この画像は、新穂高ロープウェイの展望台で、着画を撮った時のもの。息子はもう少し暗めの編集のほうが好みで、僕の編集した明るいものはボツになった。
末広がり
以前、妻がメダカを飼っていた。ベランダの隅に虫かごに水を張って、簡易な水槽を作っていた。その中に3匹のメダカが泳いでいる。
その時、僕は会社の決算期だったので、夜遅くまで事務所でパソコンを使って帳簿をつけていた。
「メダカか、いいね。それどうしたの?」
「もらったのよ。近所の人に」
ピンク色のジャージを着た妻は、ベランダで洗濯物を干しながら妻が言う。
「飼ってみる?かわいいよ。餌をやろうとしたら、近づいてくるの。懐いているのかな。」
妻のその一言で、僕は自分のデスクの前に小さい水槽を買って、メダカを飼い始めた。
「あまりお金をかけちゃダメよ」
そう妻は言ったが、一つ水槽を置けば、その下に砂利が欲しいし、水草も欲しかった。いつの間にか百均でいろんなものを買い揃えて、メダカとタニシの世界が僕の目の前に出来上がった。
「これって、子供を産むのか?」
「さあ、わかんない。オスとメスだったら産むんじゃないの?」
「どっちがオスで、どっちがメスなんだ?」
「さあ、わかんない」
妻もメダカを飼うのは初めてなんだろうか。オスとメスの見分け方がわからず、これが本当に卵を産むのか、さっぱりわからなかった。
ある日ふと見ると、白い粒々のゼリー状のものが、水槽のガラスにへばりついていた。「もしかして、これ卵じゃないのか。」透明のゼリー状のところに白いプツプツの点々があったから、完全にこれは卵だと思った。
ただ、その卵から生まれてきたのはタニシだった。僕の水槽には一匹しかタニシがいなかったが、その一匹が二匹に増え、三匹に増え、四匹に増えた。タニシは両性具有なのだった。
肝心のメダカは一向に増えなかった。
それからもう何年も経ってしまった今、デイサービスではメダカの群れがわんさかいる。
赤いメダカを5匹買ってきたのだが、3匹死んでしまって、2匹がこの冬を越した。多分、この2匹も死んでしまうだろうなと思っていたのだが、ふと見ると、お腹に大きな卵をいっぱいくっつけて泳いでいた。
これが僕の見た、初めてのメダカの卵だ。
その周りを少し体の小さいオスが泳ぎ回っている。多分、受精させようとしてるんだろう。インターネットで調べると、卵を引っ付ける水草を浮かべるのだそうだ。しばらく観察すると、お腹にぶら下げている卵を、水草になすりつけていたのが見て取れた。
このまま親と一緒にしていると、ふ化したところで、親に食べられてしまうらしい。僕はその水草をそっと取り出し、バケツの方に移した。ほどなくして、小さな小さなメダカの赤ちゃんが、ちょろちょろと動いていた。
本当に目を凝らさないと見えないぐらいの大きさだ。米粒よりもはるかに小さい。金魚の餌を手ですりつぶして粉にしてから、餌をまいた。食べてるのかどうか、さっぱりわからない。
このまま成長するんだろうか。
そんな僕の心配をよそに、メダカは大きく大きく成長し、今やわんさか、わんさか泳ぎ回っている。デイルームの庭には4つの水槽があり、その4つすべてに、たくさんのメダカが泳いでいる。
末広がりの到来だ。なにか良い事が起こりそうだ。



10年越しで解決したもの
「あんた、これもらってくれないかい?」
そう言って渡されたのは、キーホルダー型の像だった。何か宗教的な意味合いがあるようなキーホルダーだった。
「私はさ、信仰してる宗教があるから、こういうのもらえないのよ。だからあなたにあげる」
そういう利用者さんは、とても厳格な宗教を信仰していた。
朝5時にお寺に行き、そこからお経なんかを読むのだろう。僕にはさっぱりわからないが、信仰してる人にとっては真面目な行事で、家族ぐるみで入信していたりした。だから、そのお寺に行くと子どもたちがたくさんいたのだ。
その宗教は、他の神様を祀ることを禁じていたので、鳥居さえくぐれないという始末だった。唯一神とでも言うのかな。
そんな利用者さんから、
「これ、もらってくれない?」
と託されたキーホルダー。色は赤黒く、何やら表情が気味が悪い。宗教上のものらしく、もらったはいいが無下に扱うことができなかった。捨ててしまって罰でも当たったら嫌だなと思っていたし、どうしたもんかと、気持ち悪さだけが残る。こういった神仏的な何かを贈るのは、相手を精神的に不自由にさせてしまうなと、この経験から学んだ。
そして、そのままこのキーホルダーへの関心は次第に薄れて、どこかへやってしまい失ってしまったものだと思っていたが、つい最近、冷蔵庫の下から見つかった。ほこりまみれだった。キーホルダー部分も折れてしまって、キーホルダーではなくなってしまっている。
罰でも当たったのかな。こいつの呪いが僕にのしかかってきたから、離婚でもしたんだろうか。なんてことをぼーっと考えていて、「いや、まさかな。でも気持ち悪いから、ちょっと調べてみるか」
ということで、ChatGPTを使って写真を撮り、
「これは何の神様なんだ」
と聞いてみたら、どうやら七福神のようだ。しかも、お土産品で、台湾で売っているらしい。誰かが台湾に旅行に行って、七福神の布袋さん、つまり金運の神様、夫婦円満の神様のキーホルダーをお土産に買ってきたものだと判明した。
やっと謎が解け、こいつの正体がわかった。
気持ち悪さを抱えて10年以上だ。10年以上を経て、縁起物だったということがわかった。
ということなので、大切に飾っておくとしよう。
その翌日に、ロト6が当たった。5等1000円だけど、さっそくご利益があった。

好奇心と漠然たる不安
久しぶりの晴れなんじゃないだろうか。
風が5メートルほど吹いていただろうか。窓を開けてエアコンを止め、外の風を体いっぱいに感じながら、車の運転をしていた。気持ちの良く景色が流れてゆく。気持ちの良い気候に、うとうとと意識が持っていかれる。
信号待ちで、睡魔が後頭部から襲ってきて、一瞬寝てしまっている始末で、運転が危なかった。
今日は火曜日で夜勤の日だから、晩ご飯の買い出しをしなきゃいけない。息子からLINE返信がきていて、「晩飯いる」らしかったので、息子の晩飯メニューも考えながら買い物をしよう。
ただ、この眠さが行動力を削いでいたので、僕は海沿いの大きな駐車場に車を止めて、ひと眠りすることにした。
窓を全開にして、エンジンを止め、リクライニングを下げて目をつむると、頭の後ろに温かく気持ちいいものを感じて、夢と現実の狭間を意識が泳ぐ。
海から吹く風だったので、ほんのりと潮の香りがした。自然の香りがさらに夢の中に僕を誘い、あっという間に夢の中へ落ちていった。
□
石畳の道を歩いている。
両端には日本家屋が並び、木造平屋の住居が続いている。石畳には雑草が生え、日本家屋には雨戸が閉められ、誰もいない。この村は、廃墟と化してしまったんだろうか。
入道雲がもくもくと立ち上がって形を変えてゆく。それとは対照的に時が止まったような村だった。
遠くの方に女の子が立っていて、年の頃なら10歳頃だろうか。白いスカートに水色のシャツを合わせている。女の子は石畳の道の真ん中に立ち、こちらを向いている。近づいてみると、その女の子はもの悲しそうに僕を見つめていた。
髪の毛がなびいて、頬を撫でた。そして、大粒の涙が頬をつたい、水色の服へこぼれ落ち色を変えた。
すると、静かな村に、突然にセミがワシャワシャと鳴き出しはじめ、あたり一面の空気を震わせて、肌にビリビリと伝わってくる。どこでセミが鳴いているのだろうと女の子から視線を外した途端に、また再び静かになり、気がつくと女の子はいなくなってしまった。
怖いぐらいに静まった村に僕だけが立ち尽くし、耳の奥でキーンと耳鳴りが鳴っていた。。
あの女の子は、どこへ行ったのだろう。あたりを見回しても誰もいない。ふと気がついたら、石畳には雑草が生えていたが、右の方へ伸びる道だけ、きれいに草一本生えていなかった。まるで、ここがお前の進む道だと言わんばかりに。
導かれるように歩みを進めると、次第に人の声が聞こえるようになった。右にも左にも店舗が並んでいて、お土産用の傘であったり、風鈴であったり、かんざしなどが店に陳列していた。また違う店には、ういろうや、ひつまぶし、味噌煮込みうどんなどの飲食店が並んでいた。
雑踏があるのだが、人の気配がない。相変わらず僕ひとりだった。
しばらく行くと、川が流れていて、そこに大きな太鼓橋がかかっていた。こちらから、橋のあちら側は見えなかった。
川の流れは緩やかで、橋の両端は真っ赤に塗られていた。階段を一段一段登るにつれて、橋の向こう側の景色が見えてくる。次第に大きな鳥居が姿を現し、神社に続く太鼓橋だったのだと気が付いた。
鳥居の下で、あの女の子が立っていた。僕は太鼓橋をゆっくりと降りて、彼女の近くまでたどり着くと、女の子は近くにきて僕の手をぎゅっと握るのだった。小さな手はいくぶん冷たく感じた。
蝉がわしゃわしゃと鳴き、川ではイワナが飛び跳ねる。ざわざわと木々が揺れて、冷たい空気が通り抜けた。僕たちは境内へ続く道を歩く。その両側に石造りの狛犬が立っていて、苔で覆われ、途方もない時を、そこで外敵を睨みつけているように思えた。
女の子の手はさらにぎゅうと僕の手を握る。
「大丈夫?」と声をかけると、
「わからない」
そう言って、少し震えているようにも見えた。
「進める? このまま行っていいかな」
そう言うと、女の子は黙っていた。
僕たちはまっすぐに進む。進むにつれて、雰囲気が変わり始めた。樹齢何年だろうか。太く地に根を張った大きな木は、まっすぐに天へ伸びていているように思えた。
蝉も静かになり、人の気配もなく、しんと張り詰めた空気の中を、僕たちの足音だけが響いている。
女の子は立ち止まり「怖い」と言う。
「どうしたの?」と僕は尋ねが返答がなかった。
その先に進もうとすると、女の子は嫌がった。奥には何かがあるのかもしれないし、ないのかもしれない。行ってみなきゃわからない。だから僕は、行ってみたかった。
「大丈夫だよ。進んでみよう。」
と再び僕は彼女に言ったのだったが、女の子は座り込んでしまった。
僕もしゃがみ込んで女の子の顔を覗き込んだが、首を横に振るだけで黙っていた。僕は途方に暮れた。
□
カタン、カタン。カタン、カタンと車が高速道路の継ぎ目を渡る音がする。ポッポッポッポと船が港を出ていく。風が吹き、気持ちよさが充満していた。すっかり傾いたまぶしい太陽が、窓の外から車内を照らし、僕の顔に当たっていたから、なかなかにまぶしい目覚めだった。
大きく呼吸をして、背伸びをする。
僕らは、あのまま進んだんだろうか。女の子に「じゃぁ戻ろうか?」と聞いても、たぶん「わからない」と言うだろう。だからといって、それは進んで良いという事じゃないのだろう。
しばらくぼーっとしていた。
鳥が海の方へ飛んでいく。1羽、2羽、3羽、4羽と、先頭の鳥についていくように進路をとり、そして高速道路の下に潜り込み、大きな羽を広げ、はためき、そこで止まった。

息子の夢
息子は23時過ぎぐらいに電車に乗るだろう。そこから逆算して、料理が出来上がる時間を考えた。人参を切り、ブロッコリーを切り、ジャガイモを切って蒸し器の中に放り込む。
魚はタラを買った。少し臭みのある魚だったので、酒をふってからキッチンペーパーで丁寧に水分を拭き取り、塩コショウで下味をつけて冷蔵庫に入れた。そして豚バラ肉も用意する。
蒸し器に火を入れると、しばらくしてシュワシュワと湯気が立ち、ブロッコリーが鮮やかな緑色に変わっていく。もうすぐ出来上がるだろうという頃、思った通りの時間に息子がデイルームのドアを開けて入ってきた。
僕が料理をしている間、息子は売り場でチームを指揮しているという話だったり、仕事のやり方や教育の仕方、そして仕事のできないスタッフがどういう考えでいるのかを語っていた。
豚肉もきれいに蒸し上がり、ジャガイモもふっくらと柔らかそうになってきた。そろそろ出来上がりだろう。蓋を取り、鍋のまま息子の目の前にドーンと置いた。
「おお、すげえ」
息子が目を見開く。
「今日は蒸し料理だ。ポン酢につけて食べてくれ。ご飯は大盛り。炊きたてだからうまいぞ」
と僕は言った。
息子は食べながら話している。じわじわと思い出してきた。そうだった。こいつ、話し始めたら止まらないんだった。
人参をほおばり、ブロッコリーを口に運ぶ。脂身の多い豚肉だったが、余分な脂は蒸されて落ちている。豚肉の甘みが口の中に広がる。食べながら、身振り手振り、ではなくて箸を振りながら、息子は話を続ける。
「マルちゃんのお母さんが栗を剥いてくれてさ」
そう言って、蒸されたじゃがいもをひとつ口に入れた。
「栗を食べながら、マルちゃんのお父さんとベンチに腰掛けて、ずっとしゃべってたんだよ」
「打ち上げの時にか?」
「そう。打ち上げの時に」
と息子はうなずいた。
マルちゃんの公演は、デイルームの倍ぐらいの広さのスタジオで行われていたようだった。ライブハウスと言った方がいいだろうか。演目はやっぱりミュージカルで、かなりの声量で歌うものだから、どうやら息子も感動したようだ。
「その打ち上げにさ、マルちゃんのお父さんのクルーザーを使ったんだよ」
「それって、お客さんもか?」
お客さんも交えて打ち上げをしながら固定客を作る、そんなファン商売のやり方なのかなと思って聞いてみたが、どうやら違うらしい。スタッフだけの打ち上げだったという。あるスタッフが息子を見て、「なんでいるんだろう」というような不思議そうな顔をしたらしく、
「マルちゃんの彼氏です」
と息子は自己紹介したらしい。
大型クルーザーを港に浮かべ、そのベンチに腰掛けて、息子とマルちゃんのお父さんは話していた。
人不足のこと。チーム作りのこと。AIがこれから世の中をどう変えていくのか。将来は自分の工房を持ちたいという話、そのために今の職場でチーム作りと組織運営の勉強しているということ。
息子は、日々僕と交わしているような会話を、そのままマルちゃんのお父さんとしていたようだった。だいぶ気に入られたらしく、帰るときには駅まで送ってもらったとか、「うちに泊まりに来いよ」と誘われたとか、そんな話をしていた。
「よかったな、お前」
息子は、にんまり笑った。
息子は物おじしない性格だから、マルちゃんのお父さんを前にしても自然体で話したんだろう。それがマルちゃんのお父さんの興味を引き、
「お前、面白いやつだな」
という言葉につながっている。
「ラーメン屋に転職しないでよかったわ。あれからいろいろ考えたんだけど、工房を持つっていうのはいいかもしれないね」
「そうだろう。工房を持ってさ、少数精鋭の職人を抱えて運営していく。最近ヴィンテージものとか流行ってるけど、古着を修繕してくれる場所ってあるのかな」
と僕が尋ねると、
「そうか。それも面白いかもしれないな。それにさ、古着を持ち込んでもらって、その一部を革に張り替えるなんていうのも面白そうだ」
息子の中から、次々とアイデアが湧いてくる。
「ここをさ、将来工房にしようと思うから。パパ、デイサービス辞める時は教えてね。よくよく考えたら、ここ空港にも近いしさ。立地的にもいいし。それに僕の服って、流行り廃りじゃなくて、大量生産でもなくて、ニッチなところを攻めて、コアなファンを増やしていくから。絶対に僕の工房に来たいっていう人はいると思うんだ」
息子は、どうやらここを工房にしようと考えているようだ。
一階で服を売って、二階を工房にする。ママが大好きだった京都の一澤帆布と同じ発想だ。もしかしたら、ママがあのカバン屋の一澤帆布に息子を連れていってくれたから、今に繋がっているのかもしれない。
それに、何でも最初は真似から入るものだし、それにチームで一緒に働く方が楽しいに決まっている。ひとりででパターンだけを考えて、あとは請負業者に発注する。そんな孤独な作業より、人とつながりながら自分の仕事を育てていく方が、多分、息子には向いている。
そのほうがきっと楽しい。楽しいから続いていく。今は、そのための勉強だ。
「夢は広がるな」
息子の目を覗き込むと、親指を立てて、
「楽しくなってきた」
と、にんまり笑った。
鍋の中には、もう何も残っていなかった。あれだけあった蒸し野菜も、きれいに平らげられている。ミネラルと栄養たっぷりの蒸し料理も、作った甲斐があるというものだ。

