感情を釣り上げる
「いつ高校に入学したっけ?」
といいつつ、「あれ。これって生年月日を記入したら、自動計算してくれんか。すごいな最近のWEB履歴書は。」と僕は驚いた。
生年月日を入力すると、高校の入学年月日と、卒業年月日が自動で入る。高校の名称を入力すればよいだけだ。
息子の字が個性的なので、パソコンで履歴書を作成しようと提案したのは僕だった。そして息子が、僕の後ろでスマホを見て遊んでいる。
「なんで、俺がお前の履歴書を書いて、お前は遊んでいるねん。」とイラっとした。後頭部から血が逆流し、一気に視野が狭くなった。
この7年間、怒りのサインを観察してきた。
「あ・・・感情に身体が支配されそうだ。」と身構えた。
怒りのサインが体に出てくる。心拍がドキドキと急上昇し、周りの音が遠のき、後頭部から感覚がマヒしてくる。
「力の抜け。呑まれるな。」と
鼻から息を吸って、怒りの矛先から目を離す。
「ふぅ」と小さく息を吐き、
「感情をつかまえた。」っと手ごたえを感じる。
「あのさぁ、もうお前に呑まれる俺じゃないぞ。わかってる?」と僕は感情の魚に話しかけた。
アタリを感じたら、リールを巻き上げるように、感情を釣り上げるイメージだ。
感情の魚が口からぽこっと出て、
それを左手で受けて
テーブルにポンと置いた。
何も出来ずにピチピチと跳ねていた。
「もう暴れさせない」と感情の魚を見下ろして、僕は僕を取り戻した。
気持ちがラクになった。ピチピチと跳ねているソレを見て、いろいろ諦めたら、さらに視野が広がった。
「さて、どうするか。そうだ、こうしよう。」と、感情をぶつける以外の選択を探して、息子に向き直った。そして、僕は感情を乗せずに、少し大きな声でぼやいた。
「おい!この履歴書は、お前の事やろ?なんで俺が全部するねん。むかつくわ。」と。
息子が、あまりにも他人事のようにしているので、気持ちを入れ替えさせようと、僕は少し大きめの声を出して、ぼやいたら、息子は、少し驚いたようで、すぐに僕の横に来てパソコン画面を一緒に覗き始めた。
感情をぶつけると、双方大やけどする。これは何も生み出さない。不満を伝えて、後は相手に任せればいい。結果までコントロールしようとするとしんどくなる。
宝物は自分の中にあるのに気がつかない
「あとは志望動機だけど、ここが大切だな。」と、僕は面接者の視点で、必要な情報を拾うために、息子に尋ねた。「留学だけどさ、英語力って客観的な指標はないの?」
少し息子は考えて、卒業時のクラスを思い出して言った。「B2クラスでの卒業証明もらってるんだよね。」
「なにそれ。B2って。」
「日本では英検やTOEICだけど、世界の基準はCEFR(セファール)で、語学の熟達度を「A1/A2/B1/B2/C1/C2」で表記してるわけ。その中でB2で卒業したんだよ。」と、世界基準の語学能力の指標の説明をしてくれた。
僕の欲しかった情報が、やっと息子の言葉として出てきた。まったく人というのは、自分では価値のないと思っているものが、実はとても大切な情報だったりする。
留学に行った事は書いてあるが、語学力がどのレベルかは書いていない。まさにこれが重要な情報なのに、記載していなかった。
「なるほど、じゃぁ、どれだけ英語を使えるのか客観的にわかるから、それを書こうか。」と、重要な情報の断片を、履歴書に書き入れた。
これでネイティブな外国人と、流暢に話せる事がわかるだろう。
ここらへんの適当さが、相手に伝わらないポイントなんだろうなと、改めて思った。
留学後の空白の1年は、服飾専門学校に行くのを断念して、独学で服づくりにあてた1年だったことを記載したりした。
「さぁ、ここが本丸なんだけど、なぜうちの面接を受けたのか?という事なんだよ。金を稼ぐなら、どの会社でも良いわけだろ。なぜこの会社を選んだのか?ここが大切なんだ。」とパソコンから目を離して、息子の目を見て言った。
息子は全く考えがなかったようで、言葉に詰まっていた。
「ここはさ、お前が面接で話さないといけないから、自分の言葉で作れ。」と僕は息子の言葉をしばらく待った。
そして、息子の言葉で出来上がった。
(履歴書からの抜粋)

妻の声
入力が終わったら、端末へ保存ボタンを押すと、PDFファイルでダウンロードされた。
なるほど、最近はPDF出力まで出来るようになっているんだなと、僕は少し驚いた。そして印刷をかけると見事な履歴書が出来上がってきた。これに写真を張り付けて完成だ。
「おぉ。すげぇ。めっちゃキレイじゃん。これで完璧だな。」と息子は喜んでいたが、僕はスッキリしなかった。
たぶん、別れた妻には怒られるパターンだろうなと、僕は感じたからだ。
「自分の事は自分でしなさいよ!パパの面接じゃないんだよ。」
僕の耳の奥では、別れた妻の声が、妙にリアルに響いていた。胸が少し痛くなり、呼吸が浅くなった。
「そうだな。すまん。俺の面接じゃなかったな。」と僕は反省した。
いつも僕はやりすぎる。そしてどこからか、方向を間違ってしまう。
無自覚に境界線を越えてしまう
息子が「メシいこうぜー」と来たのが、ついさっき。
僕はこの後、車検終わった社用車を取りにTOYOTAに行く用事があったので、「じゃぁ、ついてきてくれよ。代車を返してから、メシに行こう。」と息子に言った。
そして、ふと思い出して「次の面接いつだっけ?」と聞くと、息子は「4月6日だよ」と言うので、「あれ?8日じゃなかったっけ?」と確認すると、6日なんだそうだ。
「いったい何が確定情報なんだか・・・」と、自分の記憶にこだわらず、今すべきことに集中しようと思った。時間がないじゃないかと僕は焦り、ここでどうしても次の面接はパスさせてやりたいと思った。
そして「行く前に履歴書を作っておこうぜ」と言って、パソコンで履歴書を作り出した。
留学したと書いているけど、語学レベルについて全く書かれていなかったから、EFのサイトまで調べて、CEFR B2がどの程度の語学力かまで僕は書き加えていた。
ここか。ここだったんだな。
これを息子が自分で調べて書かなきゃいけなかったんだ。
面接の落ち癖がついていて、自己否定されているような気分でいるんだろうなと、息子の気持ちを想像するまでは良かったと思う。
ここから、息子の課題に手を出し始めたわけだ。ここで境界線を完全に越えてしまっている。
いや、ちょっとまてよ・・・
息子がやる気があって、「パパ、履歴書作るの手伝ってよ」と言ってきたら、息子は自分の課題に取り組んでいる事になる。だけど、今回は僕の方から「履歴書を作ろうぜ」と言った。
ここが過干渉だな・・・
そうか、最初からだったんだな。
「全く、いつもこうだ。」と、ため息をついた。
気持ちや想いを、相手に乗せてしまえば、いつも相手の課題をとってしまう。
助けようという気持ちが空回りするんだ。
感情は釣り上げる事が出来るようになったけど、
境界線を踏みとどまれない思考癖は、
まだまだ練習が必要だなと思った。
