あと1か月ほどで小説を完成させないといけないのだけど
まだラストの結末を決めていない。
動画編集
「今日は私がレクレーションの日ですよね。結構準備してきましたよ。」と中山(仮名)さんが言った。
「準備してきたって?」
「白鳥の湖を踊りますので。」と、もじゃもじゃの頭を揺らせて言って、それから「友達に見せるんで、撮影してもらっていいですか?」と付け加えた。
友達に見せるぐらいなんだから、たいそう面白いことをするんだろう。中山さんは、面白いことを素直に喜べる性格なので、恥ずかしげもなく人前で何でもやれる。その開き直りようといえば天下一品なんだ。
撮影するのであれば、僕の性格上、いや違うな趣味だな。趣味上ちゃんとしたかったので、ちゃんと声を拾えるようにマイクをつけることにした。持っていたDJIピンマイクを取り出して、中山さんの声をしっかり収録することにする。動画撮影で大切なのは、構図とか画質だと思われがちだが、もちろんそれも大切なのではあるが、地味に重要なポイントは音声だったりするのだ。
「中山さん。ピンマイクをつけて撮影するからさ、このマイクをつけてよ。」と僕は言うと、「エプロンは外すので、このシャツにつけてください。」言って、自分のシャツを僕の方に伸ばして見せるものだから、胸元がいきなりガラ空きになって僕はたじろいだ。
「ちょ、ちょっと待ち。そんなに胸元広げたら見えるじゃないの。」と僕は言ったが、「まさか、見えませんよ大丈夫ですよ。」と言って近づいてくるものだから、マジかと呆れながらピンマイクを中山さんの胸元につけた。
完全に丸見えだったんだけども、僕の理性がちゃんと働いてくれて、見ないように意識した。中山さんというのはこういう人だ。自分のことを女だと思っていない。
撮影した素材を、ライカー副長の動画のように、面白おかしく編集をする。最近、YouTube チャンネルには動画をアップロードしていないので、久しぶりの編集作業だった。これがなかなかに楽しく、やっぱり僕は編集が好きなんだなあと改めて思った。
出来上がったものを LINE で中山さんに動画リンクを投げると、すぐに返信が来て、友達に見せたら「さすが主任、編集が上手いな。主任に伝えといてよ。」と絶賛だったらしい。
中山さんのことだから、多分僕のことをあれこれ喋っているんだろう。さすが主任と、(さすが)とつくあたり、多分中山さんの友達は、僕のことをかなり把握してるみたいだ。
日曜日の朝
今日は日曜日だ。
やっと日曜日だ。
やっとゆっくり寝れる。
そう思っていたのに、いつもの時間に目が覚める。習慣とは怖いもので、休みの日でも仕事の時間に起きるのだから、精神的に気が張っているのだろう。いつまでも仕事人間だ。
仕方がないので、起きて体重計に乗った。最近のダイエット効果もあり、まずまず満足に足る体重だ。食パンをトースターに入れて、フライパンにオリーブオイルをたっぷり垂らし、ベーコンを炒めてから生卵を3つほど焼いた。
塩を振って、水を入れて、蓋をする。
トーストと目玉焼きとアイスコーヒーの出来上がりだ。いつもは朝ごはんは抜くのだけども、休みの日は時間があるのでしっかり作ってしまった。ちょっと多いかなとも思ったけども、やっぱり多くて食べ過ぎてしまった。ダイエットを意識していると、食べる量も少なくなり、食べ過ぎると胃もたれする。今日は完全に食べ過ぎサインだ。
「せっかくランニングをして、さらに断酒をして、順調なダイエット進んでるのに・・・」っと後悔する。
そんな時にスマホがなり、こんな朝から誰だよと思ったら親父さんだった。
「今日もランニング行くのか?もし行くんだったら国華園に行きたいから、乗せて行ってくれ。」っと言う。また、たくさんの食材を買い込むつもりなのだろう。しかしこれはちょうど良かった。朝からランニングをする気持ちでもなかったけども、走りに行く理由ができた。
「わかった。じゃあ9時半に出よう。」と答えてから電話を切る。
走って、書く
9時半まで時間があったので、掃除をすることにした。缶や瓶やペットボトルを回収して、細かいゴミをゴミ箱に入れて、シンクに溜まった洗い物を済ませてしまう。風呂場に行きカビキラーをタイルに噴射して、目と喉が痛くなった。
そういえばインフルエンザが流行った時に、同じようなことを塩素消毒をして、喉をやられて高熱が出たんだった。この二の舞になるまいと、急いで換気扇をつけた。あの時は妻が行ってくれたから助かったけども、もう妻はいないんだ。高熱が出れば自分で病院に行くしかないわけで、予防医療が一番だ。病気にならないように自己管理をする。
9時半になり下へ降りると、もう早々と親父さんは待っていて、「さぁ、行こうか。」と張り切っている。どれだけ買い込むつもりなんだ。
「ちょっと待って。体調の悪い住人がいるからさ、ちょっと安否確認してから出発するから。」
僕はそう言うとマンションの3階まで駆け上がり、射場(仮名)さんの部屋を覗くと、ご飯を食べていたところだった。いつもお粥だったが、炊き込みご飯を食べているあたり十分元気になってきていた。
大丈夫だなと思ったところに、1階から息子の声が聞こえた。いつものようにマックでも行ってきたんだろう。僕は階段を降りると、息子はエレベーターに乗り上に上がる。いつも階段で駆け上がってくるのに、今日に限ってエレベーターということは、多分僕に会いたくなかったのかもしれない。
それもいいかと思い、僕は知らぬふりをして「お待たせ。さあ行こうか。」と車に乗り込んだ。
国華園の駐車場に車を停めて、親父は買い物へ、僕は食べ過ぎたカロリーを消費するために、ランニングを楽しんだ。お互いの目的を果たした後に、そのまますぐに帰宅する。そして「じゃぁ」と別れる。だらだらと一緒に過ごすと、やりたいことがやれないんだ。この距離感が親子であっても必要だ。
ここから、小説の執筆に入る。文樂界新人賞の応募締め切りが9月の末日。もう日がないんだ。実は最終章を除いて、もう書き上げている。ラストの章さえ書けばもう出来上がりなのだが、ハッピーエンドにしようか、バッドエンドにしようか迷っている。
結末をまだ決めていない。というか決めかねている。
だからいったん最後を書くのをやめて、最初のページに戻った。書いてるうちに文章が成長してきたので、最初の方をリライトしないと形が整わない。
最初に戻って書き始めると、なかなかにいろんな発見がある。なぜこんな表現をしたんだろう?ここはこう書いた方がもっと立体的になるのにとか、変更点がかなり多い。
丁寧に丁寧にリライトする。
もう一度、走る
小説に没頭していて、すでに16時になっていた。今日は曇りだったから、太陽の動きは分からず、パソコンの画面にかじりついていたのもあって、時間の進み具合が分からなかった。
それに、リライト箇所もかなりあったので、ストーリーと言うか、登場人物に厚みが増した。そして小説の最後へ向けて、どのように物語が進むか分かっているからこそ、ここは伏線をつけた方がいいとか、ここのセリフの根拠は薄すぎるとか、細かな調整が結構大切になってくる。
リライトがこんなに重要だなんて、書いてみて初めてわかることだった。
集中していたから、いったん気分転換で身体を動かす事にした。バイクにまたがり蜻蛉池公園へ走らせた。別にいつもの二色の浜で良かったのだけど、なぜだか蜻蛉池公園に足が向いた。
7年前は、いや 8年前か・・・。妻と子供たちが出て行く 1年前は、妻と一緒によく蜻蛉池公園に行って、一緒に有酸素運動していた。妻の中では色々とゆっくりと積み重なったものが、あの結果に繋がったのだろうが、僕にとっては寝耳に水で、突然起こった大地震のようなものだった。「人の心は1年で様変わりするものか?」と思った時期もあったが、それ以前から積み重ねられた埃がたまっていたんだろうと、今の理解に辿り着いた。
過去を走る
愛彩ランドの駐車場にバイクを停めた。妻と来た時も、ここに車を停めた。駐車料金がかからないからだ。ここから蜻蛉池公園まで歩いて、そこから公園の森を歩く。
「はい足を上げて。ほら早く。遅いよ!」と妻は言う。額から汗を流し、ピンクのジャージを履いて、目を輝かせて僕を見ている。
「ちょっと休憩しないか」と言うと、「もう休憩するの?まだまだ先は長いよ。」と、休憩はさせてくれない様子だ。
綺麗に整備された蜻蛉池公園の道を、仕事終わりに車でやってきて、そして妻と一緒にダイエットしてるわけだ。思えば、こんな幸せな日々があっただろうか。
池の近くには鳥がいる。この鳥が池から出てきて、公園の方まで歩いてきていたから、僕はそれを見て「ガーガーガー」と、鳥の真似をして追いかけて遊んだ。
妻はそれを見て笑い「ちょっと待って、撮影するから。」とスマホを取り出し動画を撮った。その動画はまだ Facebook にアップされている。
その鳥のところから少し行くと、蜻蛉池公園らしくトンボのオブジェクトがあるのだが、これがまた卑猥なんだ。
「おい見てみろよ。これどう見てもトンボじゃなくてちんこだろ?」
卑猥オブジェクトを見て、妻と大笑いする。
「これ作った人も、やっべ・・・これちんこじゃん。て言いながら作ってるぜ」

僕はそう言って妻の顔を見ると、妻はケタケタと笑い「何言ってるのよ」と言いながらもまだ笑っていた。これは感情の共有なんだ。嬉しい時に喜びを分かち合える人が横でいる。このことが幸せの源泉なんだ。
悲しい時に悲しいんじゃない。楽しい時に、一緒に味わってくれる人がいないということが、悲しいのだと独りになって気がついた。
そしてさらに登って行くと、カラスの群れが大量にて、僕は「カァー カァー」と威嚇した。するとぶわっと全てのカラスが飛び立ち、ヒッチコック映画の「鳥」のような、サイコホラーのような状況に出くわした。あの時も、妻が横にいて一緒に驚いたんだった。
もう少し先に行くと遊具があり、長い長い滑り台がある。その滑り台は小さなコマでできていて、「さぁ滑るよ!」っと妻は合図をした。その合図で僕は勢いよく滑り台を滑り降りたのだが、回るコマがケツを打撃し続けて、ケツに火がついたのかと思うほど痛みが伴う滑り台だった。
「ぐあぁぁぁぁぁ」と叫びながら耐えるしかなかった。滑り台を滑り終えた瞬間に、両手をケツに持って行き痛みが治るまでひたすらにわめいていた。妻は相変わらず笑っていた。この痛みにどうして笑えるのだろうか、僕は不思議だった。
そんな蜻蛉池公園を、今は独りでランニングしている。子ども連れ夫婦がちらほらといたが、僕たちもあんな頃があった。
過去は変わってゆく
蜻蛉池公園を走り終え、愛彩ランドへ戻る頃にはもう汗だくになっていた。自動販売機でトマトジュースを買い、そして、昔、妻と一緒に座ったベンチに座った。
あの時もトマトジュースだった。そしてここから噴水が見えて、妻もこの景色を見ていた。思い出されることばかりだ。ここで妻のことを思い出さないというのは不可能だろう。
ベンチに腰をかけると、今まで動いていた筋肉は休まり、今まで以上に汗が噴き出してきた。拭っても拭っても、次から次へと汗が玉になって落ちていく。
妻と一緒に歩いたこの道を、今日再び歩いた。8年の月日が経っていた。
妻はもういない。これは揺るがぬ現実だ。7年前の今頃、忽然といなくなった。さようならも言えなかった。
久しぶりに蜻蛉池公園を走ったが、隣には妻はいないし、楽しいことや、驚くことも、もはや共有することはなくなった。感情を重ね合わせることはもうできない。
今日いろんな思い出が浮かんできて、懐かしい感情にいろいろ触れた。悲しいというより、寂しいというより、ただそこに妻の存在があったと感じていた。
あの頃は、妻が一緒にいてくれるものだと思っていたし、お別れの日が来るとは思ってはいなかったし、当たり前のように横にいてくれるものだとも思っていた。
あの頃の妻をいま感じると、少し違った印象の妻がいた。それが不思議な体験だった。それは多分、妻というよりは恋人に近い女性の衣をまとっていたような気がする。母親ではあるけれども、それ以前に愛を抱きしめる女性のぬくもりを持っていたような気がする。
蜻蛉池公園の階段を上りきり、広場に出ると「あぁ、ここだったんだ。」と当時のリアルな質感が湧き上がってきた。
「ごめん。ちょっと行かなきゃいけないから。」とと僕は妻に言うと「大丈夫だよいいよ。」と言ってくれて、僕は後ろ髪を引かれるように、市議会議員選挙に駆り出された。祭りまで1ヶ月という忙しい時に、やっと自由な時間ができたと思った矢先に、選挙活動で駆り出され、家族の時間が削られてしまった。
そう。この場所で僕は心底妻に謝った。あの謝った気持ちは嘘偽りはない。それを思い出されると、さらに心が締め付けられた。役割に奔走して余裕がなくなり妻のことを感じられなくなっていた。
これから向かう先は
帰宅して僕は再び小説を書き始めた。何度も止まっては、考える。この人の見えている世界は、どんなものなのだろうと。今の生活を続けている中で、世界はどう見えるのかと想像して、その登場人物の心の鏡を世界へ投影してゆく。
あまりにも簡単に書きすぎていたり、あまりにも説明的になっていたり、あまりにも単純化されていたりして、登場人物の価値観であったり、今の暮らしであったり、何を大切にしているのかとか、想像して書き足していく。次第に、大幅に削り、内容自体を書き換えられてゆく。
だから何度も止まっては、想像してリライトする。浮かんでこない時は、少し横になり、目を閉じて、イメージが湧き上がるまで待つ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、見え始めるものがある。それを掴み取って言葉にしていく。登場人物にもその人なりの人生を生きているのだ。僕と登場人物は違うのだから、僕の代弁をさせてはいけない。
小説のラストはまだ書いてもいない。このリライトが終わってから、初めてどうなるかが僕の中でもしっくりくる。
そんなことは繰り返し繰り返ししていると、「自分の生き方も同じようなものなのだ」っと見え始めてしまった。離婚した当時は、僕は絶望の淵にいて、ただただ自分の人生は失敗だったと後悔の念に押しつぶされそうだった。実のところ、あの頃、僕はよく生きていたなと思う。こうやって命を続けられてきたからこそ、今エッセイを書いているわけだが、あの頃は生きる気力が失われていた。どうなっていてもおかしくはなかったと思う。
家族という物語が終わりを告げて、繋がりが断たれて、僕は必要のない存在なのだと、アイデンティティを失った。
あれから7年が経って、離婚当時からの物語を読み返してみると、決して絶望だけではなかったのだと読めてしまう。あの絶望の淵で、見えた景色は地獄一色であったけれども、あれが契機になって役割を捨てる人生を歩むようになった。
自分を見つめ直し、何が好きで、何が嫌いか。どう生きていきたいのか?そんなことを再び考えるようになった。考えて考えて考える。その先に、僕は僕の人生があり、妻には妻の人生があるということを学び取った。
すると妻を愛するということが、決して一緒にいることだけではないということが見えてきた。自分の自由を大切にできるからこそ、妻の自由も大切にしようとする意識も芽生える。
今日、息子は普段は使わないエレベーターを使って3階まで上がってきたから、多分 、僕と距離を取りたかったんだろうということを感じ取った。それは僕の考えすぎなのかもしれないけれども、実際のところどうだったのかということはあまり意味がなくて、この距離感を大切にするという意識が互いの関係を成長させるのだと考え至るところまで来れた。
妻と僕は一緒ではないのだ。そして妻は僕を必要としていないので、距離があるのは当然のことだ。その距離感が妻の幸せにつながってくれればと、願えるようになった。
まだ最後の章を書いていない
小説のリライトをしている。小さなテーブルにパソコンを置き、そして横にはアイスコーヒーを置いている。今日は何とか第4章までリライトはできた。
リライト版では、読者が登場人物の朝を一緒に生き始められるように書いた。几帳面な生活を説明するのではなく、読者が一緒に体験できるように書いた。
このリライトで、読者は無意識に、「この人なら、そうする」と分かる。これが人物が「生きる」ということに繋がったと思う。
このリライトを積み重ねて、登場人物を丁寧に描ききる事により、最後に登場人物がどちらへ歩いていくのか、自然と見えるようになるのじゃないかと思っている。
見えてから、ラストの章を書き始めればいいと思う。
僕の人生も、案外そういうものなのかもしれない。
