日曜日の朝、新しいスマホが届いた。
携帯保障サービスを利用して、ようやく手元に新品が届いた。
本来なら古いスマホから移行用のQRコードひとつで完結できるところを、液晶が壊れていたので、ひとつずつアプリを入れ直し、ログインして、指紋認証や顔認証を再設定していく。
ある程度のデータ移行ができて、ほっとしたのも束の間。
写真と動画が、すべて移行されていないことに気づいた。
昔の写真。何気ない日常。
見返すたびに思い出があふれてきた時間の記録。
すべてはもう見られなくなったけれど、不思議と落ち着いていた。
「まぁ、仕方ないな」と思えたのは、
きっと、過去の喪失に向き合う覚悟が、心のどこかにあったからだと思う。
執着しても、得るものはない。
失ったものは、もう戻らない。
けれど、失った分だけ、得られるものもある。
そう思える今が、少しだけ誇らしい。
今日はバイクで夕陽を見に行こうと思っていた。
海沿いを走って、風を受けて、心を整えるために。
でも、そのとき玄関から息子の声。

メシいこう!
予定はあっさり変更。
バイクは置いて、息子と車でららぽーとまで出かけた。
フードコートで並んで座り、
世界の物価高や、日本初の女性総理の話、成人式の話――
そんな今の時代らしい話題を、穏やかに語り合った。


息子とこういう話ができるようになった。
社会のことを、自分の立ち位置を、少しずつ考えられるようになった。
その姿を見て、嬉しいというより、静かに心が満たされていく感覚だった。
食後はユニクロで靴下を選び、マツモトキヨシでトイレットペーパーや洗剤を買う。
こういう何気ない時間の共有こそが、きっと一番の“幸せの形”なんだと思う。
僕は、息子との関わりに「ちょうどいい距離」を意識している。
LINEも必要以上に送らないし、干渉もしない。
けれど、それは放っているわけじゃない。
彼には彼の時間があり、自由がある。
僕はその時間を守りながら、静かに支える存在でいたい。
きっと、誰にとっても“ちょうどいい距離”は違う。
だから、僕は僕なりの関わり方を探し続けている。
そして今、こうして一日を振り返りながらブログを書いている。
夜になってしまったけれど、このあと少しだけバイクを走らせてみようと思う。
風にあたりながら、今日という日をゆっくり整理してゆく。
穏やかで、
静かに心があたたかくなるような、
いい日曜日だったと思う。