京都国際写真展
Instagramを眺めていたら、コントラスト強めのモノクロの顔が出てきた。それは京都国際写真展の広告だったが、森山大道が撮影したもので、白目が異様に浮き出て不気味な表情だった。
被写体の臭いや体温までもが伝わってきそうな写真に心を奪われて、スライドさせる指をとめて、しばらく魅入っていた。
「森山大道の個展を見てみたい」と衝動が体を駆け抜けて、いてもたってもいられなくなった。
そこへ息子がやってきて「見てよ、これ。レザーだよ。ズボンに縫い付けてみたんだけどさ、この質感がいいと思わない?」とつるつるにテカった茶色のレザーを後ろポケットに縫い付けているのを見せてくれた。思ったよりも厚みがあって、なんとなくアンバランスに見えた。
「それって表裏でボンドかなんかで張り合わせているの?」とか、「厚みがあるけど叩いて伸ばす事とかできんの?」とか尋ねると、息子はテンポに乗った口調で説明してくたが、そのほとんどが僕にはわからなかった。
「明日の日曜日ってさ、仕事やすみか?」
僕は会話を変えて、パソコン画面を指さして続けた。「京都でさ、写真展してんだけどさ、どう?行かない?」
「なにそれ。写真展?」と言う息子は写真なんて興味がないだろうが、このインパクトのある森山大道の写真は、息子の感性が立ち上がりそうだった。
「ほら。この写真なんだけどさ、モノクロでなんかすごくない?」
息子はパソコン画面を見て、「へぇ、面白そうだね。これ京都でやってんの?」と食いついてきた。
「京都の京セラ美術館で開催されているようだよ。京都のあちこちで国際写真展が開催されているようなんだけどさ、京セラ美術館では、森山大道、アーネスト・コール、ピーター・ヒューゴが開催されてるみたいなんだよ。」
「へぇ。面白そう。これって5/17日までって書いてあるから、もう日がないね。明日、行こうか。」
息子も乗り気になった。この写真で息子の感性が立ち上がらないわけはない。明日は昼から出発で電車で行く事になった。

娘の質感
息子は仕事の書類を提出しないといけないということだったから、「難波で待ち合わせしよう。そっちが終わったらLINEちょうだい。それまでウインズで競馬して遊んでるわ。」と言った。
息子との距離を意識していた僕は、いつもべったり一緒の時間を過ごす事のないように、互いの目的だけを共有するように心がけている。
今日はNHKマイルカップG1があった。僕は競馬が目的だから、僕は競馬を楽しむ。息子は仕事で用事がある。だから仕事に行く。その後に京都国際写真展で目的が一緒なので、その時間は一緒に過ごす。そんな感じで、ちゃんと境界線を引いて親子関係を育てていた。
息子の仕事が終わり御堂筋線の改札で待ち合わせ、そこから淀屋橋まで行き、京阪電車で京都三条駅まで行く事にする。特急に乗り500円ぐらいで京都に行ける。この安さが魅力だった。
わからないものはそのままに
特急列車は地下から地上へ出ると、車窓に街並みが見えてきた。京橋を過ぎて、枚方を過ぎたころに、ひらぱーが過ぎてゆく。
「ここらへんの街並みはいいよな。」と息子が窓の外を眺めて言ったが、僕にはさっぱり何が良いのかわからなかった。家は昭和40年ほどに建てられたものと、最近建てられたものが入り乱れていた。この構造は地元でも一緒だったので、比べて枚方が何がどう良いのかわからなかった。
「京都はいいよね。街並みが時間そのものだから、なんか良いよね。」と息子が言った。これはさすがにわかった。「そうだな。歩いているだけで落ち着くよな。寺巡りも飽きないしな。」
感性が合う会話は、頭が締め付けられるような感覚がなかった。考えても何も出てこない、つまった感じになるようなわからなさが、息子との会話には、時々あった。
そんな時は、言葉の内容ではなく、話す空気を感じるようにする。ふわふわと立ち上がる抑揚やリズムや語気の強弱を感じる。なんとなく、ふわっと感じるもので会話?交信?をしている。深く考えれば考えるほど、わからなくなるから。
望遠特化のカメラ
列車はさらに京都へ入り、ひと際大きな建物が見えてきた。
「見ろよ。あれ京都競馬場だぞ。」
「めちゃキレイじゃん。最近出来たの?」
「いや、最近出来たんじゃなくて、リニューアルで1年ほど休場していたと思うぞ。ほらパドックが見える。」
「ねーちゃんが、あそこで写真と撮ってるんだろうな。」
「そうか。娘はプレゼントしたカメラでサラブレッドを撮影しているか。」
息子にバイクをプレゼントしたとき、別れた妻にもバイクをプレゼントして、そして娘はカメラが欲しいと言った。娘が欲しいと要望を言うのは、珍しかったので、喉から手の出るほど欲しいものにちがいないと思った。
ソニーα7ⅳが、他メーカーを突き放し、従来機の群を抜き性能が高かったが、娘が選んだカメラはフルサイズではなく連写性能の高いAPS-C機で、そこに望遠レンズをつけた。
「なんでフルサイズじゃないの?」と疑問に思ったものだが、被写体が馬だと聞くと合点がいった。娘らしい選択だった。競走馬に特化したカメラだったわけだ。
三脚を立てて、第四コーナーへ向けてファインダーを覗いていることだろう。カーブからのラストの直線に向かう馬の躍動感を連写で狙っている娘の姿が目に浮かんだ。
とても懐かしくて心に温かいものが触れたような気がした。
感性に届く写真のインパクト
列車は三条に到着し、外へ出ると日差しが強く、なかなかの暑さだった。
「京都の空は明かるいね。」と息子は言った。見上げると空は雲ひとつなかった。川のほうへ目をやるとキラキラと太陽の光を反射させている。
「そうだな。明るいな。」
「ここから近いの?」
びわ湖疎水さんぽを2度ほどチャレンジしている僕は、疎水沿いを歩く道すがらに、京都京セラ美術館があるのを知っていた。それに以前、アンディ・ウォーホルの展示があった時に京セラ美術館を訪れていた。
「ちょっと歩くかな。良い散歩になるよ。」と僕たちは歩き始めたが、なかなかに暑かった。すぐに汗ばみ、頭頂部がジリジリと焼かれていった。
「あの販売機でミネラルウォーターを買おう」と僕は指をさして、身体に水分を入れないと、干からびてしまいそうだった。今日の気温はどれくらいなんだろう。
京都国際写真展
「いつもの感じでいいかな?」
僕と息子は互いの感性を邪魔しないように、芸術鑑賞をするときは、互いに好きなように観覧した。同じ時間を共有しているが、互いの干渉しない距離感があった。
「おっけー。じゃぁ。」と息子は言い、森山大道の個展へ踏み込み、群衆の中に消えていった。




どの写真からも魂の熱が沸き上がっていて、その時代の生き様のようなものが映り込んでいた。ファインダーから狙う被写体のどれもが、すさまじい個性を放っていて、昭和のカオスな時代を感じさせた。
見ているとこちらまで引き込まれそうだった。
観覧者の個性も立っていた。帽子をかぶった間髪のピアスのお姉ちゃんがいたり、のっそのっそと歩く外国人観光客がいたり、この会場そのものをアートとして作品にするのか、写真撮影している人もいた。
こんな写真を見せられると、僕の取る写真なんかはおもちゃのように感じられる。もはや写真とはいえず、カメラを携える事さえおこがましいようにも感じてしまう。
息子はどこにいるのか、すでにわからず、僕は次の個展「ピーター・ヒューゴ」のエリアに入っていた。ここでは生と死が撮影されていた。
病気で管が繋がれ、今にも死にそうな患者だったり、赤ん坊が海へと歩く姿だったり、黒人が毛穴をけば立たせてタバコを吹かしていたり、おばあちゃんの骨と皮だけのヌードだったりと、感情が嫌でもざわついた。
胸の奥から好ましくない感覚が、どこからともなく沁みだしてきて、どう扱ってよいかわからなかった。


構造への接続

僕はぐったりと疲れて会場を出た。正直、僕の感性は今までないぐらいに見事に敏感になっていた。写真から湧き出してくるものが、こんなにも僕の感情をかき乱すものだとは思わなかった。
1階のロビーで息子を待つことにした。
ベンチで座っていると、息子がひょうひょうと歩いてきて、耳からAirPodsを取り出して言った。
「おもしろかったね。」
簡素な感想だったが、言葉にできないものがあったので、それぐらいしか表現出来ないのだろうと思った。とにかく僕は精神的にクタクタだった。
いつもなら、感想を言い合ったりするんだけど、僕のほうが疲労困憊だったから、とりあえずこの後の事を相談し、僕たちは少し早めの晩御飯にすることになった。
ゲーム感覚
いつも行く清水寺近くの「奥丹」は17:00で営業終了だった。だから違う豆腐料理店を探して、良さそうなところに入った。
「なんかいいね。ここ落ち着くわ。個室だし。」
京都の町を歩いていると豆腐料理店はいたるところにあった。どこに入ろうか迷いながら、スマホで店を探すと★4以上を叩きだして、レビューも上々のお店をみつけて来たのだった。
「仕事どうなんだ?」
僕は息子の仕事の現状に興味が尽きなかった。というのも、息子はモノ作りでしか活きないのだろうと思っていたし、まさか接客で集中できる事になろうとは、夢にも思わなかった。嬉しい誤算とはこのことだ。
「めっちゃ面白いよ。接客って釣りゲームみたいなもんなんだよ。」
息子は実際にリールを巻いて、竿を上げるフリをして説明してくれた。
「例えば、どんな服を探しているの?と話しかけたとして、相手が大丈夫見てるだけだから、とか言う場合は、アタリがなかったんだよ。」
なるほど、わかる。まだ話にはついていけているぞと、僕の頭の中で、気持ち良くピースがハマった。
「反対に、こういうのを探しているんだよ、っと反応があった場合は、話の展開であっちの島へ、こっちの島へ連れまわすわけ。ここでポイントは店長の前にある島がいいね。」
僕は黙って聞いていた。島とは、たぶんトップス、ボトムス、アウターといった種類ごとのセクションの事を「島」と表現しているのだろうということは、なんとなくわかった。
「で、好みの島に辿りついた時に、食いつくわけ。そこで「おりゃぁぁ」って釣り上げるんだ。」と息子はケタケタ笑って話す。
どうやら息子は、接客そのものをゲーム感覚で楽しんでいるようだった。僕はそんな息子に驚く。
「つまりお前にとって接客っていうのは、ゲーム攻略と同じということなの?」
「そうだよ。あれはゲームだね。」息子は平然と答えた。
「驚いた。接客なんて一番いやな仕事なのに、お前はゲーム感覚で楽しんでいるなんて。」といって僕は感心する。
「あと、そうだなー。日本人は我を出すなっていう文化で、みんなが全員同じようなクローンだけど、外国人は個性で表現しろっていう文化だから、特にフランス人とかには、僕の話は刺さるんだ。」
「どういうこと?」
僕は息子の話す事がさっぱりわからず聞いた。
「んー。どういったらいいのかな。例えば見るからにオタクみたいな客が入ってきたとするじゃん。そしたらアニメの話をするわけ。どんなアニメが好きなのか、日本のアニメとフランスのアニメの違いはなんだとか。すると相手は僕に興味をもつから、相手も聞いてくるんだよ。だからニッチな情報を言うと「お前、おもしろいな」って食いついてくるから、ここでオレの服を選んでくれよっていう感じになるかな。」
「なにそれ。それって自分を売り込んでいるっていう話じゃないか。それって接客なの?」
僕は感心してしまった。服を売るのに、自分を売り込んでいるのだ。確かに、これは息子にしか出来ない発想だった。店長が不思議がるのももっともだと思う。こんなことをマニュアルに書いているハズがない。副店長の八尾さんもマネが出来ないだろう。というか、誰もマネできない。入社してすぐに自分流が出来上がっているなんて、誰が想像つくだろう。
「だから店舗でいる時は、絶好調なんだよな。好きなように動けて、かなりラフに話せるからさ。問題は副店長の八尾さんだよ。あの人は不安が立ち上がるからさ、全部自分の型に押し込めようとする。だから自分の理解のなかに僕が入っていなくちゃいけないから、めっちゃ窮屈なんだよ。」
なるほど。僕の頭の中でピースが次々と埋まっていった。息子の仕事ぶりを通じて、息子の世界の見え方、捉え方が、だんだんとカタチづくられていった。たった数ピースが埋まっただけでも、計り知れないなと僕にとっては驚きの連続だった。



情緒への接続
「あーおいしかった。」
息子は、さぞ満足気に言った。陽はすっかり傾き、お寺や木々を美しいオレンジ色に染め上げていた。
「これからどこ行こうか?」
美術館も堪能したし、お腹もふくれたし、このまま帰り道を急がなくても、この京都の街並みを感じて、散歩しながらなんとなく帰るというのも良かった。
「とりあえずここから丸山公園が近いし、その先の清水寺まで歩こうか。街並みも京都って感じだし。」と息子に言った。
そんなわけで、僕たちの行き先は決まった。途中、息子の着画を撮影することにした。Instagramに投稿する用の写真だった。服を作っている人や、個人店舗をしている人はInstagramに服を投稿していて、互いに繋がり「いいね」を送りあっている。息子の販売ルートのメインはSNSのようだから、服を着て自分がモデルになり発信している。

面白い事を軸に人生を設計する
「しかし、写真展おもしろかったなー。特に森山大道の写真は圧巻だった。昭和のごちゃごちゃ感があって、あの時代に生まれたかったな。」と息子は言った。
どの時代で生まれても、今の息子であれば、立派にたくましく生きていけそうだった。だけど、やっぱり今の多様性が認められるこの時代で、ネットで情報がすぐとれる今の時代だからこそ、息子の生き方が活かせるのだろうとも思う。
僕の時代は、ネットなんてなかったし、1クラス40名で15クラスもあったし、団塊Jrとひとくくりにされたし、同調圧力が強くて、個性の強い人には生きにくい世の中のように感じた。実際にずっと生きにくいと感じていた。
「なんか、今が最高にいいわ。これからだなって思う。」と息子は背伸びをしながら、遠くを見て言った。
実際に、留学をして英語を身に着けてきてからもブラブラしていた息子は、服作りで部屋に籠っていたし、社会から離れた生活をしていた。やっと動き出して面接しても不採用続きで、やっと採用されたと思ったら、今までの経験が織物のように折り重なって強い軸になって、手ごたえを感じている。
「そうだよね。英語力に、服の知識、そして感性ともって生まれた性格。ちゃんと面白いってことが繋がっていってるな。」
「面白い事にしか興味が持てないし、集中力もないからさ、バックヤードで副店長に指導されている時は、なーんにも頭に入ってこない。でもちゃんとハイハイって笑顔で対応しているけど、「お前、ちゃんと話を聞いてるの?」って何度も言われるんだよな。マジであの副店長の八尾さんは、ママみたいで苦手だわ。」
息子は感性で世界を感じている。たぶん別れた妻もそうなんだろう。以前息子が「ママも感性が強いよ。」っと言っていた。だから妻も、感性をつかってイメージで世界を捉えていたのかもしれなかった。
僕の目をまっすぐに見て、何を感じていたのか。怖い怖いと言い始めて、僕と少し距離をとって座ったあの時は、僕から立ち上がっていたものは、彼女の感性でどう受け止められたのか。そもそも世界をどういうイメージで捉えていたのか。
息子との関係が育てば育つほど、僕が想像もしていなかった魂のカタチ、香り、質感があることがわかってきて、当然、それは娘にもあり、僕にもあり、妻にも確かにあったのだと理解が及ぶようになった。ただ、当時の僕には感じる力は今ほどなく、感性は潜在意識の中に埋もれていた。
「感性で物事を感じて生きている者同士だから、お前はママの事を感じれるわけだろ。」
とか言って、僕はピースがハマらなくて違和感が立ち昇る。
「いや・・・違うんだろうな・・・」
感性への接続
「妻は感性が豊かだ」と表現したほうがしっくりくるな。
だって、愛情表現が体から溢れ出ていたし、感情表現も良く笑って、そして泣いたし、相手の心とつながって共鳴もしていたような気がする。
もしかしたら、身体いっぱいに生を謳歌する人なのかもしれないし、だから無防備で、傷つくときも震えるぐらいに感じたりもする・・・のかもしれなかった。
そんな妻のカタチが、ふっと立ち上がって、すぐに消えてしまった。
なんだかしばらく頭から離れなかった。
「なんだろう、この感じ、イメージが広がった瞬間というか」
今日は、競馬場を見て娘の事を想い出し、息子と写真展を観に来て感性が立った。息子と別れた妻の事を想い出し、それぞれ立ち上がる質感をイメージしているうちに、急に広がりを見せて、言葉にする前に消えてしまった。
だけど、ほんの少しの間、妻のカタチが一瞬見えたような気がした。
「なんだろう・・・」
もう一度、最初から思い出して再現を試みた。
たぶん息子の感性は構造よりに働いている。
「言葉になる前の沸き上がる何かを感じてみて」と息子は大塚国際美術館で現代美術を見ながら言っていた。
息子の言う通りに、言葉になる前を意識したが、すべて感じる前に言葉になってしまった。どうやら僕は得体のしれない何かに言葉で説明して安心する癖があるらしい。
息子も妻も感性が働くが、たぶん妻の感性は、息子のソレと違って感情や情緒に接続されているのかもしれない。だから、「ママの感性は豊かだ」と表現したとたんに、過去の記憶の重なりがイメージとなって違和感なくピースが埋まったのだろう。
感性が豊かなのは、実りがあり、息づく命があり、そして繊細で、身体いっぱいに愛して、身体の全部で、心のすべてで表現をする。反対に無防備でもあり、傷つきやすく、身体を心を震わせて悲しむ事もある・・・のだとしたら、いろいろと過去の断片が線で繋がってくる。
それが妻のカタチだったのか?
息子に影響されて、だんだん感性を意識するようになり、いろんなものを感性で捉えるようになってきたら、なんの拍子か、今一瞬だけイメージを広げる事が出来て、妻のカタチが見えたような気がした。
けど、言葉にすると、たぶんまた見えなくなる。だからわからないまま感じている。とても不安定な感じだけど、今はそれでいい。
そのうち、僕の感性が追いつけば、次第に妻が見えるようになるかもしれない。そして、また見失うんだろう。見えたと思えば、また見失う。その繰り返しのような気がする。
息子の感性を知る事で、僕は今まで見えていなかったものが見えるようになってきた。息子との関係を育てる事で、妻のカタチが見え始めているのかもしれない。
まだ、わからない。
わからないけど、なんだか新しい世界が広がったように感じる。
