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2月10日「海の安全記念日」アメリカ軍はいいかげん

全国水産高校長協会が制定した記念日です。

2001年(平成13年)のこの日、愛媛県立宇和島航行の実習船「えひめ丸」とアメリカ海軍の原子力潜水艦「グリーンヒル」が衝突し、えひめ丸35名のうち9名が死亡するという事故がおこった。

原子力潜水艦「グリーンヒル」は、ソナーで「えひめ丸」の存在を確認していたものの、当時16名乗艦していた民間人の対応に忙しく、十分な安全確認をせず浮上。「えひめ丸」に衝突して5分後には「えひめ丸」は沈没することになった。

積極的な救助活動は行われず、アメリカ海軍が早々に捜索を打ち切ろうとした。現場に派遣されていた桜田義孝外務大臣政務官が「捜索を打ち切ると言われたから断ると言ってやった」とアメリカ軍との温度差が伺えた。

当時は森喜朗首相。第一報が入った時点からゴルフをプレー中であった。日本人が海に掘り出され行方不明になっている事実や、相手がアメリカ軍であったことも理解出来ていたにも関わらず、そのままゴルフをプレーし続けたということ。これは国民からの反感を買い「支持率8%・不支持率82%」まで落ち込み、参院選では戦えないと辞任に追い込まれた。

一方、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュ大統領は、「事故の責任はすべてアメリカにある」と謝罪した。20年後にはグリーンヒル元艦長が遺族に謝罪を行っている。

同じような海難事故として、日昇丸事故があげられる。

1981年4月9日にジョージワシントン級原子力潜水艦が浮上してきて、貨物船日昇丸に衝突。日昇丸は15分後に沈没したが、救助を行わずジョージ・ワシントン級原子力潜水艦は立ち去った。

救助を行ったのは海上自衛隊であった。事故から13日経って日昇丸の船長の遺体が見つかったが、死後2日ぐらいの状態であった事から、口封じのためにアメリカ海軍に暗殺されたのではなかという憶測がされている。この事故における詳しい内容は、機密保持のため闇のままである。

海難事故として古いものとしては、坂本龍馬率いる亀山社中の「いろは丸」である。「いろは丸」という運搬船と、徳川御三家のひとつである紀州藩の軍艦(明光丸)とが衝突した事故。

明光丸の航行中に見張りを立てず、いろは丸の横船体へ突っ込んだ。一時はバックしたものの、再度前進して再び衝突。いろは丸は機関部が損傷し自力航行できなくなり、明光丸にけん引されたがしばらくして沈没。亀山社中の請負った積荷ごと海の中へ沈んでいった。

賠償責任問題で坂本龍馬率いる亀山社中と紀州藩の話し合いがされたが決裂。明光丸は話し合いを振り切り出航してしまう。後を追いかける坂本龍馬は、土佐藩の後藤象次郎へ連絡し、土佐藩VS紀州藩の話し合いにして賠償金の交渉にあたる。

当時の国際法であった「万国公法」で紀州藩の過失を追求し、いっかいの脱藩浪人が徳川御三家「紀州藩」から肺病金を引き出したのは痛快であろう。

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