総合病院

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総合病院

バックミラーを見ると、まるで自分には関係ないという表情で、流れる景色を見ている八木(仮名)さんが見えた。この忙しいなか、八木さんの主治医が一度検査に行ってくれと紹介状を総合病院に書いたのだった。それで僕が車いす対応の車を運転して、徳洲会病院へ向かっている。

相変わらずの混雑模様で、必要な手続きをとり、僕は八木さんが乗った車いすを押して、新館へと向かった。新館にいくには、いったん外に出ないといけない。この冬の寒い日にいったん外に出るなんて、患者には優しくない作りだと思う。

消防法かなにかで、本館と新館をつなげてはいけないのかとも思ったが、2階で連絡通路があるので、1階でつないではいけないというルールもないだろう、とか思っていると、自動扉を出て外に出たときに、なるほどと納得がいった。

車が通れるようにしているからだ。救急車が乗り入れるようにしているので、本館と新館の間に道が伸びている。だから屋内にすることができなかったのだ。

新館に入ると脳神経外科の受付があり、そこの事務員に書類を手渡した。看護師とかはラフな姿なのに、事務員だけが襟のある制服に短いネクタイを締めている。こんな窮屈な制服にしなくてもなぁとか思いながら、僕と八木さんは待合前のソファーに座った。


認知症と夫婦

後ろの席から話し声が聞こえてきた。別に盗み聞きするつもりもなかったが、「○○○番の番号札をお持ちの方、○番診察室へお入りください。」とアナウンスする声しか聞こえない空間だから、どうしても後ろで話す声は耳に届く。

「七風荘に行って来た事も話したよ。そこで親族がたくさん集まったこともね。」と話した男性は、たぶん60~70ぐらい。その男性は続けて「僕が覚えていることを、確かめていたようだったよ」と言った。

「あのね、それはテストなの。私が先生と話をしているから、たぶん先生はそれを覚えているかとテストしてたんだわ。」と話すのは、たぶん男性の妻なのだろう。話の内容からして夫が認知症の診断でもうけたのだろうか。

「いつもはボーっとしているけど、今日は頭が冴えているよ。先生もびっくりしたんじゃないかな」と男性は繰り返し話していた。何度も、確認するように。

僕は黙って聞いていた。僕が彼の立場であったとしても、たぶんそう云うんだろう。治らない病だとは思いたくない。見たい事実を積み上げたい気持ち。「わかる。その気持ちはわかる」と応援したい気持ちだった。


入院患者用ベッド

診察室に入ると、意外にも若い先生だった。脳神経外科を僕の勝手なイメージで、熟年の先生が診察室の椅子に座っていると思っていたが、30代だろうか?若い優しそうな男の先生がそこに座っていた。

いくつかの問診の後に、CT検査しましょうという事になった。そして僕は八木さんと共に放射能エリアへ向かい、検査室前のソファーには何人か腰かけていた。CT検査室は2室あり、すぐに順番が回ってくるだろうと思っていた。

すると、後ろから広い廊下を、病室にあるベッドがゴロゴロと移動してきた。広い廊下さえ狭く感じるほどの威圧感を感じて、僕たちは道を譲るように移動した。

ベッドに寝ている生気を失った髪の長い若い女性、28~30歳ぐらいだろうか。枕に広がった長い髪が、さらに疲れた表情にみせていた。寝たまま排尿できるように、バルーンがベッド柵にくくりつけてあったことから、寝たきりだろうと、僕はそう感じてしまった。

僕は若い女性がCT検査室に入ってゆくのを見て、思わず「どうしたの?」と声を掛けそうになった。それぐらい若い女性が、そんな容体にある事にびっくりしたのだった。

救急用ベッド

しばらくして検査が終わったのか、大きなベッドは広い廊下を占有しながら、病室に戻っていった。僕は、この時に思い出していた。僕は今まで祭礼団体に所属していたが、この何十年も一緒にやってきた同級生が、年末に事故をしたと聞いた。今たいへんな状況だと伝えきいてはいるが、彼もベットに寝ながら検査を受けたのだろう。今頃、どうしているのか?

すると、次は60代ぐらいの女性が、先ほどのベットとは違う、細い簡易移動ベッドに乗せられ運ばれてきた。救急車で運ばれると、救急救命センターに運ばれるが、ここであるような細いベッドだ。たぶん彼女は救急車で運ばれてきたのだろう。緊急なので僕たちの前に入る事になり、CT検査室に入っていった。そして出てきたと思ったら、隣のレントゲン室へと入ってゆく。

診察室の待合でいると、あまりこのような光景は目にしないけど、検査室の前は、入院者とか、救急で運ばれてきた人とかが、目の前を横切ってゆく。その都度、看護師やら救急救命士やら、検査技師などが申し送りされてゆく。

この目まぐるしく、流れてゆく衝撃の光景に、僕はなんだか五体満足でいれることに感謝したし、そしていつ訪れるかもしれない目の前の光景に、自分を重ねて怖さを感じたりもしていた。

僕の想いや感情とは裏腹に、システマティックに迅速に流れてゆく患者の動線と、それを動かす看護師や救急救命士やら検査技師、そして事務員が淡々と流れを止めずに流れてゆく。なんだか表情がないように見えて、なんとも奇妙な感覚が沸き上がるのだった。


病院全体が違って見え始める

認知症と夫婦への共感と葛藤、若い女性が横たわる入院患者用のベッドの移動、救急救命から運ばれてくる簡易移動ベッド、これらの光景を次々と見せられると、僕は病院の中の風景が変わってゆくのを感じざるを得なかった。

先ほどまで風景としか立ち上がっていなかった人々の姿が、これらを境に生々しく存在している患者となり、足をひきずっている人だったり、車椅子にうなだれて座っている人だったり、心細そうに高齢者が診察室の待合で座っていたりと、病院にいる患者の輪郭ばかりが目に付くようになった。

病院なのだから当たり前の事なのかもしれないが、健康な人など誰一人いないのかもしれないと、病院という空間がとても無機質に感じたのだった。

しばらくの間、目で追っていた。

そこに物語も意味づけもせず。


こちら側

CT検査を終わって、八木さんと僕は診察室の中にいた。さいわい検査結果は異常なく、特に問題もないと、若い先生から説明をうけていたところだった。

「ありがとうございます」と先生にお礼をして、診察室を出た僕たちは、新館から本館への廊下を移動した。その間に、うなだれてソファーに座っている人だったり、表情が曇っている人だったり、松葉杖をついて歩いている人だったり、車いすに乗っている人だったり、いろんな患者さんとすれ違った。

もちろん笑顔で話している人などいない。そんな当たり前の事に気がついた。

「いろんな人がいるねぇ」と八木さんは言った。僕は本当にそうだなと思った。いろんな症状で苦しんでいる人たちが、この空間にいる。そして僕たちは、少し距離をとったところで見ている。それが当たり前のようには思えず、紙一重でこちら側にいるのかもしれないと感じた。

八木さんと僕は、病院を歩く人を見ながら、会計を待っていた。

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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