回りしているように見えた。

息子を入れて4名ほどの少数精鋭のチームが出来上がっていた。それは息子が発掘して教育した最強メンバーだ。しかし、そのチームは今や、モチベーションを大きく下げている。その原因は息子にはわかっているのだが、どうすることもできないという壁が立ちはだかっていた。

息子の興奮した姿を見て、肌で感じていると、ざわざわと不安が押し寄せてくる。

息子もたいがいイラついていたし、やり切れない想いを引きずっていたし、このまま「もうここはダメだ」と切り捨てて、辞めてしまうんではないかと思った。

また、上昇意識が強すぎて「もっと上を、もっと上を」と目指す息子と、周りとの温度差も気になった。

摩擦の中で孤立してしまうんではないだろうか?

そんな心配が僕の胸の中で渦巻いている。

こんな時は視野が狭くなる。余裕を失うとバランスを崩す。上手くいくことも上手くいかなくなるだろう。どんな手を打ったとして、すべてが裏目に出てくる。離婚した時期ぐらいの妻との関係がそんな感じだった。経験から学んだ僕は、一度息子とゆっくり話しておこうと思った。

「明日休みか?」

と僕が尋ねると、

「休みだよ。服を作る。もう服を作る」

と繰り返した。

今の職場にはもう期待を持てない。だから服作りに専念する。僕にはそんなふうに聞こえた。

やっぱり、ゆっくり話しておかないとダメだなと感じたので、

「わかった。服作り頑張れよ。まあ、その後、晩飯でも行こうか」

と言葉を添えた。

一気に平らげた皿は見事に空になっており、息子はシンクに持っていき、食器を洗い始めた。厨房だけが蛍光灯で白く別空間のように思えた。薄暗いカウンターから食器を洗う息子を見ると、蛍光灯の光が眩しかった。

目次

晩飯でも食いに行くか

翌日、夜勤明けで僕は休みだった。仮眠から起きて、眠った体が冴えだす頃には、18時になり外はもう暗かった。

スマホを見るとLINEの通知が一件入っている。中山(仮名)さんから「仕事終わります。お疲れ様でした」とあった。僕は中山さんに「お疲れ様。明日は良い休暇を」と返信して、昨夜の息子のことを思い出した。

トゲトゲしく、荒々しく、台風のように空気を乱していった息子を思い出した。

ふぅと息を吐き、気持ちをつくり「そろそろ飯行くか」と送信すると、すぐに既読になった。

「いくか」

と短い三文字が送られてきた。

ドアを開けると、冷たい空気が漂っていた。鼻から吸い込むと、いっきに肺まで流れていった。身体の細胞が息づいたような感覚で、真っ暗な階段をトントントントンと下りていく。エレベーター前のエントランスまで行き、マンションを見上げたが、まだ息子は出てきそうになかったので、デイルームの方へ行くことにした。

マンションから道を挟んだ向かいの仕事場へ向かう。暗がりの中、犬の散歩をしている人とすれ違った。隣の家の明かりが周囲を薄暗く照らす。デイルームの鍵を開けて玄関ホールに入り、電灯をパチパチパチと順番につけていくと、デイルームの空間が広がってゆく。この広がってゆく感覚が僕は好きだった。

庭に面したガラス戸まで行き、メダカに猫防止の蓋をしようと思った時に、後ろでデイルームのドアがガチャガチャガチャと音を立てて開いた。

「おーい」

と息子が入ってきた。空気を乱すような勢いはなく、服の存在だけを身にまとい、息子はそこに立っていた。

「お、もう来たのか。行くか」

「OK。どこ行く?」

「うーん、そうだな」

リズム良く会話が小さく嚙み合ってゆく。

僕はゆっくりと息子と向き合うつもりだったので、できれば軽食屋よりも居酒屋に近いところが良かった。歩いて行ける距離で、ゆっくり喋れるような空間で思いついたのが、以前、佐藤さんと一緒に行った野田町の三徳というおでん屋さんだった。

「おでん屋さん行くか」

「え? 昨日もおでんだったじゃん」

「そこのおでん屋は、焼肉もあるし、もちろんお前の好きな魚もあるし。それに、カウンターの前に砂が敷いてあってさ。もしかしたら灰だったかもしれないけれども。そこで炭を置いて料理をするんだよ。お前、一回買ったろ。高級な炭。紀州の備長炭だよ。あれが赤々と燃えてんのを見られるぞ」

「マジで。じゃあ、おでんにするか」

そこには感覚で物事を決める息子がいた。

暗い小学校の前の道を歩くと、グランドにソフトボールの練習をしている子どもたちが帰り支度をしている。校舎はほぼ電気が消えていて、廊下だけにしか明かりが灯っていない。この小学校にも良く通った。ラジオ体操や盆踊りなど、子どもたちが卒業した後でも、来る機会が多かった。交差点に差しかかったところで、灰色の壁に温もりのある木のドアがあり、照明があたって「三徳おでんと囲炉裏」と書かれた看板が見えた。

「営業してるな」

予約もせず、定休日も確認せず思い立ったまま歩いてきたので、少しほっとした。信号を渡り、ドアを開けて店内に入ると、ふわっと良い香りが店内に漂っている。

ひょいとカウンターの中を覗き「予約していないけど、2名いけるかな?」と言うと、髭を生やしたシェフコートを着こんだマスターらしき人物が、「大丈夫ですよ。奥へどうぞ」と案内してくれた。

僕たちはカウンターの一番端の席に通される。

店内は、黄金色に輝く白熱灯が店内を温かい色に染め上げている。カウンターの前には、備長炭が置かれる灰を敷き詰めたスペースに五徳が並べられている。調理を行うのは40代ぐらいの男性2名が白のシェフコートを着て、ウエイトレスは20代そこそこの女性が2名デニムエプロンを着ていた。

「ご注文は何にしましょうか?」

と女性店員が聞いてくる。デニムのエプロンは、デイサービスで採用しているものと一緒だった。うちのスタッフを見ているような妙な感覚があり、すらっと背の高い女性がメニューを差し出す。

「えっと、生ビールと……お前は何にするの?」

と息子にメニュー表を見せる。

ウーロン茶を注文するだろうと思っていたが、息子はレモンチューハイを注文した。僕は黙ってはいたが、珍しい。今日は酒を飲みたい気分なのかもしれない。

飲み物を注文し終えた僕たちはメニュー表を取り出し、料理を選び始める。木の感触のあるメニューには、数枚ほどしかなく、メニューもさらに少ないように感じた。何度かめくり直して「メニューはこれだけ?」とつぶやいたほどだった。

何を注文しようか。

まずはおでんか。卵と厚揚げと牛すじ肉。大根もいいな。

そんなことを考えていると、

「お待たせしました」

と、女性店員が飲み物を持ってきた。

僕の目の前に生ビールを置き、そして息子のところには白く濁ったリキュールを置いた。白熱灯の光を受けて、生ビールにはきめ細かい泡が光っている。

「お料理はお決まりになりましたか?」

「えっと、おでんで厚揚げ、卵、それから大根。それと牛すじ肉を。それを2つずつちょうだい」

息子は頷いていたので、その注文で良かったようだ。横からメニュー表を覗いていた息子が

「お、レンコン饅頭あるじゃん」

といって、

「これ一つください」と指を指す。僕も「このカツオの藁焼きも一つ」と同じように指を指して注文した。

一通り注文を終えた僕たちは、

「乾杯」

と軽くグラスを合わせた。久しぶりに呑むビールは苦い。

感性の強い人の葛藤

「どう? 服の調子は。今日は進んだ?」

「ばっちり。今日は最高に進んだかな。あの、デニムを染めるのが楽しくてさ。屋上で染めてたら、デニムの形がついちゃったよ」

マンションの屋上は、住人が布団干しに活用していたりするので、誰でも上がれるように鍵は開けていた。息子は三階に住んでいたので、時々屋上で風に当たりながら朝マックを食べたりしていた。テーブルとイスを屋上に持ち込んでいるので、天気の良い日は暑いぐらいで、風が吹いていれば深呼吸したくなるような気持ち良さだった。

最近では服を染めるのにも屋上を使っていたので、スプレー缶でデニムを染めた跡がくっきりと残っていた。それを見つけた僕は、やってるなぁと応援したくなる気持ちが湧き上がりながらも、家の寝室の壁を思い出した。

寝室の壁には落書きがされている。

息子が字を覚えたての頃、自分の名前を書こうとしたんだ。自分の名前を書こうとして、大きな奇妙なひらがなになっている。よくよく見れば息子の名前にも見えなくはない。時を越えて、今度は屋上でデニムを染め、その跡が落書きのようにズボンのカタチになっている。子どもの頃から、こいつは変わらないんだなと可笑しく思った。

カウンターの向こうから十能に入れられた火種が運ばれてくる。

「これ、おでんを温める火種ですので」と言い、僕らの前にある、炭の上に置かれた五徳に、赤々と熱を放った紀州備長炭が置かれた。

息子には変わったところがある。

感性がとても働くので、この備長炭のキンキンとした質感が気に入ったようだった。いつか火を入れてみようと買い込んだらしい。

昨日のテンションは影をひそめ、息子の周りには落ち着いた雰囲気が佇んでいた。そして大きめの陶器に並べられたおでんが運ばれてきた。おでんの鍋から卵を取り、大根を取り、そしてすじ肉を取り、僕の前に皿を置く。

「ああ、よそってくれたのか。ありがとう」

「そうだよ」

息子の声は落ち着いている。聞いていて、不安が立ち上がらない。昨日の不満は、熱を帯びていたから、とりあえず僕に言わなければ収まらなかったのかもしれない。

いつだったか、別れた妻が、僕の寝ている枕元に座っていたことがあった。0時をすぎて、子どもたちも寝ている。僕も明日が仕事だったので、床についたのだった。ウトウトとして眠りに入ったぐらいに、気配を感じてふっと目を開けると、暗い寝室の僕の枕元に妻が正座をして座っているのだ。そして、小さな声で言った。

「話をきいてほしい」と。

何度もこんな事はあったし、正直、もっと早い時間に「話を聞いてほしい」と言われれば、いつでも聞いたわけだが、妻はいつも日付をまたいでから、話を聞いて欲しいと言う。

たぶん、それは、家族が起きている時間は心に波風は立たないのだろう。みなが寝静まって、独りの時間に不安が立ちあがるのかもしれなかった。だから、僕は眠りに落ちた頃合いに、妻は僕を訪ねたのだと思う。

「どうした?」

「話を聞いてほしい」

と妻は弱々しい声で言う。

「わかった」と頷き布団から出て、リビングに行く。暗い寝室で眠っていた僕にとっては、リビングの蛍光灯が眩しすぎて目の筋肉が反射を繰り返す。眠気に抗いながら、妻の声に耳を傾ける。

妻は、たぶん僕が怒るのかもしれないと思っている。それでも、言葉を選びながら、自分の不安を吐露し始める。たどたどしく、単語をぽつぽつと、妻のペースで発する音は、夜の静寂に吸い込まれてゆく。

話してくれれば、解決できたのかもしれない問題を、ひとりで思い詰めていたのかもしれなかった。妻の話を聞いたところで、怒る事はなく、感情も波立たない。僕には話を聞くしか出来なかったから。

ただその不安を聞くことで、妻は気持ちを落ち着かせることができたのかもしれない。願わくば、当時の僕に妻の音を感じられる感性が備わっていれば、もう少し妻の震えに共感できたのかもしれなかった。

それでも、妻は、話を聞く僕に対して「ありがとう」と言ってくれた。

外が少し明るくなり、スズメがチュンチュンと鳴き出す頃には、妻のざわつく気持ちは収まったのかもしれなかった。

「とりあえず寝ようか」

そう言って子どもたちが寝ている寝室に一緒に行く。布団の中に入り、「おやすみ」と言い合い、2時間ほど寝る事ができた。

妻もそうだが、昨日の息子も、何か不安が立ち上がった時に僕に話をする。それで、ひとまずの安心感を得るのだろう。だから、むやみに息子を否定せず、ただ聞いているだけだ。

そんなふたりの感性は強すぎるのだろう。感性が強すぎるというのは、言葉が追いつかず、感じた正体をつかみ切れず、わからなさが不安になるのだと僕は思っている。

感性に長ける者は、なかなかに大変なものなのだなと思った。

今日の本題へ

さあ、息子の世界へ入っていこうか。

呼吸を整える。

「昨日の話なんだけども、いろいろパパも考えてみたよ」

特に空気が変わることはなかったので、そのまま話し続ける。

「パパはさ、お前が留学する時、いろいろ進路の選択肢を提案したけども、結局、お前が留学を選んだのだと思うよ。お前のことをずっと見てきて、お前の長所と短所を挙げると、長所は好きなことなら努力を惜しまないということだ。反対に短所は、嫌いなこと、好きでもないことには、まったくからっきしダメだということだろうな。だからパパは、お前が戦う場所を選び、どう戦うかを設計しないと、お前の能力は生かされないと考えているんだよ」

息子は目を見開き、箸を上下に振りながら、

「そう、その通りだと思う」

と腹の底から声を出してうなずいた。息子も自分のことは感覚的にわかっている。その感覚的にわかっていることを僕が言葉にして、改めて提示するものだから、息子の腹の底にストンと落ちていくんだろう。

そんな感覚だと思う。

僕は続ける。

「だから、お前は好きを軸に生きていく術を見つけた方がいいんだろうなと思っている。例えば、お前がサラリーマンになって、嫌な仕事をしたとしたら、仕事のできない人の部類に埋没してしまうんだろう。反対に、工房を持って、少数精鋭の職人のチームを作り、自分のブランドを立ち上げてやっていくのだとすれば、遺憾なくお前の能力は発揮されるんだろうなと思う」

息子は僕の目を見て聞いていた。

箸は、普通のものよりも細く出来ていて、箸先を大根に入れると、気持ちいいぐらいに入っていく。少しの間を置いて話を続けた。

「店長が人に興味を持たず、他のスタッフに声をかけない。それで不満が溜まっていく。スタッフの教育もされず、仕事のできるスタッフに負担をかけたまま、数字だけを追いかけていく。現場に出てこない正職員が、せっかくお前が作ったシステムに横から口を挟んで、他のスタッフの反感を買っていく。『もうこの組織は末期だ。こんなとこ、やってられるか』人はモチベーションを下げ、生産性を落としていく。この流れを、今お前は体験している。この体験価値こそが、お前の資産になってるんだ。これについてどう思う?」

「そう、それ。体験価値だ。すっげえ勉強になってる。今、本当に周りが不平不満だらけで、『お前が辞めたら俺も辞める』『俺も脱出するからな』っていうやつがすごく多くて、もう崩壊寸前なんだよ。本当に一週間ごとに状況がどんどん変わっていってて、『こんなに変わるんだ』っていうぐらい。パワーバランスがやばいことになってる」

「そうか。そんなにやばいことになってるのか」

僕は静かにうなずき、そして続けた。

「仮にお前が将来工房を持ったとして、同じことをしたら、職人がモチベーションを落として、生産性が低下するんだということを、今、身をもって学んだわけだな。そういうことだろう」

息子は面白いように、体全体でうなずいている。

「そういうことだよ。お前は周りのスタッフとは違う立場でそこにいるんだから、周りと同じ温度でいっちゃダメなんだよ」

そう言うと、息子はにやりと笑って、表情を柔らかくした。僕はそれを見て、箸で割った大根を口に放り込んだ。辛子が鼻にツーンと抜け、大根に染みたおでんの出汁が口いっぱいに広がった。

底知れない息子

レンコン饅頭が運ばれてきた。

蓋を開けると、大きな大きなレンコン饅頭が一つ入っていて、息子は、

「うわ、うまそうだ」

と驚嘆する。

その声を聞いていたマスターがこちらを向き、息子の反応を見ているようだった。僕はそれに気づかないふりをして、

「これ、全部食べなよ」

と息子に差し出した。

そこにカツオの藁焼きが運ばれてくる。生ビールがなくなったので、僕は店員に、

「山崎のハイボールを一つください」

と丁寧に注文した。

「それともう一つ。パパ、お前に驚いたことがあったんだけど、お前は本当にいつもトップスピードで走るんだな」

と言うと、

「そうだよ。僕はいつも真剣だからね」

と息子は語気を強めた。

「そうだよな。一介のバイトスタッフなのに、この店舗のポテンシャルはまだあるから、もっと上を目指す。最大の売り上げを叩き出すんだと、必死に頑張ってるんだもんな。そこがすげえなって、パパは思ったよ」

「そうなんだよ。今は売れる場所に、売れるものを置いてるだけなんだ。人の動きを効率化したら、もっと売り上げを上げられるんだ。だから新人を教育して、指揮できるやつも育てて、本当にいいチームが出来上がったんだよ。でも、それは全部潰されたんだよ。現場にも出てこない社員が、あれやこれやと指示を出すもんだから、現場は大混乱でさ。『え、どうなってんすか?』ってチームに聞かれるけど、僕だってわからない。せっかく効率化されて、動けるチームだったのに、無茶苦茶だよ。副店長に、『何をわけのわからん指示を飛ばしてくれてるの。心配せんでもちゃんとみんな出来てるから、無駄な指示を飛ばして動きを止めないでくれ。』と言うと、『そういうのやめてくれる? 私を恥かかせんといて。』って言うわけ。もうほんと頭にきて、『こっちが、そういうのやめてくれ』っていう話だよ」

その息子の話を聞いて、僕は首をうなだれた。

ここなんだよな、ここ。心配していたことが、もうすでに起きているなぁと、深く息をした。ハイボールが運ばれてきて、店員さんに「ありがとう」と言って、山崎のハイボールを飲むが、味が濁る。

どう説明すればいいか。

少し悩んだ後、息子に向き直り、立場の違いで説明しようと思った。

「その副店長に言ったのは、周りに人もいたのか?」

「そうだよ。店舗のとこで言ったからね」

「そうか。それはな、年下でバイトくんに意見される年上の正社員という構図だな。みんなの前で意見されたら、副店長のメンツは丸潰れになる。で、こっから気をつけなあかん。人のメンツを潰すと、どこまでも恨まれるぞ。それに、人のメンツを潰すと向こうも引けなくなる。つまり、プライドがぶつかり合うわけだ。社員もな、会社のために働いてるわけじゃない。会社での自分の地位のために働いてる。みんなが出世したい。だから自分のことを考える。だから自分の立場や自分の地位を守ろうとする。だから、周りが見ている中で、一介のバイトに意見をされたり反論されたりすると、それは反応するわ。強く強く反応する。そういうのはバックヤードで、『ちょっと話があるから、ちょっと来てくれ』っていう話で、一対一ですべきだな。特にトップスピードでお前は走るんだから。店の売り上げのことだけを考えて、『最大値を叩き出すぞ』と、この一点に集中して、お前は走るわけだから。みんながみんな、そのテンションやその熱量で走ってるわけじゃないからな。そこにそれで突き進むと、どうしても周りと摩擦が生まれてくる。」

今、息子の周りで起きていそうなことを丁寧に言葉にする。息子の頭の中で意味づけされていくだろう。息子の頭も回転は速い。どう理解して整理されるのか、わからなかったが、息子への信頼を崩さず話し続けた。

「自分を守りながら……うん、どう言ったらいいかな」

僕は言葉を探した。息子の良さを殺したくはなかったし、ここで誤ったアドバイスをすると、今後の息子の姿勢に影を落としてしまいそうだったから、僕は慎重に言葉を探した。

もう一度、山崎のハイボールを一口飲んで、どう考え、どういう視点でアドバイスをするのが適切なのか悩んだが、どうしても答えが出てこなかった。

「すまん、ちょっとわかんねえわ。お前がトップスピードで会社の売り上げを押し上げようとしていることは、正解だと思う。純粋すぎてびっくりするぐらい真っすぐだわ。でも、そうじゃないやつもいるから。どうなんだろうな。ここ周りの奴らとどう関係の折り合いをつけていくのか難しすぎるな。すまん、パパにはちょっとわかんねえわ」

本当にわからなかった。

息子の尖った見方や取り組み方、そして、確実にやりこなしてしまえるような知恵、頭の回転の速さ、柔軟性、構造分析能力、行動力、相手が誰だろうと物怖じしない性格も含めて、ここら辺を一般職と一緒にしちゃいけないんだろうなとは思うし、比べようもない。

周りの人に合わせることで、息子の能力を眠らせてしまうのは、避けないといけない。課題がわかっているのに、解決策が全く出てこないもどかしさが、飲酒量を多くさせた。

僕は山崎ハイボールをおかわりした。

息子との時間

その夜はいろんな話をした。

創作をしていないから、みんな構造分析ができないんだとか。創作をして、それをしかも発信しているとなると、物事の見方が変わってくるよねとか。テスラがついに空飛ぶ車を作った。だけど、その使い方は限られるよな。長いこと飛べるわけじゃないから、一体あの空を飛ぶ能力をどこで発揮するんだとか。

まあ、いろいろ。

その夜、僕は帰ってから日記をつけた。

日記はChatGPTに「日記」というチャットを作って、そこに毎日の出来事を書いている。特に今日の日記は、自分でも答えが出なかったところを中心に書いたわけだが、なかなかに面白い返答が出てきたから、息子にLINEを送った。

「ChatGPTで日記をつけてんだけど、今日のお前との話をChatGPTに投げてみたら、こんな意見が返ってきたよ。参考までに貼り付けておくから、一度読んでみてくれ」

そうLINEで送信した。

息子にどう届くかわからないが、何かのヒントになればと願っている。

ChatGPT日記

今日の日記として受け取りました。

今回、ひろしさんが一番安心したのは、職場が崩れかけていることそのものではなく、息子さんがその空気に飲まれて「みんな辞めるなら俺も辞める」と動かなかったことだと思います。

前回の転職話では、ひろしさんは「あいつは周囲の空気に引っ張られて感情で辞めるのではないか」と心配していました。今回は逆に、現場の不満、店長の対応、副店長の言動、教育が回っていないこと、仕事のできる人へ負担が集中していることを、息子さん自身がかなり構造として見ている。しかも「この組織がこれからどう崩れていくのかを観察する」という姿勢に変わっている。

ここは、9月25日にひろしさんが言った、

「組織が崩壊していく様もちゃんと見ておけ」
「なぜこうなるのかを分析しておけ」

という言葉が、少なくとも部分的には息子さんの中に入ったように見えます。

ただし面白いのは、単に「父親の言うことを聞いた」という感じではないことです。息子さん自身が、以前から店長に問題点を伝えていたという話なら、もともと現場を見る力はあった。その上に、ひろしさんとの会話で「経営や組織を見る」という視点が少し整理されたのかもしれません。

そして今回の話は、ひろしさん自身の自己分析にもつながります。

ひろしさんは「人が腐る」と表現したけれど、実際に見ているのは、能力の問題よりも「関係の問題」です。仕事ができる人ばかりに負荷が集中する。感謝も説明もない。正論だけが飛んでくる。すると人は「自分は大切にされていない」と感じ、やる気を失う。

ひろしさんはここでも、組織を制度や役割だけでは見ていないんですよね。

「ありがとう」
「すまんな」
「頼むわ」

そういう短い言葉が、人を働かせるというより、人としてつなぎ止める。

これは、これまで話してきたひろしさんの「関係を大切にする」という感覚が、仕事のマネジメントにもそのまま出ています。

一方で、今回かなり重要なのは、息子さんがもう「仕事のできる販売員」という段階から、明らかに一段上のところを見始めていることです。

  • 売上。
  • 人員配置。
  • 教育。
  • 負荷の偏り。
  • モチベーション。
  • 離職。
  • 管理者のコミュニケーション。

これらをつなげて見ている。

これはもう、かなり管理側の視点です。

だから前回ひろしさんが「今の職場は、将来工房を持つ時の練習になる」と言った話が、少し現実味を帯びてきています。

今回の日記の中心は、私は、

「息子が辞めなかったこと」

ではなく、

「息子が、職場の中に飲み込まれる側から、職場そのものを見る側へ移っていたこと」

だと思います。

ひろしさんがほっとしたのも、そこじゃないでしょうか。

ただ、まだ続きは見た方がいいですね。組織を冷静に観察できていても、自分自身が疲弊しないとは限らない。今後は「息子さんがこの崩壊しかけた職場で、どこまで距離を保ちながら学べるか」が次の材料になりそうです。

Mission Impossible 2

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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