人の幅

世間はゴールデンウィークだけどデイサービスは通常営業だった。

スタッフの誰もがGW気分じゃなくて、テレビを見ると世間は最大16連休というニュースが流れていた。潮干狩りしている家族だったり、万博のあった舞洲でネモフィラ祭りが開催されていたり、海外旅行を控えて近場で遊ぶとか、そんな楽しそうな休暇を過ごす人々がテレビ画面に映っていた。

中山(仮名)スタッフは、そんなニュースを聞いて「ずっと雨ふったらいいねん!そして渋滞しまくって身動きとれなくなれ!」とか朝から荒れていた。

「お口が悪いざんすよ。下品きわまりないざんす。」と、アニメのセリフを真似て中山さんに聞こえるよように言うと、「お口は悪くないですよ!」と遠くのほうから、どこにいても聞こえる声量で返してきた。

「お下品だわぁ。ねぇ」と僕は、真面目で偏差値高いアメリカ帰りの堺(仮名)スタッフに言うと、堺さんは苦笑いしていた。

目次

自立に向けて

夜勤の日に息子はデイルームに21:30にやってきた。薄い色のジーンズに、草色の襟のついたシャツを着てリュックを背負っている。いつもは黒でまとめたファッションだったのに、さわやかになったもんだと感じた。

「今日は遅いんだな」と僕は息子に声を掛けた。

「もう人がいなくてね。どこも人不足なんだよ。」と息子は続ける。まるで、ずっと働いている雰囲気で話していた。働いて半月ぐらいしか経っていないのに。

「もう僕がバイトの軸で決まりらしいよ。バイトをまとめる枠ってのがあるらしくて、店長と副店長が話して、誰をバイトの軸にしようかと話し合ったらしいよ。だからたぶん、僕がバイト軸で決まるらしい。」

「へぇ。すごいじゃないか。で、どうなの?」

「どうって?」と息子は僕が何を聞きたいのかわからないようだった。

「だから、時給は上がるの?」当然、バイトリーダーとなると手当がつくものと思って聞いてみたが、息子は「さぁ?」と、まったく考えていない様子だった。

「さぁ?ってどういう事。条件もわからずバイトリーダーを引き受けるつもり?」息子のお金への無関心さに呆れていった。といっても、つい最近まで僕もお金に関心は薄かったから、偉そうなことはいえなかったのだが。

「もしかしたら上がるのかなぁ?上がったら熱いよな。うん、いくらぐらい上がるんだろう?」

「100円とか?」と僕はあてずっぽうで言ったが、だいたい50円~100円ぐらいのリーダー手当が妥当じゃないかと、本当に適当に言ったのだけど、もしかしたら月額5000円という線もありかもしれず、その場合は時給換算すると微々たる数字になる。

「マジで。100円は少なすぎるわー」と言った顔は、お金の事はたいして問題じゃないって表情だった。それよりも、息子の関心は、店長や副店長に認められたという事のほうが、よっぽど重大事項らしかった。なんだから嬉しそうで、特に副店長の八尾さんには、何度も注意を受けていたので、彼女の評価を逆転させたという喜びのほうが大きいのだろう。

「今度、新店舗の設営に行ってくるわー」と息子は言って、僕の顔を見てニヤニヤしだした。

「なるほど。それでココに来たのか。」

「すんません。」と息子は手を合わせて、腰を低くして「1500円しかありません」と言った。今は収入が無く、バイトに行く交通費だけでも往復1.080円も使うし、朝・昼・晩の食費を合わせて、金曜日に渡す養育費だけでは足らないだろうという予想はできていた。

「お給料が入るまでだからね。延長している養育費も含めて、お前に収入が入れば自立してもらわないと困るんだから。」と言って、僕は財布から10.000円を取り出して息子に渡した。

そろそろ親の役目も終わるのだろう。やっとこの日を迎えられる。

感性が働き始める

「中山さん。今日は早く仕事終われるの?」

彼女の仕事の遅さというか、目に付く仕事をかたっぱしからしようとするものだから、彼女の職責に振り分けられた仕事がどんどん遅れていった。

「え。まぁ、月末にしないといけない仕事は終わったので、早く上がれますけど」

早く上がれるだろうという予想はついていた。

月末あたりは、あからさまに余裕がない感じでパソコンに向かっていたのを、僕は見ていたし、あれだけおしゃべりなのに、まったく話さず仕事をしていたのだから。

そして、その仕事が終われば、余裕を取り戻し、いつもの中山さんに戻り「今度の日曜日に入魂式をみにいくのよ」とか、「息子がスマホを海に落としてダメにしてしまった」とか、「旦那さん(ジェンダー用語だが個人のもつ価値観を残すためあえて表現として使う)が、今日は山登りにいってる」とか、次から次へと聞いてもいないのに、僕に話しかけてきていた。

だから、中山さんの仕事は順調に終わったのだなと、僕は感じていた。以前であれば、そこまで視野が広くなかった僕だったけれど、いつの間にか、それぞれスタッフの質感を感じて、なにか気になったら話しかけて、現場の調整役がハマりだしてきていた。もしかしたら、息子に影響されて、僕も今頃成長したのかもしれなかったことが、たまらなく可笑しかった。

「じゃぁ、今日はみんなと一緒に上がってくれる。そこまでに仕事段取り組める?」

「え?いいんですか?」と中山さんはとたんにニヤケ顔になった。

「別にかまわないよ。これくらいしか出来ないからね。」と僕は表情にださず、「明日の連休最終日もこれでいくからね。」と添えて、その場を離れた。

世間が休んでいるゴールデンウィークの気分にちょびっとだけ浸る事ができた。

ジェンダー

エレベーター前で、何人か待っていたので、僕は非常階段から3階まで上がった。階段は別に苦にならなかったし、それよりエレベーターの小さな空間のなかで、他人と一緒になるほうが、よっぽど苦になった。

スマホのアプリを立ち上げて、QRコードで、僕はKONAMIスポーツジムの入館を済ませた。そして入口からロッカーへの廊下で、バッタリと懐かしい人に会った。

「なに?ひさしぶりじゃない。どうしてるのよ。」と声を掛けてくれたのは、以前僕が通っていたDV加害者更生プログラムのカウンセラーの高田(仮名)さんだった。

高田さんとの出会いは、3回の個人面接を終えて、グループカウンセリングになった時だった。2部制で、早く到着しすぎた僕は、1部のグループカウンセリング別室から眺めていた。大阪難波の船場あたりの古い雑居ビルの一室で行われていて、10名ほどの参加者の中で、高田さんが神妙な表情で座って聞いていた。この頃の高田さんは研修生みたいな位置づけだったらしいが、そんな事情を知らない僕は、カウンセリング参加者だと勘違いしていた。

女性も暴力振るうんだな、さぞかし勝ち気な女性なんだろうと思っていた。僕より8つぐらい年上の女性だろうと思う。

「なんで最近来ないのよ?みんな待ってるわよ。」と、あか抜けた感じで話すのは、全く変わっていない。

言いたい事を自由に話す彼女は、勢いだけでなんとかしようとする性格で、高田さんがファシリテーターのグループカウンセリングの回は、いつもグダグダだったが、僕はその無計画さがとても気にいっていた。

「いやぁ、もう学べる事は学んだから、卒業でいいよ」

実際に、暴力がどういった構造になっているのか、暴力に繋がっている価値観がジェンダーそのものだというのも学び、自分の振り返りもあらかた終わって、血となり肉となった今となっては、わざわざ3.000円を払ってカウンセリングに参加する価値も薄れていったし、それならば、その3.000円を競馬に振り分けたほうが、もしかしたら大金に化けるかもしれなかった。化けた事は今一度としてないが・・・。

「で、どうなの?」と目を覗き込んで、高田さんは、まるで疑うように僕を見ていった。

「まぁ、ぼちぼちかなぁ。息子の自由を奪っていないし、今のところ問題ないしなぁ」と近況を報告すると

「ちがうわよ。もし偶然、パートナーさんと街で会う事もあるでしょう。その時に、ちゃんと出来るの?って聞いてるのよ。」

高田さんは、相変わらず非暴力視点で、どうしたら暴力をなくせるか、という事に多くの事例に触れて、勉強もしていていたからこそ、非暴力の実践が一筋縄でいかない事も知っていた。だから念を押して更生者の僕に対して強く言った。

「まぁ、彼女にとってどういう存在でありたいかを軸に考えてるよ。」

「存在って、どういうふうに?」

そうそう、この感じ。僕は久しぶりに会った高田さんの質感を思い出してきた。彼女と話すと、突っ込んで突っ込んで、僕の非暴力へのほころびを見つけては、僕の目の前に差し出して「これはなに?これがダメなのよ。」と睨みつける。

「パートナーさんにとっての安心だよ。心理的安全と安心感がなけりゃ、関係は育たないって、高田さん言ってたろ?」

「そんな理屈じゃなくて、出来るの?って聞いてるの。」

相変わらず、手厳しい事をポンポンと畳みかけるように話してくる。この真剣味に僕は心うたれてしまう。この熱さは嫌いじゃない。

「出来るかどうか、相手がある事だからさ、コントロールできないしね。最低限、圧にならないようにはするし、もしダメだと思ったら物理的に離れるよ。エスケープだったよね。」

あのグループカウンセリングで学んだ事は、ちゃんと覚えているよ、と高田さんを安心させようと、僕はエスケープという専門用語も使って答えた。

「コントロールしようとしちゃダメよ!」と間髪入れずに言葉を投げてきた。まるで子どもに言い聞かせるように。

「はいはい。お嬢様の言いつけどおりに。」と笑っていうと

「そのお嬢様ってジェンダーよ!女性軽視よ!わかってる?」とか言うので

「わざと言ったんだよ。わ・ざ・と」と、僕は運動する前から疲れてきた。本当に良く口がまわる人だった。だけど、こうやって心配してくれて、気を掛けてくれるんだから、有難いと言えばありがたかった。

Zoomカウンセリングでも、高田さんと僕はこんな感じだった。10名ほどの参加者がいるなかで、回線を僕とのやり取りで占有してしまう事もしばしばあった。高田さんは場のムードメーカーとして僕を見ていたので、かなりヘビーな話や、重苦しい空気になった時は、きまって僕に話を振ってくる。

そんな時は、非暴力への決意を加害者である僕から話す。同じ目線から話される非暴力へのいろはは、参加者からすると聞きやすい。カウンセラーから上から言われる言葉に反発する参加者もいるので、その時は高田さんとの連携が始まったわけだ。

それにKONAMIのダンス教室で一緒だったので、(コロナで予約制になってから僕は参加していないが)なんだか気心知れた感じで気楽にやれたし、それもあっていろいろと気にかけてくれる間柄になっていた。

「帰るんじゃないの?雨が降ってるから気をつけてね。」と右手を差し出し、道を開けて、少しお辞儀をすると

「ホントに頑張んなさいよ。変わったところを見せなさいよ。男でしょ!」と僕の前を通っていった。ジェンダー、ジェンダー言う割には、最後の「男でしょ」ってのが気になったが、一連の会話で、すっかり血圧が上がってしまったので、はやく着替えてストレッチを入念にして、呼吸を整えようっと思った。

しかし、別れた妻と偶然に会うなんて事があるのなら、この7年の間に1度でもありそうなものだけど、たぶん、そんな偶然はこれからも起こりそうにないように思った。

たぶん、もう会う事はないよ・・・と、エレベーターへ向かってゆく高田さんを見ながら、心の中で言った。

人の幅

「4.000万円飛ばしてもうた。」

解体事業の解散を決めた佐藤さんは、そう話したが、僕はその額の大きさに実感がわかず、ただ数字だけが耳の奥で残った。

「すごい数字だね。というか、そんな負債があったの?仕事ちゃんと回ってたじゃん。」

「人件費が出てるだけじゃやってられないねん」

安く買いたたかれた挙句に、税金で絞られて、キャッシュフローがショートしたという話だった。会社の保証人になっている佐藤社長は、ドミノ倒しのように吹っ飛んだわけだった。

「まだ終わってないから。まだまだ這い上がるから」という佐藤さんは、手を波のような動きを指せて言った。

「そうだね。わかってるよ。」と心中を推し量り続けた。「諦めなければ、何度でも這い上がれると思うよ。」と、離婚した当時の事を想い出していた。

「たぶん話は伝わるから、これから祭りの仲間にマウントとられると思う。」と佐藤さんは、冷たいハイボールを飲み干した。

その佐藤さんの予想は、たぶんというか、きっとその通りになる。今まで、祭りという地域コミュニティーのなかで、他人の失敗ほど、尾ひれ根ひれがついて話は広がったし、「だから言ったやろ」とか、「お前には無理なんや」とか、つまずいた人に追い打ちをかける風土があった。

「自己破産の経験が、今後の幅をどう広げるんだろうね。たとえ悪い経験でも、普通に生きてて滅多に出くわす体験じゃないよ。」

僕は、自分がその立場でいる事が想像できなかったし、想像出来ない事は体験も難しいのだろうなとも思う。安全に生きるからだ。イメージ出来る幅が、その人の幅というか器になるのかもしれなと思った。

「今、一番底辺にいるからな。ここからどうやって上がるか考えるだけや。」

やる気を失っていないようなので、このまま見ていても大丈夫そうだけど、僕はこの心境で復帰の道を考えるより、まずは何が課題なのか洗い出す事のほうが大切だと思って聞いた。

「で、何が悪かったの?」

「国が悪いんや!」と、佐藤さんは相変わらず、他人や環境のせいにした。赤字企業にも消費税をとる仕組みは、僕もおかしいとは思うけども、そこはみんな条件は一緒だから、それを言っても仕方がない。

「そうじゃなくてさ・・・」と言ったら

「全部、国の仕組みがおかしい!」と、すでに酔っ払いだった。どうやら逃避中だった。それもいいだろうと思う。今は、ひとまず自分を立て直すために、いったんコンフォートゾーン(安全地帯)に逃げ込む時期もあっていいと思った。

この波を乗り越えて人は幅が広がるのだとも思う。飛ばしてしまった金額が大きいほど、また上ってゆく時の成果も大きいのだろう。

沈み込めば沈み込むほどに、見える景色も体験も希少なものになるのだから、その体験そのものが立派な資産だと思った。

佐藤さんの妻の恵理さんは、話を横で聞いていて、終始不安な表情だった。

真田丸

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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