南国の風は、やっぱりどこか南の島のフローネを思い出します。
9月のグアムはおもっきり雨季です。天気予報では聞きなれない「にわか雷雨」でした。
天気が心配でしたが、空は濃い青で、海は透き通るほどに澄んでいて、湿気を含んだ風が肌にまとわりつく。そんな中で、僕たちは空港に降り立ちました。
旅行会社はいらないのね
今回は、旅行会社を通さない、完全に“息子プロデュース”の旅です。
最近の若者は旅行会社は使わないんだそうです。自分で探して予約したほうが、安上りなんだそうで、息子は僕の目の前でスマホを操作して予約したわけです。
スマホのアプリを駆使して2泊3日2名料金で検索かけて
- 航空券8万円(往復)
- ホテル10万円(2泊3日2名分)
アクティビティの予約は、るるぶのグアムの本を購入して情報を仕入れていたので、僕がネットで予約。旅行は事前の情報が大切です。

なぜなら知っていると選択できるからです。
息子はネットで情報は落ちているよと云いますが、検索力がない僕からすれば、本のほうが確実です。
息子がすべて英語力を使って交渉する
息子は「もうオレ一人でどこでも行ける」と余裕です。僕は彼の後ろをテクテク歩き、すべてお任せです。



僕ひとりでは何も出来ないな
僕の中には「頼もしいな」と思う気持ちと、「もう息子の住む世界は、日本は狭すぎるな」という少しの寂しさが入り混じっていました。
息子の提案に乗る形で始まった今回の旅。
2年前の僕が主導していた九州旅行とは、まったく別の形でスタートするわけです。
ハラハラドキドキ
彼に任せて大丈夫だろうか。いざという時にちゃんと判断できるのか。そんな不安を抱えながらも、僕は一歩引いた立場で、彼の旅を見守ることにしました。



やっぱり出発前からすでに波乱含み。
ESTA(米国の電子渡航認証)をネットで申請しないといけないと息子が言い始めたのが2日前。ネットには5日前に完了しておくことが書かれていました。
慌ててしまった僕は、実は詐欺サイトを使ってしまっていたことが発覚。公式サイトの3倍以上の料金を支払わされ、メールアドレスやカード情報も抜かれてしまって、それでもケロっとしているわけですから、さすがの怖さ知らずです。
リスクばかりを考えて石橋を叩いているのは、僕の性分です。
「やってもうた…」から、すぐに調べてカードの再発行をして、番号をごっそり入れ替えました。
普段は堂々としている息子が、少しは気にしているのか、フィッシング詐欺にかかった事をを、何度か僕に「カード大丈夫?」と聞いてきました。
「まだまだ若いな」と感じると同時に、「でも、失敗から学べばいい」と僕は心の中で思うわけです。
時間的な、生物的な、精神的な、金銭的な余裕がない状況は、ロクな事がないんです。それを学んでくれたらと思います。



余裕がなくなる状況は追い詰められて視野が狭くなります。
すぐにDカードの停止と再発行手続きを済ませたものの、新しいカードが届くのは渡航後です。グアムでの決済手段が無くなってしまったので、急遽息子のデビットカードを決済手段として使う事にしました。
出発前夜は、あれやこれやでバタバタして、ほとんど寝る時間もなく空港へ向かうことになるわけです。
父のチャレンジ
当日の朝。地元は太鼓の音が街に鳴り響いています。
祭りが始まったようです。
今日から3日間はだんじり祭りの熱気がこの街を包みます。僕はその熱狂を避けてグアム旅行に行くわけです。
実は祭りの交通規制のおかげで仕事は休業になるのです。この貴重な連休を活用して海外渡航にチャレンジするわけです。



日本出国という僕の新しいチャレンジ
思い起こせば、この僕のチャレンジが動き出したのは、息子のひとことで背中を押されたからでした。



「一緒にグアム、行ってみない?」
そう言われた時、正直戸惑いました。僕はどちらかというと保守的な性格で、知らない土地に飛び込むことには慎重なタイプ。ましてや海外となると、言葉の壁、治安、手続きの煩雑さ――いろんな不安が先に立ってしまう。
でも、息子のその目に不安はなくて



「オレが全部やるから、安心してついてきて」
そのひとことに、計画はトントンと動き出し、気づけば旅の準備はすべて彼主導。
スマホで予約を取り、ESTAを申請し、ホテルの地図を眺めては「ここが海に近いから絶対にいいよ」と笑って見せる。
グアムへ向けて
関西国際空港の出国カウンターに並ぶ列で、息子はスマホ片手に何度も予約情報を確認していて、僕はその横でスーツケースに肘をかけて、ぼんやりと彼の背中を眺めていました。
彼は大人になったんだな、とふと感じた瞬間でもありました。出国カウンターで荷物を預ける時も、飛行機のゲートまで歩く彼も、常に僕の前を歩いて、僕はついてゆくだけ。



本当に頼もしくなった。
韓国のLCC「TWAY航空」に乗り込んで、3時間半の空の旅。座席はやや狭いものの清潔で、クルーの対応も丁寧でした。
機内では、息子が通路側に座り、僕は窓側。
僕を窓側に座らせるのも高齢者扱いなのかもしれないなと感じた次第です。



子どもに気を使ってもらうのも悪くない。
雲の隙間から差し込む朝日が、彼の顔をやさしく照らしていて、「これからの彼の人生も、こんなふうに穏やかであってほしいな」と願ったわけですが



たぶん彼の人生は波乱に満ちているでしょう。


時代はスマホ
到着したグアムの空港は…正直言って、驚きました。壁は薄汚れていて、天井のシミ、古びたタイル。観光地とは思えない、ちょっとした地方空港のような印象。
関西国際空港の整然とした美しさが、改めて思い出されました。
いつも見慣れている関西国際空港が、実はとても洗練された空間だったんだと、こうして外に出て初めて気づくのです。
改めて体験してみなければ分からないことがあるなと思います。



外に出ないと、内側は分からない。
そんな当たり前のことを、空港の古びた照明を見上げながら思い出していました。
息子はさっさとUberを呼び出していて。アプリでタクシーを呼ぶらしいです。僕はその光景をただ見ているだけ。支払いもチップも全部アプリで完結できるそうです。
若者文化にちんぷんかんぷんです。時代に取り残された気持ちになりました。




最高のロケーション
宿は「デュシット ビーチリゾート グアム」。
場所は、タモンビーチのど真ん中。まわりにはショッピングセンターやレストランが点在していて、食事や買い物には困らない立地でした。何をするにもアクセスが良くて、ふたりでぶらぶら歩きながら街を楽しめる、そんな距離感がちょうどよかったんです。








ホテルの中庭には、緑に囲まれたプールがありました。やわらかな芝と背の高いヤシの木、その間を縫うように流れるプールが川のようです。南国らしい雰囲気です。
プールサイドのチェアに寝転ぶ人がいて、葉の隙間からこぼれる光と、遠くで聞こえる波の音。時間がゆっくりと流れているように感じて、日々の疲れが少しずつほぐれていく気がしました。






部屋のバルコニーからは、タモンビーチを一望できます。
夕方、空が少しずつオレンジに染まり、太陽が海へとゆっくり沈んでいく。その様子を、バルコニーに出て吹き上げる風を感じて、これから始まるリゾート地でのバカンスにワクワクする。



あぁ気持ちいい・・・



最高!




BBQを予約したい
チェックインを済ませたあと、ホテルのフロントでBBQについて尋ねることにしました。



このホテルにバーベキューってあるのかな。あったら予約しておきたいんだけど。
そう思ってはみたものの、英語が浮かんでこない。
となれば、頼れるのはやっぱり息子。



ちょっと聞いてみてくれる?
とお願いすると、息子は迷いもせずフロントへ。
英語でスムーズにスタッフの女性とやりとりしている様子を、僕は横で静かに見守っていました。
どうやらBBQはあるようで、すぐに予約もできるとのこと。
「19時スタートね」と、女性スタッフが笑顔で伝えてくれました。
ただ日本でいうBBQと、グアムとでは同じなのかと不安になり



「BBQ イズ ミート ジュージュー!!パクパク!! OK?」
と、手でトングを持つ仕草をしてみせたんです。
でも、フロントの女性は首をかしげて「?」という表情。
うまく伝わらなかったようです。
そこにすかさず息子が、



It’s like grilling meat, outdoor style.
と補足してくれて、女性も「ああ、なるほどね」と納得した様子。
すると息子がこっちを見て、ちょっと笑いながら一言。



パパがカタコトで話すと、話がややこしくなるから、黙っといて。任せといて。
その言い方がなんともおかしくて、思わずふたりで笑ってしまいました。
チップ文化
その後、ホテルの敷地内でBBQ会場を探すも、あまりの広さに迷子状態。何度かスタッフに尋ねて、ようやく辿り着いた頃には、予約時間を30分過ぎていました。
到着すると、各テーブルにスタッフがひとりずつ付き、飲み物の注文などを担当するスタイル。最初は若い女性スタッフが笑顔で対応してくれていたのに、途中で中年の禿げた小柄な男性が割り込んできました。
かなりノリノリです。




すると女性スタッフの表情がガラッと変わってしまって不機嫌そう。
息子が言うには、各テーブルにスタッフがひとり付き、チップがもらえるのですが、禿オッサンが割り込みサービスを提供し始めたので、つまりチップを横取りされる状況なのだとか。
チップ文化ならではの光景です
料理はというと、ビールはぬるく、肉は固くて…正直、期待外れ。
でも、息子は「うまいやん」とニコニコ食べていて。彼のその笑顔に、なんとなく救われたような気がしました。


物価の差を思い知る
食後にホテルから歩いてすぐのところにある、ABCストアに立ち寄ったときのことです。






軽く飲み物でもと何気なく手に取ったミネラルウォーターが「5ドル」近く。つまり、1本600円ちかい。
カップヌードルも、日本では100円ちょっとの「どん兵衛」が900円を超えていて、思わず手を引っ込めてしまいました。
さらにジョニーウォーカー・ブラックラベルが、棚にしれっと1万円で並んでいる。
- ミネラルウォーター 600円
- どん兵衛 900円
- ジョニ黒 10.000円



ああ、日本って、本当に貧しくなったんだな…
冗談ではなく、そう実感しました。
世界標準の物価そのものが高いというより、「日本の感覚で来た自分」が置き去りにされたような感覚でした。



これ、ニューヨークもこんな感じ
と軽く言うのを聞きながら、僕はしばらく黙ってしまって。



金使いすぎているわけじゃなく、フツーに生活しててあれだけ金が飛ぶんだよ
留学の時期、10万振込んだのに一瞬で溶けて、さらに10万を振込んでと、経済的に僕がどんどん追い詰められていったわけですが、なるほど納得しました。
これだけ海外の価格に触れると、日本の賃金や海外からの影響で物価だけが上がってゆく。だけどその上がった物価も海外に比べれば大した額ではない。
日本という国のなかで、気づかないうちに“世界標準”から外れている事を思い知るわけです。
日本人のパスポート保有率が、わずか17%だと聞いたときも「なんでそんなに少ないのか」と疑問に思っていたけれど、今なら少し分かる気がします。海外に行く必要がない、というより物価が高すぎて行けないんです。
でも、このファクトを肌感覚で理解できているからこそ、息子は外に目を向けているんですよね。



日本は住むには良い国だよ。消費するには最高だけど、そこで労働しちゃいけないんだ。外貨を稼ぐ方向で動かなくちゃ地獄だよ。
彼はたくさんの国を自分で調べ、地図を眺め、現地の情報をスマホで確認して、自分なりの世界地図を作ってゆく。
その姿を見て、「なるほど、こういう世界の中で自分の居場所を探しているんだな」と思いました。
僕が20代の頃とはまったく違う“人生の歩き方”を、彼は選んでいるようでした。
そしてそれが、きっと彼の最大の強みなんだと思います。
【グアム旅行記②へ続く】