親の質感
デイの営業が終わり、スタッフは帰り、電気代の節約でデイルームの電気をいくつか消した。
少し暗くなり、空間が少し狭く感じて、距離が曖昧になる。仕事の話だけじゃなくて、余白が生まれ、少し心が緩む。
「あのさ、5人の子持ちでさ、離婚しててさ、男を紹介してほしいっていう女性がいてさ、これって母親じゃなくて、もう女の顔になってるよね。」と、僕はパソコンで記録を書きながら、中山さんと雑談をしていた。
「ギラギラして男を求めている女性って、私の友達でもいますよ。私よりもずっと上の人で、セックス大好きだと言ってましたからね。見た感じ、全く女を感じさせない人だったから、余計にビックリしましたよ。」と言っている中山さんは、下ネタは話すが、女の質感を全く感じさせない。そこが僕が気に入っているところでもある。
「前の職場の上司なんて、女の話ばっかりで気持ち悪かったですもん。」と言って、男性にエロい目で見られる事に、嫌悪感を感じるようだった。
「そうなんだ。いろいろあるんだね。」と、結局、男を求める理由はセックスになるのかと、妙に納得した。身体の繋がりを求めて、寂しさを埋めるのかもしれない。
「その5人の子持ち女にさ、女には無縁のデブ男が紹介されたんだって。結果はどうなったのか知らないんだけどね、互いに寂しさがあるんだろうね。」と、僕は聞いた話をそのまま話し、「女の顔になってゆく母親を、子どもってどんな心境で見ているんだろうね。」と、リアルな想像が沸き立った。
「さぁ、私はわかんないですけど、ママ友でも不倫している人はたくさん知ってますよ。」と世間の性事情が立ち上がる話になってきて、話は止まらなかった。不倫という背徳な情景に興奮を覚えるのかもしれないし、非日常的な刺激を求めるのかもしれないし、そもそも、不倫しているのを周囲に話すという心理が僕にはわからなかった。
それでも、心理的に安心感のある人との会話は、どんどん階層が深くなってゆくので、どんな話でも面白かった。
「主任って女性に興味がなさそうですよね。」と中山さんが意外な事を言ってくるので、
「は? なんで?」と尋ねると
間髪入れず「色気がないですよ」と平然と言った。
思ってもみない突然の言葉に、虚をつかれながら、
「いやいやいやいや、中山さんも色気ないよ。」と言うと
「そうですよ。私は色気はありません。」とキッパリ答えた。その潔さがなかなか彼女らしかったので、僕は思わず吹き出して、ふたりで大笑いした。
呼吸を整えて、僕は真面目に「たぶん、色気がないのはね。親の顔だからだと思うんだよ。中山さんの話は、子どもの事が多いだろ。」っと僕は続けた。
「子どもの進路で悩み、留年しそうになり、学校の先生と相談したり、父親との間を調整したりと、母親の顔が立ち上がっているからさ、色恋なんてしている暇がない。」というか、中山さんは嘘をつけない性格だし、キレイな道徳観念を持っているから、不倫とは縁遠い女性だと僕は思っている。
たぶん、僕に色気ないのも同じ理由なのだろう。人に話す内容は、自分にもあてはまる事が多い。実際に、息子の事で悩まされる事が多い。息子にとっては、普通の事が普通に馴染めず、ハードルが高い。だけど、服作りというハードルの高い事を、ひょいとやり遂げてしまう。服作りという夢に向かって邁進しているけども、果たして、これでいいのかと日々悩みながら見ている。
モノ作りの才能
そんな落ち着いた時間を過ごしていると、デイルームのドアが開き「こんちわー」と息子が入って来た。
息子は変わったズボンを履いていた。普通に履いているのに、腰骨で履いているように見える。いわゆる腰パンのような履き方なのに、下着は見えない。裾が広がり、地面に引きずって歩いている。
「2作目できたぞー。これ見てよ。完璧じゃね?」
噂をすればという流れで登場した息子は、モノ作りの才能をいかんなく発揮して、出来立ての新作を自慢しにきたようだった。
息子が小学生の頃、妖怪ウォッチが流行っていた。アニメが、映画になり、グッズになるというメディアミックス展開が、当然のように展開され、おもちゃ屋では妖怪ウォッチのグッズが飛ぶように売れていた。

もちろん息子も欲しがったが、妻は決して買わなかった。「欲しかったら、作れ!」と息子に言い、息子はどうしたかというと、本当に自作してしまった。
「ちょ、これ、なにこれ!」と僕は驚いた。ダンボールで出来た妖怪メダルのクォリティーが半端なく、良い味を出していた。
得意満面で「このメダルをここに入れる」と言って、ダンボールで作られた妖怪ウォッチが、息子の腕に巻かれている。
「なにこれ。めちゃすげぇ!」と僕は驚き通り越して、感心してしまった。
妻は台所で料理していて、「あいつなんかすごいの作ってるで」と言ったら、「うん。買ってくれとか言うから、自分で作らせた。」と気合十分の声で答え、完璧なパワフルママのオーラが立ち上がっていた。
僕はそんな妻を見て「なんかすごいな。この人」と妻の胆力に感心した。僕ならば金で解決してしまうところを、息子のモノづくりの才能を引き出して、解決してしまったわけだから。
息子は妖怪ウォッチとメダルを手に入れるばかりか、モノ作りの才能まで手に入れた瞬間だった。
息子の独創性
裾を引きずっているので、ズボンが床から生えた木に見える。裾から膝にかけて一気に細くなり、そして腰パンのような短足ズボンになり、ベルトが携えてある。そこで生地は終わりかと思いきや、ベルトから上にも生地があり、それが腰上まで伸びているので、普通のズボンのようにちゃんと履いているわけだ。
これが文字で説明して、どれだけ正確に捉えられているのかわからない。写真を掲載すれば済む話なんだけど、息子の新作だから、僕が勝手にリークするわけにもいかない。
イメージとしてこんな感じ?

発想が独特すぎて、言葉ではなくイメージとして伝えるぐらいしか出来ない・・・。
「これ見てよ。ここのところ。」と息子が縫製を指さして言った。
キッチリと丁寧に縫製されていて、一作目の手作り感がなくなっていた。
「すごいな。これ商品として成立するじゃん。」
「これも見てよ。このポケットの裏生地」と息子がポケットに手をつっこみ、裏生地を見せるように、つかんで表へ出した。
ジーンズの生地から、肌色の薄い生地が張り合わせてあった。
「すげーな。これ店で売ってるジーンズのつくりと一緒じゃん。ポケットの中まできっちり作られてあるわ。」と僕は驚いた。
なによりも、こんな服を僕は見た事がない。発想が独特で、息子のアイデアがちりばめられた最高の一着だと思う。これを、なんなくやってのけてしまう息子を、僕は誇りに思った。
ありのままの個性
僕と息子のやり取りを、ずっと見ていた中山さんも感心していた。
「すごいねー。これ自分で作ったの?」
「はい。これなかなか難しかったんだけど、なんか良い感じで出来たから」と息子が言うと、中山さんは食いつき気味で、「これ、お店で売れるよ。やったじゃん。すごい。すごい。」と息子を褒めた。
「服屋で、君かっこいいズボン履いているねって店員さんに言われて、どこのメーカー?って尋ねられるんですけど、自分で作りましたとか言うと、間があって、そうなの・・・って、その後は会話がなくなるんですよ。」と息子は笑って自慢した。
「だよね。服を作れる人なんて、そんなにいないよ。」と中山さんは続けて「そのスタイルだから似合うんだね。主任だったら似合わないね」とこちらを向いた。
「まぁそうだな。腹がでてるからな・・・。」と余計なお世話だと思ったが、昔は息子よりも痩せていたんだけど、今は腹が出てしまって、息子の彼女にもアメリカ人みたいだねと言われる。足が長くて、腹がでているという意味だ。
「それ売るの?」と中山さんが興味津々に、息子に尋ねると、「友達が欲しいって言ってるから、2万円ほどで売っていこうかなと思ってて、ネットなら4万ほどで売れるんじゃないかなと思うから、海外向けに。あ、送料とか高いかな。まぁそこは追々考えていくつもりです。」と、息子は自分の今後のプランを話していた。
「そうなんだ。その友達って、同じスタイルなの?」と、中山さんの興味も尽きないようだった。
中山さんを見ていて、僕たちの息子を否定しないでいてくれる。そして息子の考えをしっかり聞いて、興味をもってくれる。モノ作りで自立しようとしている息子を、そのまま受け入れてくれている。
中山さんのお子さんも、勉強が出来ず、当たり前の事が当たり前に出来ずに、それでも水泳となれば、人より秀でていて自分を活かす事が出来ていた。高校入学も、だいぶ中山さんは苦労したみたいだが、水泳で入学が決まり、息子の活躍を信じている母親だった。
だから、たぶん、僕たちの息子の将来を、僕たちの息子の今を、偏見で見ずに、世の中のモノサシで測らずに、ありのままを受け入れているのだった。
僕はその風景を、安心して見る事ができていた。
父親の気づき
昔の僕なら今の息子をどう見ていただろうと、何度も頭によぎる。
娘は偏差値が良かった。トップクラスの頭脳を持っていて、世間からは「すごいねー」とか、「どこの高校受けるの」とか言われて、妬みも、ひがみも、尊敬も、なんでも聞くだけで、僕は優越感に浸った。
息子は、姉を尊敬していて、大好きなようだった。姉に彼氏が出来た時、すごく反発していたから、姉を取られるのだと思ったのだろう。息子の気持ちはとても良くわかった。
世間から、姉と常に比べて見られる息子は、よく気が散った。姉に勉強を教えてもらっていたら、「えー もういやや。」とぐずりだして、「わからへんもん」と駄々をこねて、すぐに机から離れて寝転んだ。
僕は、そんな息子を見てイライラして怒鳴りつけた。
あの時の僕は、自分の人生を生きていなかった。「自分はどう思われているか」を軸に、世間の評価が正しさだった。家族の幸せを思っていても、世間の評価に囚われて、家族を枠の中にはめ込もうとしていた。
離婚から、人生の底辺まで転げ落ちて、そこから再構築するのに、もがいていたら、世間の評価ほどつまらないものはないと、気づいてしまった。
世間の求める役割が、自分を殺す事につながることに、気がついてしまった。自分らしさを大切にし始めて、妻や娘や息子らしさを大切する事が、幸せに繋がることに、気がついてしまった。
母子の繋がり
「もう、最強やな。ある程度、服づくりがわかったよ。」と息子は自信たっぷりの表情をする。
「ああ、そうだな」と僕は頷いた。
「服づくりの行程がわかったし、縫製スキルも爆上がりしたから、あとはやるだけ!」と、親指を立てて、僕に合図をおくる息子の瞳は、未来を確信していた。
息子の時間は、無駄に過ぎているわけじゃない。したい事があって、熱を込めて日々を積み上げている。だんだん形になって、やっと手に取って、見えるようになった。そしてここからSNSの運用も含めて、生産活動の仕組みを考え始めている。
息子への関わり方や、今の息子の状況について、これで良いのか?と僕が迷っていたのは、過去の価値観の残像の影響かもしれなかった。世間に評価されず、埋もれてしまう恐怖や不安が、僕の迷いの正体だったのかもしれない。
息子を観察し、何が得意なのか?息子らしさとは何か?会話を重ねて、生きる姿を感じて、呼吸を合わせて、息子を感じる感性を磨いてきたつもりだけど、僕の感性は、妻や息子のそれとは違い、後天的なものだ。先天的に備わっている感性には及ばない。
息子はモノ作りが得意。そのモノ作りの才能を引き出したのは妻。妻がいなければ、息子の今はない。それは息子もわかっている。
母子関係の断絶を、僕は心配していたが「ああ、そういうことか。」と感じて、なんだか取り越し苦労だったなと、深く息を吐いた。
ちゃんと、妻と息子は繋がっている。後はふたりが自分の気持ちに素直になれば、自然と道は出来る。
きっとそうだ。
息子の原点
「娘が偏差値高くて、パパは優越感を感じたものだけど、お前はモノ作りと思想というところで偏差値が高いと思って、ほんとに誇りに思うよ」と僕は心底そう思って、息子に言った。
「見とけっていったじゃん。ここからだから。」と息子は相変わらず、自信満々の表情だが、半分は嬉しそうだった。この笑顔を妻に見せてやりたいと思った。家族4人で食事でもしながら、息子の話を聞いてら、みんなどんな反応をするんだろうとも想像した。
そして息子は、自分の服作りや作品を、誰よりも僕や妻や娘に褒めてもらえる事が、一番のモチベーションになってゆくんだなと感じた。
なんか、やっと親である前に、息子をひとりの人間として、向き合えるようになった気がする。
そして、やっと、別れた妻と同じ場所に立てた気もする。
妻や、娘や、息子から少し遅れてしまったが、僕も同じ道を追いかけて、歩き始められた気がした。
