明治28年 大日本気象学会の野中さんが私財を投じて観測所を建設した。
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日本の最高峰(3776m)で気象観測すれば、台風予報・富士山登山者の人命救助などに役に立つと考えた。ここは世界最標高の常設気象観測所になりました。
伊勢湾台風
昭和34年に紀伊半島から東海地方を襲った大型台風。伊勢湾での被害が最も大きかったので伊勢湾台風と云われている。死者・行方不明5000人を超えた。
- 最大風速85/m(米軍解析)
- 平均速度32㎞
- 死者・4697名
- 行方不明 401名
- 負傷者 38921名
富士山レーダーが設置された。半径700キロの積乱雲を捉える事が出来る。
気象衛星・長野レーダー・静岡レーダーの設置で富士山レーダーは役目を終える。2004年には機械で自動化されて無人運用になる。
カンテラ日誌
1936年から2004年まで有人だった頃はカンテラ日誌がつけられている。気象記録の他に、太平洋戦争の米軍機の情報や、観測所への機銃掃射の記録、大日本帝国陸軍が行った高知炊飯実験などの貴重な記録がされている。