あの日あの時


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孤独の風景

気持ちの良い風が吹いていた。山すそをなぞって吹き上げる風は、お茶の葉の香りを運んでくる。空を見上げれば、白い雲がゆっくりと、こちらに向かってきて、そして通り過ぎてゆく。

小さな舗装されていない道には、落ち葉などでふかふかになっていたが、人の歩くところだけ、踏み固められて土の地肌が見えていた。だから僕は迷う事はなかった。そのままどこへ向かうかわからない道を、好奇心とともに歩みを進めていた。


親しい知らない人

窓の外は、目まぐるしく忙しそうだった。田んぼや畑が流れて、車も人も小さく、ゴーンゴーンと静かに音が響いている。時折、トンネルに入り窓ガラスは車内を映し出す。僕は久しぶりに乗った東海道新幹線で静岡に向かっていた。

ネットで知り合った人と、実際に合うのをオフ会と言うらしかった。その他に、退席している事をROMといったり、この会話は誰宛ですよという記号で、「>」を使うことだったり、目新しい情報を、チャットをしていて結構覚えた。

旧公園というサーバーで、集まった人たちは、個性が強く、なかなかに灰汁もあった。時間を忘れて「さぱり」という動物チャットに入り浸るようになって、次第に顔の見えない親しい人ができて、実際に会いませんかという事になり、誰がどんな人数参加するのかわからないまま、僕は「参加するよ」と返答したのだった。

普段であれば、見ず知らずの人が集まるところに出向かないのだけど、僕自身も意外な自分の選択は、後から考えてもわからない。勢いで吐いた返事は、いっきに現実味を増して、いつのまにか新幹線に乗っていた。

静岡に着くと、すっかり日は落ちていた。仕事終わりでの移動だったので、この時間になった。参加者は昼ごろから、ポツポツと着いていたハズだが、僕には状況が全くわからない。なにぶん、ネットで出会った人に実際に会いに行くなんて経験が、今まで無かったからだ。

静岡駅まで迎えに来てくれた人も、ネットだけの繋がりで、どんな人だかチャットだけの情報しかなく、なんとなく軽トラに乗せられて、目的地まで来る事が出来た。移動している時に聞いたのだが、驚くことに、九州から白の軽トラで移動してきたということだった。変わった人がいるもんだと、ネットの世界の広さを知った。

今晩、宿をお世話になり、ネット友達が集まっている寺に入り、靴がたくさんある玄関を見た時に、緊張が沸き立った。結構なたくさんの人がオフ会に参加していて、これが普通なのかわからなかったが、この状況に身を置くのは、僕にとっては未知の世界だった。

知らない人と会うのは、いつもながら呼吸は浅くなった。

廊下を抜けて、引き戸を開けると、大広間に何十人という規模の、見知らぬ人がいて、その見知らぬ人は一斉にこちらを見た。血が逆流して血圧が上がり、僕は目の焦点が合わずに、誰の顔を見て良いのかぐるぐるした。

ここの住職が僕に笑いながら近づいてきて、何を話したのか覚えていないぐらいに、慌てて言葉を返した。僕は平静を装ってはいたが、頭の中は多くの声を処理できず、すべてを拾っていたために、混線状態だった。

いろんな人が、僕に話しかけてきたが、顔は知らないわけで、初めましてだ。チャットで、たぶん話した事はあるのだろうが、誰が誰だかわからなかった。

心臓が爆破しそうなぐらい鼓動は早く打っていたが、通されるままに、そして食事を頂いたハズだが、たぶん喉を通らなかったのだと思う。ほとんど食べずにビールだけを飲んでいただろう。

唯一、ハッキリと覚えているのは、
あの羽織着物を来たショートカットの女性だった。

僕が席に座ると、人と人の間から急に現れて、瞳孔をめいっぱい広げながら僕を見て話をしてきた。

僕はどう答えてよいのやら、わからなかった。


輪と距離

そこからどう過ごしたのか、記憶は曖昧なまま、朝を迎えた。

数少ない記憶の断片のひとつに、男女が台所でわいわい話していた。だれだれの焼いた卵焼きが美味しかっただの、誰が誰と付き合っていただのと、まるで大学のサークルのノリで話していた。

このノリが僕には波長が合わず、左右逆で靴を履いてしまったような違和感が立ち上がる。台所にはお茶をもらいにきただけで、逃げるように場を去った。

そして昨夜の大宴会が開かれていた、大広間に移動したが、ここでも話の輪には入らなかった。確か、仕事の話でもしていたのだと思う。いや、車の話だったか。なんにしろ、僕には到底興味の持てない話題だったし、それ以上に、どうも居心地の悪い僕は、ひとり散歩することにした。


他人との比較

ボーリングをしていたりすると、ストライクを取るとハイタッチをして、「ナイっすー」とか、「すげー」とか、みんなは立ち上がって喜び合うもんだが、僕は椅子に座ったまま拍手している。

カラオケで半狂乱で歌って、酔った男女は、冗談でキスを迫ったり、抱き着いたりしていたが、僕はひとりぶん距離をとり座ってマイクを握って歌っている。

高校の修学旅行で、事前に組まれたグループで動き、観光地で撮影し合っていた。僕はグループから外れて、ひとり行動して先生に注意されたりして、仕方なくつかず離れずの距離で観光地を巡ったので、友達と写っている写真は、ほとんどない。

友達が付き合っていたのが女性警察官で、交通課に所属していた女性を紹介された。4人でプリクラを撮影したが、僕だけ愛想笑いになって、若干離れて写っていた。

いつからという訳でもなく、僕は人との関係を築くのが苦手で、周りのノリについていけない。楽しいとも思わない。ただ合わせているだけだ。だから、お寺で初めて会う人との輪の中にも、なかなか入っていけず、どこにも居場所がないように感じられた。

僕と話していても面白くないだろうと感じていたし、相手に気を遣わせるだけなんじゃないかとか思っていた。この心の流れは、ありのままの自分を受け入れられていない生き方、そのものにあったし、劣等感が、他人と話す時に、僕の身体をこわばらせた。


細い道

僕はあの居場所のない寺のドアを開けて、「さぁ、どこへ行こう。」と息を深く吐いた。このそわそわした浮足立った質感を、なんとか落ち着かせてやらないと息が詰まりそうだった。

町から寺に繋がる階段が長く下へ延びている。上から見下ろすと、なかなか風情があった。とりあえず、この階段を降りてみるかと、一段、一段降りるたび、足取りが軽くなっていった。

どこをどう歩いただろうか、呼吸が整う頃には、僕はアスファルトの道の終点に立っていた。舗装された道から、伸びているのが山道のようだ。そう険しい山道でもないらしい。比較的に幅がある道で、車でも通れそうな道だった。

僕は好奇心から、この道はどこへ続くんだろうと、ひとり登ることにした。

帰りの道さえ覚えておけば、大丈夫だろうと足取りは軽快だった。


風が運んできた気配

車が通れるほどの幅のあった道は、次第に細くなってくる。人が使っている気配があったので、そのまま進む事にする。するとふっと開けたと思ったら、背の低い、そしてキレイに整頓された茶畑に出た。

初めて見る光景に、息をのむ驚きがあり、とたんに心が色づいた。一気に気持ちが踊りはじめた。「すごいな。これは。」とため息が出るほど、茶畑の景色は素晴らしかった。

農作業をしている人が、ちらほらといて、畑に迷い込んだようだったが、上のほうまで道が続いているのが見えたので、邪魔にならないように、登ってみることにした。もし注意されたら「ごめんなさい」と引き返せばいい。

しばらく行くと簡易な小屋があった。なにかの道具でも収納する小屋らしかったが、そこにたぶん小学生ぐらいだろうか、小さい子どもが泣いていた。近くには母親らしい女性がいて、転んだのだろうか、「大丈夫、大丈夫」と頭をなでていた。たぶんこの畑の人なんだろう。ジーンズにラフなカッコをしていた、その女性と目が合い、ニコリと会釈をして、子どもは泣き止んで、僕を物珍しく見た。

僕はこの女性と子どもと別れ、さらに上を目指して歩みを進めた。茶畑の中には入る事は出来ないけれど、雰囲気や、キレイな緑を眺めているだけでも、静岡に来た甲斐があったと思った。出来る事なら、茶葉を積むところを見てみたい気はしたのだけど。

見える限り登ってきたので、歩いてきた道を振り返り、風が運んでくる茶畑の香りを吸い込んだ。鼻腔から気持ちのよい刺激が、全身に伝わってゆく。そして、下へ段々と降りてゆく茶畑の向こうには、キレイな富士山がそびえたち、そのふもとには東海道新幹線が走っていた。

300キロで走る新幹線が、遠くから見れば、ただの白く長い列車だ。ゆっくりと走ってゆくように見える。あの忙しい車窓が、ここからではウソのようだった。

茶畑のなぞるように、再び風が吹き上げてきて、茶葉が揺れてササササと音が鳴る。なにかのオープニングのように、茶葉が舞い上がり、風に乗ってうねって消えてゆく様を想像していた。

風に乗ってきた気配に、茶葉が奏でている。
僕は耳を澄ませて聞いていた。

夜行

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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