白浜千畳敷に沈む夕陽

それぞれの場所で生きている。
そして同じ空が続いている。

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自由を今一度考える

風予報サイトを見れば、風速は7.0m/秒。ウインドサーフィンにはちょうどいい風だった。だけど、朝起きた僕はなぜかその気分じゃなかったんです。

気持ちが乗らない。

ウインドサーフィンに行けば、YouTubeの動画も撮れるし、最近はその動画を楽しみにしてくれている人もいる。でも、だからこそ、そこに自分の自由が奪われているような感覚もあって。もともと「他人の期待に応えすぎない」と決めていたはずなのに、気づけばYouTubeのニーズに縛られていた自分に、ちょっと戸惑っていたんです。

外に出ると曇り空。風も思ったほどは吹いていない。それを見て「行かなくてもいいかな」と思えた自分がいて、少しホッとした。やっぱり、今日はウインドじゃなかったんだと思えた瞬間でした。

目的のない出発

人手不足からの仕事の無理があり、体が「寝たい」と訴えていたので2度寝しました。起きたのは10時。そこから何をするか考えて、「このまま寝てるのももったいない」と思い立ち、とりあえず車に乗ることに。

恐怖感があるんですよ。行動しないとなにも始まらない。そして僕にはまだまだ足らないところがある。だから寝て過ごした日曜日は、僕にとって罪悪感しか感じないわけです。だから無理やりにでも起きる。そして行動するわけです。

そんな感じだから行き先は未定。でも、なんとなく自然が見たくて、海を見たくて、和歌山方面へ向かうことにしました。だけど、空はずっと曇り。カラッと晴れていたら、気持ちも少しは晴れていたのかもしれないけど、曇り空って、どうしてこんなにも気持ちを重くするんだろうと思いながら、ただひたすら高速を走りました。

目的もなく、ワクワク感もなく、ただ前に進んでる感じ。それが迷走しているように感じられて、迷走していた頃の自分を思い出させて苦しくなってきたんですよね。気持ちも乗らないものだから眠くもなってきて、ドライブインで少し仮眠しようと思ったけど、ドライブインの看板が走っても走ってもなくて、気づいたら白浜まで来ていて、千畳敷に向かうことにしました。

白浜の千畳敷の駐車場なら寝れると思ったからです。

千畳敷で出会った夕陽

日曜日の白浜は、結構な観光客がいて、駐車場に停めるのも時間を要しましたが、やっと停める事が出来て、曇りのなかちょっと気分を変えるために外にでました。

だけどやっぱり曇った空には、曇った心は晴れなくて、寒かったので少しだけ外を歩いて、それから車に戻って暖房をつけていたら、いつのまにか眠っていました。今日はほんとに何をやっても気持ちが乗らないし、つまらないし、なんか自分でも自分じゃないようで、ダメな日だったんです。

でも、目が覚めたとき。

外は晴れていて、目の前にはものすごくきれいな夕陽が広がっていたんです。

嬉しくて、なんかもう無性に嬉しくなっちゃって。「今日がこの夕陽のためにあったんだ」と思えたんです。自分の気持ちが空にリンクしたような、そんな錯覚さえ覚えるほど、あたたかくて、眩しくて、やさしい夕陽でした。

水たまりの中のもうひとつの太陽

その光景をなんとか写真に残したくて、千畳敷の岩場を歩きながら、良い構図を探していました。そこで見つけたのが、小さな水たまり。その水たまりに夕陽が映っていて、まるで太陽が二つあるように見えたんです。

この反射を活かせば、何か面白い写真が撮れるかもしれない。

そう思ってカメラを構えました。しゃがんで、水のギリギリまで近づいて、どこにピントを合わせようか、どう切り取ろうかと何度も角度を変えて撮っていたんです。

小さなふれあいと、思い出す娘の面影

テンション上げ上げで、リフレクション構図に夢中になっていると、ふと、後ろに気配を感じました。

振り返ると、中学生くらいの女の子が、お母さんと一緒にいて、僕の真似をするように同じように写真を撮っていたんです。

たぶん、僕が撮っていた構図が面白そうに見えたんでしょうね。そうか、僕の構図を真似したいのかと思い「あ、ごめん、ここで撮りなよ。水の反射を使って太陽を二つにするんだよ」って、自然と声が出ました。

それはほんの10秒ほどの関わり。でも、その一瞬がすごくあたたかかったんです。

僕には、今は会えない娘がいます。

カメラをプレゼントしたことがあって、その娘がそのカメラで撮っている景色を、いつか一緒に見られたらいいな、そんなささやかな願いがずっと心のどこかにありました。

だから、その女の子と向き合ったあの瞬間、僕は娘の面影を重ねていたんだと思います。

同じ空の下にいてくれれば

妻も、娘も、息子も、それぞれの場所で、自分の人生を歩いています。

干渉せず、自由を尊重しながら、それでも健康でいてくれるなら、それでいい。そう改めて思えた夕暮れでした。

会えなくても、言葉を交わせなくても、悩みがあっても、同じ空の下に生きていてくれる。

それだけで十分だと、そう思えたんです。

今日という日が、まるでひとつの物語のようにまとまって、最後にこの夕陽で終わるなんて、まるで演出のようだけど、演出なんかじゃない。

自然の流れに身を任せたら、こんな出会いと、こんな気づきが待っていた。

そっと胸にしまっておきたい一日になりました。

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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