ため息の理由
「ただいま、混雑しているので、後からお電話いただくか、そのままお待ちください。」とアナウンスが流れた後に、呼び出し音が鳴り続いていた。
はぁっと僕はため息まじりに吐いて、しばらくスマホを耳にやっていたが、鳴り続ける呼び出し音に、うんざりしてきた。この時間にいろいろ出来るだろうが、いつ担当者に繋がるかわからないので、ただ待っていなくちゃいけない。この時間がたまらなく勿体なく感じた。
「はぁ・・・」
目を閉じて、呼び出し音だけが木霊するのを聞いている。耳に押し付けたスマホの熱と、鼓膜に響く呼び出し音が、呼吸を乱れさせる。
こんな目に遭っているのも、辞めたスタッフからの一通の連絡からだった。
すでに終わった業務を、再度やり直すハメになっている。申請を終えた書類の差し戻し依頼をして、再度、辞めたスタッフの名前を書き込んで、それから再申請という二度手間をとらされている。
「はぁ・・・」と再びため息をしながら、ため息の原因が思い出されてきた。
時間差はあったが、ふたりで示し合わせて、仲良く2名のスタッフが辞めていったのが、そう1年ほど前だった。
「どうしたんですか?元気がないですけど・・・」と心配そうにのぞき込んで、中山(仮名)さんはコーヒーを入れてくれた。
「いや、ちょっとね。いっきにスタッフが足らなくなったからさ、人員基準違反になっちゃうんだよね。」と僕はつい本音を吐露してしまった。
デイサービスの運営が出来なくなるという事を、スタッフに言うつもりはなかったんだけど、この時ばかりはマジで参っていた。ハローワークに求人を出しても音沙汰なしだったし、indeedでネット募集かけても、Facebookに求人広告を打っても、広告費だけが燃えてゆくだけだった。
「そうですよね。あのふたりが抜けて、今、誰かが休んだらまわりませんもんね」と察した様子で、小さな目で僕を見ていた。
実際に、他のスタッフのシフトを増やして、ギリギリで回していたし、みんな休みもなく疲れも溜まってゆく一方だった。だから僕が弱音を吐いちゃいけなかったのだ。
「誰かいないかねぇ・・・」と僕は頭の後ろで腕を組み、天井を見上げた。
「私、ちょっと友達に声掛けてみますね。」と、気休めでも、ホントに有難い中山さんの言葉だった。この時の彼女の言葉にどれだけ救われたか。
そして奇跡は起きる。
このピンチを救ってくれたのが、中山さんが声を掛けてくれた外居(仮名)さんだったし、偶然にもデイサービスの前の道で、自転車で通りかかり、資格をとったばかりの、立川(仮名)さんだった。
あの当時、昔の育成会の連絡網を取り出して、立川さんに電話をかけた。電話を掛けて「今、何してるの?よかったらうちで働らいてくれない?」と声を掛けた。こんな行動に繋がるなんて、よっぽど追い詰められていたんだろうなと思う。僕はそんなキャラじゃないんだから。
ストレスにまみれ、行動を起こしたわけだけど、だから、今こうやって、楽しくデイサービスをやってられる。
だからこそ、今、働いてくれているスタッフのためなら、どんな回り道をしてもいいし、どんな面倒事に巻き込まれたところで、ぜんぜん構わないと思う。
残ってくれている人のためだったら、僕はどんな仕事でもやれる。
だからこんなにため息がでてくるんだ。
「お待たせしました。こちらコールセンターです。どのようなご用件でしょうか?」と、スマホから女性のオペレーターの声が聞こえた。僕は要件を伝え、短いやりとりで、電話を切り、このなんとも気の乗らない作業に取り掛かった。
勢いで消化される仕事
とりあえず、気の重い業務をはやく終わらせようと思い、辞めたスタッフに再度連絡をとり、必要な情報を聞き出して、書類に記載し、オペレーターの言う通りに、さっさと再申請するまでこぎつけた。
呼吸はすっかり浅くなっていて、視野も狭くなっていた。
「よし、終わった。次は」と息を吐いたところで、東側(仮名)さんが僕のところへ来て「主任、厨房の月間メニュー表を印刷してくれません?」と言った。
東側さんの仕事は早いから、すぐに僕は対応してあげないと、彼女の仕事がずれ込んでいく。
東側さんのやる気に水を差したくなかったので、「わかりました。すぐに印刷かけますんで」と、僕は業者のHPからメニュー表をダウンロードして、印刷をかけて、足早にプリンターまで行き、東側さんに依頼された書類を手渡した。
さて、「次の仕事は・・・」とパソコンに向かおうとしたときに、手元が影になり、気がつくと看護師の石林(仮名)さんが立っていて「主任、車いすの方のトイレ誘導行きたいんですけど」と、要件を言い終わる前に「わかった。行こう。」と立ち上がった。
障がい者用トイレで石林さんとオムツ交換をしていると、事務所から大栗(仮名)さんが「主任、役所からお電話で至急、折り返しお電話が欲しいと」と言うので、「わかった。これ終わったらすぐに連絡する。」と答えた。
役所に連絡をとると、さらに書類仕事が増えたので、それを一気に片付けてFAXしてから、さらになんだかんだで、溜まっていた大半の仕事を終えてしまった。
さて、次は・・・と思って、「あれ?もう終わりだっけ?」と、僕はなんだか不安になった。あれだけ仕事が溜まって、やる気が出ずに後回しにしていた仕事が、もう終わってしまった事に、ある種の疑念を抱いた。
何度も、記憶をさかのぼっても、もう残っているのは確定申告ぐらいだ。
なんだか、一気に晴れてしまった。曇っていた天気は晴れて、それに気持ちの良い風までもが吹いてきたようだった。
創作の原動力
今日の仕事を終えて、スマホを取り出し、息子にLINE電話をした。僕は息子との距離をしっかりとっていた。だから僕からLINE電話を掛ける事は滅多に無かった、のだけど、今夜は違った。「腹減ったな」と思った瞬間に、スマホを取り出していた。
「はーい。なんですかー」といつものやる気のなさそうな声が響いた。息子が言うには、創作活動で脳疲労を起こすから、普段は省エネモードなんだそうだ。
「今からラーメンでも行こうと思うが来るか?」と言ったら、「マジ?いくいく」と即答で、僕がデイのカギをかける頃には、駐車場まで来ていた。
湾岸線沿いにラーメンかむくらが出来ていた。息子は餃子セットを注文し、僕は半ちゃんセットを注文した。席に着くなり、水を入れてがぶ飲みする息子が言った。
「またバイト落ちたんだけどー」
「マジかよ。なんで落ちるんだよ。この人不足にさ」と僕は笑った。
つい最近、レザークラフトの面接を落ちて、落ち込んでいた様子だったが、もう完全回復で次のチャレンジをしていた。なかなかに切り替えが早くていい感じだ。
「もうさー、製造業がないんだよね。アパレルの店員やろっかな。」と2杯目の水をぐびぐびとコップに注いだ。
「あのさ、ネットだけじゃなくて、ハローワークにいってみろよ。ネット求人ってさ広告費がかかるからさ、ハローワークは無料で出せるんだよ。だから求人の数はネットよりも豊富にあると思うんだけどな。」と、息子の視点と違ったアプローチを提案してみた。
「マジで。じゃぁ今度行ってみっかな。もうマジで退屈なんだよね。創作ってさ、負荷がかかんないと出来ないからさ、マジでバイトしたいんだよね。」と言った。
「おいしいラーメンのお客様は」と注文が運ばれてきて、僕は息子のほうへ手を差し示して、僕には煮卵ラーメンが運ばれる。
「あぁ、なるほど。創作のためのバイトなのね。」っと、僕は意外だった。一点集中って感じの息子が、創作のための労働というカタチをとるとは。なんだか思考が変わったなと感じた。
「そうそう。ストレス溜めないと、創作力がいまいち爆発しないんだよね。」と、箸箱から僕の箸をとってくれて、僕はそれを受け取り、なんだかんだで、息子も変化していってるんだなと思った。
停滞していないんだから、息子の変化は歓迎だ。それに息子の言っている事も、なんとなくわかった。
こうやって僕は文章を書いているけど、書いている最中は、ストレスの塊だ。どう言葉を置こうか、どういった間をとろうか、どういった構成にしようか、書きながら考えている。そして書きながらアイデアが浮かんでくる。その都度、構成を変えて、テーマさえも変える事がある。書いてみなくちゃ、自分でもどこに着陸するのかわからない。
ストレスを原動力に、書く筋肉を鍛えながら、毎日、何かを書いて、何かを発見して、そして自分の考えが整理できて、本質に辿りつく。
ひとつ前のエッセイのように、突然の別離に対するひとつの解を得た感じで、たぶん、これで僕の物語はひと区切りを迎えるのだと思っているんだけど、まだ実感は伴わないが、後からジワジワと来るのだろう。
ストレス
この夜も、息子といろいろと話をした。普段よりもテンポが速かったような気がする。
息子は息子でストレスを溜めていたようだった。話の合う友達が少なくて、面白いという衝動が起きないようだ。友達は表面的なところをなぞるだけで、なぜこうなるのか、結果や体験だけの話で、なぜこの結果に繋がったのか?この体験にどんな意味があるのか?まで考察しないんだそうだ。
息子は感性で感じ、それを構造にまでつなげるので、創作まで繋げられる。
「この形がかっこいいんだけど、なぜカッコいいんだろう?」
「そうか。骨格に重力がかかると、服はこういったシワを作るんだ!」
「じゃぁ、こういったパターンで創れば、最高にかっこいい服がつくれるんじゃね?」
となって、生産者目線で思考するのだけど、友達は「カッコいいよね」で消費者目線で終わってしまう。
その先を話したところで、「は?意味がわかんね」となって、「なんでわかんねぇんだよ・・・」と話が噛み合わないだそうだ。
生産者の視点と、消費者の視点。その間には、深い溝がある。ということを、息子はもうわかっているのだろうが、たぶんこれは愚痴なんだろう。
そんな話を息子としていて、食べ終わったスープが冷めるまで、僕たちは話続けていた。そのせいか、僕も朝からカッカしていた頭の中が、クールダウンしてきて、少し落ち着いてきた。
そうだな。息子も話が通じない友達のせいでイライラしていたのだろうが、僕も辞めたスタッフからの連絡で、余計な業務が重なったせいで、イライラした一日だった。
乱れた気が過剰な熱となり、怒りに任せて勢いで仕事を終えたのかもしれない。たぶん、きっとそうなんだろう。
手のひらサイズの感情
昔の僕は、ストレスや怒りは、あたりにまき散らしていた。まるで唾を飛ばしまくって話すような感じで、まわりに嫌な想いをさせていたのだと思う。
一番の被害者は別れた妻だろう。仕事や地域活動でのイライラを家に持ち込んで、イライラを伝染させていたのかもしれない。たぶんきっとそうだったろう。
僕が追い詰められていた時に、妻も精神的に追い詰められたのだろう。妻に支えを求めてしまったのかもしれなかったし、感性が強い妻は、きっとたぶん、僕のイライラを身体で反応していただろう。
しんどい想いをさせてしまったなと今ながら反省するし、反省したところで、妻の体験は癒えやしないから、一生僕は許されないと思うし、それは受け入れていこうと思う。なにか他に出来る事があるかもしれないが、今は思いつかない。
昔と違って、今の僕には境界線が出来て、誰が何をしようと、受け取る僕の感情は僕の課題であって、しっかり分けて考える癖がついた。
昨日のさっくんの話もそうだけど、仕事を押し付けられても、押し付ける人の課題であり、僕はそれを引き受けない。そして、その結果、どう思われようと、それは相手の課題であり、僕の課題ではない。だから僕は関わらない。
しっかり境界線を引くことが出来ていると、ストレスは手のひらサイズに収まるし、コンパクトになった怒りは、「ああ。今、僕は怒っているな。じゃぁここで怒りに執着せず、相手から離れるか。離れてから何がどうなっているのか理解してから、対応を決めるか」っと、僕は俯瞰で感情を語る事が出来たりする。
すると怒りで生まれた過剰な熱は、創作の熱へと転化して、気の乗らないおっくうな作業、今日のような次から次へと動けるパワーとなる。
結果、積もり積もった仕事を、一気に終わらせてしまった。
今日の気づき
ラーメンかむくらを後にして、僕たちはco-opで買い物をしていた。
「食料、買いこんでおけよ。コンビニは高いからな。」
息子はカートを押して、僕は買い物かごを持ち、別々にスーパーを散策しはじめた。
これが僕と息子の距離感だ。一緒に歩く事はない。ふたり別々の人生を行く、同じ時代に生まれた違う人間なのだから、慣れあい群れ合いは、僕と息子の距離じゃない。
「ガムってどこにあるんだろう」と息子が言った。僕は駄菓子コーナーのふうせんガムを指さして、「ここにあるじゃん」って言ったが、「それじゃないよ。それ砂糖が入った虫歯になるやつじゃん。」っと、意外にも健康的な事を言ったので、僕は噴き出しそうになった。
そうか。もう子どもじゃなかった。
「キシリトールとかのやつね」と僕は納得しながら、探してみたが無かった。co-opは僕の好きな大人のコロンも売っていないから、まぁ無いんだろうと思っていたら、レジ前のエンドに置いてあった。
「ここにあるぞ」と息子に教えた。
これが僕と息子の距離感。普段は別行動。互いの人生を生きながら、余力があれば協力するといった感じで、承認欲求でも共依存でもなく、他者貢献で存在のカタチを成す。
だから息子の創作に共感するし、ストレスが創作に影響することも、そして互いに影響し合う事も、親子ながらソウルメイトのような安定感がある。
きっと僕たち家族4人はそんな感じなんだと信じたい。
昔はまだしも、今なら出来そうだとも思う。
ただ相手があるからこそ、これは難しい。難しいからこそ、チャレンジしてみたいと思える面白さもあるんだけども。まぁ未来はどう変わってゆくのかはわからない。
不変なものなどないのだから、いつかどこかで何かが起きるかもしれないし、起きないかもしれない。
