確定申告
この時期はとても僕にとっては嫌な業務が重なる時期だった。役所の融通の利かない書類の作成にはじまり、1年間の収支を報告する確定申告という書類の作成もある。
そもそも数字で単純に経営を図れるものではないと思っている。アパート経営は、家賃収入のみならず、アパート住人との関係性を築いておかないといけないから、それなりの労力が必要になってくる。
「これ、美味しい紅茶なんだけどさ、いる?」と僕は神口(仮名)さんに尋ねた。神口さんは、去年夫に旅立たれて、寡婦になり、夫の介護から解放されて、やっと自分の人生を愉しみはじめた女性だった。
「え?美味しいの。じゃぁもらっておこうかな。」と言う神口さんは、お世辞の言えない女性だったから、後になっても「あの紅茶、美味しかったよ。」と言わない所を見れば、あまりお気に入りではなかったのだろう。
ただ、それでも僕のアパートの住民なので、クレームがでない関係を築いておかないといけなかった。だから僕は、アパートという小さなコミュニティーを大切にしていた。
そういった数字では測り切れない、心の通うアレコレが健全なアパート経営に繋がってゆくわけで、税金のためだけの数字の記載に、僕は意味を見いだせない。だから億劫な作業で、なかなかすすまないという訳だった。
LINEの通知が入り「今日は暇ですか?」と佐藤さんのお誘いだった。
「確定申告しなきゃいけないので、ちょっと時間が読めません」と返信して、僕はパソコンに向き直った。
あれこれと数字を見ながら、この数字とこの数字は合わしておかなきゃいけなかったが、だけどやっぱり合わない。なぜ合わない?日々の収支を銀行記録から自動取り込みしているので、合わない道理がないのだけど、やっぱり合わない。一年間の振替伝票を全てチェックする気にもならなかった。
ひと昔前なら、ひたすら振替伝票をめくってチェックしただろうが、今はもう完璧は求めない。そこに意味がないとわかったから。
完璧な正しさを求めず、ある程度の書類を通す事に専念して、細かい違いはすべて無視して、強引に数字を合わせて終わりにした。
こんなものに時間を使っていられない。
「今、終わりました。どこいるの?」と送信すると、「呑喜でいてる。」と短い返信が来た。呑喜は、佐藤さんの同級生が夫婦でしているお好み焼き屋だった。しかもラブホテルの前にあり、餃子の王将が裏にあるという、なんとも立地的に不利な店だった。
ゲスト
店につくと窓から知らない人がこちらを見ていた。呑喜は佐藤さんの同級生がしている店だから、たぶん同級生と吞んでいるんだろうと思ったら、思ったとおりだった。
僕はすっかり疲れていたので、初対面の人がいようがいまいが、お好み焼きを食って酔えればそれでよかった。
「あ、やまちゃん、こっちこっち」と佐藤さんは手招きして、「ここに座り」と手振りで空いた椅子を指さした。隣には佐藤さんの妻である恵理さんが座っていた。
ん?という違和感が沸いたが、まぁ勧められるままに座った。
「遅くなってすみません。初めまして。」と会釈して、呑喜のママに「生ビールひとつ下さい。それと豚玉を。」とメニューも見ずに注文した。ママは「お久しぶり」と笑って対応してくれた。ムーミン谷のムーミンみたいなママは、かなりハッキリした性格で、素直に自分の意見を言う人だった。
「やまちゃん、今日は生ビールなん?」と恵理さんは言った。「今日は、酔えればなんでもいいですよ。マジで疲れた。」と笑ったら、恵理さんは「去年のこの時期も確定申告とかいってたけど、早かったね。」と言った。彼女は僕も忘れていたことをしっかり覚えていて、僕と似たような冷静に分析するという質感をもった女性だった。だから佐藤さんの感情の受け皿になって、アレコレと冷静にアドバイスしていたが、佐藤さんは聞く耳持たずという具合だった。
まるで昔の僕だ。
「え?そうだっけ?」と記憶を思い返しても僕は覚えていなかった。「そうだよ。去年は確定申告で来れなかったんだよ。」と言うので、去年は真面目に頑張っていたんだな。手抜きしすぎたかなと不安になったが、すぐにそんなことはどうでも良くなった。
ビールが運ばれてきて、初対面の男性はハイボールを呑んでいたが、ほぼ半分になったグラスを持ち、佐藤さんも呑みかけのハイボールを持ち、恵理さんは氷ですっかり薄くなったオレンジジュースを持ち、そして4人で乾杯をした。鉄板にはアルミホイルがあったが、メニューはなんだったのか全くわからないぐらいに、空っぽになっていた。
テーブルの座り方を見ても今日はいつもと違う。
いつもであれば、佐藤さんの隣は恵理さんだ。だけど、初対面の男性の隣に佐藤さんが座っている。同級生という小さなコミュニティーの中に、僕と恵理さんが招かれているような構図だった。
人との関係を語る時は、僕は距離感を測り空間を見る。初対面の男性と、佐藤さんと、呑喜のママが同級生で、彼らには、子どもの頃から続く濃い繋がりがある。彼らの話の内容に、僕の知らない人がたくさん出てきて、それを呑みながら聞いている僕と恵理さんがいて、たまに僕の話題になり、僕が退屈しないように気を遣ってくれたりしていた。
濃い繋がりのなかに、僕と恵理さんという薄い繋がりが入っている。濃淡のある人間関係の中に、塗り絵のように色づけして、コントラストをつけてやると、関係は立体的になって空間が立ち上がる。そこから導きだしたものは、やっぱり僕と恵理さんはゲストだった。
僕と似たような男
「やまちゃんは、なにしている人ですか」と、もう僕をあだ名で呼ぶようになり、初対面からしっかりこちらの気を惹く人だった。たぶんこの人は女性にモテる男だと思った。しかも、ガツガツしないでも、さりげなくモテるタイプだろう。
「僕は介護してるんですよ。デイサービスで。ところで、えーとなんてお呼びすれば?」と尋ねると、佐藤さんが「ぶーけんっていうんだよ。」っと教えてくれて、僕は「あ、ぶーけんさんなんですね。」と、ぶーけんに「さん」付けして呼び、僕はいつものように距離をとった。
ぶーけんさんは、塀を作る仕事を家族経営していて、隣町の、西ノ内町のだんじり祭りをしているらしかった。「あぁ、西ノ内でしたか、去年、盆踊りに行きましたよ。もしかしたら、初対面じゃないかもしれませんね。」と言うと、やっぱり初対面ではなく、盆踊りで1度会っていた。
ぶーけんさんの風貌は、結構がっしりした体格で、学生の頃は柔道部だったそうだが、耳がつぶれていなかったので、本気で柔道に取り組んだ部員ではなさそうだった。ほがらかに良く笑い、この呑喜に週3日は通う常連さんで、ママの夫ともすっかり仲良くなっているようだった。
彼は良く笑ったが、「やまちゃんは」と僕に会話を何度も振ってくるあたり、僕に気を遣っているように感じた。僕もぶーけんさんに意識が向いていたが、なにぶん疲れてもいたので、ふっと我に返る時があり、たぶんそれはぶーけんさんにも伝わったはずだったので、だから僕に会話を振ってきて、退屈しないようにと気をまわしている。ぶーけんさんは、たぶん優しい男なのだろう。
やっぱりさりげなくモテる男だと思った。
「旧市の祭りは、ザ・だんじりって感じがするけどさ、他の祭りもいいよね」とぶーけんさんが言った。「じゃぁ、高石のぶつかりだんじり知ってます?」と言うと、「知ってる知ってる。あれ迫力あるよね。マジでカッコいいわ」と身を乗り出して話してきた。
高石の祭りは、2019年の離婚した当初、「やまちゃん何してんだろう。誘ってみるか。」と、元気の失った僕を気遣って、祭りの仲間だった中島と村田が誘ってくれて、見に行った祭りだった。
あの時の祭りの動画は、今も残っている。
あの頃、僕を外へ連れ出してくれた人たちの気配がそこにあり、忘れた事はない。
すると佐藤さんが「あんな祭り何がいいねん。大事なだんじりをぶつけるって意味がわからんわ。」と否定的な意見を話していたが、僕とぶーけんさんは、かまわず話し、ぶつかる前に綱先が脇道へ逃げて巻き込まれないようにする事だったり、漫才師の巨人阪神がだんじりの前にたかっているけど、小さいほうの阪神の顔つきはヤクザそのものだという話だったり、とにかく祭りとなれば、旧市以外のまつりも面白いという視点をもっていた。
その姿勢からぶーけんさんは、あまり偏見を持たずに、面白いと思った事には、柔軟に受け入れるような柔らかさを感じた。彼の自由な発想は、今の僕と通じるようなところがあり、「あ、この人、なんか面白いかも」と興味が出てきた。
北川景子似の女性
「やまちゃんに紹介しようと思ってるねん」と佐藤さんは、呑喜のママに言った。「だけど、やまちゃんがぜんぜん乗り気じゃないねん。」と続けて、僕はまたその話かとうんざりした。
「北川景子に似てるんやで。あんまり話をしないし。大人しいいい子やねん。なぁ」と佐藤さんは、呑喜のママに同意を求めて言った。ここは同級生のコミュニティーなので、その北川さん(実際の名前は知らない)も同級生だから、ぶーちゃんも、ママも知っているのは必然だった。

ママは「この前、食べにきてくれたけど、ホントに良い子よ。」と僕を見て言ったが、僕は間髪入れず「今は、全く興味がないんですよ。」と説明した。
「なんていうか、煩わしい関係を持ちたくないというか、」と言って、ひとりで十分楽しい事や、趣味をもっているので寂しくないことや、他人に時間を使うよりも自分に使いたいという事を説明したら、ママはすんなり受け入れてくれた。呑喜のママはいろんな視点で人を見ていて「そういう考えもあるよね」という、相手の境界線に踏み込まない上品さがあった。
呑喜のママが言うには、北川さんを狙っている男性がいて、佐藤さんはその男性よりも、僕と北川さんがひっついて欲しいと考えているようで、僕は北川さんと会ってもいないのに、勝手に三角関係にされている事に滑稽さを覚えた。
僕よりもひとつ年上なので、狙っている男性は54歳になるが、その年で北川さんを狙っているという構図が、たまらなく人間臭くて、狙っている事を周りに知られているのが、さらに節操のなさを感じ、いつまでもギラギラして、テカテカして、ピンピンしている男性らしかった。
そして、しかも僕が、その妙に生々しい男と色恋沙汰でのライバルとして、主人公にされている僕がいるという構図に、苦笑するしかなかった。
マジでこの物語に登場させてほしくなかった。
号泣する飾らない心
ぶーけんさんと、佐藤さんと、ママが、この三角関係というか、僕を除いてほしかったが、実際には片思いの恋物語の結末を話している間に、僕は少し冷めた距離感で眺めていた。
「離婚した独身男」と言葉にすれば僕の立場はこうなるんだが、この響きは他人にとっては、独身なんだから自由でしょという意味になるわけだった。ただ、僕には意味のある響きで、だから北川さんの話をされたところで、北川さんの質感が立ち上がらないわけで、わかってほしかったが、まぁ無理なんだろう。
正直なところ、僕にはもう女性関係を持つ事はないだろう。もし女性関係を持ってしまえば、僕は情に流されるし、そして情にひっぱられて自分の時間を差し出してしまうし、そこでお金も使ってしまうし、自分のための時間は確実に無くなるだろう。
それが例え北川景子であっても、なかろうと、そんなものは僕にっとって意味がない。大切なのは、情に流されて、そうなる自分が見えてしまう。この一点が僕の弱点だ。
そこにお金を使うのならば、娘や息子に使うほうがよっぽど生き金になるし、というか、そういえば息子が言ってたが、「パパは、あと20~30年すれば死ぬんだから、自分に投資したところで死に金やろっとママが言ってたよ」と話していた。それを聞かされた僕は思わず噴き出した。
そりゃぁ20年もすりゃ70歳だわ。30年生きれば80歳だわ。死んでる確率が高いだろうけど、そんな言い方はないじゃないかと、腹の底から笑いが込み上げてきた。
笑いの源泉は、妻の僕への悪態が、なんだか嬉しかったからだ。血の通った感情をぶつけられるって、こんなに嬉しいものなのかと思った。僕は妻にとって悪者であるけども、それがこんなに有難いとは思わなかった。
たぶん、僕はまだ妻がいるから、生きているのだろう。
たぶん、僕は「女性の関係はもういい」と佐藤さんに言っているけども、実際は妻との時間のほうが遥かに欲しくて、欲しくてたまらなくて、他の女性にかまけている暇など時間の無駄というか、なんの魅力も感じないクソのような時間だと思っている。それがたぶん本心だ。
2019年10月1日の夜のことだ。妻を失って2か月の事になる。
雷が鳴り響く豪雨の中、僕はマンションの屋上にいて、びしょ濡れになって仰向けに寝て、涙が枯れるまで泣いていた。この日は親友の宮田が死んだ時だったが、宮田のために泣いたのか、妻を失った悲しみで泣いたのか、もうどっちかわからなかった。とにかく暴風雨のなかで、雷が激しかった。雷が鳴り、風の音が響き、雨が打ち付ける中で、僕の号泣する声はかき消されていた。
一般論との乖離
「あなたに興味がある!」と、着物を着て僕を覗き込んだ女性がいた。
口元が少し歪み、眉が個性的に吊り上がったような化粧をしていた女性。それが未来の僕の妻だった。
遅れて僕は到着して、みなは食事は済ませていたが、全員の顔など確認もしようもないなかで、また僕は知らない人ばかりの中で、緊張のな最中にいたのだけど、その女性は僕を見つけて、近づき、僕に放った言葉がソレだった。ショートカットの女性は着物を着ていたが、後に聞くと寒かったののだそうで、家主に借りたという事だった。
そこからは僕の人生はジェットコースターのようなものだった。当時の僕は自信のない経営者で、自分の人生を生きる事が出来ない、求められたまま経営者の立場になった男だったから、迷いの中で僕は生きていた。
そんな僕に、この女性は「君はそのままでいい。それで生きていい。大丈夫。私にとって必要な人」だと言ってくれた。当時、ジェンダー思考にまみれていた僕は、男らしいにこだわり、男らしさになれない自分に劣等感を感じていたわけで、自信など微塵もなかった。
そんな劣等感にまみれた僕を、そのまま愛してくれたのが、この未来の妻になる女性だった。
僕はこの素敵な女性に「女らしさ」を求めてしまって、あの時の、あの考えは、あの価値観は、間違っていたと謝りたい。あの価値観のせいで、僕は僕ではなかったし、君も君では許されなかった。そんな僕の過ちを謝りたい気持ちで、今を生きている。
たぶん、きっとDV男の謝罪は表面的なだけだと誰もが思うだろう。痛み過ぎ去り、コントロールの範疇に入ってくれば、また牙を剥くという一般論があるのだろう。だけど、そんな一般論で7年も費やせないだろう。僕の知る限りの離婚した男性は、自分の価値観を変えることなく、次の女性へと移っていった。
僕の知る限り、山畑(仮名)のようなDV離婚した男は、自分の価値観を変えることなく、次の女性へ移っていった。寂しさの隙間を埋めるために、都合のいい関係を探しているようにしか見えなかった。
だから、北川景子なんて言われたところで、まだちゃんと終われていない物語があるのに、始まる物語があるわけがないだろう。中途半端に関係をもたれるほうも迷惑だと思う。
今はちゃんと向き合わないといけない女性がいる。
関係からの解放
「ここは俺が払うよ」とぶーけんさんが言った。
「いやいや、この前も奢ってもらったやろう」と佐藤さんが財布を出して、ふたりの間で支払いの事で、なにやら話していた。
ゲストの僕が出る幕ではないなと、奢られる前提で、成り行きを見守っていた。結局、ぶーけんさんが払ったようで、「ごちそうさまでした」と僕はお礼を言った。
僕は自転車で来ている。ぶーけんさんは歩いて帰る。佐藤夫婦は車で帰る。ぶーけんさんと帰る方向が、一緒の方向だったら、距離感を測りながらの帰り道なので、この時間はキツイなぁと思っていた。
でも、ぶーけんさんは僕と違う方向へ歩いていったので、ホッとして、佐藤夫婦は軽トラに乗り込み、僕は自転車に乗り、それぞれ別の道を帰る事になった。
やっとひとりになれた。冷たい風が頬を撫でて、乾いた夜の空気に、空には星が輝いていた。
気持ち良く酔いがまわってきて、余韻を楽しんでいた。濃淡のある関係から抜け出して、ひとりの時間がとても気持ちが良いと感じていた。
ずっとどこまでも自由が続いているような余韻に浸っていた。
