誰かと向き合うというのは
言葉より先に、呼吸とぬくもりを感じることだ
うどん屋 山城
息子と食事に出かけることになった。
息子「来来亭に行こうか」
そう言ったのは息子だった。お気に入りのラーメン屋らしい。
車を走らせたが、店の前まで来てみると、まさかの定休日だった。
少しだけ落胆した表情を見せた息子も、すぐに気持ちを切り替えた。
窓の外に、小さなうどん屋の灯りを見つけたのだ。
中は、物静かな店主ひとりで切り盛りしているような、整った店だった。
几帳面なほどに整えられた厨房から、店主の性格がみてとれた。
息子は肉うどんと手羽先を、
僕は天ぷらうどんとふろふき大根を注文した。
創作と孤独
静かに調理に入った店主の背中を見ながら、
やわらかな湯気の中で、息子がぽつりと話し出した。



「服作りって、孤独との闘いなんだよ」
社会と隔たれた空間で、自分の内側と向き合い続ける。
そして、自分との対話の中で世界を深めていく。
気が狂いそうになる時もあるけれど、それでも面白いと、彼は笑った。



「そういう自分でいられるのは、パパとママの変な世界で生まれたからなんだよね」
唐突なその言葉に、思わず笑ってしまった。



「失礼なこと言うな。パパもママも不器用なだけで、変じゃねぇよ」
けれど、確かにそうかもしれない。
家族という不器用な土壌の中でしか育たない風景が、確かにある。
愛のカタチ
話はやがて人間関係へと移った。



「友達と話しても、あんまり面白くない。みんな群れて飲んで、笑って、それで終わり。それって一過性の楽しさにすぎないんだよね。僕はそこに魅力を感じない。だから成人式にも行かないよ。」
誰にも合わせない頑なさではなく、
自分の求めているものを知っているようだった。
若いのに、しっかりと自分を持っていると思った。



「確かに、誰しも最後はひとりだ。孤独との付き合い方は、若いうちに考えておいたほうがいい」
そう返しながら、まだ少し早いかもしれないなと思った。



「でも、人は変わるもんだ。化ける奴もいるんだよ。」



「確かに。パパは変わったよね。離婚してからのほうが面白いよ」
離婚してからのほうが面白い——。
違うんだよな。
離婚してから、ようやく愛し方を知ったということなんだ。
昔の僕の愛し方は、所有に近かった。
守ることと支配することの境界が、見えていなかったのだと思う。
あの頃のままなら息子は窮屈に感じて、決して面白いとは言わないだろう。結構なターニングポイントだったんだなと息子の言葉で改めて思った。
今では
- 息子のペースに合わせて、信じて待つ。
- 意見は伝えても、選ぶのは息子自身。
- 僕の正しさではなく、彼の正しさを軸におく。
それだけで、関係はやわらかく変わってゆくのだから・・・



「だから今つまらない奴でも、化ける奴もいる。変化できることが強さだと思うよ」
そう伝えながら、つながりは細くても残しておいたほうがいいと話した。
人はいつ、どんなきっかけで変わるかわからない。
だからこそ、未来の誰かを信じておく価値がある。
それぞれの世界
息子は少し黙って、こんなことを言った。



「パパは他人に興味ないけど、家族に関しては全然違うよね」
まっすぐな言葉に、うなずくしかなかった。
「ママの世界も、独特だよね」と息子が続けた。
「そのとおりだな」と返した。
昔は理解できなかったけれど、今なら少しわかる気がする。
あの感性の意味を、ようやく自分の中で言葉にできるようになった。
やがて話題は姉のことへ。



「姉は何を考えてるかわからない」
僕は静かに笑って、



「誰にでもそういうところはある」
と答えた。
人はそれぞれのリズムで、自分の世界を抱えている。
近づきすぎれば見えなくなるけれど、
離れて見つめれば、ちゃんと灯っていることに気づく。
静かな食卓
僕は何も言わず、湯気の向こうに二人の背中を思い浮かべていた。
どちらも、まだ言葉にならない想いを抱えながら、
それでも家族という灯の下に立っている。
息子は少し黙って、うどんをすすった。
その湯気がゆっくりと消えていく頃、
店内には小さなBGMとふたりの呼吸だけが残っていた。
人は変われる。
そして変わりながらも、
誰かをそっと照らすことができる。
ただそれだけで、もう十分だと思う。








