「妻は感性が豊かだ」と表現したほうがしっくりくるな。
だって、愛情表現が体から溢れ出ていたし、感情表現も良く笑って、そして泣いたし、相手の心とつながって共鳴もしていたような気がする。
もしかしたら、身体いっぱいに生を謳歌する人なのかもしれないし、だから無防備で、傷つくときも震えるぐらいに感じたりもする・・・のかもしれなかった。
そんな妻のカタチが、ふっと立ち上がって、すぐに消えてしまった。
なんだかしばらく頭から離れなかった。
夜の京都と交差点
清水寺に向かう道は、いつもであれば観光客でごったがえしているのに、バラバラな人通りだった。
「この通り、こんな空いてるハズないんだけどな」
まわりの店はシャッターを降ろし始めていた。
「これって、清水寺に行っても営業終了って感じかな。もう17:00まわってるし。」
京都の観光地で、清水寺に続く道がガラガラだった。
「そんなことある?ライトアップとかしてなかったっけ。」
「たぶんあれは、桜の時期とか、紅葉の時期とか、期間限定でライトアップをしてるんじゃないかな。」
と言いながらも、僕たちは、ぶらぶらと撮影をしながら、清水寺へ向かった。営業してようと、さして重要な関心事ではなく、この京都の街並みをぶらぶらと散歩できればよかった。
あのインパクトのある森山大道の写真を見て、感性が沸き立ってしまった。火照った感覚を鎮めるには、ちょうど良い散歩だ。
「お、ここいいじゃん。ちょっと着画を撮るから、前歩いて。」
カメラを息子に向けて、ファインダーを覗く。何も考えずシャッターを切った。どういう構図とか考えるのも意味がないように感じた。
息子はゆっくり歩いている。右足、左足の動きがアンバランスのように感じた。撮られる事を意識するんだろう、なんだか歩き方がふわふわと変だった。
気にせずに何枚か撮影すると、息子はすぐに絵を確認したいらしく、すぐに距離を縮めてきた。僕としては距離をとりつつ撮影したかったのだけど。
「こんな感じどう?」と僕はさっき撮った画像をプレビューして息子に見せた。
「お、いいじゃん。友達に撮影を頼もうと思ってたけど、パパを召喚すれば十分だね。」

そりゃスマホで撮影するのであれば、ちゃんとしたカメラで撮影したほうがキレイに撮れる。それに、街角スナップを撮影して、写真集を作っているので、そこら辺の人にはカメラで負けるつもりはないが、森山大道の写真を見てからは、どんな写真も満足できなくなった。
被写体の質感をすさまじいほどに引っ張り出せるような写真家は、僕は森山大道しか知らない。 しかも、それはピントが合っていない。 わざとシルエットをぼやかせて撮影している。写真として成り立たない作品なのに、なぜか成り立っている。あんな表現があるんだと、本当に感心した。
清水寺はやっぱり営業終了していた。バーが張られて、境内にも入れなかった。
「ダメだな、やっぱり営業終了だわ。」
「そうだね。ここで写真撮ってもバーが邪魔でちょっと映えないね。」
「だな、まあ、後からAIで消せるっていう手もあるけど、それをすると作り物だからな。」
一応、2~3枚ほど撮影して、清水寺を後にする。

少し進むと、一角だけ観光客が集まって路地に出くわした。
「なんでこんなに混雑しているんだろう。」と息子は言った。
「さあ、何かあるんじゃないか。」 と見ると、五重の塔が京都の街並みからすっと立ち上がっていて、とても良いシルエットを作っていた。
それを観光客がスマホを持って撮影しているから、この一角だけが混雑している。 京都らしい風情が立ち上がっていて、それを見た時、今しがた見てきた森山みたいな絵は撮れないかと考えた、とこれじゃない。考えるんじゃなく、感じるんだ、と思い直した。
感性で言葉になる前の質感を捉えろ、っと自分に語り掛けた。
パシャ

僕にはピンボケに撮影する勇気はなかった。
◇
ここを過ぎて道なりに行くと、信号に突き当たり、比較的車の通りが多い道に出た。横断歩道の前で信号が青になるのを待っていた。
歩行者信号が赤く点灯していた。すっかり暗くなった京都の町に、車のヘッドライトが流れてゆき、妻のカタチについて、どう扱っていいのか、いつの間にか思考の渦の中だった。
僕の感性はあまり強くない。息子や妻のように感性が強く働けば、どう扱っていいのかわかるのかもしれなかったが、まだ僕は使い始めたばかりだ。人と話す時とか、感じるままに立ち上がるものを、そのままに感じておく練習をしているところだった。
妻が感じていた事、それを僕はわからろうともしなかった。妻は感性で生きている人だろう。感じている事を、わかろうともしないという僕の態度は、妻そのものの存在を知ろうとしない姿勢だということに理解に至った。
よく妻は「さみしい」と言ったが、わかってくれない寂しさだったのかもしれない。一緒に住んでいるのに孤独だったのかもしれなかった。
赤く滲む歩行者信号を見つめながら、ふっと息を吐いた。
妻の感性は、情緒や感情に接続していて、彼女の醸し出す質感を形取っているのだろう。
出来事よりも、感じた事がリアルになる。僕は出来事の意味を考えたりする。互いの見え方や捉え方は違っていたが、それでも傍にいてくれていた。
今だからこそ妻の質感を感じる事が出来る。妻の質感を下手に言葉にしてしまうと、歪んで見えてしまう気がする。 だから、どう扱っていいのか、どう捉えていいのか僕にはわからない。
例えば、頬に流れる潮風のように、感じるままにしておいた方が多分いいのだろう。潮風は、冷たい空気を運んできて、潮の湿っぽさを運んできて、そして磯の香りを運んでくる。カモメの鳴き声や、船の汽笛、波の音までも運んできて、「ああ、気持ちいい」と気持ちがほぐれてゆく。それらすべてが包容された質感を、「潮風は気持ちがいい」と言葉にすると、立体的で中身のあるものが、平面に切り取られてしまう気がした。
僕は、わからないものをわからないまま感じておく事が出来ない性分だ。感じたと同時に、言葉で説明してしまう。わからない何かを言葉として見える化してしまう。
妻の質感も、言葉にしてしまって、「こういう女性だ」と決めつけてしまう。それが妻の幅を限りなく狭くする、という結論に至った。
赤い歩行者信号を眺め考え事をしていたら、不意に声をかけられ、現実に戻された。
「エクスキューズミー」と発音しながら、僕の肩をトントンと叩いてくる女性がいた。
Excuse me
「エクスキューズミー」という単語は聞き取れた。
だけど、どう話せば良いのか、その次がわからなかった。
途端に呼吸が浅くなり、体が少しこわばる。 その観光客を見ると、どうやら僕ぐらいの年頃の女性と、一緒にいる初老の女性が、僕を見ていた。
ちょっとまて。何を僕に尋ねられたところで、次の会話は聞き取れないし、そもそも僕は京都で住んじゃいなんだ。いっきに不安が立ち上がり、余裕を失い、呼吸の回数も多くなっていった。
「あっ!」と息子を思い出して、横で立っていた息子に言った。
「ちょっと、なんか言ってるから頼む。」と息子の服を引っ張った。
息子は英語で何やら話を始めて、そして2、3回ぐらい言葉を交わしただろうか、息子は何か納得したように頷いて「フォローミー」っとその女性に言った。
「フォローミー」だって、これって「ついてこい」って意味じゃないか。 ちょっと待て。このわからない人たちとしばらく時間を共有するのか、とまた呼吸が浅くなった。
僕の感性は、嫌な感じが立ち上がり、地面からせり上がるように心理的な壁がどーんと現れた。息子はその女性たちを引き連れて横断歩道を渡っていった。渡り終えた頃には、息子は笑顔でその女性と話し始めた。
時折、ケタケタと笑う息子に、女性の表情も柔らかくなっていった。
相変わらず僕は無表情だった。
Follow me
息子とその女性は、友達かのように英語で話していた。意味は相変わらずわからないが、楽しそうなのはわかった。僕は少し後ろの方で構え、会話に入らないようにしていた。
ふと気がつくと、初老の女性は僕と同じように一歩後ろを歩き、少し不安そうな顔を浮かべていた。その表情は、まるで僕のようだった。
時折、単語がファーザーとかマザーとか出てくるから、僕のことを紹介しているのかとか、この初老の女性はこの人の母親だったんだとか、また、スペインという単語が聞こえたので、どうやら彼女たちはスペイン人らしいという事がわかってきた。
ここで、やっと初老の女性が不安そうな表情なのかが理解できた。英語が話せないからだ。
たぶん、息子は仕事でも、観光客にこういうふうに楽しげに話しかけているんだろう。 知らない人、知らないものに、興味が立つのだろう。そして、好奇心とともに、会話を交わすのだろう。
ふたりは英語で会話をして楽し気だったが、僕と初老の女性は心の壁が立ち上がっていた。
さようなら
どうやら「地下鉄の駅はどこですか?」と僕に尋ねたらしかった。
「京阪電車の駅を探しているみたいだよ。」と息子が教えてくれた。だからフォローミーだったのかとわかったが、この時間はとても僕にとっては苦痛で感性は閉じる方向に向かっている。
スペイン人、日本に旅行、京阪電車の地下鉄駅を探している、初老の女性は英語がわからない、と僕は「わからない」ものに言葉で説明をつけた。
少し気が楽になる。地下鉄へと続く階段が見えてきて、僕はホッとする。
階段を降りると、長い通路だった。本当に長い長い通路で、出口が見えなかった。

ついに改札へ着いた。
息子がペラペラと流暢に英語を話して「さよなら」と言ったら、女性は「さようなら?」と聞き返していた。日本語を教えているらしい。
すると、さっきまで不安な表情の初老の女性が、僕に向かって「さようなら」と言った。 僕も慌てて「さようなら」と日本語で言い、深々とお辞儀をした。
不思議と、初老の女性の表情は緊張が消えていて、僕も緊張が和らいでいた。互いに少し安心した表情になり、僕もふっと心が温かくなった。
そして、そこで彼女らと別れた。
「広島行ったり、東京行ったり、昨日は大阪で、そして今日にいるんだってさ。 あの女性の英語は、訛った英語だから聞き取れないところがあったけど、まぁそれは想像で、ふんふんと聞き流したよ。」
息子は笑って、とても生き生きとして見えた。
わからないまま開いている
「あんなに楽し気に話をしてるからさ、驚いたよ。」
留学した成果がちゃんと出ていて、しかも息子の好奇心が観光客と呼応しているのが驚いた。
「海外の人はさ、個性を出すからさ、子どもっぽい一面もあるけど、話していて楽しいんだよ。僕の尖った個性も面白がってくれるしね。」
僕は感心した。外国人の文化をちゃんと肌感覚で学んでいて、他の人との協調性よりも、個性の尖りに正直に生きている息子が言った。
「そうか。いやぁすげぇわ。パパにはあんな事は無理だな。外人は何を考えているのか、どんな常識をもっているのか、わからんからさ、未知の文化に突っ込んでいく感じはないわ。」
息子の人なつっこさは僕にはない。他人とすぐ友達にもなれない。僕には息子の発想が羨ましかった。
「僕もわからないよ。だけど面白いじゃん。体裁をつくる日本人は、サービスや接客は最高だけど、個人での発信は弱いからね。だから尖った話をすれば「お前面白いな」と言われるよ。」
息子は英語は道具で、本当の会話の中身は、どうやら感性を働かせて、こいつ面白いのか?自分の軸はあるのか?やり続けていることはあるか?興味の対象はそこにあった。
言葉のない世界
帰りの電車では、息子は疲れたのかウトウトと眠っていた。
外は夜で、街明かりが過ぎてゆく。
森山大道の写真を見て、衝撃を受けて、どの写真を見ても僕の感性は立った。言葉なる前のゾワッと沸き立つ感じが、ハッキリわかった。
「これか・・・」と感じる事が僕にもやっとわかったのかもしれなかった。
息子の服作りは、カッコいいと息子が感性で感じ取ったものを、構造化したもので、カタチにしたものだったから、やっと息子の作る服の特殊性が見え始めた。
と同時に、妻の感性がどこに接続しているのかという問いが立ち、情緒なのかもしれないと思ったとたんに、一気にイメージが広がり、妻のカタチが見えたような気がした。
言葉にしてしまうと、また消えてしまうと思って、言葉にせずどう扱って良いのから、未だわからない。
息子を入口にして、僕は感じれるようになったのかもしれなかった。
街明かりを眺めながら、僕はまた、妻のカタチを感じてみる。
以前より少しだけ、近づいた気がしていた。
