何回かユニクロで服を買った後に、普通のブティックとかで服を買うと、値段が10倍とかでびっくりする。
— ちきりん (@InsideCHIKIRIN) August 12, 2026
叶わない
「外国人はさ、安い服は粗悪品だと思うんだよ。だから、こんな安くても品質はいいですよと、説明するんだ。」と息子は言っていた。
「本当にこんな安くても大丈夫なのか?とか言うからさ。その分、僕たちの給料が安いんですよ。って言うとさ、外国人は大笑いするんだよ。ジョークが好きなんだね。」と息子は続ける。
「そんなやり取りで、人間関係を築いていくんだ。自分を売り込むんだよ。」息子の表情は、生き生きと輝いている。息子の話を聞いていると面白い。型破りな性格だとは知ってはいたが、お店でも型破りな方法で服を売っていく。自分から積極的にお客さんに話をして、日本は楽しかったかい、とか、日本のどこに行ってきたの?とか、日本で何が一番美味しかった?とか、服には関係ないことを聞くんだそうだ。
「向こうの人からすればさ、現地人とのコミュニケーションってとても貴重なものだから、そんな雑談でも喜んでくれるんだよ。」と息子は言う。
「その雑談からさ、自分を売り込んで、こいつの勧める服だったら買ってやろう、とか思われると、こっちの狙い通りだ。」と言いながら息子はにやっと笑う。
「買ってもらったお客さんから、アンケートというか、レビューをもらうんだよ。名指しで★5のレビューをもらうのは、僕だけなんだ。それも三つももらってるんだぜ。」と息子は得意満面だ。ケタケタと笑い、体をゆすり、身ぶり手ぶりで、僕を見て話をしている。とても楽しそうだ。
「なんでお客さんがお前の名前を覚えてるんだよ?」と僕は、疑問に思ったことを息子に尋ねてみた。すると息子は、にやっと笑って「演出だよ」と言う。
「演出?」と僕は眉をひそめて、再び尋ねると、息子は、わかんないの?教えてあげるよ。と言わんばかりに手振り身振りを加えて飛び跳ねるが如くに説明しだす。
「こんにちは。僕の名前は〇〇です。日本はどうだった?とまずは自己紹介する。ある程度、会話したら、えーっと名前を教えて。って尋ねると、だいたい教えてくれる。たとえば、ジョニーさんだったら、ジョニーさん、日本は楽しかったですか?とか、相手の名前を読んで会話をするんだよ。会話が進むにつれて、相手も僕の名前を呼んで会話しているよ。知り合いののようにね。」
「ああ、なるほど。」と僕は感心した。「つまり観光客からすれば、現地の日本人から名前を呼ばれて会話できるという体験価値なんだな。」と、だいたいの構造を理解した。
「そういうこと。体験を売るんだよ。それが高レビューにつながっていくんだよ。」
「ちょくちょく、ちょくちょく、ちょくちょく」と言いながら、息子は釣りのリールを回す動きをする。「で、ちょんちょんちょんちょんとして」と言いながら、当たりがあるかどうかというような動きをして、「ここだと来た時に、引き上げるわけ。そして向こうに餌をちょりっとまいて、またそっち側にちょこちょこちょこって来たら、そこでまた、ぴゅっと引くわけ。」息子得意のコミカルな動きのある説明が始まった。
まるでゲームだ。そう、息子にとってはゲームなんだろう。ただ周りからすれば、マニュアル通りの接客しかしない。息子だけが型破りな方法で成果を上げていく。加えて、偉そうにしないし、誇らしげにもしないから、嫌みがない。だから自然と信者が増えるというわけだ。
息子にはかなわないな。正直そう思い苦笑いした。
怖さ知らず
バイクをガレージから出すと雨が降り出していた。小雨だったので、今日はランニングを辞めようかなと、少し考えていたが、空を見上げると海側の方は少しオレンジ色に染まって明るかった。
「行くか…」
雨の中をバイクにまたがり、エンジンをかけて走り出す。ヘルメットのシールドに、パチパチと雨がついて視界を遮った。次第に身体が濡れてゆく。夏だというのにこんなに涼しいなんて、むしろ雨に濡れている方が気持ちがいいとさえ思った。
バイクを傾けアクセルを回しながら、遠心力が体に伝わって、濡れた路面の白線をタイヤが踏まないように気をつける。身体がこわばったが、曲がってしまえば大丈夫。お盆だったので車は少なく、前が一気に開ける。一気に加速をして法定速度を無視して雨の中を突っ切った。
2人乗りをしたのは一度だけある。息子がバイクが欲しいと言ってたので、バイクを見に行こうと誘って、リアシートに息子を乗せて走ったのだった。僕がバイクに乗っている事を息子は知らなかったので、驚いた様子だった。
「これすげーな。自分で運転したら面白いだろうな。」っと息子は後ろで言った。
「あー楽しいよ。バイクはな、お前をどこにでも連れて行ってくれるよ。」
実際に、僕はバイクの免許を取った時、まず驚いたのガソリン代の安さだった。そして高速でも軽自動車の料金で走れるから、お金の心配をほとんどしなくてよかった。それに細い道でも躊躇なく前に進めたので、山を走る時でも「この道はどこ行くんだろうか」と好奇心にかき立てられて、誰もいない廃村に迷い込んだり、朽ち果てた灯台に着いたり、廃れた国民休暇村だったり、廃墟カラオケなどを探索した。
「で、何のバイクを買うんだ?」と言うと、スマホを取り出して「これ、かっこ良くね?」と見せてくれて、それはHONDAのCBRだった。それも真っ黒の。
「あれ?お前の趣味って赤じゃなかったっけ?」
「それって中学の頃だろ。今は黒がいいんだ。シンプルが一番いいよ。」
そうか、最後に会ったのが中学2年の夏休みだ。それからもう3年も経つわけだ。いろいろ変わっていて当然なのだった。それに、なんだかあの頃と今が繋がっていないような気がした。まるで記憶喪失にでもなって、3年間の記憶を失ってしまったように、僕の知っている息子と、今の息子が繋がらなかった。
それに、目の前にいる息子は、本当に僕の息子なのだろうか?全く知らない人で、なりすましの人に騙されていて、大それた詐欺にあってるのかもしれないと、僕は一抹の疑いすら持っていた。それぐらい息子との再会は、信じられない出来事だった。
それから、息子のバイクは店に展示されていたものだったから、すぐに納車が決まる。
「いきなり、店を出て事故るなよ。」と僕は息子に、まずありえないような冗談を言うと、息子は眉をひそめて「縁起でもないこと言うなよ。」と、少し緊張した顔で言った。
それもそうで、教習所でバイクを乗った以来の運転だったから、しかも初めての公道ときた。車の免許を持っていれば、公道も走り慣れてはいるだろうが、自転車しか乗ったことのない高校生が、今まさに公道を走るわけだ。
「じゃあ後ろついてこいよ。ゆっくり走るから。」と僕は息子に行った。すると息子は「オッケー」と言う。その声はヘルメットのスピーカーから聞こえている。インカムをつなげて、互いの声が聞こえるようにしているわけだが、僕としてはかなり心配だった。
車の免許すら持っていない者が、いきなりバイクの免許を取ったわけだ。車に乗っていれば、危ない挙動なんてものは感覚的にわかるのだが、その経験すら持たない息子にとっては、かなりの冒険だろうし、怖いもの知らずが危険の中に突入していくものだと、僕は多分息子よりも緊張していたのだと思う。
僕は安全な道を走ることにした。26号線だと3車線になる。いきなり 3車線で、車線変更しながら、割り込みもありながらの走行は避けたかった。だから旧26号線を行くことにした。この道ならば片側1車線の道だから、クラッチ操作、ブレーキ操作に集中できる。まずはここから。
「どう大丈夫?」と僕は息子に声をかけると、「OK 大丈夫だよ」と軽い声が聞こえてくる。本当に大丈夫なのか?と僕は心配になるが、息子は僕の心配をよそに「このバイク運転しやすいわ」と感動している。
「このまま、和歌山まで行って、そこから孝子峠を越えて、和歌山イオンで休憩してから、バイパスで一気に帰るから」とインカムで伝えると「バイパスてなに?」と息子は言った。
「無料の高速道路が、和歌山に向かって伸びてるんだよ。」と言うと「マジか。めっちゃ楽しみだ。」とやっぱり怖いもの知らずだ。僕はバイクに初めて乗った時は、高速道路すら怖かった。時速60キロ以上出すと、途端に転倒したら死ぬなというイメージがよぎり、スピードを出すことにためらいを覚えた。
だけど息子は「楽しみだ」なんて言うもんだから、僕は免許を取らせたことを後悔した。もし事故って、何かあったら取り返しがつかない。多分、妻であれば「どんどんやらせればいい。何でも体験なんだ。体験して学んで行くんだよ。」と言うだろうが、僕はいつも「もしも」を考えてしまう。
和歌山イオンから、トンネルをくぐり、そしてバイパスへ続く道へと下っていく。ウインカーを出して、本線に合流した時には、時速70km になっていた。サイドミラーを見て、息子が本線に合流したのを確認すると、時速70km を保ちながら運転した。
「大丈夫か?怖くないか?」
「大丈夫。もっとスピード出していいよ。」
時速70km であれば、後ろの車に追いつかれ、ケツを付かれて走ることになる。稀に短気なやつだと、車間距離を詰められて、「はやくいけ」と圧をかけてくる車さえいる。おちおちと運転できやしないのだ。だからこのバイパスでは、スピードになれる必要がある。幸い、前に車はいなかったので、少しずつスピードを上げることにした。
「今時速80kmだけど、大丈夫か?」
「全然大丈夫。もっと行けるよ。」
少しずつスピードを出していく。あたりはもう暗くなっていて、初心者でしかも納車したての運転で、夜のバイパスをヘッドライト頼りで走るわけだ。阪神高速のようにオレンジ色の照明はない。山あいの闇の中を走っていく。不意にジョイントにくぼみがあったりすると、ケツは浮き上がるような振動を受けて、ヒヤッとする。
そのくぼみのある位置は、だいたい把握していたので、時速80km でそのくぼみを通過したあたりから、徐々にスピードを上げていって、最終的には時速100kmで走った。
「時速100km だけど、本当に大丈夫なの?」
時速100km あたりから、風を切る振動が気になってくる。ぐっと姿勢を下げなければ、風圧で苦しくなる。いつもであれば、音楽を聴きながら前方だけを見て、走り抜けていくわけだけど、今日は息子を連れている。後ろで事故っていないか、何度もサイドミラーを見て、無事を確認する。
「面白しろいわー」と息子は言った。そんな反応に僕は不安を感じる。もしかしたらこいつはスピード狂なのかもしれない。
今日ばっかりは、バイクで風を切り抜けて走ってはいたが、ハラハラドキドキで、ぜんぜん楽しめなかった。
自問自答
「ママにもバイク買ってあげてよ。」と息子は言った。
「確かにプレゼントをすると言ったけども、バイクが欲しいって言ってるの?」
プレゼントがバイクか。かなり高価なものだし、それを要求してくるママの感情は、たぶん僕への怒りなのだろう。この時ばかりは妻の感情が伝わってきたような気がした。高価なものだったとしても、ママが喜ぶのならと承諾したのだが、実際はそんな単純な喜びだけでは説明がつかないモノが、入り乱れていたのだと思う。
「どんなバイクが欲しいのかちょっと聞いてきてよ。」
また次の機会に、聞くのだろうと思ってはいたが、息子はすぐに LINE でママと連絡を取り始めて、スズキST250か、カワサキのエストレアが欲しいらしいと言った。
すぐに、レッドバロンに連絡しそのバイクがあるかと聞くと、他の店舗にあるので取り寄せることができるということだった。それがエストレアだ。
「じゃあ、お店に現物を見に行こうとママに伝えてくれ。」と息子に言うと「ママは来ないよ。僕は代わりに見るから。」と言った。息子のその雰囲気に僕はママを守っているんだなと感じた。
まあ息子がママを守るのは当然だと思うし、信用のない僕は妻に会えるわけもない。それは仕方がないなと思って、じゃあ一緒に今度行こうかと息子に言う。
それからしばらくして、ママのバイク、エストレアを購入することになる。ママもバイクの免許を取ったと聞いていたので、免許があるのにバイクがないというのは、寂しいだろうなと想像できた。僕も納車するまでのバイクのない生活すら虚しいものはなかった。だから、せっかく免許を取ったんだから、バイクも欲しいだろう。妻のその気持ちを想像したら、自分ごとのように妻の欲求がなだれ込んできて、買うことを決めたわけだった。
けれど妻がこのバイクに乗ったのは2度ほどと聞いている。息子がそのバイクを運転して、後部座席にママを乗せて本屋まで行ったという話も聞いた。なるほどとそこで思った。
妻はこのエストレアの、後部座席に乗りたかったのだ。男性が運転しているエストレアに、乗りたかったんだろう。そしてその男性は、僕ではない違う男性なのだろう。
そうかそういうことかっと、脈絡もなくふっと頭の隅に入ってきて、そうかそういうことか、と再び確かめるように理解が追いついた。
妻の中のイメージは、バイクを運転する彼氏がいる。彼氏につかまって乗せてもらっている私がいる。という事だ。これってジェンダー思考そのものじゃないかと思った。かつて結婚していた頃の僕の考えと一緒だ。なんだ、結局似た者同士だったわけじゃないか・・・と思った。だけどその彼氏は、今は僕じゃない。
そこから妻とツーリングをするという、僕の夢は次第に消えて行った。当時はまだ、妻のことを見ていたし、いつかまた再び戻れる日が来るのではないかと、淡い期待も抱いていた。息子が僕に会いに来てから、そういう日が来るのではないかと、期待していたわけだったが、結局は息子とママが今の関係に至ってしまったので、望みは尽きてしまった。
あれだけ仲が良かった 2人なのに、僕がいることで、その2人の仲も冷え込んでしまう。そう考えれば、自分の存在が家族の邪魔をしているのではないかと邪推すらしてしまう。そして僕が、何かをすることによって、家族を傷つけてしまう。そんな気すらしてくる。
息子が僕に会いに来たその日から、僕は家族のために何かをなせることができたのだろうか?
そんな自問自答をを繰り返すことがある。
ただ、もう僕は知ってしまった。関係というのは水みたいなものだ。常にカタチを変えている。どちらに流れるのかは、時の運だ。
