ここに灯りはある

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朝の光

車を走らせていると、柔らかな光が差し込んでくる。
いつも刺すような日差しが真横から入ってくるが、
今日は雲に遮られて空がぼやけていた。

朝の送迎で地元の街をなぞり
ひさしぶりの運転で頭の回路が働きはじめ
仕事じゃないと地元の道なんて走らないよなぁと改めて思う。

横断歩道で少しスピードを落とし
交番所前を通り過ぎてアクセルを踏み込む
身体がリズムを思い出してきた。


長い正月休み

仕事初めが月曜日で1月5日。
正月休みは31日から数えると5連休だった。

こんなに長く休んだ事が今までなかったし、
といっても入居者の世話で朝・晩は働いたが、
その他は、ひさしぶりにボーっとした日を過ごしていたし、
やる気もなく動く気力さえも無かったように思う。

朝起きて、シャワー浴びて、仕事に追われ、仕事終わりに疲れてデイルームでボーっとして、買い物行って、晩飯を作り、ブログを書いて寝る。

そんな一日の流れがすべて崩れてしまった正月休み。
決まったルーティンが人の生きる力を支えているんだと改めて思い知らされた。
仕事している時は、なんてしんどいんだと嘆くけども、仕事がなくなった時に役割を降ろされる。
役割を失った時に、人は前に進む力を失う。

役割がどこかよりどころになっているんだと気がついた。
僕は役割というものを降りてきた。
その僕が役割に生かされているのが滑稽だった。

役割がもつ繰り返しの日常。
それは人を人に至らしめるという現実を感じた正月休みだった。


独り身は寂しいという社会的価値観

正月2日目に僕は京都でいた。この日はツーリングでイベントのあった日だった。
初詣ツーリングと称したイベントには参加せずに僕は僕でいた。

他者との関係性で消耗するだけのものは
少し距離をとる選択をして自分を保つ選択をしたわけだが
これはこれで身体の反応に素直に従ったことで良い正月だったと思う。

そして3日は京都から滋賀まで歩くチャレンジをする。
「そすいさんぽ」コースを辿ったものだったが、
登山グループのlineにコースを共有したところ
ボッチ正月ですか?といった返信があった。
ここがなかなかの本質をついていると思った。

ひとりを愉しむという発想がそもそもない。
「友達100人出来るかな?」と、うたい文句にもあるように
社会は人の繋がりに価値を置いてかぶせてくる。
同調圧力が社会と同じ色に染め上げてしまう。

ひとりを愉しむ発想が育たない。

沸き上がってこない意志力

この「そすいさんぽ」に出かけたのは昼頃になる。
14:00出発の17:00頃の断念。
闇夜の峠抜けはかなりキツイから琵琶湖までは辿り着けなかった。

なぜこんな無計画なウォーキングになったのか?
答えは意志力がなかったからだ。

朝の仕事をなかなか開始できなくて
昼前にやっとやり遂げて、そして京都に向かう。
その時点で14:00でそすいさんぽを初めて、道もわからず
なんとなく最後の峠に着いた時点で17:00。
日没直前で未知の峠道を真っ暗闇でチャレンジという状況になり
あえなく断念すといった結末。

ここでわかるのは仕事という役割がなかったために
8:00に活動できなかったという点。

自由な選択を与えられているのに
グダグダと時間を無益に過ごしてしまって
11:00頃にやっと活動しはじめたという点。

仕事という役割があれば強制的にでも時間に追われた。
そこで意志がなくとも活動させられていた。

しかし、正月休みということで
時間に追われない。

自由な意志に任せられていたわけだけど
意志力は発揮されずダラダラと過ごしてしまった。

自由意志とは聞こえがいいが
自由意志は堕落への意志方向にも向かう事が出来て、
操縦するパイロットにすべては委ねられている。

自動操縦で離陸する飛行機が

自動操縦を切ったために、

パイロット次第で

どうとでもなるという事実。

息子の意志力

僕にとって仕事というものは、
毎日のルーティンである以上に
朝決まった時間に、外へ向かわせ、社会とつなげる役目をもっている。


息子をみてると、違った気配を感じる。
彼には毎日決まった日課がない。

それでも自分の軸をもち
服作りに熱中していたりする。

誰にも強制されていない。
自由意志で服作りを選んでいる。

その生き方はまだ日の目を見ないが、
それでもなお自分の信じた道を迷いながら歩いている。

その熱はどこからくるのだろうか?
僕にはわからない。


正月明け初日

「やっと仕事が始まった」と僕は内心ホッとして車を走らせていた。

毎日の歯車がかみ合ってゆくのを実感しながら
朝から僕は厨房に立つ。

ブロッコリーを違う料理につかったり、白菜を放置していたり
玉ねぎスープを味噌汁と間違えて作っていたりと
行程ミスが続きながらも、なんとか仕上げる事が出来た。

レバーを片栗粉をまぶして油で揚げるなんて行程があり
ポンポン爆発するもんだから
厨房は油まみれになっていた。

新年早々に片付けがたいへんだった。

すると警察から連絡が入る。
ふたつ隣の街の警察からだった。

徘徊している認知症の方を保護している。
その人はハガキをもっていて、そちらの電話番号だ。
迎えに来てくれるか?

といった問い合わせだった。

家族に連絡をとると、居なくなって探し回っていた。
警察の番号を伝えてあとは対応をお願いした。

もっていたハガキというのは年賀状だ。
僕が書いたメッセージも添えられている。

それを読んでデイに行こうと徘徊したのかもしれないが
それは推測にすぎず、少し責任を感じたけど
そっと線をひいて仕事に戻った。

イレギュラーの連発で時間においかけられた。
仕事がおいつかなかった。

デイルームを小走りで駆け抜けて
仕事をこなした。

それはスタッフ全員がそうだった。
特に中山リーダーは電話の対応に追われていた。

仕事が終われば、バタリとふたりで倒れていた。
「新年早々疲れた」それが共通の感想だった。

僕は気持ちが良かった。
仕事が僕をこの感触まで連れてくることに
正月5連休明けでわかっていたからだ。

体の生気が戻ってきていた。

Le Poisson Des Mers Du Sud

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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