ダイエット、順調に進んでいたんだ。だけど、失敗に終わった。断酒をして、二色の浜を5キロジョギングをして、晩ご飯も腹8分目で終えていた。しかも、20時にはもう食べ終わっていたし、太る要因がない。
ダイエット部では僕がダントツ1位でグラフも右肩下がり。それが気がつけば、いつの間にか一番ベッタになってしまった。
ダイエット失敗
「主任、風邪ですか?」
中山さんが、僕が咳をしているのを見て言った。
「かもしれないね。めちゃくちゃしんどいわ。これはすぐに病院に行かないと。いつもこのタイミングで咳をこじらすからな。病院に行ってくるよ」
いつも風邪をキッカケに喘息になってしまうので、今回ばかりは絶対に早期で叩いておきたかった。
「その方がいいですよね。あまり無理しないでくださいよ」
無理をするなと言っても、人不足だから僕は休むわけにはいかなかった。風邪薬を飲んで、背中にカイロを貼ってフラフラになりながら働き、やっとのことで仕事が終わって医者に行く。
「あれ、山本さん。どうしたんですか。今日は通院予定日じゃないですよ」と受付に座っているのんべさんが僕を見るなり言った。のんべさんは、文字通り呑み助さんだ。以前、電車を乗り過ごして僕と偶然会った。
「風邪ひいたんだよ」
「風邪ひいたんですか。ほんとだ。なんか鼻声ですね」
のんべさんはいつも笑っている。僕のキャラが面白いそうで、何かまた面白いことを言うんじゃないかと、僕が話し出す前からクスクス笑っているのだ。
「ああ、診察券忘れた」と僕が財布の中を探していた。
「大丈夫ですよ。もう山本さんって分かってるし」
「え、そんなんで行けんの?」
「大丈夫ですよ」
かなりVIP対応だ。
薬が処方されて、僕はもうフラフラになって帰った。メシも食わずに、倒れ込むように寝た。身体がこわばっている。寒気がして鼻がズルズル。鼻水をかんだり、咳で起きたり、熟睡は出来なかった。背中に貼ったカイロはポカポカと温かく、夏だというのに僕の体を温め、少しばかり楽にしてくれた。
体が本調子じゃないので、ジョギングに行くことができない。ここから、ジョギングが中断されて、次第にダイエットが崩れてゆく。
それでも体重は減っていた。食欲がなくなっていたので、食べる量が減っていた。運動をしなくても、少しずつだが体重は減っていた。
そこから体調は少しずつ良くなった。今は咳もあまりしないようになっている。たまに咳が続くときは、のど飴を口の中に含むと咳は治ってしまうんだから、今回は喘息にまではならなかった。そういう意味では成功だ。
しかし、運動習慣がなくなってしまい、体調が良くなり飲酒習慣が戻ってきた。それが体脂肪率を底上げして、その後の体重が増えていく下地を作ってしまう。
グラフを見れば一目瞭然で、僕だけが跳ね上がっていってるじゃないか。

「中山さん、ピンクのグラフ、着々と下げていってるね」
「そうでしょ。だってヨガとか行ってますからね。もう汗ボタボタですよ。旦那さんに『お尻が小さくなった』って褒められて、めっちゃ嬉しいんです」
本当に嬉しそうな顔をして言ったので、
「めっちゃやる気に満ちてるね。このままダイエット成功しちゃう勢いだね」
と僕は感心した。
「茶色の立川さんは横ばいか。黄色の堺さんも横ばいだね。細かい上下はあるものの、現状維持といったところか。」
どう考えても、風邪からこっちリバウンドして僕だけ太っている。これはいかんぞ。
「やっぱり運動しないといけないですよ。一緒にしますか。ヨガ。」
と、得意げな顔で言う中山さん。今、多分かなりダイエットが面白い時期に入っているんだ。気分が乗っているのが伝わってくる。
ダメだ。僕だけがやる気がない。毎日ハイボールを飲んでしまう。運動もしていないから、これはちょっと10月から頑張らんといかん。
とスマホを見て、コナミのアプリを立ち上げ、10月からの再契約のボタンを押した。これで毎月1万円、チャリンチャリンと飛んでいく。1万円も払ってんだから、元を取らないと。
「腹を引っ込めないと。これじゃみっともなくて性交できないじゃないか。」
「まだ性交する気ですか」
中山さんが、声を押し殺しながら引き笑いをしている。
「何? 俺、性交できないと思ってんの。ちゃんと勃起するからね」
「立ったとしても、入れる相手がいないじゃないですか」
「そうだね。そこだよ、問題は」
二人で笑う。
なんて下品な会話なんだろう。下ネタでゲラゲラ笑っている。いつもの風景なのだが・・・
「さて、今日も私はヨガがありますから、行ってきますね」
「俺も行く。俺もコナミに行って、負けないように頑張るわ」
ダイエット再開
さてと、初日だし、体はゆっくりと動かさないと。動かさないと体を痛めてしまう。
いつだって調子に乗ると足首を痛めたりして、せっかくのやる気がくじけてしまう。まずは体を守りながら、体を慣らすことが先決だ。
僕はエアロバイクにまたがり、クイックスタートを押すと、60分という表示が出て、
「え? 60分もすんの?」
とげんなりした。
60分もできるだろうか。まあいい。しんどくなったらやめたらいいんだ。「とりあえずやってみるか」と気持ちを入れ替えた。
身体を動かし始め、心拍数が90を超えたぐらいで少し体がぬくもってきた。さらに心拍数は上がり、100を指したとき、少しじとっと汗をかいてきた。いつの間にか、もう15分も過ぎていて、さらに心拍数を110ぐらいまで上げてみようと激しめに身体を動かしていく。すると膝に痛みが走った。
「あ、ダメだこりゃ。あまり無理しちゃいかん」
とスピードを落とし、心拍数は100のまま20分、30分と経つと、汗がボタボタ落ちてきた。
「これは効くなぁ」
と思ったとき、妻の残像が見えた。
僕を見て、
「今からスタジオでボディコンバットが始まるよ。行ってみようよ」
と、目をランランと輝かせている。妻の額からは汗が玉となってこぼれていて、天井の照明を反射させてキラキラと輝いている。
運動の効果は、脳をリセットさせる。きつめの運動は、さらに不安や混乱を拭い去ってくれる。この時期の妻は、一緒にいて楽しかった。トンボ池公園でも、久米田池でも、春木までの夜の散歩でも、二色の浜でも、パワーが溢れていた。
妻に連れられて、僕は大きなスタジオに入った。前方は全面鏡張りで、多くの生徒さんが座っている。場所を取っているのか、慣れたものだと、僕たちは空いたところに座った。
トレーナーが入ってきて、
「さあ、やりましょうか」
と音楽をかけ始めた。
周りの生徒さんたちは慣れているもので、前へ後ろへステップを踏み、ジャブ、アッパー、フックと見事に揃っている。
初めて参加する僕と妻は、見よう見まねで周りに合わせる。トレーナーも上手に合いの手を入れるので、ついついなりきって、アッパー、アッパー、ジャブ、ジャブ、ジャブと気持ちを乗せてくれる。照明が暗く、周りの景色が見えにくかったから、まるでリングに上がって戦っているような気分にさせてくれた。
妻のことを思い出しながら運動していると、あの時とは状況が幾分変わってしまったことに、少し悲しくなった。
やっぱり妻と一緒じゃなきゃつまらない。
一緒に時間を共有しているという体験が楽しさを生むんだ。自分の幸せに気がついたときには、もういないっていうのが、なんだかなぁと思う。
いつもこうなんだよな。
みんなが熱くなっているときに流行に乗れていなくて、「今頃ハマってんの?」って言われるぐらいに、流行から一歩も二歩も遅れて走る。気が付くのが遅い。
確か娘もそうだったな。あいつも、「え、今?」っていうタイミングだったなぁと思い出す。
