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1月26日「文化財防火デー」世界最古の木造建築が燃える

1月26日は「文化財防火デー」です。

昭和24年1月26日に現存する世界最古の木造建造物である法隆寺の金堂が火災に見舞われいています。

法隆寺

この火災が関係者に大きな衝撃を与えたのは、世界遺産に登録されている建築物だからです。

法隆寺は聖徳太子が607年に建立されたと言われています。一度は焼失して同じ場所に再建されているそうですが、世界最古の木造建築物であることには変わり在りません。

法隆寺の文化的価値を守ろうと、昭和9年~昭和60年の長い時を得て「昭和の大修理」をしたようです。それくらい力を保存に力を入れる大切な建築物だという事です。

奈良の底力

各地の文化財は度重なる戦火などで焼けてしまったものもあります。例えば織田信長の安土城などです。何度も繰り返される戦のなかで兵火に見舞われる建築物があるなか、法隆寺は無事だったようです。理由は地元民の底時からがあったようです。法隆寺を守るという地元の兵士の力が一番の大きかったようです。

地元民の団結力は法隆寺を守る事に繋がっていたようです。

徳川政権でも奈良は治めづらい土地だったようです。古来からの都というプライドが「簡単には言いなりにはならない」という風土を育てたのだと思います。

十津川郷士の活躍

これには十津川郷士などの存在が大きいようです。米のとれない土地に住んでいるので室町時代にも守護の支配下に入らず、豊臣秀吉が行った太閤検地にも年貢が免除されたり、支配を受けずに独立した郷士なのだそうです。

地の利

これは奈良県の地形の特殊性にも関係しています。百を超える1000m級の山々が連なり、この土地を平定するにも困難な土地でした。そのなかで攻めにくい土地として敬遠されてきたのかもしれません。現代でも人口の多い近畿地方でも思うようには開発されていません。

法隆寺金堂の火災

昭和9年~昭和60年に「昭和の大修理」を行っています。その間に火災が起こるのです。

金堂の壁画は日本の仏教絵画の代表作として国際的にも重要な壁画でした。ですが、1949年(昭和24年)壁画模写作業中に火災が起こります。

黒こげになった旧壁画(重要文化財)と柱は現存していますが、収蔵庫に保管され非公開になっています。

解体修理中の火災だったので、それ以外の文化財である仏像などは燃えずにすみました。

金堂の壁面に描かれていた仏教壁画ですが、7世紀後半~8世紀初めに描かれたものだと言われています。作者は不明。インドのアジャンター石窟群壁画、中国の敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)壁画などとともに、アジアの古代仏教絵画を代表する作品の一つでした。火災前に模写が制作されていたので、火災後には壁画再現事業で完全再現されています。

出火元は電気毛布の可能性が高いのですが、ハッキリした事は現在も謎のままだそうです。

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