恋人の日
全国額縁組合連合会が昭和63年に制定しました。
制定の由来は
ブラジル・サンパウロで聖アントニオの命日の前日。恋人どおしが写真を交換しあう習慣があるそうです。
聖アントニオとは
36歳の若さで亡くなっています。お墓の前で多くの奇跡が起こっているということです。この奇跡については詳しい資料がなかったので書けないのですが。
紛失物を探す時の手助けになったり、婚姻や花嫁の守護になってくれたりする聖アントニオ。
恋と革命のインドカリー
イギリスの植民地のインド。イギリスからの独立運動が起こっており、そのリーダー的な存在がラス・ビハリ・ボースという人でした。
イギリス政府は独立運動の弾圧を開始し、ボースはイギリス政府から追われる身になります。
イギリス政府から逃げるためにボースは日本へ亡命を図ります。
ボースと中村屋の関係
ですが、当時の日本は日英同盟を結んでおり、日本ではボースの安全な居場所がなく、日本政府から国外退去を命じられ、警察に追われる身となります。
当時の日本ではアジア解放運動の志士を応援する風潮もあり、中村屋もその一角。イギリス・日本政府の追ってからボースを守るカタチで中村屋はボースをかくまいます。
かくまわれたボースの世話をしたのが中村屋の長女でした。
次第に二人は仲むつまじくなります。そして二人の子どもが授かるのでした。
そんな折に追手が迫り逃亡生活で点々とします。逃亡生活のなかで24歳という若さで亡くなる長女でした。
中村屋のインドカリー
この事から中村屋は本場インドのカレーを再現して売り出しました。本場インドカリーはスパイスを使ったトロミのないカレー。
現在のカレーはイギリスカレーで小麦粉でトロミをつけています。