気持ちそわそわ
今日は雨だ。朝から曇っていて、降水確率を確認すると0%と書いてあったが、「お昼から雨が降ります」ともある。一体どっちなんだろう。
曇りだったら、バイクにまたがって走ろうとも思うが、ここ最近、バイクで出かけると雨に降られて、爽快感なんかまったく味わっていなかったから、ツーリングに出かける気にならない。
日曜日に自然と目が覚めた。それも7時に。
◇
結婚している頃は、昼前まで寝ていて、子どもたちがごそごそと起きだす。居間の丸テーブルの前に座り、ピンクの寝間着を着た娘と、青の寝間着を着た息子が、ふたりテレビにかぶりつきで戦隊ものの番組を観ている。それからプリキュアから、ポケモンに続いていく。寝室では妻が寝ていて、掛け布団を抱きしめて寝ている。化粧を落としたキレイな肌は、朝日に照らされて光っていた。
僕は寝室を後にして、子どもたちのいる居間に行き、服を着替えて子どもたちに声を掛ける。
「マック行くけど、ハッピーセットでいいんか?」
「うん。」とだけ返事をして、テレビから目を離すことなく「オレンジジュース氷抜きで」と長女が言った。
「ピクルスとからし抜きね」と、同じくテレビに夢中の息子が追加注文。
寝ている妻に声を掛けると、眠そうに僕を見て「フィレオフィッシュで」と。それが起きる合図で、うつぶせになり丸まって背中のストレッチをした。僕はドアを開けて、トントンと階段を降りてマックに遅い朝メシを買いに行った。
◇
日曜日に7時に目が覚めると、散らかり放題の寝室を僕が自由に独占している。離婚直後の寝室はとても怖くて、電気をつけっぱなしで寝たものだが、今は空を飛ぶ鳥を見れるようになった。斜めに飛んでいるように見えた鳥をみて、風に流されているのかと思った。
「マックへ行くかな」
と時計を見ると8時を指していたので、息子にLINEをする。多分、起きていないだろうな。息子にLINEをしても、まったく既読がつかない。
同じ事が最近は続いていて、買い物に行くついでに「なにかいるか?」とLINEを送る。「びっくりドンキーに持ち帰り弁当を買いに行くからいるか?」とLINEを送る。「からやまに唐揚げ弁当を買いにいくけどいるか?」とLINEを送るが、既読がつかない。
買い物を終えてから、
「お、マジ。じゃあこれ買ってきてよ。あれ買ってきてよ」
と返信がくることがあって
「もう遅いよ」
と返信することが何度かあった。
そんな時、がっかりしただろうなとか、欲しかったんだろうなと想像すると、なんか悪いなって気持ちになる。
「何かいるか」と送信した瞬間から、気持ちがそわそわするから、これ、なんなんだろうって考えてると、買い物終えてから既読がついて、「やっぱり欲しかったのに」と思わせてしまうんではないかという不安が先回りしてくるんだとわかった。気持ちのそわそわ感の正体がなんとなくわかってきた。
ささいなことなんだけども、「ご飯いるか?」って聞いて、「いる」と返信が来たら簡単だ。「今日は何にするかな」とスーパーを歩いて、お惣菜コーナーを見る。「おいしそうなカレイの煮付けじゃないか」と手に取って、「これだけで足りるかな。いや、育ち盛りだしな。コロッケも買っといてやるか」と、息子のことを想像しながら買い物をしている時間が、ちょっとした息子との生活の共有になっていたりする。
そもそも、息子は息子で勝手にご飯を作るだろうし、別々の生活をしてるんだから、ほっとけばいいんだ。そんな考えもよぎるが、ふと気になるんだ。気になってしまうと、
「聞いてみるか」
と、いつの間にか僕はLINEを送信する。もうこれは止められない。これが僕だ。諦めよう。
ひとりよがりのお節介
「聞いてくださいよ、主任。うちの息子ったら。晩ご飯いるのかって聞いたら、いるっていうから作ってたのに、昨日の晩、家に帰ってこなかったんですよ」
と中山さんは、ぷんぷんと怒っていた。
「それに、娘がお風呂入るからお湯ためといてって言うから、お風呂を張ったんですよ。旦那さんも息子も、そして私もシャワーで済ませることが多いから、滅多にお風呂なんか張らないんですけど。なのに、『あんた、いつ入るの?』って聞いたら、『もうちょっと。もうちょっとしたら入るから』とか言いながら、結局入らなかったんですよ。どう思います、これ。」
「親の心子知らずだねぇ。『私はお前の家政婦じゃないぞ』といった心境なんだろうね。たぶん。」
と僕は妻の想いを想像しながら言った。「私は家政婦のように扱われた」と思っているようだ。彼女がそう思うのなら、たぶんそうなんだろう。
中山さんは、小さい体で直立不動で、顔だけ僕のほうへ向けて続ける。
「で、さっきLINEが入って、『昨日のお風呂入ったよ』って来たんですよ。『あんた、この時間に追い焚きしたの?』って怒ったら、『えへへ』って笑うんです。この電気代が高いのに。もうイライラします」
と中山さんは、僕を食い入るように睨みつけて話す。怒りの矛先が僕に向かっているようだ。この感情の扱いにはうんざりする。俺に怒られても、知らんがな。
「もう知らん。もう勝手にしろって、いつも思うんですけど。なんでか知らないけど、また同じことやっちゃうんですよね。旦那さんにも、『あいつら勝手にしてんやから、ほっとけ』って言われるんですけど。やっぱり世話焼いちゃってて。旦那さんに怒られるんですよ。『お前、何してん』って」
「ああ、その気持ちわかるわ」
と僕は言うと、
「わかります? わかってくれます?」
お節介を焼いて勝手に心配して手をだしてしまう。昔はこうじゃなかったと思う。子どもらの事は全部ママがやってくれてたから、僕はそんなところに気を回すことはなかった。
息子が近くに住むようになって、「腹減らしてないだろうか」とか、「ちゃんと食ってんだろうか」とか思うようになった。なんで、いろいろ、父親らしいことになっているんだろう。
これが、なんであんときできなかったんだろうな。
当時にしたって、娘や息子のことは大切だったし、別れた妻にもこういった気持ちはあった。割り切れば、もっと単純なんだろうけど。勝手に心配して、起きてもないことを起きたように思ってしまって、そうならないように気を回す。これは僕の昔からの性格なんだろうな。
多分、ひとりよがりが過ぎるんだろう。相手が「助けてほしい」と言われたことに応える感じであれば、もっとうまくいったのかもしれないし、違う結果になっていたのかもしれないな。
雨だね
「月見マフィン、アイスティー、ナゲット、バーベキューソースで」
と書かれた返信が来て、スタンプマークがポンと押された。
「やれやれ。既読がついたよ。買いに行く前だったから、よかったよかった」
と僕はひとまず安心をして、マックで買った。
帰り道、雨が降ってきた。
「ああ、やっぱり降ってきたか。今日はどこにも行けんな。掃除でもするかな」と思って家路に着き、マンションの階段をトントントントンと上がる。雨が強くなってきたのを感じた。
息子のマンションのドアのインターホンを鳴らすと、ピンポーンと響いた。なかなか出てこない。
「うん、寝てるのかな?」
と不安になりながら、もう一度押そうかなと思ったときに、中でカサカサと音がした。そしてドアが開いた。
髪の毛はボサボサで、目は腫れぼったい。
「これ」
と僕はアイスティーを渡し、そしてハンバーガーとナゲットを渡した。
「熱いから気をつけてや」
「ほーい。ありがとー」
と短い会話で終わり、僕は自分のものを持って、自分の部屋に行く。
