5月10日「コットンの日」

5月10日 今日は何の日?

コットンの日

日本紡績協会が決めた。

コットンとは?

綿の種子からとれる繊維。つまり木綿のことです。

コットン(木綿)と日本

799年 三河(愛知県)にインド人が漂着する。

この時コットン(木綿)が伝わり栽培開始したがうまくいかなかった。

当時の中国は唐の時代。遣唐使の派遣をして文化の影響を強く受けた。

江戸時代にコットン(木綿)の栽培が急速に広まった。大阪で生産が盛んに行われた。

明治時代は輸出で世界一になった。

戦争の時代は輸出は止まってしまったが、戦後は復興の裏で再び世界一になる。

その後は、安価なアジアに押されて衰退してゆく。

 

岸和田紡績株式会社

江戸時代より綿花の栽培が盛んに行われていた。

明治25年
寺田甚与茂(てらだ じんよも)が第五十一国立銀行を設立する。

現在の三井住友銀行

明治27年
寺田甚与茂(てらだ じんよも)が設立。

酒造屋の長男。質屋から富を生み出し寺田財閥を作った。

明治34年
泉州紡績を九州合併。堺工場を手に入れる。

大正元年
春木工場を稼動させた。3年後に全焼。翌年に再び稼動。

大正7年
朝鮮人の女性を多く雇用して労働力を強化。

大正12年
和泉紡績を九州合併。津工場を手に入れる。

昭和6年
各工場の機械を刷新し生産力を底上げ。反対に老朽化した堺工場は廃止売却。

昭和11年
寺田ビルヂング建設。大阪営業所を開所し営業力の強化を行う。

昭和15年
中華民国天津市に天津工場を建設。海外進出を果たす。

昭和16年
ユニチカと合併し解散。

創立以来の黒字経営・高配当のまま合併を行った。

 

合併の数か月後

本社工場・野村工場・津工場・大垣工場が閉鎖。春木工場も休止。

 

戦時体制

昭和12年 日中戦争

昭和16年 第二次世界大戦へ

昭和20年 ポツダム宣言を受諾

 

本社工場  岸和田海員養成所・海軍省艦政本部
野村工場  大日本工機
津工場   海軍航空本部
大日本帝国軍へ譲渡され、第二次世界大戦の終了とともに資産はすべて喪失。

 

 

最新情報をチェックしよう!

今日は何の日の最新記事8件

>最強のWordPressテーマ「THE THOR」

最強のWordPressテーマ「THE THOR」

当HPはフィット株式会社が手掛ける、Wordpressテーマ「THE THOR」で作成しています。

日本国内のテーマでナンバー1を目指しております。どうか皆様のお力をお貸しください。よろしくおねがいいたします。

CTR IMG