神様のボート

江國香織の「神様のボート」を読了した。

昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子”。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの”“神様のボートにのってしまったから”――恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遥かな旅の物語。

物語の視点は、母と娘の視点を変えてすすんでゆく。

母の視点は、恋人をひたすら待つ恋物語として読める。娘の視点は成長と自立の物語として読める。そしてこの2つの物語を客観的に夫と父の視点で僕は読んでいた。

僕の娘は今頃どうしているだろう?

目次

水ふうせん

目をつむれば彼女の顔が見えて、それから亀のようなノロい動きで歩きだし、カメラを持ってリュックを背負って、ニッコリ笑って「よし、いってきまーす!」と消えてゆく。

マイペースで感情をあまり出さないけど、泣くときは自分の為に泣く。「だいじょうぶ?」と問いかけると、返事をしない。なるほど、嫌なんだなっと思う。「楽しいー。」とニッコリ笑っている時は、やりたい事がたくさんあるんだなと思う。

ママがしんどくて寝ていたから、「娘を連れだしてくるから、ゆっくり寝ときなよ。」と僕は言うと、妻は「ありがとう」と言った。

娘に「今からパパと遊びにいこう。」と言うと、「どこに行くの?」と尋ねる。当時は小学1年生だったから娘はとても小さく僕は娘の目線まで下がって「おもちゃ屋さん」と答えると、目を輝かせてついてきた。そしてトイザらスに着いて水風船を買って、そのまま二色の浜へ向かった。

天気が良くて入道雲がモクモクと空へ伸びている。潮風がサラサラと吹き抜けて気持ちがいい。娘はワクワクしながら僕の後ろをついてくる。

「なにするの?」とクリクリの黒い目を見開いて尋ねてくるので、僕は指をさして、「あそこに水道があるから、それでこの風船に水を入れるんだよ。」と答えた。

娘は僕の指さした方向へ走っていった。青い空に向かって、髪をなびかせて、体いっぱいの元気でかけていった。

蛇口をひねると水道水がキラキラと太陽を反射して地面に落ちる。跳ねた水が辺りの乾いた地面の色を変えてゆく。パチパチと音が鳴り、しぶきが足にかかる。それだけで娘はきゃっきゃとはしゃいでいる。水風船を蛇口にかぶせ、勢いよく膨らんでゆく。その膨らんでゆく風船を見て、娘は目を丸くして驚く。「わぁ!」と声をあげて。

ひとつ水の入ったタプタプの水風船が出来た。「ほら。どうぞ。」と娘の小さい手に渡すと、娘は面白そうに水風船を遊ばせる。形が変わり、手の中で小刻みに跳ねる。その感触がおかしかったのか、さらに遊ばせる。娘は夢中になって水風船を遊ばせていた。

僕はふたつめを手際よく作り「ほら」っと娘の顔を覗き込んだ。娘は瞳には、水風船をもつ僕が映り込んでいた。娘の好奇心に満ちた笑顔を見ると、ホッと心が柔らかくなって温かな呼吸になる。

「ほら、こうするんだ!」と僕は言って、水風船をめいっぱい高く空へ投げた。水風船は形を変えて青い空へ向かって吸い込まれて、限界の高さから一気に急降下して地面で破裂した。水が「ぱしゃーーん」と勢い良くはじけ飛ぶ。娘は「わぁ!」と驚嘆の声をあげて小さく興奮する。

娘も僕の真似をして「えい!」と水風船を投げた。すると割れずに、地面をバウンドして転がってゆく。心を躍らせて追いかけ、しゃがんで水風船を掴むと、しゃがんだまま「えい!」ともう一度投げた。それでも割れない水風船はボヨンボヨンと転がってゆく。

「お空に投げてごらん。おもいっきり高く。」

娘は僕の声を聞き、思いっきり青い空に水風船を投げた。ふわりと大きな放物線を描きながら、「ばしゃーん」と水風船は割れた。

娘は踊る様に喜んだ。「もう一回やりたーい!」と僕を見上げて言った。僕は水風船を全部渡して、「はい。これで作っておいで」と言うと、小さな手は水風船を受け取って蛇口のほうへ走っていった。

顔を、服を、びちゃびちゃにして夢中になって遊んだ。息子が生まれる4か月前の事だ。

私と弟を巻き込まないで

娘は大粒の涙をこぼして言った。「弟を巻き込まないで。」っと。

私を巻き込まないで、とは言わないのが娘らしいと思った。弟の身を案じている優しいお姉ちゃんがいた。

「これをママに渡して欲しいんだ。」と僕は娘に手紙を差し出した。

当時の妻は僕らの物語を単純化させていたのかもしれなかった。離婚する相手に、情を持つと自分の決断が揺らいでしまう。その気持ちは、なんとなく理解できた。それでも僕は妻に手紙を書かずにはいられなかった。僕たちの物語がここで終わってしまうなんて思いたくなかったから。そして、それは無駄な悪あがきだとわかっていたとしても。

手紙を書いたはいいが、どう渡すのか・・・。手が届きそうな人といえば、娘しかいなかった。娘ならわかってくれると思っていた。だけど、もうすでに彼女は自分の人生を歩いていた。

一緒に水ふうせんを投げて遊んだ彼女は、もうそこにはいない。

僕は誰も味方がいなかった。少なくとも当時はそう思えた。実は違ったのかもしれないけれど、余裕のなさがそう僕に感じさせていた。妻にとってはあの人は悪い人という単色モノクロに僕は塗りつぶされているのだ。引っ越し先に布団はあるのか?とか、ネットもない部屋なのではないのか?とか、いろいろ考えたから100万円を息子に渡したり、ギガ数を増やしたりした。だけど、どれもこれも悪者のする事だから、悪いほうに全部とらえられてゆく。なにをしても悲しみの水たまりが残る。

母の考えに沿って息子は法被を渡しても「いらない」の一点張りで自転車で夜の中に消えてゆくし、娘も「私たちを巻き込むな。親の事情で子どもを振り回すな。」という事を、ハッキリ僕の目を見て言った。

「別れるかどうかはママの選択だから。ママが決める事だから。」とも。

その通り、その通りなのだ。娘はちゃんとわかっている。ママにはママの人生があるっということを。そして私の人生もあるのだという事を、わかっていた。

娘は僕と一緒の世界を歩むのではなく、自分の世界を歩いていた。弟を巻き込まないで!離婚はママの選択だから!という境界線の引き方は、「私にも私の人生がある」っと僕に訴えているようだった。

最後の最後に、娘は僕の書いた手紙を受け取り、「渡すだけは渡してあげる。」と僕の頼みを引き受けてくれた。

それが娘と会った最後だ。

今までの生活にさようなら

離婚するから出ていくっと聞かされたのが、出ていく3日前だったそうだ。当時、息子はパパはおかしいと思っていたから、新しい生活を楽しみに出て行った。

希望に満ちた3人の生活を夢見て、階段を一段づつ降りていった。

今までの生活はさようなら。今日から新しい生活がはじまる。そんな心持ちだったのだろう。妻と子どもたちは志を同じくして新生活をおくるのだったが、息子も娘も成長してゆくのだ。

妻も新しい生活に慣れるのに必死だったろう。生活費も稼がなくてはならないし、成長してゆく子どもたちの進路にも気を配らなくてはならない。余裕の無いなか、僕との離婚もすすめなきゃいけなかった。

僕の経験上、忙殺され追い詰められて余裕がなくなると、なにも見えなる。僕の場合は、ただひたすら前へ進むだけで、振り返る事を忘れてしまう。

たぶん、妻もそのような状況になったのかもしれない。妻の場合は、コンフォートゾーンに逃げ込み、相手との関係を遮断する方向へ力を使うようだ。

余裕を失った両親に振り回されながらも、娘も息子もそれでもたくましく成長する。次第に、自分の考えを持つようになり、自分の価値観がつくられる。そして自分らしい自由を求めて自立してゆくのだ。

ママの世界も、私の世界も、僕の世界も、それぞれが違って当たり前だけど、ママの考えと一緒じゃないとダメだと、仮に思っていたのであれば、たぶんそれは、思っていた以上に、子どもたちが、それぞれの世界を持ち始めていたのだと思う。

息子がパパを尊敬していると言ったらしい。それはたぶん妻からすれば受け入れられない事だったのかもしれない。話がすれ違う事が多くなり、「じゃぁ出て行きなさい」となったのかもしれない。

息子は自分の自由を守るために動き出したのだろう。

娘は娘で賢い娘だから、私の生き方はもうある程度はつくっているのだろう。僕と最後に会った時に、その片鱗は感じたから、娘はちゃんとわかっている。私には私の人生があると。それは誰のソレとも迎合しないと。

黙ってはいても、感情を出さない娘であっても、芯のある自分の考えをつくっているのだと思う。結局、親は子どもたちを外へ出す日がやってくる。それは止める事が出来ない。

僕は息子に言った。「パパは、オーストラリアの留学は、EFじゃないと反対だから。だけど、最後に決めるのはお前自身だ。」

そういうと、息子の表情はパッと明るくなった。

「パパが反対するのは、お前に何かあったらママに顔向けできないからだ。」と再度、息子に伝えたが、僕の言葉をどう受け止めるかどうかは息子の問題だ。僕は息子の選択に介入できない。

僕と息子の人生は違うものなのだから。

新しい守り方

子どもの自立を尊重して委ねる事が、今の僕の守り方になった。今や自由を得た妻の人生を、そのまま受け入れる事が、今の僕の守り方になった。

役割とか、なにが正しく何が間違っているとか、体裁とか、世間体とか、世の中の常識とか、他人の評価とか、もうどうだっていい。

大切な人を守るために、今できることは、彼女らの今をそのまま受け入れる事だ。

神様のボートのラストのほうで、そう確かめながら、妻の事を感じて、娘の事を感じて、息子の事を感じながら、読み終えた。

 風と行く道

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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