お買い物とポイント
スーパーを野菜コーナーから歩いてまわる。買い物慣れしていないから、何度も行き来することになる。鮮魚コーナーにカレイがあった。あの平べったい魚。この煮付けでもしようか。
カレイを手に取り、ふと立ち止まる。いつもここで葛藤が始まる。自分の分だけ買って帰ろうか、息子の分も買おうか。養育費を渡しているので、遊びに使わなければ食うには困らない。だから息子は息子でやりくりすればいいと思う。だけど、そしていつも、結局、息子の分も買って帰る事になる。
甘い親だな・・・。
気になったら、ずっとまとわりついてくるんだ。息子が腹減らしているんじゃないかなとか。そんな事を考えていると、実際にそれが起きていないのに、僕の頭の中では現実としての質感が立ち上がる。
家族が出て行った時もそうだった。布団があるんだろうか・・・とか、お金があるんだろうか・・・とか、腹を減らしているんじゃないだろうか・・・とか、いろいろ考えた挙句に、息子が通っている塾まで行きお金を息子に託した。これがストーカーになり得るリスクを冒して行動につなげる僕がいる。息子が中学2年生の頃の話だ。
あの頃は、僕が鬼の物語が語られていたので、僕の話はだれもまともに取り合わなかった。認知症とレッテルを張られると、誰もまともに取り合ってくれなくなるように、息子も、娘も、妻も、妻の親も、学校の先生も、弁護士の入れ知恵もあったんだろうが、僕は完全に鬼ヶ島に住む孤立した鬼になっていた。
そんなことを思い出したが、もう過去の事だと呼吸を整えた。呼吸を重ねるたびに、スーパーのBGMがうっすらと、そしてハッキリ聞こえてきた。周りには買い物かごを持った買い物客が品物を物色していた。
そしてレジに持っていく頃には、ほぼすべての品物が僕と息子の分で2名分が入っていた。
僕のスマホに借金がチャリーンと入る。もう、ほとんど現金を持ち歩かなくなった。D払いで完了できるし、カードで買い物できるし、現金が面倒臭いんじゃなくて、現金だとポイントが付かない。
生きるのに生活費の支払いは発生する。支払いにポイントをつけて経費削減というわけだ。電気代に10%つく、スマホ代に10%つく、ネット代に10%つく。そしてポイ活MAXで10%ついて、上限5000ポイントもらえる。その他の買い物に2%のポイントがつく。
結婚していた頃に、家計の話を妻としたことがあったが、妻は経費削減を考えて、僕はどう金を作るかと考えた。目的は同じなのに、考え方が真逆だったのが面白い。たぶん価値観は似ていても、発想も真逆、生き方も真逆だったのだろう。
未だに僕は家計を考える時には、どう収入を増やすかと考えて、新しい事に手を出す。手を出した挙句に、失敗するのも多いけど、ちょっとのお金になることもあって、そのひとつにポイント環境を整える事だった。
調味料
デイサービスの厨房で料理を作っていると、だいたいの煮物は、醤油、酒、みりんを使う。カレイの煮つけは、たぶん、きっと醤油、酒、みりんで出来るんだろうと勝手に思っていた。それに自慢のあご出汁でいくとプロ級に旨くなるだろうとも思った。
調べると、やっぱり醤油、酒、みりんだったけども、それ以外にも砂糖も入るし、出汁はいらないし、生姜が必要だという事がわかった。
必要な買い物を済ませてレジにいくと、3000円ほどだった。以外にも安上りに少し驚いた。息子の分も入っているので、一食あたり1500円か。外食するぐらいに抑えられたな。にんまりとして息子にLINEを送ると、
「お」
「まじで」
「たべる」
短い単語が分けて3回送られてきた。
息子らしい。
下ごしらえにうんざり感
「カレイの煮付け」を舐めてたな・・・
下ごしらえの行程が多すぎて、作るまえから少しうんざり感が沸き上がっていた。カレイに塩をふって15分おく。臭みを消すんだそうだ。
その間に米を洗う。水の中を舞う米粒が、互いにこすれ合って水を白く濁らせてゆく。「完璧にしようと思うな」と僕は僕に話しかける。いつも完璧にしようと丁寧にしすぎる癖がある。気合入れると一点集中になり、続かない。
適当でいい。食えたらいい。失敗してもいい。
続ける事を最優先に考えよう。そう自分に話しながら、米のとぎ汁を捨てた。
その間に、あご出汁で味噌汁の準備をする。そして、出汁巻きたまごを作る。1品のつもりが、一汁三菜になった。
一汁一菜でもかまわないと思っているんだけど、なんか調理の暇を埋めていると、そんな品数になってしまう。妻の作るベーコンとほうれん草の厚揚げは、ホントに旨かった。あれは店で出せるほどの絶品だと思う。あれをいつか真似して作ってみようと企んでいる。
しかし、カレイに塩をふると水分がでて、これが臭みの原因だからキッチンペーパーで拭きとる、までは良かったんだけど、ここから熱湯にくぐらせて、こおり水でぬめりを取るという面倒臭さ。僕は単に煮たら終わりぐらいで簡単に考えていたのけど、丁寧に調子しようと思えば、思わぬ落とし穴が待っている。
しかも驚いた事に、水と酒が等分で入れるという。てっきりお酒大さじ〇杯ぐらいだと思っていたが、いっきに料理酒が空になってしまった。
日本の料理は、美味しさを追求しすぎて、手間数が多いなと改めて思う。
食卓
カレイの煮付けの煮汁が、なんか薄いような気がするけど、大丈夫だろうか?
そう思いながら、カレイをとって皿に盛りつけた。「旨そうじゃん」と息子が言ったが、僕は返答に困った。確かに香りとしては煮込みの香りを放ってはいるが、食べてみるまでわからない。
食べた瞬間に「うん」と息子は舌つづみを打った。それを見て僕もひと口食べてみて「なかなかいけるな」と正直思った。初めてにしては上出来だと思う。欲を言えば、もう少し濃い味にしてもよかった。
米も30分ほど水につけて丁寧に炊いた。米を食った瞬間も「うん。うまいな」と息子はご満悦だった。
「これはうまいわ。店と変わらん味だよ」と息子は言ったので、僕は少し照れくさかった。カレイを食べながら「もう少し濃い味にしてもよかったんだけどな」と嬉しさを誤魔化した。
旨いと褒めてくれるのが、こんなに嬉しいものなのかと思った。別れた妻の料理は、ホントに旨かったんだけど、僕は「これ、美味しいよ」とは伝えた事がなかった。そんな事を想い出したら胸が苦しくなった。ちゃんと伝えておけばよかったと後悔した。
そんな僕の気持ちをよそに「米もうまいわ」と、箸を上下に振って褒めてくれた。そうか手間暇かけて作った料理を褒めてもらう事は、幸せな気持ちになるんだなとしみじみ思いながら、僕は息子を見て「料理も芸術だな。丁寧につくる楽しさがある。」と伝えた。
「形に残らないじゃん。」と息子は反応したが、ちゃんと出汁を取る事、慎重に味見をして、塩コショウや、火加減や、下ごしらえで作り上げる楽しさは、立派な創作活動だと充実した時間だと思った。
音楽の話
「FLスタジオさわってみた?あれ面白いわ。」と、最近ハマった音楽ソフトのことを話し出した。服と音楽という創作活動に熱中していて、最近は服よりも音楽に重心が置かれていた。
「いや、まだ使い方がわからないんだよ。Youtubeで学んでいるところ。」と言ったが、実際は一度ソフトを立ち上げて触ってみたが、全くちんぷんかんぷんで億劫になっていた。昔は新しいソフトでもどんどん学んで使いこなしていたのだけど、もう歳なのか根気がなくなっているのを感じていた。
「Youtube長いじゃん。ChatGPTに聞くのが一番早いよ。」と息子は切り返してきたが、そもそも文字を読んで理解するスピードが落ちている。ChatGPTの話す文章すら読むのが面倒になっているんだから。
「お前みたいにパパは瞬発力がないんだよ。」と重ねて話したが、これは本当にそう思う。息子の視野の広さや、反応の速さ、切り替えの速さ、若いからかもしれないが、息子の気質もあると思った。
「こういった曲をつくりたいんだよ。」とスマホから流れてくる音楽は、低音のビートが効いていたので、僕は良く似たジャンルの違う音楽を息子に教えた。気に入るかわからないけど。
「そうか、じゃぁダライアスとかいいぞ。」
「なにそれ?」
そう反応するのは織り込み済みで、知らなくて当たり前。かなり古いセガのゲームのBGMだからだ。
「横スクロールのゲームだけども、低音が効いていて、座っていたら尻がらどんどんと突き上げるんだよ。」
当時では珍しい3画面連結した横長画面のゲーム筐体で、画面と椅子が一体的で、前方にスピーカーがあり、椅子にウーハーが設置された巨大筐体。ゲームセンターでひと際目立つ存在だった。
「いいじゃんこれ。かっこいいわ。」
「それはパパが小学校6年生の頃にゲームセンターに置いてた筐体なんだけどな。当時は斬新だったな。」と話しながら、当時に不良にからまれた事を思い出した。中学生ぐらいがダライアスをプレイしてて1面でやられたわけだ。それを見て、思わず「下手くそ」と僕は言ってしまった。
友達も一緒にいたが、友達も巻き込んでタコ殴りされた。そこに担任の先生が通りかかって難を逃れたが、問題は下手くそすぎるプレイで、彼のプレイを観ていたほぼ全員が「下手くそ」だと思っていたと思う。1面さえもクリアできない腕前じゃぁ「下手くそ」と思われても仕方がないだろう?
図星つかれて、腹が立つのはわかるが、下手くそなんだから、言われたくなけりゃ腕前を上げろよと思う。
創作と銭の話
音楽を語り続ける息子は「本当に、音楽は面白いわ。だってさ、違和感が立ち上がった時に、すぐに手直し出来るからね。」と言っていたが、僕は「ほう」と返事をしただけで、肯定も否定もしなかった。
実は否定的な意見だったが、最後までちゃんと聞いてみようと喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
息子は僕の想いを知ってか知らずか続けた。「服だったらさ、なんか違うなと思って、手直したら1時間はかかる。それでやっぱり違うとなった時の、ダメージのデカさは半端ないよ。」と、目先の答えに対して飛びついているようだった。
すぐに答えが出る。それはわかる。わかりやすいぐらいにわかる。だけどそれでいいのかと僕は思った。服に熱中しているのが息子だけども、服でも音楽でもたいして変わらないのだったら、趣味の世界じゃんって僕は思った。
ただ、音楽に逃げているだけで、簡単だからこそ飽きも早いだろうと僕は踏んでいた。だから「音楽への熱意は、そのうち服に戻ってくるんだろうな。」と、いったのだけど、息子はまるで違った反応を見せた。
「なんでわかった?そうだよ。エネルギーは循環している。服を作る熱意は充電が必要でさ、それが音楽で、そこでウニウニと蓄えて、服にもってって爆発させる。」
ウニウニか・・・。息子らしい擬音だと思う。
ただ僕は構造の話を言ったつもりが、息子にとっては創作の話に捉えたようだった。それはそれでいいかなとも思えた。だって僕と息子は違う人間なんだから、息子の反応をコントロールする術はない。息子がそう思ったんならそうなんだろう。
だから、僕は息子のなんでわかった?という問いに、「なんとなく思っただけだ。」と曖昧な返答で返した。
それでも僕は、ちゃんと伝えるべきは伝えておこうと思った。息子がどう捉えるかは別として。
「だけどさ、服は一着ちゃんと感性させろよな。音楽に熱を入れてるうちに、理想の服の形はたぶん変わるんだと思うよ。そしたら今の完璧だと思う試作服は、また廃棄になる。つまり音楽も服も未完成だけですべて中途半端に終わるってこと。」
もう息子の生き方そのものが中途半端に見えてきていた。
服だと言えば、次は音楽と言い、バイトすると言えば、面接さえしない行動力のなさ。もう少し、お金に対して真剣に向き合ってほしかった。服だと決めたら、服に対して真摯に向き合ってほしかった。
「未完成だけが大量に生産されても、カタチに残らないじゃないか。」と息子に詰めた。逃がすわけにはいかなかった。さっき息子が料理の事で、カタチにならに物は創作活動として意欲が向かないという趣旨のことを言っていた。そんな事を言うなら、ちゃんとカタチにして終われよと思ったんだ。
「確かに・・・」と息子は短く答えた。
そこにどんな含みがあったのかは僕はわからない。だけども、僕も息子の今の現状に良しとはしていない。それに僕は別れた妻とも向き合っていた。もちろん想像の中でだが、妻ならこういうだろうなという圧を感じていたし、今の状態を良しとしないことも、そしてその状況を作り出してしまっている僕の甘さにも、ダメ出しをされているような感覚があった。
すべては僕の想像の中での話で、現実かどうかはわからない。ただ僕はそう感じて焦っていた。
なぜ目の前にいない妻に対して、圧を感じるのかはわからない。ただ僕にとって人生の大半を一緒に過ごしてきている人だからこそ、いない今でも彼女の影響力が残っていた。
「服で熱中しているんなら、まずは一着作って服を終わらせろよな。ちゃんとピリオドを打つって大切だと思うぞ。」と僕は息子に伝えた。
ちょっと踏み込みすぎたかもしれない。これ以上は前に出ないでおこう、っと思った。
働くことについて
食器にはすでに空になっていた。
「あのさ、バイトしろってお前に言うけど、それ以上は干渉しないんだよ。だって、パパがお前に圧をかけて働かせたたら、お前はやらされている感が生まれるわけだよ。」
「確かに・・・」とひとまずは納得した様子で、僕の話に耳を傾けていた。
「夢をかなえる道具として金は大切だと、お前が自分で理解したときに、初めてお前は一点集中で金を稼ぎ始めるんだと思うよ。」と、僕は息子の力を信じて待つことを選んでいることを伝える。
すべては息子の人生だ。親として伝える事は伝えておこうと、息子の目を見た。
「だから、パパはお前に稼ぐ力を持てというけども、それ以上は踏み込まない。後はお前が選択したらいい。」
息子もまっすぐに僕の目を見て言った。「なんでパパは他の親とちがって待ってくれんの?」
どうやら、息子は友達と親と僕を比べて言ったらしかったが、僕は僕の考えを息子に伝えた。「パパはお前の今の熱をもった生き方が好きなんだよ。その熱は将来どこかで役に立つと思っている。だから次のお前の変化を待てるわけ。」
「ふーん」と息子は言ったが、僕にはとても軽い返事に聞こえて、わかってのかよとか思ったが、すぐに今じゃないなと思い、あるがままを受け入れようと腹に力を入れて、現実を飲み込んだ。
今、言ったところで息子はわからない。だからわかるまで待て、と僕は自分に言った。
ふぅと息を吐き、落ち着きを取り戻したところで、「お前、俺の苦しみもわかれよ。」とだけ伝えた。
「まぁ、覚えておくよ。今日はありがとう。美味しかったよ。」と、息子は食器を片付けはじめた。僕も立ち上がり、「そこに置いておいてくれ。後はパパがするから。」といって息子を帰らせた。
ひとりの空間になり僕は、今までの息子のやり取りの中で、放った言葉を繰り返し反芻して、間違っていなかったか、息子の境界線の中に入ってはいなかったか、確かめていた。
息子との関わりって難しいなと改めて考えていた。
