夜中3時に息子に起こされる
今日は10月11日(金曜日)
6月にアメリカ留学に旅立ったので、かれこれ4カ月が経とうとしています。
息子から夜中の3時にLINE電話が入りカットの予約確定をして欲しいという。この5か月は自分で前髪を切っていたのだけど、後ろ髪がもう限界まで伸びてしまって美容院を予約したいんだとか。
英語も話せなかった青年が、美容院に行けるまで英語が話せるようになったのかと思うと感慨深いものがあるものの、夜中3時にLINE電話で起こされちゃぁたまったものじゃないのですが・・・。
予約確定には前払いでクレジットカードが必要らしいのです。アプリにクレジットカードを登録してあるも、使用するには二重認証のためにボクのスマホが必要になってます。
それで夜中3時に連絡が入って、認証をしてほしいという事でした。
何時だと思ってるんだよ。こっちは夜中の3時だぞ
こっちは昼の14時だよ。かわいい息子の声が聞けて嬉しいだろ?
なにを生意気な事を云ってるのやら、金が必要になった時しか連絡してこないくせに・・・。と、しぶしぶスマホとクレジットカードを取り出して、アプリを立ち上げ予約確定の認証作業を行いました。
「ありがとー。こっちのさ、景色ビデオ通話で送るから見てよ」と、こんな時だけ家族サービスなんです。
LINE通話のビデオ通話で実況してくれて、ニューヨークといっても郊外に出れば田舎なもんで、無駄に広い道には全く車が走っていませんでした。また歩いている人もいませんでした。
「じゃぁいってらっしゃい。」と電話を切って、再び夢のなかへ・・・。
朝起きてLINEを確認しても、なにもメッセージが入っていない。ここなんですよ。夜中の3時に起こしておいて、ちゃんとカット出来たのか報告すりゃぁかわいいもんなのに・・・・。
穏やかな幸せな日々
利用者さんが入院になり、そしてリハビリ転院となったんです。
たぶん、もう歩けなくなる。リハビリ入院といっても認知症の方の入院は立てないのに立とうとして転倒するというリスクがあり、安全のために眠剤を服薬させられる。
すると意欲がなくなり、リハビリもすすまないわけです。
たぶん、もう在宅に戻ることはないかなと思うわけです。
お客さんひとり失ったな・・・
と思いつつも、今日は新しい利用者さんの体験利用です。今日も忙しく次から次へ起こる課題問題に向き合い、走り回っています。
忙しいけど、この忙しさが心地良い。
充実した毎日だな。
自分らしさの作り方
今日は10月13日(日)
祭りの友達と6名で登山を楽しみました。場所は六甲山の地獄谷コース。
地獄谷というと沢登りです。岩場にへばりつきながら登るわけです。
六甲山の登山の話は、別の場所でするとして、祭りの仲間の登山部に誘われて、登山経験者ということで登山部部長さんになりました。
で、これは祭りに戻す外堀らしくて、繋がりは切らさずに、そしてまた再び「祭りに戻ってこい」という話をされるんですよね。
ボクはゆっくり生きたいんだよ
人が暴力的になるのは、たぶん余裕を失った時だと思うんです。
お腹が空いたとき、眠い時などの生物的余裕がない時にイライラしますよね。お金がない時など、経済的余裕がない時もイライラします。そしてキャパ以上の用事を受けて時間的余裕がない時もイライラします。
祭りに戻れば、ボクは幹事長になります。幹事長になれば祭りの雑用が集中します。それをさばく事は容易いのですが、時に話の通じない人がひとつ上の年代にいたり、同年代にいたりすると心理的安全性がなくなり、心の余裕を失います。
これらがボクの生活に余裕を失わせ、慢性的にイライラする日々がやってくるのです。
余裕がなくなるのは、祭りだけではありませんが、これがボクが家族と向き合う余裕を失わせて、暴力的になり、大切な妻や子どもをないがしろにすることに繋がっていたと理解出来てきました。
同じ過ちは犯したくないわけです。
だから自分の時間、お金、心、体の余裕をもち、ゆとりある生活を心がけている今では、祭りに時間を割く選択はあり得ないのです。
自分らしく能力を発揮するためには、なるべく余裕を持つ環境に身を置くことだと思います。
女性の扱いは気疲れする
言葉に出して伝えなきゃ伝わらない
見て聞いて感じて知っていますが、それをいちいち伝えないとわからないようです。
意識して言葉にするようにしていますが、脳疲労してきます。
ゆっくりする暇がなくて、常にアンテナを張っておいて、言葉にして感謝を伝える。
気持ちを乗せて伝えた言葉が、軽くあしらわれる事だってある。
そんな時は非常に悲しい気持ちでストレスを感じます。
これの繰り返しで脳疲労です。
愚痴を聴く時は自分の考えは押し殺す
課題の解決が目的はなく、ただただ自分のストレス解消が必要みたいです。
その場合は、ボクはただただ黙って彼女らの話を「うんうん」と聴く事になります。
ただ話を聴くだけではなく、その時感じた気持ちを想像しては「そうか、それはたいへんだったね」と相槌を打つことも忘れずに。
共感してもらえて話すのと、ぜんぜん共感されずに話すのとは、ストレス解消度合いが違います。
だからちっとも共感できなくても、「そうか、そうか」と黙って聴く。
「それ違うだろ・・・」と思ったとしても、ボクの考えは聞いちゃいないので、言わないのが原則です。
ひたすら彼女らの気持ちを想像しながら「そう。それはたいへんだったね。悲しかったんだね。」と。
今日も疲れました。(溜息)