「メガネ型のカメラが欲しいんだよな。ハンズフリーで撮影したいんだよ。」
息子は服をSNSにアップしていた。服をつくる過程を撮影して物語を作っている。
「ハンズフリーで撮影するなら、留学行く前にあげたinsta360goがあるじゃない。あれを帽子に着ければワイドも撮影できるよ。」
「あれ、どっかいった。たぶんママのところにある。」
平然と言うのを聞いて、ごっそり大金の入った財布を落としたような気分になった。
「あれ、いくらしたと思ってるの。今でてるカメラの中で、まだ現役の最新機種だからな。ママに連絡してとってこいよ。」
紛失したで済まされたじゃ、たまったもんじゃなかった。
AIグラス
揖保の糸を3束取り出して、沸騰したお湯の中に入れた。お湯に踊らされた糸が、ぐるぐると鍋の中を回っている。菜箸で少しだけ取り出して硬さを見ると、丁度良い触感だったので、ざるに上げて湯気がもくもくとシンクを包み込み込んだ後に、水道水をじゃんじゃん掛けてぬめりを取って氷をほり込んだ。
どんぶりに手でつかんで天盛りにして置き入れ、鶏のささみを入れ、大葉を入れて、もずくを土佐酢も含めて入れた。そこに冷えたあご出汁ベースで作っためんつゆを入れて完成。
「はい。どうぞ。」と息子の前に置くと「センキュー」と息子は言った。(おいしいごはん参照)
割りばしをパキっと良い音をさせて、ひと口、ふた口とすすって「うまい。めっちゃうまいわ。パパ、どんどん腕を上げるな。」と満面の笑みで言った。
「メガネ型カメラは、メタが販売しているけどな。なんか画質がなぁ。」
と言うと、「ああ、その話はもういいわ。スマホでなんとかなったから。ほら。」と言って息子はスマホを取り出して編集した動画を見せてくれた。
動画には紙にパターンを書いていくシーンだったり、それを生地に転写して切っていく作用だったり、それをミシンで縫い合わせてゆくところだったり、最後に着画の動画で〆ていた。
「編集も慣れてきたからなんとななりそう。」
若いからか吸収が早い。動画の編集作業まで身に着けていて、本当になんとかさせていた。
息子はもうすでにメガネ型カメラに興味は失っていたようだったが、僕はそうではなかった。スマホがメガネになるだろうと僕は予想していたし、メガネの中に文字や図形や画像が浮かび上がる、拡張現実ARに未来を見ていたし、そうなるだろうと信じていたから、僕は興味を捨てる事ができなかった。
やりたい事
仕事終わりに中山(仮名)さんが息子の事で悩んでいた。
「公務員の説明会を行かせたんですけど、あんまり興味がないようで。子どもの進路選びって難しいですね。」
高校3年生の夏休みに、就職活動をしている息子さんがいた。彼は地域の祭礼団体に所属して、町内清掃であったり、祭りの時以外でも積極的に祭礼イベントに参加する。そして高校では水泳部に所属して、遠征を繰り返して記録を塗り替えていた。
「体を動かすような仕事のほうが合ってると思うんですけどね。消防隊員とか。」
中山さんの息子さんは、勉強で進学したわけじゃなく、スポーツ推薦で入学していたので、元来スポーツマンだから、体を動かす仕事のほうが向いているだろうという、中山さんの考えらしい。
「やりたい事がないんですよね。だから説明会を数こなせって言ってるんですけどね。主任の息子さんみたいに、服作りしたいとか、やりたい事がみつかっていないんですよ。」
僕の息子も、高校卒業の時点ではやりたい事がみつかっていたわけじゃなかった。他人から見ると、それまでの過程をすっとばして、今だけしか見えないから、そういう発言になるんだろうと思うけど、息子のように、やりたい事があるのは羨ましいと思うのは、本人のそれまでの葛藤や努力を無視した発言だと思う。それはたぶん悪気のない発言なのだろうけど。
「おーす」と息子がデイルームに入ってきたと思ったら、「メタグラスってどうなんだと思う?」と聞くので、「メタグラスはメタAIしか選択できないし、動画静止画の撮影は縦長比率だし、FacebookやInstagramでの抱え込みだから、まだ使えるところが限定されると思う。」と僕の正直な感想を言った。
「気になっているAIグラスは、中国製だがロキッドかな。動画静止画が横長比率で撮影できるし、AIもchatGPTとGeminiの2つから選べる。ARまわりはマトリックスみたいな緑の文字だけどね。」と僕は続けた。
僕と息子はAIがどう世界を変えていくか、どういった未来が待っているのかといった事を、日々話していたので、AIを身に着けて生活するAIグラスの登場に興味尽きなかった。
「メシ食いにいこうぜ。」というので、久しぶりに「浜力のちゃんこ鍋は?」というと、ふたつ返事の決まりだった。
浜力
浜力というちゃんこ鍋は、もう30年ほど前からある。隣町の小さな店から始めて、バブルの頃は2号・3号と店舗数を増やしていったが、今は1店舗だけになっている。
予約しなくても大丈夫そうだったけど、一応予約をしていくと、座敷の奥へ通された。クーラーがガンガンかかっていて、かなり寒く感じられる。
「えーと、醤油ちゃんこと、刺身盛り合わせと、生ビール中と、ウーロン茶で。」と注文すると、「ここはおごるよ。」と息子は言った。スマホを前にして給与が振り込まれた事を僕に見せる。
「一気に、金持ちになったぞ。」と笑っていた。
「ありがとう。気持ちだけうけとっておくよ。その1割は貯金しろよ。貯金という投資でもかまわない。」
息子には夢がある。夢のための軍資金が振り込まれたわけだったから、それを僕のために使ってくれるという申し出はありがたかったが、甘えるわけにはいかなかった。父親のつまらないプライドだろうけれど、そんなものだろうと思う。
「ところで、オーストラリア行きは考えたのか?」と以前、息子が言ってた事を聞いてみると、息子は僕の予想に反して「あれは辞めた。」っと言った。
「今、外人相手に話せて面白いし、わざわざオーストラリアに行って働く意味ががあるのかを考えたんだよ。そんなに価値があるようなものでもないし、行ってる1年はミシンもないから服作りはストップするだろ。だから辞めたよ。」
僕は、息子の話を黙ってきいて、賛成も反対もしなかった。息子の意見があるし、そもそも息子の人生なのだから、僕がどうこうと干渉するようなものでもない。行くなら「頑張って」と言うし、辞めるなら「お前の決めた事だから」と納得する。
親の考えどおりじゃないと許さないというのは、明らかに暴力の一種で、子どもを所有する意識の表れだ。そもそも、息子はもう親とは違う価値観をもった、ひとりの違う人間なのだから、考えは違って当然なのだ。
オーストラリアに行って挑戦するとしても、日本に残って服作りを続けるとしても、息子の考えは変わり続けるだろう。だから「あの時こういったけど、やっぱりこう思った。」という心変わりは果てしなく息子の中で続いていく。
因果の辻褄が合わなくても、矛盾も含めて受け入れ見守るつもりでいる。
「しかし、パパは多趣味になったよね。」
「そうだな。離婚してから生き方を変えたからな。」
息子は少し眉を寄せて、「それが何の関係があるの?」といわんばかりの腑に落ちない様子だったので、僕は息子に尋ねた。
「嫌いなものを趣味にしないだろう?」
「そりゃ、好きな事をしたほうが面白いからね。面白く無い事はしないよね。」と息子は答えた。何が言いたいのかまだわからないようだったので、僕は続けた。
「パパは20歳の頃に、養子縁組をしてこの家を継いだんだよ。そこからは役割の人生だ。役割を重視すると、やりたい事より、やらなければならない事を優先するようになるんだよ。そこからパパはずっとやらなければならない事を優先して生きてきたんだよ。そして離婚をして、その役割の人生は辞めた。自分の好きな事は何なのか?嫌いな事は何なのか?どう生きていきたいのか?を考えるようになったわけ。」
息子は鍋に菜っ葉を先に入れた。菜っ葉は後だけど、息子が鍋奉行をしてくれているので、息子に任せ、僕は話し続けた。
「いろいろ考えたけど、やっぱりパパは家族を守りたいと思ったんだよ。それしかパパには生きる道が無いのがわかったわけ。でも、ママは守られてないと思ったから出て行ったわけで、パパは守り方が間違っていたんだなと。」
菜っ葉が沸騰していない鍋に浮いている。そこに、たまねぎが入り、白菜が入り、えのきが入り、野菜で埋め尽くされていった。肉の入る隙間がないじゃないかと不安になる。
「DV加害者更生プログラムで菅(仮名)さんという目の見えない男性がいてな。その人は家族に対して詫びていたよ。その詫び方は、自分が悪かったという事をひたすら反省していてな。急に泣き出したりするんだ。それは菅さんの向き合い方だったんだろうが、パパには少し疑問に思ってな。反省を重ねるのは大切だけど、反省だけでは何も変わらないと思ったんだ。どうやったら守れるんだろうと考える事のほうが大切に思えたんだな。」
鶏肉がぼったんぼったんと投入されていき、もう鍋は満杯状態だ。少し余裕を持たせて入れて欲しかったのだけど、息子の感性が、かなり粗削りなのかもしれないなと鍋を見て感じた。
「そして、自分を大切に出来ていない事が、そもそも他人軽視につながるのではないかと仮説を立てて、自分を大切にする方法を、ひたすら考えたわけ。自分を大切に出来たら、ママの大切なものも見えると思ったんだな。それから自分を大切にするってどういう事だろうと考え、面白い事を突き詰めていくと、結果的に多趣味になったということだ。」
と話し終わってから、僕が鍋奉行をすればよかったと後悔した。食べてから、残りのものを入れて食べたほうが、いろいろふやけずに済むのにな・・・。
鏡台
僕は硬い握手をしていた。
5年ほど前に喧嘩別れしていた山口と。
「祭り、戻ってこいよ。」と握手を求められ、それに応じたのだ。周りの人は喜んでいたが、佐藤さんだけは違った。酔いがさめたら電話しておいでっと言って帰っていった。
夢から覚めてボーっとしていたが、昨夜のラーメン屋の事が思い出されてきて、「そうだ。祭りに復帰すると握手をしたんだった・・・」と胸が締め付けられてきた。
しばらく天井を見上げて胸の締め付けを感じていたが、血圧が上がってきているのか、こめかみあたりが締め付けられて、どくっどくっと脈打っている。
エアコンがコーっと動いていて、寝室全体を冷たくさせていた。身体はとうに冷えてしまっていて、布団をとって身体に巻き付けた。
妻の鏡台が外の明かりを反射させていて、鏡の中に写るものを眺めていた。
「なに?戻るの?いいんじゃない。」と妻は言いそうだ。たぶんそう言うだろう。15人組の時、祭りの同級生と執行部を経験した。その年に向けて数年前から動いてきて、なんとかやりこなして同級生との絆が強くなった。昼の曳行が終わり、最後の夜曳行の時だった。
「ほら。同級生がだんじりの後ろで騒いでいるわよ。行っといでよ。」
妻と僕はだんじりの少し後を歩いていた。法被を着こんだ男どもが、家族を連れていたり、彼女を連れていたり、友達と歩いていたり、片手に缶ビールや缶チューハイを持ちながら、思い思いの今年の最後の夜曳行を楽しんでいた。
「いや、いいよ。」と僕は言うと、「なんでよ。同級生が楽しんでるのよ。あなたもいってらっしゃい。」と言ったのだったが、僕は妻の横を離れなかった。ほんのりと妻の香りがしたし、なによりも妻が横にいる事で安心できた。僕にとっては妻が帰る場所そのものだったのだと思う。
結局、同級生がバカ騒ぎしているのを眺めながら、僕は彼らとは少し離れて、妻と一緒にいた。もやしっ子だった僕が、男社会の中で揉まれ幹事長をした年の祭りだった。
昨夜、登山部の飲み会があり、そこからラーメン屋に行き飲み食いしている最中に、山口が入ってきた。彼は他町のツレと飲んだ帰りなのだろう、その中に佐藤さんもいた。山口は僕に気がつくと、「なんでここにいる?」と言った。僕も祭りのツレで登山部をしていたから、祭礼団体の仲間の中にぽつんと辞めた人間がいるのが不思議だったのだろう。山口は自分の席に戻っていったが、彼もいろいろと沸き上がるものがあったのかもしれない。再び戻ってきて手を差し伸べ握手を求めてきた。胸ぐらを掴まれたり、頭の毛をつかまれて振り回された挙句に、僕も興奮していたのもあり、「やってられるか!」と喧嘩別れしたのが5年ほど前だ。5年の時間を経て、互いのわだかまりが消えたのかもしれなかったが、僕はその握手に応じたのだった。
その後、山口は何度も握手を求め、それに応じた僕がいた。彼の手はごつごつしていて熱がこもっていた。「祭りに戻ってこいよ。」と彼は言い、僕は息が詰まったような感覚に襲われる。もうそこは自分の居場所ではなくて、時間が溶けてしまう場所だったし、心の余裕を失うような場所だったし、そこから離れる事で自分の輪郭をとりもどしたから、また再び輪郭がぼやけてしまうのではないかと身体が反応したのだろう。
確かに息が詰まる感覚がした・・・
酔った勢いもあり、昔の懐かしい想い出が蘇ってきたのもあり、祭りでの人との繋がりが思い出されたのもあり、僕は「わかった。戻るよ。」っと言ってしまった。
そう、言ってしまったのだった。
だから、今こうして妻の鏡台を眺め、妻を想像し、妻に相談している。「いってきなよ。それもいいんじゃない。」と、そう妻の声が胸の奥で響く。
正直、まだ迷っている。酔った勢いだったから、今から山口に電話して「やっぱ、やめとくわ。」とひとこと言えば済む話だし、もう僕は誰にも縛られたくもない。時間を奪われたくもない。心の余裕を失いたくもない。
「祭りに戻ってこいよ・・・」そう言われて、確かに息が詰まる感覚があったのだけど、それでも僕はそこで何かを感じ取った。なにを感じ取ったのかまだ正体はつかめてはいないのだけど、ここで書くことで何を感じたのかわかるかもしれないと書き進めてはいるのだけれど、少し心が落ち着くだけで答えが見つからない。
もう僕は独りなのだ。
自分で答えを出さないといけない。
それがこんなに心細い事だったなんて、思ってもみなかった。
それから
この結論は、矛盾を抱えたままぐちゃぐちゃのまま、行動につなげることになる。
祭りに戻れば、多くの人との繋がりがまた動き出す。それは僕にとって体の神経が息づくような体験になると思う。飲みに行ったり、廃品にいけば多くの世代と交流をもち、青少年指導員では他町との付き合いから新しい出会いもあるだろう。想像するだけで、毎日が忙しく、輝けそうだった。
反対に、時間が溶けていくし、役割の世界に再び戻ってゆく。自分の輪郭もぼやけてしまうだろう。それに僕には連休がなかったから、祭りの時に旅行に行ったりするが、それも再びいけなくなるだろう。息子との時間も減ってゆくだろう。
なにが大切なのか。矛盾の中であれこれと選び取るが、どうしても踏ん切りがつかない。朝から6時間考えているのだが、体がきゅうと締め付けられたり、腹から力が湧き出てきたり、呼吸が荒くなったり、手がしびれたり。身体の反応がありすぎて、よくわからなくなる。
何が大切なのか。
ここで間違うな。僕の人生の中で何が大切なのか。すると息子の顔が浮かんでくる。娘の顔が、妻の顔が。いまはいない人の顔まで浮かんできては、心が温かくなる。
矛盾だらけのなかで、選ぶひとつは、やっぱり祭りからは距離をとろうという結論だった。
自分のことだ。自分で選び、そして選んだ道を行動で示してゆけ。その結果に生じた現実は受け入れてやる。
