いつものように、営業が終わり、パチパチとパソコンを叩く音だけが響いているハズだったが、中山(仮名)スタッフが、音声入力をしているので、横でぶつぶつと話す声が聞こえてきていた。
そのぶつぶつ話す独り言に、僕は集中力を切らして、僕は半ば仕事を諦めて「眠いなぁ」とつぶやいていると、デイルームのドアがガラガラと空いて、息子が入ってきたと思ったら「今日は無双してきた。」とだけ言い、僕に親指を立ててきた。
「なに?無双って?」と中山さんが息子の話に食いつく。彼女は息子の事を気に入ってくれていて、今日はどんな面白い話が聞けるんだろうと、まつげパーマしたちんちくりんの瞳を、これでもかと開いて、興味のまなざしを息子に向けていた。
「外人のお客さんに服を売りまくってきた。」と短く言って、中山さんが「えーー すごーーい」とリアクション多めに驚いてみせた。
「店舗にくる8割が外人で観光客だから、英語で話しかけて、レジまで連れていく。この繰り返し。」と得意満面の表情をして、立ったまま話し続けた。いつもの「メシいこーぜー」ではなく、仕事の話を息子は夢中になって話していた。
父の感心
息子の身体からは勝利の狼煙のようなものが立ち上がっていて、はやくも仕事への手ごたえを感じているようだった。僕はそんな息子を見て、その武勇伝の詳しい内容を聞きたくてたまらなくなった。
「外人のお客さんの接客をして、服を買わせているって?」
いつもの調子づいた息子だと僕は思って問い直していた。そう、いつものように。
「そうだよ。雨が降っていたから、防水の服が欲しいっていうカナダ人がいたからさ、防水関係の服を教えてあげたんだよ。」と息子はサラリと言ったが、僕は聞き洩らさなかった。
「ちょっとまて、なんでカナダ人ってわかるんだよ?」
お客の国籍まで知ってる事に違和感が立ち上がり息子に問うと
「観光客だからさ、日本はどう?とか聞くじゃん。その流れでどこから来たのとか聞いたらカナダ人だって言ってたよ。」
なんとも奇妙な話だった。単なる接客なら、そんなところまで踏み込んで会話をしない。だけど、息子の接客は、どうやら接客のそうではないらしい。
僕は少し興味がでて訪ねてみた。
接客の核
「英語でなんて話しているんだよ?」
外国人と英語で接客しているのはわかった。だけど息子の接客はどうやら癖がありそうだった。その癖が何かを知りたくなった。
「まぁ、服の話からかな。どんな服をお探しですか?(What kind of clothes are you looking for?)とか言うかな。」
まぁ、それは普通の事だけど、そこから、どうやってプライベートな話まで行く?その道筋が僕にはさっぱりわからなかった。
「そこから、日本はどう?楽しんでいる?(How’s Japan? Are you having fun?)って雑談するわけ。そこから話はいろいろあるけど、どこか美味しい店を知っているか?(Do you know any good restaurants?)とか聞かれたら、表通りの店は辞めといたほうがいい。観光客を狙ってあり得ない金額とられるから、裏路地のほうの店にいったほうがいいとか教えるんだよ。」
息子は、日本人でしか知り得ない情報をお客と会話しているようで、どうやら客として見ているけども、この人はどんな考えを持っているんだろうという興味のほうが勝っているようだった。息子のフレンドリーな対応に、お客も心を許すのだろう。
「つまりあれか。雑談からお客の心をひっぱるわけだな。」
「そうそう。だってそのほうが楽しいじゃん。それに英語だと副店長の八尾さんもわからないから、マニュアルうるさく言われないしね。」と息子はケタケタと笑って言った。
物怖じしない性格がプラスに働いていた。外国人ってだけで、普通は話しにくいものだけど、英語を話せるにしても、積極的に声を掛けて、どこから来たのかとか、どこを観光したとか、楽しめているかとか、そんなフレンドリーな会話が、観光客にとっては現地の親しみやすい人に、息子はなっているようだった。
「そこから、お前の名前はなんていうんだ?(What’s your name?)とか言われるからさ、自己紹介して、どんな服を探しているの?って本題に戻るんだよ。すると、ズボンでも、Tシャツでも、似合うものを探してくれ(Find something that suits me.)とか言われるからさ、この店はいろんなパターンの服があるから、客の体格や骨格を見ながら、ちゃんと説明するわけ。」
「それって、パパにスリムフィットチノのほうが似合うよと教えてくれたみたいにか?」
以前、僕が中山さんが履いていたパラシュートパンツという裾の広いズボンを買おうと思っていた時に、僕の体格から「それは似合わない。こっちのほうがパパは似合う。」と適格なアドバイスをくれていて、それと同じような事を、親しくなった客に提案していた。


「そうそう。服づくりで学んだパターンを活かしてさ、その人の骨格に合わせた服を提案するんだよね。雑談から始まったところで、互いの事がわかっているからさ、ありがとうって言ってめっちゃニコニコして帰ってゆくんだよ。なんでだろうね。」と少し不思議に思っている息子だった。
「それりゃぁ、観光に来て現地の人と話をするのは面白だろう。俺たちがグアムに行った時も、美味しいハンバーガー店を教えてくれて、それを食べに行ったじゃないか。それと同じ事が起きているんだろ。」
「なるほど」と息子は合点がいったようだった。
逆転する評価
「無双してきたよ。」と息子が言っていたのは、どうやら外人と雑談をして、短い間に信頼を勝ち取って、そして服を提案して、買い物かごの中に服がどんどん詰め込まれて、そしてレジへご案内というところで、観光客と息子が店長のいるレジに現れるわけだった。しかも、それが1度や2度じゃなく、何度も何度も息子は外人を連れて、一緒にレジにいくわけだ。
そこで店長が、否応なく息子の仕事ぶりを、見せつけられることになる。
「店長がさ、なにが起こっているのかわからないって顔でさ、仕事の手をとめて、こっちを見てるんだよ。」と息子はケタケタと笑って話した。
息子の話を聞いて、僕は手を叩いて「痛快だな!」と、店長の表情を想像して、身体がよじれるほど笑った。
「たぶん副店長から仕事出来ない子だと報告受けてるけど、実際に見たら 「え? どういうこと?」 って感じだと思うよ。マジで混乱してそう。」と、実際に店舗の雰囲気は混乱してそうだった。
店長だけではなく、副店長も、そして今まで働いていた社員も、バイトも、「こんな型破りな動き方ある?マニュアルそっちのけで売り上げに貢献してるわ・・・」っていう、前例のない動きを息子はしていて、現場は混乱しているのだろうと想像ができた。
これが吉とでるか、凶とでるからは、この時点ではわからない。
賞賛もあるだろうが、もちろん嫉妬もある。これがこの先に、どんな人間関係の摩擦を生むのか、僕は多少の不安もありつつ、息子の話を聞いていたが、心の底から湧き出る息子の無双感が、ひとまずの僕の不安を吹き飛ばしてしまった。
知性の片鱗
ライカー副長「これはパパの予想だけども、八尾さんは、お前の事を仕事のできない人だと店長に報告しているかもしれない。で、それを聞いた店長はお前を観察する。八尾さんの報告が真実か、自分の目で確かめるからだよ。」
以前、僕は今後の展開の推察を息子に話していた。—(うまくいけばいいけれど・・・)を参照—-
「店長さんは、観察したのちに、お前に接触してくるだろうよ。その時に話す内容は、今から考えておけよ。」
と、僕はその時に息子に心の準備をしておくことをすすめていた。
「なるほど。自分から話すんじゃなくて、聞かれた時に自分の考えを話すわけだね。」と息子は、僕の伝えようとしていることを、いつもの勘の鋭さで理解していたようだ。
◇
そして、今回は僕の予想どおりに事が運んでいた。
「パパが言うように聞かれたよ。なにか気がついたことがない?って。だから考えていた事を話したよ。この店舗はほとんどが外人で、大柄の人がくる。サイズによっては取り寄せになって、それを伝えると、じゃぁいいよって帰ってしまう客を数人見た。つまり売れるのに、売る事が出来ないという機会損失が生まれているので、大きいサイズもある程度は在庫を抱えておいたほうが良いと思います。って。」
息子が現場で肌感覚で悔しい想いをした体験談なんだろう。せっかく良い仲になって、服の提案をしてたときに、サイズがない。みすみす売り上げを逃してしまう、という苦い経験に基づいた考察だった。
「店長は、目を丸くしてさ、そんな事、考えた事もなかったと、驚いていたよ。」っと、息子は店長の反応を話してくれた。
息子は型破りなスタッフで、しかも成果を出している貴重な価値を生むスタッフになりつつあった。この店舗で売り上げに貢献できる息子のもつ強みは3つもある。その3つがしっかりと織あげられて丈夫な軸になっている。
- 物怖じしないで外人に話しかけに行く
- 英語が話せるからコミュニケーションがとれる
- 服のパターンの知識があるから似合う服を提案できる
今までの経験が見事に活かされていて、もう僕の出る幕はなかった。あとは息子の活躍を眺めるだけの父親だった。僕になにも出来る事はない。
父親として、少しばかり寂しかったが、これでいい。息子は僕を越えて未来を切り開いてゆく。
思いもよらない視座の転換
「新店舗に配属されるバイトは30名いるんだよ。たぶんもっと増える。」
息子は、今の研修先を離れて、新店舗に移る。店長の溝口(仮名)さんと、副店長の八尾(仮名)さんと、バイト30名ほどの規模だった。この規模でもすごい事だけど、営業時間が長いために、バイト30名でも足らないようだった。
「そのバイトの軸になりそうなんだ。もうLINEの連絡係になっていて、バイト全員に連絡するのが僕になってる。」
と、息子がそんな話をしたものだから、僕は「え・・・?」と、聞いて唖然とした。思った以上の話になっているようで、ホントに言葉を失った。
「たぶん店長はバイトの軸に僕を考えていて、たぶんバイトリーダーみたいな役割になってくると思う。」
そう息子は言った。その瞬間、僕は「こりゃマズイ」と思ったと同時に「ここで息子は化けるかもしれない」とも思った。
息子は、今はマンパワーで突っ走っている。そこからチームの設計をする立場になるという話になってきていたので、息子の性格で果たしてそれが出来るのか?
なまじ自分が仕事を出来てしまうので、他の人にも同じクオリティーを求めてしまうだろう。すると、なかなか息子には辛い未来が待っていそうだった。
勝負どころ
僕の心配がわかったのか、それとも、息子が自分のことを俯瞰できていたのか、さらに息子は続けた。
「ここからなんだよな・・・」と。
そうつぶやく質感は、今までの無双した息子の勢いはなく、表情は硬く不安が入り混じっていた。
「お前、わかってんだな。今のままじゃまとめられないってことを。」と僕は息子の表情を推し量り、息子の今の気持ちを言葉にすると、ホントに気弱になった息子が、自らの不安を隠さずに吐露しはじめた。
「僕の課題は、人間関係なんだよ。今までひとりでやってきた。それでうまくいったんだけど、バイトリーダーになるとなれば話は別だと思う。お前なにやってんだよ!って詰めてしまうかもしれないし、イライラするかもしれない。」
息子はこの先の障壁を見据えて、越えられるのか、不安いっぱいな弱々しい声になっていた。
「そうだな。ここからが本当の勝負だな。」と僕は、それ以上なにも言えなかった。








