5月21日「大西洋単独無着陸飛行」

1927年(昭和2年)アメリカのチャールズ・リンドバーグニューヨークを出発してパリに到着した。大西洋無着陸横断飛行に成功した。

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生い立ち

父は弁護士で共和党の国会議員。母は教師をしていた。

小さい頃から機械への関心を示して、曲芸飛行パイロットになった。アメリカ軍の飛行士として訓練を始め。首席で卒業し、郵便機などの民間パイロットとして働いた。

大西洋飛行への挑戦

1927年5月20日、リンドバーグはサンドイッチ4つと水筒つを持って、ニューヨークを出発した。

スピリットオブセントルイス号は、多量の燃料を積むので前方に燃料タンクを設置した。出資者がいなかったので低予算で前方視界を犠牲にした機体で飛ぶ。

  • 座席からは直接前方が見えない。
  • 潜望鏡を使って前方を確認するしかない。
  • 機体側面の窓から顔を出して前方を確認した。

パリまで一人で操縦し続けるという過酷な飛行。睡魔との戦いでもあった。

アイルランドまでの距離を聞こうと思って超低空飛行し漁船に向かって叫んだ。

「おーい。おーい」

全然返答がなかったので諦めた。

なんとかパリに到着し、大西洋単独無着陸飛行に初めて成功した。

パリ上空で

「翼よ、あれがパリの灯だ!」

と叫んだと云われているが実際はそんな事は云っていない。

本人はパリに着いたことも分らなかった。

実際に発した最初の言葉としては、

誰か英語を話せる人はいませんか?

  • 「ここはパリですか?」であるという説
  • 「トイレはどこですか?」であるという説

この時、リンドバーグは25歳であった。

  • 飛行距離5,810km
  • 飛行時間は33時間半

24年前のライト兄弟が初めて有人飛行を行った時が1902年。その時の飛行時間と距離は

  • 飛行距離259m
  • 飛行時間59秒
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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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