親の覚悟と ささやかな夢

目次

鶏ステーキ

coopで鶏モモ肉を見ていたら、2つ入ったものしか無かった。牛肉を買うよりは安く手に入るから、まぁこれでいいかと手にとり、そして息子にLINEをする。

「鶏ステーキ作るけど食うか?」

すぐに既読になり、「おまじ」「たべる」のふたつ返事が来て、18時にデイルーム集合となった。

いろいろ動画を見ていると、どうやら鶏の皮に片栗粉をかければ、皮がパリっとした仕上がりになるようだった。オリーブオイルを鍋に垂らして、冷たい鍋から調理してゆく。

皮から焼き目をつけて、ぎゅぎゅうにヘラで押し付けて、ジュウジュウと焼いていると、息子がやってきて「うまそうな臭いしてんなー」と覗き込んできた。

「堀ミシンいってきたよー」と調理している僕に言い、気になっていた僕は「どうだった?反応は?」と興味深々に聞き返してみた。

「昼休みに行ったんだけどさ、『おー来たんかー』って言って、ビスケットとお茶を出してくれてさー、いろいろ話してきた。」と、話す息子は、油が跳ね、肉が焼けるの眺めていた。

「おやつを出されるとは、結構な歓迎具合だな」と、声を出して笑い、「で、服を見ておっちゃんの反応はどうだった?」と続けた。

「『お前、めっちゃすごいなー。独学でここまでやるのってめちゃ疲れるだろ。』と言ってたよ。」と驚いていたそうだ。

「そりゃそうだろう。ジーンズを作り上げるなんて、誰が出来るんだよ。普通は分業されて、大量生産だろうに。個人でジーンズを作る人なんか聞いたことないわ。犬のお洋服作っているのとは訳が違うからな。」と、僕もおっちゃんの意見に共感した。

キャラが立つ店主

堀ミシンの店主は、息子の高校の先輩にあたる。それは店を訪れた時に偶然知ったのだった。

「お前、高校どこや?」と店主は、ジーンズを作るからミシンを探していると、店にやってきた息子に尋ねた。

息子は、自分の通っていた高校を答えると、店主は目を丸くして「お前、俺の後輩か!」と驚きの声を上げて、「あの先生知ってるか?おっちゃんの時は木造校舎だったんだけどな。」と息子に尋ねた。

息子は、店主が卒業して50年後ぐらいに入学しているので、店主の話す事は知らない事ばかりだったが、ただ木造校舎から鉄筋校舎の変わり目だったらしく、当時建設中の鉄筋校舎が、現在の高校の姿で、息子が通ったそれだった。

店主はすっかり息子を気に入った様子で、息子が探し求めるミシンの説明を、熱を込めて説明した。

店主は、高校卒業後に家業のミシン工場を継いでいた。当時はミシンと言えばブラザーや、ジャノメが主流となりつつあり、時代の流れで、工場はたたんでしまったが、修理が出来る、キャラが立つ店主がいる、頼りになる堀ミシン店として、駅前に店を構えていた。

店主の誇りは、修理が出来る事。そしてミシンの扱いを教える事が出来る事。加えて、店主自身で服を作る事が出来る事だったので、店主は客を選んだ。

店には張り紙がしてあり、「当店でミシンをお買い上げの方は、店主の話を60分聞かないと売りません。」と書いてあった。

この張り紙と、店主のまくしたてるような話し方には、好き嫌いが分かれるだろうが、それゆえに深く根強いファンがついていたみたいだ。

そんな堀ミシン店と息子との出会いだった。


堀ミシン店の熱

「ジーンズが作りたいんですよ。裏生地の縫製とか。」

店主は息子の話を聞き終わる前に、話しはじめ「それじゃ、パワーのあるやつじゃないと無理だ。いわゆるトラックみたいなミシンで縫わなきゃ、家庭用ミシンじゃすぐに針が折れる。わかるか?」と眉を2度ほどピクピクと上げた。

店にある家庭用ミシンを指差し、「こいつらではダメだ。お前の求めてるミシンは、うちにあるのなら、あの隅にあるやつ。」と、店の一番すみに追いやられた、年代物かと思えるミシンが静かに存在していた。

あまりニーズがないのだろう、それは、買い手が見つからずに、そこに仕舞われてしまったような扱いに見えた。息子は「あのミシンならジーンズが縫えるんですか?」と尋ねると、店主は息子の顔をまっすぐに見て「そう。あれなら、お前のやりたい事が出来る。」と言い、その瞳には、経験に裏付けられた根拠が感じられた。

不思議と、この店主の話ならば、信じるに足る力を感じられたし、そして隅にはおいやられてはいるものの、店主に丁寧に整備されている雰囲気もあった。

「お前なら、安くしちゃる。」と初対面にも関わらず、値段交渉もしていない中での一言に、息子への気持ちの入れようが感じられた。


創作と破壊と試行錯誤

息子はほどなくして、堀ミシンから、そのミシンを購入することになる。ネットで探せば、いくらでも同型で安いものを見つけられたが、また店主もそれを勧めたのだが、息子は、店主の整備したミシンに魅力を感じていた。

試作用の生地をロールで購入した息子は、そこからミシンの使い方を店主に学びながら、独学でパターンを書いていった。持っているジーンズの構造を見ながら、真似てパターンを書いてみる。

自分のイメージをパターンに書いて、そこから生地を切り縫い合わせてみる。イメージと書くパターンのズレがあるので、出来上がりが思った通りにならない。

なにがおかしいのか、息子はひたすらにパターンを書いては、破り捨てていた。

「あー ダメだ。ぜんぜんダメだ。全く思うようにならない。カッコいいと思ったものでも、次の日にはイメージが違ってきて、破り捨ててる。」と息子は話していた。僕は「完璧でなくてもいいから一着作れよ」っと勧めたが、息子は頑なに理想を求めていた。

全く作品にならずに、時間だけが過ぎてゆく。息子の熱は相変わらずシュウシュウと音を立てて放たれてはいたが、思うようなカタチにならない。どこかを手直しすると、どこかが狂ってきた。思ったとおりの空間にならないのだ。息子はひたすら試行錯誤の毎日だった。

あれだけ太く重量のあった試作用の生地は、すでに芯しか残らないぐらいに、細くなくなりかけていて、そのすべてが破り捨てられ、ミシンの油拭きとして雑巾に成り下がっていた。

そして、ついにガムテープでつぎはぎされた試作品が出来上がる。

「どうこれ。見てよ。これ最高じゃない?」と、息子は試作品を着て見せてくれた。

「おお。いいじゃん。やっと出来たんだな。だけど、その生地ペラペラだし、ミシン使ってないの?」と、僕は物足りなさそうに、息子に言うと、「ジーンズ生地じゃないから、軽い薄いのは縫えないんだよ。」と教えてくれた。

そして、息子は試作品を元に、デニム生地を仕入れて処女作を作り上げた。ここからは展開が早く、2作目は不思議な構造をしたジーンズを作り上げた。

「もう、今きてるよ。最高に来てる。ここからだなー。ここから行けるわ。予定よりも遅くなったけど、やっと服の構造がわかった。もう後は作るだけだ。」と、2作目のジーンズを履きながら、未来を信じていた。

どこまでも尖った才能が、ここで実りの兆しをみせた。


店主と息子の繋がり

「こんちはー」と息子は堀ミシン店に入っていったら、ちょうど誰もいない時間帯で、店主は「おお、お前来たんかー」と歓迎してくれた。

堀ミシン店は、ミシンの使い方を指導もしていて、店主のほとんどの時間は、生徒の指導に充てられていた。息子の訪問した時間が、ちょうど昼休憩の時だったらしく、店主は歓迎して迎え入れてくれた。

「今日は、やっと出来上がったジーンズをもってきたんですよ。ちょっと見てくれますか?」と、息子はリュックから作品を出して店主に渡した。

店主は「お前、すごいな。独学でここまでやったんか。これやるのだいぶ疲れるぞ。」と言ったら、息子はその言葉の意味をすでに体験していたので、深く頷き「たいぶ苦しみました。」と笑って店主を見た。

「お前、ホントにすごいわ。100年後にこのジーンズがビンテージになったらいいな。」と、店主の喜びが伝わってくる。モノ作りで繋がった、店主と息子は再会を楽しんでいた。

「あのー ここの縫い方がわかんないんですけど」とか、「こんどレザーの縫い方教えてもらいます?」とか、息子は店主を前に、モノ作りの熱を惜しげもなく質問に乗せて、話し続けた。

店主は、若い青年の服作りの熱に、かつての自分を重ねて、知る限りを教えた。

時間はあっという間に過ぎて、ふたりは次の再会を楽しみに、その日は別れた。堀ミシンの店主は、息子の成長を楽しみに、息子は次の作品を見てもらうのを楽しみにしていた。


社会と合わない能力値

「バイトしろよ。正社員で働けって言ってなんだからさ、パパそんなハードル高い事を言ってないぞ。」と、僕はいっこうに働こうとしない息子に言ったが、彼は顔をしかめて答えた。

「みんなが普通に出来る事が、出来ないんだよ。わかる?」

「そうだな。それがお前だったな・・・。」と、言ったそばから、息子の質感を思い出して、納得した。

「しかし、不思議だよな。平均的な事は苦手なのに、好きとか、楽しいになると、チート級の能力値だもんな。レーダーチャートで表示したら、めちゃ尖ってんぞ。」

ホントに、凸凹の個性があって、この能力は素晴らしくて、ホントに強すぎる無敵な個性だけど、社会に適応して生きていくには、癖がありすぎた。

父親の決意

大塚国際美術館の最上階で、現代美術を鑑賞していた。その時に、隣で息子が言った。「感性を使うんだよ」

「感性ってなんだよ?」と僕は息子に尋ねていた。

「なんていうのかな。言葉になる前にさ、心に沸き上がる感じるものって言ったらいいかな。」

「言葉になる前?」僕はさっぱりなんだかわからなかった。だけど、息子には確実にそんなものがあるんだろう。

現代美術でペンキを塗りたくっているだけにしか見えない絵を眺めながら、僕は言葉を封印して見てみた。それで感性が反応するかと思い試行錯誤していたのだが、言葉にしないってとにかく気持ち悪かった。

「感じるんだよ。」っと息子はフラフラと消えていった。息子の感性はかなり優れているようだが、僕にはさっぱりわからなかった。

「服ってさ、空間なんだよ。わかる?」

「空間?また訳の分からんことを・・・。わからん。」と僕は正直に答えた。理解しようがないんだよ。服が空間ってなんだよ。服は布以外の何があるんだというんだと僕は思った。

「重力があって、骨格があるでしょ。どこで重力がかかって、どうシワが入るか。そして歩いた時に、どう変化するのか?ここを構造化してパターンにしてゆくんだよ。」

息子の言う事は、まったく意味がわからない。空間やら重力やら美学やら。

言葉になる前の沸き上がるものを感性で拾うまでは、なんとか感覚的にわかった。

ここから服にしてゆくのに、空間やら骨格やら重力やら美学やらを使って、カタチにするという話だった。それが、結果的に服になるわけだというが、初めから服を作っているのに、結果的に服になるってどうイメージしたらいいのだろう?

不思議な事を言うので、僕はさっぱりわからない。

「お前、寒くないのかよ。」とドアから顔の覗かせた息子は、真冬だというのにTシャツ姿だった。

「集中してたら寒さなんか気にならないんだよ。今、服作ってるからさ。」と息子は言った。

僕は寒くてジャンパーを着こんでいるのに、寒さが気にならない?好きな事に取り組んでいると、寒さも忘れてしまうものなのかと僕は驚いた。

「夢は両輪で動くんだよ。夢を叶えるために金という薪を燃やすわけ。金が尽きた時が、夢の尽きる時なんだぞ。」と僕は、息子の見通しの甘さを心配して、息子と話していた。

「モノ作りの才能で生きていける気がするんだ。あと少しだけだから、待っとけよ。」と、根拠のない話をする息子は、なにか自信があり気だった。

「2年で結果だすから。それでダメだったら働くから。」と息子は期限を決めているようだった。

僕は、2年で結果が出るほど甘くないと思っていたし、それに、息子の尖り方を見ると、もうこれは個性を伸ばすほうが息子の未来に繋がるような気もしていた。

留学から帰ったら、外資系か、関西国際空港か、英語の活かせるところで、就職だなと考えていた僕の読みは、完全に外れてしまった。

尖った息子は、社会の枠に収まらない。だから、父親としては、息子の個性を活かす方向で舵をきった。

「わかった。もうお前はそれで勝負しろ」と僕は腹を括った。

息子を活かす父の設計

尖った個性を殺して、社会の枠に収まる。

それが出来ないと決まれば、
次は、どこで戦かえば尖った個性は活きるのか?風上に立てるか?

モノ作りで勝負するなら、僕はちゃんと息子が地の利を活かせるように、設計する必要があった。

「あのさぁ、留学に行ってさ、お前が学んできたことは、これからは外貨を稼ぐほうがいいって言ってたよな?」

「そうだよ。日本は物価は海外に比べて安いし、食い物は旨いしね。消費するには最高だよ。だけど、日本で働いても給与は上がらないからね。海外をターゲットに服を作る。」

「じゃぁ、留学は無駄じゃなかったな。英語も話せるから、外人相手に商売もスムーズじゃん。」

「最近は、翻訳もあるから困らないとは思うけど、話せたほうが有利だね。」と息子は真剣な顔つきだ。

「今、神戸でゴッホ展があるんだよ。レプリカじゃなく本物だから、ちょっと混んでるかもしれないけど、次の日曜日にいくか?」

「マジで。いきますか。」と本物にこだわる息子は、食いついてきた。

ママゆずりの息子の感性を刺激するには、芸術や音楽に触れたほうが良いのだろうと、僕は思っていた。

今年の6月まで、あべのハルカスで古代エジプト展があり、ミイラなどが展示されているということだ。そういったところに積極的に連れ出して、感性を揺さぶっていこうと思った。

「モノを創り出すのに、余計な情報はいらないんだよね。」と話す息子は、友達を慎重に選んでいた。

「忘年会に誘われているんだろ?友達は大切だぞ。」と、僕は社会と孤立して、モノ作りに励んでいる息子を心配して言った。

「話していても面白くないんだよ。酒を飲んで発散って感じでさ、ただ群れているだけで、群れの中で誰が強いって競い合ってる。強さの意味が違うんだよ。そこに価値はないよ。面白い奴は他にもいるし、そいつらとはLINEで繋がっているから、個別で遊べばいいから。それで大丈夫。」と、息子は良くも悪くも影響を受けるのを自覚していて、一緒にいる友達選びは、特に慎重だった。

創作にノイズは邪魔だということだろう。

僕は、そんな息子を知っていたから、必要以上に、息子と関わりを持たず、距離感をもって、モノ作りの邪魔にならないように配慮していた。

感性が強いから、良くも悪くも外因子に影響を受ける。だから息子は、群れるのを嫌ったし、依存されるのを嫌ったし、感情の受け皿になるのを嫌った。

静かな独りの時間を作り、集中力と爆発力を発揮できる環境をつくる事が、今の僕にできる事だ。

あとは、ひたすら息子を信じて待つ。


愛する者の選択を信じる

「いいわ。今きてるわ。めっちゃ良い感じ。服の構造も分かったし、あとは作るだけ。」と息子が得意げに言った。今までの試行錯誤の上に、今のスキルが定着したようだった。

「そうか、じゃぁ、もう心配ないな。」と本気で思った。今のようなモノ作りに全振りしているハタチの時間。これは服作りでビジネス化できなかったとしても、どこかで役に立つだろう。

社会の枠にそって、大学に行き、サークルやら飲み会やら、日々となんとなく過ごす人もいる。社会の枠にそって、なんとなく就職して、なんとなく日銭を稼いで、暇つぶしでワイワイと騒いで、小さな世界でマウントの取り合いをするのも、それはその人なりの生き方だろう。

息子は、そんな社会の枠には当てはまらない。息子には息子の枠という独自のルールがある。自分の思想のなかで生きる事を選んだから、僕はただ信じてフォローする。

例え、失敗しても、挫折しても、モノ作りの熱で生み出したスキルを杖にして、また立ち上がる事もできるだろう。

ささやかな夢

パリパリに焼き上がった鶏ステーキを平らげて、後片づけをしていた。

デイルームの厨房で、食い終わった食器を洗い、隣で息子が洗う。

僕は不思議な感覚でいた。以前は、僕の隣で別れた妻がいた。そうこの厨房で。今は息子がいる。もし、僕がデイルームを閉じたら、本当の意味で僕は役割から解放される。

その時は、もう少し先の話になるだろう。

ささかな夢を見れるならば、将来、息子がブランドを立ち上げていてほしい。その時は、店を構えていて、息子のデザインしたジーンズが、飛ぶように売れて、縫製が間に合わないと、現場スタッフが泣き言を言っているかもしれない。

このデイサービスの2階が工場で、そして1階が服売り場になっていて、僕たちは、カウンターでコーヒーを入れて、息子のファンに、息子の話をして喜ばせている。

僕のささやかな夢は、いつ叶うだろう。

 Asylums For The Feeling


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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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