感情×観察×シンプル

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ギリギリで踏ん張っている

簡易ベットをよっこらと倉庫から出してきて、マットを敷いて寝る。これから夜勤になる。しかも急遽決まった夜勤だ。

前日に、今日宿泊する金野(仮名)さんの家族から連絡が入ってきた。「今日は泊まりなんですね。」と電話口でいうので、弟と連携とれていないらしとわかった。

「そうですよ。泊まりです。弟さんから聞いてませんか?」聞いてないから知らないんだろうけど、こちらの連絡不備とは思われては困るので、あえて言った。

「私の娘がばぁちゃんに会いに大阪に行ってるんですよ。」と話す。つまり大阪に来ているから、今日泊まられると困ったという事なんだろう。それを僕に言われてもどうしようも無いんだけど、聞いた限りにはこちらの対応も誠意をもたなくちゃいけない。

「どうします?泊まりキャンセルでもいいですよ。」と、僕は相手に選択肢を提示した。相手に選択の自由を渡すことで、僕は考えるのをやめた。

結局、明日にするというので、予定通り夜勤となった。そして簡易ベットで仮眠をとる。金野さんが寝ている時に、僕は寝れる。ギシギシとベットが軋む音が聞こえると、金野さんがトイレに起きたということなので、トイレ誘導をする。それがだいたい1.5~2時間の間隔で訪れる。

心身共にクタクタで夜勤しているので、ギシギシとベットの軋む音で起きて、トイレ誘導をして、また簡易ベットで仮眠をとる。そしてスッと深い夢の中へ落ちて、そこでもトイレ誘導をしている。いつの間にか、現実なのか夢のなかなのか、わからなくなってくる。ハッと起きて、そして金野さんを見ると、スヤスヤ寝ていたりする。そして思い出す。あぁ、さっきのは夢だったかと。

そんな調子だから、仮眠しても、さらに疲れは蓄積する。

そして、朝が来る。ここから日勤の始まりだ。今日は僕の休みがつぶれてしまった。スタッフの子どもが病気になり、「子どもも不安だろうから、ママは子どもについて病院にいってやれ。」と休みを指示していた。前日に休みを指示しているから、とうに日勤+夜勤+日勤の覚悟は出来ている。

だから心に負担はない。身体だけの問題だ。身体を今夜の20時まで持たせるペース配分で働くよう心掛けようと思っていた矢先に、社長がやってきて「ケアプラン手伝って欲しい」と言って来た。

「あの。昨日が日勤、そして夜勤を経て、今日も日勤ですよ。しかも金野さんの家族が20時まで見て欲しいと言うので、20時まで残業しなくちゃいけない。ケアプランを手伝うとなると、20時以降からの話になるから、僕はいつ休めるの?」と社長の顔を見て問うた。

すると「私も働いている。」と言うので、僕は心底呆れた。この会社はすでに僕が社長になっているなと感じた。


身体の反応

このやりとりから、僕はなんだか自分ひとりで会社を支えているような気になった。呼吸が浅くなり、もしかしたら呼吸するのも忘れていたのかもしれない。

胸が締め付けられて、浅い呼吸を何度もして、次第に周囲の景色が遠のき、スタッフの声も、利用者さんの声も、テレビの音も次第に聞こえなくなってきた。

庭に咲いたパンジーの花の色も無くなり、机も椅子もテーブルも立体感を失って、まるで映画館のように真っ暗のなかにスクリーンで映し出される世界になってきた。

「私も働いている」だって?

寝ずに働いているのか?とも思ったし、こちらの状況をまるでわかってない事に、深い失望を感じたし、ここの売り上げを守るために、どれだけの僕の時間と資金を投入しているのか。僕の時間と金を、軽く扱われたような気がした。

頭の中がぐるぐるして、感情の波が次から次へと打ち付けて、落ち着かなかった。


感情は沸き上がっては消えてゆく

八木(仮名)さんのベットが失禁で派手に濡れていたので、僕は屋上で敷布団ごと洗っていた。気温はだいぶ上がっていて、11℃予報だった。寒くもなく、風が気持ち良かった。

深く風を吸い込み、深呼吸をした。風にのって遠くに走る南海電車の走る音が聞こえてきた。今日は土曜日だから、電車の近くのグラウンドからも、野球の試合をしているアナウンスが聞こえてきていた。

もう映画館のようなスクリーンのような世界ではなくなり、世界は立体感を持ち、音も臨場感を持ち、香りも・・・、八木さんの失禁布団のせいで、新今宮のあいりん地区のような独特な臭いは漂っていたが、すべては色鮮やかに見えていた。

布団を洗い終わり、気持ち良い風に飛ばされないように、布団バサミで布団を押さえてから、次は八木さんの買い物に行く事にした。近くの安売りスーパーに行き、普段見ない値札を観察してまわった。最近はインフラの影響で、油断をすると金が溶けてゆく。

何がどんな値段になっているのか、値札チェックをしていると、ミネラルウォーターが33円で売っていた。思わず「やっす」と言ってしまった。これがコンビニで買えば140円ぐらいはするのか?たぶんそんな値段だろう。

改めて、意識を外に向けて観察すると、思わぬ発見がある。視野が狭くなったら、意識的に観察をする。これが僕のアンガーマネジメントになっている。怒りをコンパクトに扱う僕なりの術だ。


感情は執着せず シンプルに扱う

怒る事は誰にでもある。喜怒哀楽は人が生きるために必要な心の動きだ。「怒る僕」ではなく、「怒りの感情が沸き上がった僕」である。この認識の違いをしっかり言語化しておく。

「暴力的な僕」ではなく、「暴力に繋がる価値観をもっている僕」である。だからその価値観を切って捨てればいい。という余白が生まれる。

「ダメな僕」ではなく、「ダメだと感じている僕」だから、そう感じる時もある。それだけのこと。

内なる感情にひっぱられて、視野が狭くなると、ブレーキが壊れた車に乗るようなもので、事故になる。だから内にひっぱられないよう、外に意識を向けて、右を見て3つあるものを、左を見て3つあるものを、天井を見て観察し、床を見て観察する。

一点から目をそらして、外へと観察の視点をもつ。

次第に、立体的になり、色鮮やかになり、香りが感じて、一時の怒りの感情は蒸発して消える。そして境界線を思い出す。

相手の問題に立ち入らない。

「私も働いている」と言ったのは僕じゃない。だから関係ない。物事がとてもシンプルになる。感情に僕を明け渡すさず、手のひらサイズまでコンパクトに扱う。

これが僕の選択。


僕は誰?

DV加害者更生プログラムのなかで、参加者が「僕は怒りを感じなくなりました」と言った。彼はアンドロイドにでもなったのかもしれなかった。

また、「怒っている夢をみました。まだ僕は怒ってしまうんだなと思って反省しています。」とか言う人もいた。「怒ってもいいよ。大切な人を守るためであれば怒ってもいい。大切な人に怒りの矛先を向けるのが本末転倒だという話で・・・」と話をしていると、カウンセラーに話を遮られた。

カウンセラーは、怒りそのものを否定していた。そこに僕は疑問をもった。

感情は素直な身体の反応。否定するとストレスになる。

DV加害者更生プログラムに参加したところで、残念ながら変わる事は出来ないと思う。妄信する先が変わるだけの事だから。

変わるために必要なことは、自分との対話だ。

「俺は何が好きなんだろう?」と僕は聞いてみた。「わかんないわ」と思った。「じゃぁさ、興味のでたことをやってみなよ。」と提案してみると、僕は「やってみるか」と答えた。

やってみる先に、面白い事があって、シンプルに楽しかった。「あ、楽しいってこういうことか・・・」っと腑に落ちた。次第に面白く無い事にも気がついてきた。「義務でやってたりするの止めなよ」と僕は言ってみたら、僕は黙っていた。だから僕はさらに言ってみた。「それで幸せになれたかい?」

「幸せになれなれなかった・・・」と思った時、僕の中で何かが壊れて落ちた。

自分を大切にしていなかった事に気がついた。そして妻も、子どもたちも、大切に出来ていなかった事に気がついてきた。

そうか・・・。僕は、他人の期待で生きていて、ここでやっと生きづらさの正体が見えてきた。

自分と徹底的に向き合い、自分は何が好きで、何が嫌いで、何が大切で、どう生きていきたいのか?ということを問い続けて、やっとわかってきた。そして本当に「ごめんなさい」と家族に、自分の失敗を認める事が出来た。

いったん認めたら、あとはやる事がハッキリしてきたので、視界はクリアだった。

50歳をすぎて、僕は僕になった。

Progress

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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