10月になってしまった。9月の30日に文学界新人賞の締め切り日。記録を見ると7月から執筆を始めて、そこからプロットを書いて、書いてきた。
今まさにやってしまったが、小説の文体には、形がある。「書いてきた」という単語が二つ並んでしまったが、これが小説ではタブーのようだ。同じ単語が近くあると、くどいというわけだ。形として美しくない。
あと、改行のタイミングがある。場面が変わったり、話す人が変わったりすると、そこで改行を入れる。そうやって文章の形を整えていくのだそうだ。
それと文章を読んで映像化できるように書く。人は文章を読む時は、想像しながら映像にして読んでいく。映像化できるように書くためには、文法がとても大切になってくる。
そして僕の文章には誤字脱字が多いが、これは僕がこんな細かい表現まで気を配らなかったという現れだった。間違えてたとしても、誤字があったとしても、読み手が想像して補完するだろうと簡単に考えていた。
だけど、それだけじゃなかった。小説となると頭の中に映像が流れているので、いったん誤字脱字で「うん?」と読む人が頭をかしげてしまうと映像がそこで止まってしまう。映画館で楽しんでいるところで映像が消えてしまうようなものだ。小説に没入できないという事が起こるから、誤字脱字に許されないのだと考えを改めた。
今このサイトの下に僕の書いた小説が眠っている。公開ボタンを押すだけで新着に表示される。来年の4月号に新人賞の候補者の作品が発表され5月号に新人賞の作品が掲載される。たぶん落選するだろう。世の中はそんなに甘くないと思う。
だから、このサイトで僕の小説が公開されたとて、来年の5月以降という事になるだろう。
今回小説を書いてみて初めてわかった。
文法を守る、誤字脱字をなくす、適切な改行を行う、そして縦書きでは数字は漢数字を使う。今まで僕は本をあまり読まなかった。小説をAmazonオーディブルで朗読してもらっているのを聞き、楽しむというスタイルだった。今回小説を書いてみて、やっぱり本は読まなきゃいけないな。内容だけではなく形というようなものがあるんだなと理解した。
夜キャンプ
「山本くん、薪が余ってるんやけど、いる? 確か山本くん、キャンプとかしてたやろ」
と、西尾が真っ黒に日焼けした小麦色の肌で、にやっと笑った。
「なんや、西尾君、その薪は使わないの?」
「オレ、カセットコンロ使うねん。だから薪はあんまり使わないねん。余ってるから、もらってくれへんかなと思って。」と言った。
そんなやり取りがあり、彼は農作業を終えた後、軽トラに薪を積んで僕の家まで来た。
「わざわざ持ってきてくれるなんて悪いな、ありがとう」
「いや、かまへんよ。荷物になってたし、もらってくれてありがとうな」と西尾くんは僕に顔を近づけて言った。小麦色に焼けた肌で、ニヤッと笑うと白い歯が目立った。
◇
キャンプを計画していると、途端に天気が悪くなって、雨が降ったり、ざざ降りだったり。曇っていても、前日の雨で土はぬかるんでいるだろうから、なかなかキャンプ日和は巡って来なかった。
晴れが続いた日があって、仕事が休みではなかったから「夜キャンプにするか」と思って準備をしてした。すると息子がマンションから降りてきて、
「何してるの?」と尋ねた。
「いや、今から夜キャンプ行こうと思ってな。一緒に行くか?」と誘うと、「あ、いいね。行こう」ということになり、息子と夜キャンプを楽しむことになった。
ただ、夜キャンプといってもテントを持っていないので、夜の11時ごろには撤収といった簡易的なものだ。晩飯と焚き火を楽しみに行くイベントだ。
「えっとさ、準備とか、片付けがだるいから、料理は簡単にするよ。だから浜力のちゃんこを持ち帰りにするから、向こうで鍋をして食べよう」
「オッケー」と、息子はいつもの返事をする。
◇
会場の方に着き、受付で会計を先払いして、あとはキャンプを楽しむだけといったところまで段取りをしてから、僕たちは設営に入った。
「えっとさ、薪は頼んだ。そっち側で火を起こしてくれ。俺の方はちゃんこ鍋の準備をするから」
と息子に言うと、息子は早速、火起こしに取り掛かった。
息子が薪を燃やすための枯れ木や枯れ草を集めに出かけたのを横目に、僕の方は蚊よけの薬をあたりに撒き始めた。この薬剤のおかげで、僕は庭いじりが苦痛にならなくなった。撒くだけで蚊やヤブ蚊を追い払うことができたからだ。もしかしたら、このキャンプ地でも快適に遊べるのではないかと、この薬剤を持って来ていた。
キャンプも効率的になった。何でも慣れるもので、最初は虫に噛まれたり、凝った料理を作ろうとして後片付けが大変だった。結局、いそいそと動き回って、ゆっくり愉しむ時間なんて全くなかった。今では焚き火とご飯を楽しむために何をするべきか、何をしないべきかというような考え方になってきていた。
準備が完了したら、次はガスコンロを取り出す。
料理をするには、薪よりもガスコンロが一番だ。鍋が黒焦げにならないですむ。片付けが圧倒的に楽なのだ。ちなみに言うと、ちゃんこ料理も二人前を一皿に入れてもらうのではなく、一人前を二セット用意することで、分けて料理ができた。
浜力のとても美味しい出汁を鍋に入れて、蓋をする。ぶつぶつと煮込んで、沸騰してくると鶏肉から入れて料理していく。そうすることで、まず一人前はすぐに出来上がるわけだ。食べている間に、おかわり分を煮込む。しかも一人前でも、お肉だけは全部で四人前を注文しているので、腹は十分満たされた。
火起こしができれば、あとは揺らめく焚き火を見ながら、飯の時間だ。
だけど、息子は苦戦しているようだった。火起こしに慣れていない息子は、薪を寝かしてしまう。空気が入るところがないので、いくら枯れ木や枯れ草をかぶせたとしても、上に炎が上がれば、下にある薪には炎が当たらない。
空気が入らないので、なかなか燃えないといった始末で、しびれをきらして僕は口を出し、手を出した。
薪を組み、空洞を作り、その中に枯れ草を入れて火をつける。勢いよく空気と反応して燃え上がる炎は、すぐに乾いた薪へ燃え移った。初めは水分が蒸発するのか、白い煙がもくもくと立ち上がったが、それも次第になくなっていく。
炎が辺りを照らし、空を見ると、少し欠けたお月さんが覗いていた。
ラーメン屋だって!?
「今度、面接受けるんだ」
という息子に、僕は驚いた。
「え? 面接を受けるってどういうことだよ」
息子の目を見て尋ねる。
「いや、もうさ、職場が崩壊していてさ。もうみんな『辞めようぜ』みたいな話になってるから。だから辞めようと思って」
「いや、ちょっと待てよ」
と、僕は止めた。
「周りの友達が辞めるのは勝手だ。周りの人間に迎合されて、辞めるという選択をするのはどうなんだ」
僕は息子の目を見て、半ば説得に近い話し方で続ける。
「今、お前はチームマネジメントを勉強してるんだ。店の社員がしっかりせずに教育できず、しかも時給も上がらない。これがチームにどう影響するのか見届けろ」
「いやさ、でもさ」
と息子はうなりながら、
「店の隣にあるフードコートラーメン屋はさ、時給300円も高いんだよ。そこを受けようと思って」
と言うから、僕はさらに驚いた。
「店の横だって? つまり、お前は辞めた職場の前を通ってラーメン屋に入っていくつもりなのか。これ、社員さんとかが見たらどう思うんだよ。少しは距離を取るもんだろう。辞めたら気まずいからさ、普通、距離を取らないか」
なかなかに信じられない息子の言葉だった。
「それにさ、お前の休みをさ、やりくりしてくれた副店長もいるよね。タイに旅行行くとか、東京にレザーフェスに参加しに行くとか。お前が休みを言うたびに『シフトのやりくり、やったるわ』と協力してくれてる副店長を裏切る形で、お前はラーメン屋に行くのか。そんなバカな話はないだろう」
まったく息子のことがわからなくなった。
この、わからなさすぎて違和感だけが空回りするような感覚は、以前にも感じたことがある。7年前、家族が消えてしまったあの時だ。意味がわからなさすぎて、何が起こっているのかさえもわからなくて。何の取っかかりもなく、思考がストップしたんだった。規模は違えど、あの時とよく似ている、この感覚は。
「正直に言うとさ、俺、ここまで言うのは、お前が経営者の器になるもんだと思ってるから言ってるわけだよ。工房を立ち上げて運営していく。そのための練習だと思ってるわけだ。」
と僕が言うと、息子はさらに、
「いや、パターンだけ描いて、あとは外注しようかなと思って。外注出来るところがあるからさ。請負業者に発注をかけて服を作ってもらうわけ」
と簡単に言う。いつもこんな視点だ。息子の視点は右へ左へと幅は広いが、深みがない。一歩先、二歩先、三歩先がない。行動するまえに想像してみればわかるのにと、いつも思う。
「ちょっと待て、待て待て。じゃあ会計はどうするんだ。広報はどうするんだよ。TikTokにアップする動画を撮る班、編集する班。それに、自社でやるメリットも考えたことあるのか。京都のカバン屋で一澤帆布ってお前も行ったろ。ママが好きだったカバン屋だよ」
息子は思い出したように、
「ああ、あそこね。2階に工房があるやつだろ」
「そうだよ。あれ、1階でカバンをずらっと並べて売ってて、2階には工房があって、修理をやったり、新しいカバンを作ってるわけだ。あのメリットを考えたことはあるのか。」
と話をして、さらに続けようとしたとき
「うーん、どうするかな。もう少しいようかな」
と息子は悩み出す。それを見て、さらに僕は続けた。
「今はさ、大企業みたいに、多くの人を雇って大量生産っていうような時代ではないと思うんだよ。お前みたいに、ニッチなところを攻めてさ、特定の層に刺さるところ、お前の感性に共感してくれる人、そういう人に服を売っていく時代。だから、少数精鋭でいいと思うんだよ。」
息継ぎなしで話つづけていたので、呼吸が苦しくなる。
「そこで、自分の工房でも多分いろいろある。そのトライ&エラーを今、他人の金でできるわけだ。しかも、うまくいってる時じゃない。今、何かトラブルが起きそうだぞという時に、なぜそれを観察しない。なぜその因果を分析しようとしない。貴重な経験ができると時にさ。」
「そう考えると、そうだな。チーム運営もそうだし、組織を作っていく勉強にもなるし。もう少しいようかな」
と息子が言うので、僕は思った。
息子は、感性を構造化できるが、言葉にできない。何となくわかっている。何となくやってみたら、何となくハマっていく。これが、感性が先に立つ息子の姿なんだろうなと思う。
だから今、僕が構造を言葉で説明した。なんとなくにカタチを与えて見せた。
特に息子は、店長から「お前は優秀だから、時給を上げてやるぞ」と言われ続けて、今回の査定で時給が上がらなかったわけだから、たぶんこの不満は大きいと思う。
期待だけ持たせられたんだから。
これの不満を俯瞰で見るんだ。こういうことをされると、人は一気にモチベーションが下がるんだなと観察すれば、感覚的にお金が人に与える影響を知ることが出来る。
それに、これは言わなかったけども、ラーメン屋といっても仕込みから出来るわけでもない。一から調理するわけでもなく、袋詰めで納品されたものを、単純に盛り付けて提供する簡単な作業になるだろう。息子の性格から「つまらない。飽きた。」と言うのが想像できる。結局のところ、お金よりも、楽しさが勝つに決まっているんだ。
まあ、なんだか嫌な感じが出てきた。
自分の正義を息子に押し付けるつもりはない。のだけども、今回、あまりにも人情が考慮されていない選択だったり、息子の将来から外れていたり、息子のキャラと合わない仕事を選びをしようとしていたので、かなり逃げ道を塞いだ言い方になってしまった。
自分の価値観を息子に押し付けてしまうような関わり方をしてしまった。
なんだか後味が悪かった。昔の自分を思い出したような気がして、「これで良かったんだろうか」と思ったりする。
命日
小説を書き終えて、久しぶりに休養となった。
この日は10月1日だ。宮田が亡くなった日になるので、いろいろと思い出すことがあった。
宮田の家のチャイムを押す。するとインターホンの応答があり、宮田の母親が出てきた。彼女は目を見開き、少し気分が高揚したように見えた。
「おばちゃん、今日は宮田の命日だろ。だからお参りに来たんだよ。宮田のお参りをしていいかい?」
と言うと、おばちゃんは、
「今日はやめてくれる?」
と意地悪そうな顔をした。そしてすぐに、「冗談だよ」と笑って通してくれた。
すぐに仏間に通され、僕は宮田の話をした。
「もう7年目だね」
と言うと、宮田のおばちゃんは、
「よく覚えていてくれたね」
と少し感動した様子だった。
今日の命日は、武部は仕事で来れなかった。だから、多分、母親だけの命日では不憫だろうなと思って、宮田の兄貴が駆けつけていた。台所のテーブルでパソコンを開いて仕事をしている。忙しい時でも駆けつけて、母親に寂しい思いをさせないようにしていた。そんなわけだろう。
そこに突然、インターホンが鳴って、ドアを開けると、宮田の親友の僕がいる。
「よく覚えておいてくれたね」というおばちゃんの言葉は、誰も来ない命日に、僕が来てくれたという言葉だったのだろう。
実はその年、2019年はいろいろあった年だったので、僕にとっては忘れられない2019年だった。
「宮田が、亡くなった時の、お通夜の夜さ。あの時って、すごい雨が降ったよね」
と僕は言うと、宮田のおばちゃんは、
「そうだよね、そうそう」
と思い出した様子で、
「よく覚えてるよね」
と驚いて言った。
そう。僕はその年、本当に泣き出したくなるような年で、宮田が死んだこともそうだが、家族と別れた年でもあったので、宮田のことで泣いたのか、家族のことで泣いたのか、さっぱり区別がつかなかった。
「そうなんだよ。あの時は、雷雨でさ、お通夜の後は雷が鳴ってたし、大雨が降ってたりで天気が悪かったんだよね。」
と言うと、おばちゃんは、
「正義は悔しかったんだろうね」
と言った。
受け止め方は人それぞれだろうけれども、僕はそれだけではない理由で、その天気とともに泣いていたんだ。
僕は仏壇の前に座り、鈴棒でチーンと鳴らして、宮田にお祈りをした。
「おばちゃん、もう7年にもなるね」
と言うと、
「よく覚えていたね」
と、おばちゃんは言った。
覚えている理由は別のところにあったが、僕はその理由を話すこともせず、
「そらね、もう7年にもなるけれども、宮田を思い出さない日はないよ」と言うと
宮田のおばちゃんは少し涙を浮かべながら、
「ありがとうね」と言った。
そんなやり取りが続く。無言になるのが怖かったんだと思う。そして僕は言った。
「宮田は一生の友達だよ」
これは本心だった。宮田のような、心底本音で話せた親友は、あれから見つかっていない。本音で話して、気が許せて、心底安心できた友達は宮田一人だろう。
これからも、そんな友達はできないような気がする。
旧友
そこから僕は武部にLINEをして、
「今日、飲みに行きませんか」
と誘った。
宮田がよく注文していたピーチツリーフィズを頼んで、そして3人で乾杯しようと思ったわけだ。
武部もそれに同意したのか、
「OK、いいよ」
とLINEで返してきた。
そして、和泉府中で夜の7時に落ち合うことにした。場所は鳥貴族だ。
武部は、てっきり僕と飲みに行くのを避けていたのだと僕は思っていたが、実は違っていた。
今、武部は大阪市内の方で働いていて、元の仕事の鮮魚、魚を捌く仕事からは遠く離れて、大阪市内の方で清掃作業をしていた。詳しくは聞かなかったけれども、その理由は多分言いたくないのだろうなと配慮をした。
「あのさ、今度、布袋寅泰のライブがあるんだけど、一緒に行かない?」
と僕は彼を誘ってみると、意外なことに武部もそれを調べていたようで、「行きたい」と言った。
「ちょっと調べてみるわ」
と僕は言って、スマホを手に取ると同時に
「岸和田の浪切ホールであるよ」と武部は言った。
「そうなの?」と僕は驚いたが、調べてみると、本当に岸和田の浪切ホールである。
「多分、それはもうソールドアウトだよ」と武部が言って、本当にソールドアウトだった。
実はもう武部の方は、布袋寅泰のコンサートについての情報は知っていて、一人で行きたいなと思っていたらしい。ただ武部はアナログ人間で、インターネットでチケットを取るということはできなくて、諦めていた、といった事情らしかった。
今日は僕と会ったが幸い。スマホを操作して、浪切ホールを検索するとソールドアウト。追加公演で大阪城ホール。年末の12月27日、この抽選販売が行われていたので、それにエントリーをしたという運びだ。
「めっちゃ楽しみだな。俺、本当に楽しみだわ」と武部は言う。
「そんなに楽しみにしてんの?」と言うと、
「布袋寅泰のファンになったのはお前のおかげなんだぜ」と言った。
僕は実際、どういうことなのかさっぱりわからなかったが、武部の説明を聞いて少し納得をした。
「居酒屋で飲んでいて、ライブに行きたいなっていう話が出たんだよ。その時にさ、お前が布袋寅泰のファンだということは知っていたから、『布袋のライブに行こうぜ』となって、そして『GUITARHYTHM IV』で実現したんだよ。」
と、武部は言う。僕はすっかり忘れていたんだけども、武部は覚えていた。
「俺が布袋寅泰にハマったのは、お前のおかげなんだよ」
それから何度か布袋寅泰のライブには、友達4人で行った。僕と、チョージと、宮田と、武部だ。
ただ、ある日、僕とチョージがドタキャンしたので、宮田と武部だけで布袋寅泰の大阪城ホールの公演に行ったらしい。その時、宮田はブチギレて、2人のチケットを破り捨てたということだ。
武部は、「お前、それ売れるじゃねえか。なんで大阪城ホールの前で『チケットありますよ』と売らないんだよ」
と言ったら、
「こんな、4人で行こうと言っていたのに、ケチのついたチケットなんかいらねえ」
と言って、破り捨てたそうだ。
僕は、その時なぜ布袋寅泰のライブをドタキャンしたのか、その理由を覚えていない。たぶん宮田は、4人で行くことに意味があったのだろう。それが叶わなくなり、チケットを破り捨てたんだと思う。
今になって、宮田の気持ちを汲んでいなかった自分が、武部の想い出ばなしで暴露された。そして、友達というものに、宮田なりの思いがあったのだろうと想像できた。
なかなか思うようには、想いはつながらないんだなと感じた。
