月曜日のお誘い
デイルームには、営業終わりスタッフが帰った後の、中山(仮名)と僕がいた。記録をパソコン打ちする時間になる。
デイルームには8つの蛍光灯があるが、最近の電気代高騰に伴って、営業が終われば、8つのうちの5つは消し、僕と中山の近くの3つだけ点灯している。壁の全面がガラスで、外の明かりが拾えるから、それでも十分明るかった。
僕のスマホが鳴り、見ると「佐藤」と書かれてあった。すぐに呑みの誘いだなとわかり、出るとやっぱり呑みの誘いだった。「三徳にいるからおいでよ」と、呂律が回っていなかったから、もうすでに酔っているようだった。
「なんでこんなに早く店にいるの?」
彼は豊中で解体しているハズだった。だけどもう戻ってきていて、居酒屋で出来上がっているので聞いてみたが、「もう昼間から飲んでるねん」と、平日の月曜に昼から酔っぱらいをしているようで、なんとなく状況がつかめた。
「仕事が終われば、いきますわ」と僕は伝えて電話を切った。
雨のドライブ
フロントガラスに雨粒があたり、ワイパーがふき取ってゆく。中山(仮名)さんは、ハンドルに身体を近づけて、背中を直立にして運転していた。
「なんでシートにもたれないの?」
仕事終わりに中山さんに三徳まで送ってもらっていた。助手席に乗せてもらうのは、何度かあったが、シートにもたれず直立で運転する姿を見るのは初めての事だったので聞いてみた。
「寒いから手をお股で挟んでいるんです」と中山さんは笑っていた。「それに見て、これ」とアクセルに足先でかろうじて届いている姿を見せて、また彼女はニッコリ笑った。
背が低いと足も短いのは、骨格の比率そのものだったけど、それよりも、ピンと伸ばしたその足が、おもちゃみたいな滑稽さを醸し出していて、腹の底から笑いが込み上げてきた。すっかり暗くなり、テールランプに照らされて、赤く染まった顔を見ながら互いに大笑いした。
ゲラゲラと車内には笑い声が響き、道中は終始そんな感じで、車道脇に停車した。「いつも悪いね。ありがとう。」と彼女と別れ、僕は三徳ののれんをくぐった。
いつもの話
すっかり酔っぱらっている佐藤さんは、「やまちゃん。女紹介したるから、今から電話する。」とテンションが高かった。酔っ払いの相手はこんな感じなのかと、早く僕も酔ってしまわないと、シラフで酔っ払いの相手は苦行だと思った。
横でオレンジジュースを飲んでいる佐藤さんの妻の恵理さんは、よく僕ら酔っ払いに付き合っているなと感心する。
「余市でお願い。」と僕は見慣れた女性店員に言った。「いつもの感じでいいですよね。」と僕のジャンバーをハンガーにかけながら言ったので、「いつもより濃い目で」と付け加えた。
息子ぐらいの年齢の若い女性店員とは、スポーツジムで何度か会っていた。ジムには母親と来ていて、母親とはとても仲が良く見えた。僕の娘も母親とは仲が良かったが、今頃どうしているだろうと娘の影がよぎった。
「やまちゃん。もう忘れや!未練は断ち切らなアカン」と言い、「電話するで」とスマホを持った。本当に電話しそうな勢いというか、酒の勢いもあるのだろうが、面倒な話をしないでくれと思い、「電話したら、帰るからね。」と佐藤さんの目をしっかりと見た。
「やまちゃんは、良い男やねん。」とか、「別に付き合わなくてもいいねん。飲み友達ぐらいで女友達つくっとけ。」とか、「大人しい良い子やねん。やまちゃんに絶対に合うから」とか、「もうやまちゃんの写真を見せてるねん。向こうはいいよって言ってる。」とか、本当にうるさかった。
佐藤さんが同窓会に参加したときに、久しぶりに会った人だということだ。佐藤さんのグループではなく、真面目なグループでいた女性だったという話で、それで僕に紹介しようという訳で、佐藤さんが勝手に盛り上がっているという具合だ。
「やまちゃん。もう忘れや!時間が勿体ない。」と、話は始めに戻ったようだった。
「はい。濃い目でつくっときましたよ。」と僕に冷たいグラスを差し出した女性店員から、ハイボールを受け取り、「ありがとう」と受け取り、佐藤さんと恵理さんに乾杯をしてから、ひと口飲むと鼻の奥までツーンとスモーキーな香りが突き抜けた。
あぁ、これこれ。
繰り返される話にうんざりした気分だったが、スモーキーな余市は僕に幸せを思い出させた。
1杯目を軽く飲み干して、通路のほうへ視線を移すと、目が合った店員が「おかわりですね。」と笑った。それを聞いて「もう常連さん扱いだな」と僕も笑った。

今の幸せ
いつも2杯目までは余市のハイボールだ。白州でもなく、山崎でもなく、余市じゃないとダメだ。独特の香りが立つ余市が最高に美味しいと僕は思っている。紅茶でもアールグレイの香りがないと味気ない。ダージリンじゃダメなんだ。
そろそろ僕のターンだなと「僕は未練なんかないんですよ。」と佐藤さんを見て、本当に未練がないのか実は怪しいなと思ったが、ただ追いかけてはいないよな、と自分で自分に納得しながら言った。
「最近はね、息子を見ているだけでいいんですよ。」と言ったが、酔っ払いは人の話なんて聞いてやしない、「やまちゃんは、引きこもってる。外には出てるけど、引きこもってるのと同じや。」とまくしたてた。佐藤さんは、酔いが回ると声がでかくなる。この狭い店内に響いたようで、腰ぐらいまでの高さの間仕切りしかない隣の女性客は、チラチラこっちを見ていた。
完全に隣の客からすれば、僕はフラれた女々しい中年男だな・・・と苦笑した。
他人にどう思われようと全然かまわないと、今はそんな価値観だったので、かまわず佐藤さんに向き直り「僕が今のままでも十分に幸せだと言っても信じてくれないんだろうな」と、店員に氷だけになったグラスを傾けて、「同じの」と合図した。
実際に、無理に恋人につくりたいとも思わないし、そんなものは自然な縁だろうと思う。それが紹介とかなったら、お付き合い前提になるじゃないか。そんなセックス前提の風俗のような入口は、僕には全くハマらないとも思ったし、「あの後、どうなった?」とか、「あの子とは連絡とってるんか?」とか後々フォローが飛んでくるに決まっている。
そのうち情が移る。好きでもない人と恋人関係で固定化されてしまう。「あぁ、未来が見えるわ」と苦笑する。先々の展開が読める関係に、どんな楽しさがあるんだ?とも思う。
これをどう説明しようかと思案していると、3杯目の余市が僕の目の前に置かれた。
「佐藤さん。恋人がいるから幸せなんですかね?」
僕は自分の心の声を丁寧に言語化していった。「今、本当に女とかいらないんですよ。」グラスを傾け唇に冷たい氷が当たる。スモーキーな香りが立ち、「僕は今まで他人の期待に応えて生きてきたんですけど、それを止めて、もっと自分に素直に生きようと思ったんですよね。」と続けた。
「だから祭礼団体も育成会も、その他もろもろの期待を肩から降ろしたんですよ。」と静かに話しはじめた。佐藤さんは僕の話も聞かずにまたまくしたてたが、それを横に座っていた恵理さんが「ちょっと」と制止した。
「カメラをしたり、登山もしたり、バイクの免許もとったし、小説を書いたり、ウインドサーフィンをしたり、いろいろしてますけど、自分の軸を作って、そして厚みをもたせる。なんか生きてる実感がするわけですよ。」
佐藤さんは、なにか言いたげだが、僕はかまわず続けた。
「息子をみてると、好きな事に没頭しているですよ。僕には出来なかった生き方でね、どんどん自分なりのカタチを成してゆく息子に影響を受けるわけです。息子が息子の軸をもってきたように、僕もそうありたいとね。」
「だから、今は息子の成長を見守って、自分の世界を広げて、という今が幸せなんです。」と言い終えて、とりあえず言いたい事は言えたので、余市を飲み干した。
「すみませーん。余市をもうひとつ」と。
らしさ
佐藤さんは、やっぱりまくしたてていた。
「あのな、やまちゃん、今はそれでいいかもしれないけど、歳とったら寂しくなるで。」と、酔えば酔うほどに声を大きくなっていた。
「未来よりも、今なんだよ」とため口になって、僕もそろそろ酔いが回ってきたようだった。
佐藤さんの価値観は、たぶん独り身は不幸に映るんだろう。恋人もいないひとりは寂しく映るんだろう。だから誰かとひっつけようとする。そのおせっかいは、世話好きゆえの佐藤さんの正義かもしれなかった。
そして、佐藤さんには、決めつけで押し迫ってくるような圧を感じたけど、たぶんこの圧が佐藤さんらしさなのだとも思った。
人は自分の正解で心配する。
そして僕が丁寧に言葉を紡いでも、ことごとく弾き飛ばされ、自分の価値観を被せてくる。境界線を備えていない価値観も佐藤さんという人柄なのだとも思う。
恵理さんが目で合図をしてきて、「わかってますよ。」と僕は笑った。
酔っ払いの席で、会話は最後までかみ合わなかった。それでぜんぜん楽しかった。
雨とアスファルト
店を出ると雨が降っていた。僕はジャンバーのフードをかぶり、歩いて帰ると言ったが、「シートをひろげると、荷台は濡れないから」と恵理さんが軽トラの荷台のシートを広げてくれた。
なるほど、それなら濡れないなと。僕は軽トラの荷台に乗り込み、家まで送ってもらった。いつもなら寝転んで星を眺めるのだけど、雨の中を軽トラは走ってゆく。
アスファルトに反射する光が、なんだか幻想的だった。
3つの夢
薄暗い部屋で、僕のベットに入ろうとしてくる女性に、「ちょっと、汚れるから」と僕は言った。たちまち僕を睨んで、それから部屋から出て行った。
ジーンズでベットに入られたら、寝具が汚れるだろうという意味だったが、彼女は人格否定されたように感じたようだった。彼女が汚いわけではなくてと説明するのも、なんだか面倒になったので、「どうでもいいや」と、意図が伝わらない事は良くあることだと思い、僕は眠りについた。
そして場面は変わる。
僕の水槽には2匹の魚が泳いでいた。オレンジ色の金魚のような小さな魚だ。どんな種類の魚かは知らない。だけど、大切に飼っていた。
水槽から魚をすくい上げて、川岸に離してやった。オレンジ色の魚は、しばらく僕のそばを泳いでいたが、静かに深く潜っていった。キレイな透明な水だったので、深くゆっくり沈んでゆくのが見てとれた。
「これでいい」と何度も僕は僕に言いながら、僕は立ちあがり、そしてもう一度、水の底を泳いでいるのを探して、ついには見つけられなかった。あの魚たちは自由に泳いで消えていった。
そして場面は変わる。
僕は浜辺で出艇する準備をしていた。俳優の内野聖陽に似ているオーナーが、「このボードで乗りなよ」と、レース用のボードを指さして言った。
セイルアップして、風を受けると、力強い挙動を見せて、たちまち風に乗れた。ボードは軽く、波をパンパンと弾き、まるで滑るがごとく進んでいった。
堤防を抜けて、沖に出ると、浜辺はみるみるうちに小さくなり、僕はひとり海を感じていた。どこに向かおうと自由だった。
まだ外は暗かった。夢から覚めて喉がカラカラなのに気がついた。
記憶が蘇ってきて、いつどうやって帰ってきたのか思い出した。さっきまで三徳で呑んでいたはずだったが、佐藤さんの繰り返しの話に、酔わないと聞けないなと、いつもより濃いハイボールを飲んでいたんだった。
すっかり時間をジャンプしていて、ついには帰宅したはいいが、そのまま寝てしまったのか。
壁を背もたれに起き上がり、暗い部屋で夢を想い出していた。断片的な夢が物語として繋がってゆく。
夢が色鮮やかに立ち上がってゆくほどに、続きが観たくなった。
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