誰もいなくなったあと、
ようやく呼吸が戻ってきた。
大丈夫ですか
スタッフ大丈夫ですか?
僕の顔を覗き込んでいた。僕は顔を上げるが笑う力がなかった。



主任疲れてますよ
そういう彼女はリーダーをしている。相談役がいるので、中間管理職みたいな立場のリーダーなわけだけど、たぶん彼女にはそれが性分にあってると思う。他のスタッフへの細かな気配りをするので、慕われていている。僕には出来ない事なので、スタッフに対する事はすべて彼女に任せている。そんな彼女が僕の反応を見てさらに続ける。



今日の主任はダメだ・・・
そうかもしれない。明日で仕事納めという日に、正月も働くんだから、そりゃ気も重くなる。正月休みがくるぞといったワクワク感がないんだから。
ひとりのデイルーム
スタッフが帰っていったあと、デイルームにひとり。
昼間のざわめきが抜けて、椅子やテーブルが、元の位置に戻ったような静けさ。
自然と呼吸が深くなる。この静けさが緊張感を溶かしてゆく。
表面の皮が剥がれて、無防備な心が表れてくる。
疲れた体をテーブルにもたれさせて、手を伸ばし頬をテーブルに寝かす。木の香りと冷たさが感じる。目を閉じて身体から疲労感が沸き上がりテーブルに流れだす。肩から力がぬけて、起き上がる事が出来ないぐらいに重力がのしかかってきた。
この時間が、わりと好きだ。
身体は疲れているが、誰もいないのがいい。
無防備になれるこの時間が好きだ。
任せられる環境
最近の仕事は、穏やかだと思う。
少し前までスタッフの出入りが激しかったが、
やっと落ち着きをみせてきた。
今のリーダは足らない所はもちろんあるけど
足らないを無視できるほどの動きをする。
彼女に任せておけば大丈夫だろうという信頼がある。
だからか、全部を背負わなくてもいい。
気を張らなくてよいぶん
力が抜けてきただけかもしれない。
以前は、場の空気が荒れることがあった。
言葉が立って、気配がぶつかって、
仕事を選ぶ人、嘘を言う人、群れる人、他人の不満をほじくり返す人、都合が悪くなると逃げる人。
ずっと振り回されてきた過去があるから、変に気が休まらなかった。
気が付いたら僕も乗せられているという事もしばしばあったから。
今は、ただ淡々と仕事が流れている。
信頼できる仲間
経験のある人が相談役に回り、
新しいリーダーが場を明るくしてくれている。
看護師は医療知識をもち安心の空気をしっかり作ってくれる。
それぞれが、それぞれの場所で手を動かしている。
誰かが前に出すぎることもなく、
誰かが黙り込むこともない。
誰かがこそこそ動くこともなく、
誰もが相手の目を見て話す。
利用者さんへの声かけも、
少し柔らかくなった気がする。
僕は育成会で一緒だった女性を誘い、リーダーはママ友を誘った。
このふたりのつくる雰囲気は独特で、利用者さんは気さくに話しかける。
それだけで、空間はずいぶん違って見える。
あの頃から変わったとこ
僕自身がやってきたことは、
特別なことじゃない。
評価は仕事で伝えること。
ありがとうは、その場で言葉にすること。
愚痴は、途中で遮らずに聞くこと。
失敗したら、
弁解せずに「ごめん」と言う。
頼まれたら、「わかった」と引き受ける。
夜に泊まりが必要になれば泊まるし、
朝ごはんが必要なら作りに行く。
トイレ誘導も、オムツ交換も、
汚れた床を拭くのも、
一緒にやった。
スタッフと目線を揃えて、手を動かした。
ただそれだけだ。
それを続けていたら、
気づけば、場が少し落ち着いていた。
今夜は
今夜のデイルームは静かだ。
誰かを動かそうとしなくても、
無理にまとめなくても、
ちゃんと仕事は回っている。
椅子に座って、
もう一度、深く息を吸う。
今日は、この静けさをそのまま持ち帰ろうと思う。
しかし、疲れた。呼吸をするたび肩が揺れる。
今夜は少しだけ早く寝よう。
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ここで語らない事もあるけれど
書いてしまえば消えてしまいそうだから
そっとしまっておく。








